336 アリエル王国防衛戦①
アイリスが俺を紹介すると、人間たちは硬直していた。
城下町にいた奴らとは違う。
ここにいるのは、死と隣り合わせの戦闘を繰り返してきた奴らだな。
エヴァン、レナ、サタニアにも警戒を向けていた。
「満月の日に、異世界から来た者たち・・・・アバターが攻め込んでくる。終末の花とともに、この世界を一掃する気だ」
「アバター・・・」
「終末の花って・・・あの・・・この大陸中に咲いてる花のことでいいのか?」
正面にいた、剣士が一歩前に出て呟く。
「そうだ。あの花はまだ咲いていない。花が意志を持ち、本格的に咲けば、臭気を放つ。臭気を吸えば呪われる。じわじわと死に至らせる呪いだ」
「・・・・・・・・・」
「奴らを倒さなければ、この大陸の人間も魔族も9割死ぬだろう。生き残っても、死ぬまで呪いで苦しむか、どちらかだ」
ベラの絶望と希望を受けた、呪いの悲鳴が頭に浮かぶ。
「9割って・・・・・・・・」
「信じられない・・・」
「あの花は魔族が咲かせたわけじゃなかったのか?」
「そもそもどうしてここに魔族が・・・」
「静かにしろって。ここに来た時の、団長の指示だ・・・」
色んな意見が混在してるのが聞こえた。
どの国もまだ方向性が定まってないのか。
「どうしてあんな悪趣味な花、魔族が咲かせなきゃいけないのよ」
サタニアが髪を後ろにやって息をつく。
「アイリス、こいつらに何を説明したんだ?」
「えっと、アース族のことを説明してたら、なんだか質問攻めにあっちゃって。Vtuberのことも説明してたんだけど、あまり伝わっていないのかも」
「なるほどね。ま、頭の固い連中ほど理解するのは難しいから」
「・・・・・・・」
息をつく。
エヴァンが逃げるのも頷けるな。
いちいち、理解させるのが面倒だ。
「とにかく、ここは数日以内に戦場になる。逃げたければ逃げろ、異世界住人も魔族もお前らを追いかけない。残るなら、魔族の王である俺の指示に従え。勝手に死ぬくらいなら、役に立って死んでもらう」
「・・・・・・・・」
「異論はあるか?」
腕を組んで、周囲を見渡す。
「私はガブリエル王国のヴァルガです。魔族の指示には従えません」
真っ白な甲冑に身を包んだ男が手を挙げる。
「俺たちもだ!」
「魔族に従うなんてありえない!」
「私もラファエル王国騎士団長として断固として反対します」
「我が国は聖なる天使の守りし国。魔族などとは共闘できません」
高貴な装備品に身を包んだ者たちが続々前に出てきた。
「まぁ、そうなるよねー」
エヴァンが後ろで手を組んで、他人事のように呟いていた。
「じゃあ、この場から出ていけ。邪魔だ」
「待って、魔王ヴィル様」
背を向けようとすると、アイリスが前に出た。
すっと指を動かして、巨大なモニターを表示する。
「!?」
「アイリス様・・・・まさか」
エヴァンが何か言いかけて、口をつぐんだ。
「ちょうどさっき、解析が終わったの」
国名とグラフが表示されている。
横には小さく数値のようなものが書かれていた。
「これは投影魔法じゃない」
「異世界の・・・」
「手短に話すから聞いてて。これはここに集まった国別に、戦闘能力を分析したもの。計算の値となっているのは、単なる能力値の分布だけではなく、過去の実績、国民の数、教育など、この世界で戦いをするのに必要なものを数値化した。読んでいけばわかるけど、長くなっちゃうから」
アイリスが指を動かすと、文字が流れていく。
イオリたちが動かしていたコードのようだった。
「な、なんだ? これは・・・・」
「ラファエル王国はここで協力しなかった場合、死亡率96,5パーセント、残りは戦いの最中に逃げ出すでしょう」
「なっ・・・・」
「デタラメだ! そんなの!!」
「ウリエル王国は99パーセントの確率で死ぬでしょう。ここに式がある。魔導士の多い国、全体的な火力に欠ける。愛国心を育てる教育があり・・・」
「止めてください!」
ガブリエル王国の兵士が叫んだ。
「各国の機密情報を知りに、ここに来たわけではありません・・・・」
「そう」
アイリスがぴたりと止めて、モニターを暗くした。
「じゃあ、どうする? みんなが意志を固めるのに、数値化した方がわかりやすいかと思って、戦闘能力を割り出したんだけど」
「・・・・・・・・」
「ちょっといいか?」
ウリエル王国の紋章を胸に付けた男が前に出てくる。
見覚えのある顔だ・・・。
「俺は、ウリエル王国団長、ザハイルだ。騎士団長といってもな、そんな品がいいもんでもねぇな」
ザハイルが出てくると、周囲の人間たちが自然を道を開けた。
こいつが、リーダーのようになってるのだな。
「珍しく出てきたエルフ族、アリエル王国を裏切って魔族についたガキ、十戒軍と関わっていた魔族の少女、そして、勇者オーディンの息子・・・」
「!!」
周囲に動揺が走る。
「オーディンってあの・・・?」
「まさか、息子がいたなんて・・・」
「そうか。ほとんどの者は知らないのか。そりゃそうだよなぁ。息子は出来損ない。落ちこぼれのヴィルって名前は聞いたことあったが」
ザハイルがにやりと笑った。
「俺は昔オーディンと組んだことがあってね、それ以来ちょくちょく会ってたんだ。飲み仲間さ。お前の話はそれとなく聞いてたよ」
「何が言いたい?」
「みんなここにいるのは半端ものの集まりだ。必要以上に怯えることはない」
ザハイルが声を大きくした。
「それに、そこにいるアイリス様とやらは俺が見るに・・・」
「?」
アイリスのほうを確認してから、何か言おうとする。
― 魔王の剣―
― 雷帝の剣 ―
キィンッ
「っと・・・・」
エヴァンと俺が同時にザハイルの首に剣を突き付けた。
バババババババッ
周りにいる人たちが、驚いて武器を構える。
「誰にでも触れられたくないようなことの一つや二つあるだろ? おっさん」
エヴァンが低い声で言う。
「どうして半端ものなんて決めつけられるんだよ」
「俺は国に忠誠を誓った身だ。何があっても魔族なんかと共闘するものか。お前のように、のらりくらりやってきたガキが気安く声をかけるな」
「へぇ、そのガキは、お前よりもはるかに強いけどな」
エヴァンの剣に魔力が走った。
「おっさん、あまり目立つと血圧上がるぞ」
「ヴィル、そういや、お前にはマリアがいたじゃないか。可愛がってもらっていたんだろう? よく神に祈ってたマリアだ。今のお前の姿を見たら悲しむんじゃないのか?」
「お前は、マリアの父親だな?」
「!!」
「マリアが飾っていた写真立てに、お前と似た人間が映っていた」
「な・・・・」
ザハイルが唾を呑み込む。
「マリアを捨てたのか?」
「っ・・・・それは・・・」
「・・・そうゆうことだ。誰にでも事情はあるだろう。他者を気安く決めつけるな」
声を小さくして言うと、ザハイルが黙り込んでいた。
「ん? なんの話? ん?」
アイリスが状況についていけず、首をかしげていた。
「・・・・・・・・・」
魔王の剣を仕舞う。
エヴァンにも剣を納めるよう、手で指示した。
「こいつがこの中で一番強いようだな。今ので、俺らがここにいる誰よりも強いことが理解できただろう? あとは2択だ、ここに残るか、逃げるか」
「・・・・・」
「明日までに決めろ。いいな」
アイリスのいる場所に戻ろうとすると、人間たちが自然と道を開けた。
ウリエル王国の者たちがザハイルの元に駆け寄っていた。
「魔王ヴィル様・・・」
「ヴィル、怖かったですよ。ここで血を見ることになるのかと思いました。レナはヴィルなら絶対、首をはねると思いました」
レナがサタニアの後ろからいきなり出てきた。
「俺も意外とガチだったんだけど」
「エヴァンは、ヴィルより先に手を出さないでしょ」
「まぁ、確かに。てか、サタニアってよく人を見てるよね」
エヴァンが軽く腕を回しながら言う。
「アイリス、ここを出るぞ。本がある部屋に案内してもらえるか?」
「うん!」
「ヴィルはこの状況でも読書なのですね」
「別に、本をいくら読もうが状況は変わらないだろ?」
「そうなんですけど・・・レナは人間の匂いが濃くて落ち着かないのです」
レナが人間たちを見て、怯えていた。
ここの人間は強いほうだけど、本来の魔力はレナのほうが上なんだけどな。
「部屋が変われば落ち着くわ。私も人間の匂いは苦手」
サタニアが自分の髪を触りながら、近づいてくる。
「客室に本を集めておいたから、案内するね。リナエ、リナル、コノハが目覚めたら教えて」
「はい。あと3時間後と聞いていますので、そのあたりに伺います」
「了解」
アイリスがリナエとリナルに手を振る。
部屋を出ていくまで、人間たちの中に声を上げる者はいなくなった。
俺たちがいなくなると、ドア越しにざわつく声が聞こえてきた。




