333 天使の迷い
「なんですか? この腕輪は・・・」
レナが金色の腕輪をかざしながら言う。
4つの宝玉が埋め込まれていた。
『それを起動すると、君が5人になる』
「レナが5人!?」
「鏡に映ったのと同じような状態になるってことだよ」
「びっくりしました。レナが分裂するのかと思いました」
「んなわけねぇだろ」
りりるらがテーブルから降りて、近づいてくる。
「鏡と同じ・・・ですか」
『そうだ。あとの4人は、鏡に映った君を参考に想像で描いたつもりだ。同一人物なのに、どこか違うように見えたのが不思議だったな』
ナルキッソスが髑髏を触りながら言う。
『”ヴァルハルの舞”か。いいものを見れたよ』
「ありがとうございます。必要になったら使いますね」
レナが遠慮がちに腕輪を触っていた。
「”ウルビト”はどうなった?」
「一部の”ウルビト”はピュグマリオンのダンジョンで保護してもらってます。ベラの近くにいた4人はどうしても見つからなくて・・・」
「そうか」
「脳のデータは確かにあった。雛菊アオイに案内してもらって、見てきたよ。でも、あたしらから見れば不十分だ。単純に、アバターに移行ってのは難しいと思うぜ」
りりるらが腕を組む。
「ゼロを見かけなかったか?」
「少なくとも、脳のデータ保管場所とされているところには居なかったな」
『エリアスの描いたVtuberアバターか。本当・・・彼は俺から見ても天才で・・・』
バタンッ
「ここにいた!」
急に扉が開く。
陽菜アオイとナーダが息を切らしながら、部屋に入ってくる。
「魔王ヴィル、ちょっとついてきて」
雛菊アオイがぐっと手首を掴む。
「ん? 今はサタニアが・・・」
「サタニアならあたしが見ておくぜ。成樹は近づけないようにするから安心しろ」
りりるらが棚に置いてあった砂時計を回した。
「なんだ? 何かあったのか?」
「望月りくが来てる」
「は?」
「魔王ヴィルに会いたいって」
リョクがここにいるってことは、アリエル王国には行ってなかったのか。
「わかった。すぐに行く。ナルキッソス」
『了解だ』
「れ、レナも一緒に行きます!」
レナがマントをつまんだ。
「レナも話したいのです。リョクと・・・」
「あぁ。今、外に出す」
ナルキッソスが金色の髑髏を撫でながら、詠唱する。
足元に魔法陣が展開された。
シュンッ
目を開けると、ダンジョンの外に出ていた。
太陽を遮り、大きな翼を広げたリョクが降りてくる。
手には細い剣が握られていた。
「リョク・・・・・」
― 魔王の剣 ―
剣を出すと、雛菊アオイが慌てて間に入った。
「待って待って、戦うわけじゃないって。ね、りく」
「僕は魔王ヴィル様と話に来ただけだ」
「話?」
リョクは魔族だったころと変わらない顔つきと声をしていた。
「魔族に助けてもらったこと、覚えてる。でも、僕はみんなとの約束があるし、やらなきゃいけないことがある。半分の心臓・・・終末の花の僕と、天使の僕でこの世界の者と戦うことになった。魔族とも・・・」
「それを聞いて、俺がお前を逃がすと思うか?」
「ヴィル!」
「俺は魔族を守る。何があってもな」
「待ってください。レナも話したいのです!」
動こうとすると、レナがすっと前に出た。
「君はエルフ族の・・・・」
「レナは貴女が嫌いなのです。エヴァンがどんな思いで・・・でも、ベラに騙されていたこともわかってます。だから、今からでも和解の道を・・・レナは戦争が嫌なのです」
レナが訴えるように言う。
「今ならまだ間に合うと思うのです。レナも、回復が得意なのです。北の果てのエルフ族として、協力しますから」
リョクがエメラルドのような瞳を塔の方角に向けた。
「僕は騙されていない。知ってたんだ。”ウルビト”たちが、寿命を取られていたこと。寿命が吸われている限り、大人にはなれないこと」
「!?」
「人体実験は元々彼らの脳を保管して、アバターに移行させる仕組みを探ってたんだよ。7割は掴めたんだ」
「そんな・・・だって、ベラは禁忌魔法で・・・」
「Vtuberのみんなを転移させるためには、ベラが必要だった」
「なっ・・・・・・」
レナが驚いて、一歩下がる。
「君は終焉の塔で”ウルビト”を心配してくれたみたいだけどね、死んだ”ウルビト”たちの脳のデータも保管してあるんだ。データがアバターに移行ができれば、問題ない。新しいアバターの準備も進んでいる」
「どうしてそんな残酷な・・・天使なのに・・・」
リョクが首を傾げた。
「どうしてって・・・?」
「・・・・・」
レナが言葉を失っていた。
本気でそう思っているから、堕天していないのか。
あまりに純粋すぎる天使は堕天しないと、アエルが話していた。
「リョク、何しにここに来た?」
レナを引っ張って後ろにやる。
「”ウルビト”を蘇らせるためには人工知能IRISが必要だ。彼女の知能が・・・」
「IRISだと・・・・?」
「人工知能IRIS?」
「アイリスのことだよ」
「!!」
地面を蹴って、リョクに向かって真っすぐ剣を振り下ろす。
ガンッ
白い剣が形を変えて、盾になった。
魔王の剣を弾く。
「どうゆう意味だ!? アイリスを何に巻き込む気だ?」
「人工知能IRISは僕たちに近い。返してもらう。今はまだいろいろな情報が削られたままだけど、きっとどこかにバックアップがあるだろうから・・・」
「それを言われて、どうして俺がお前を逃がすと思う?」
魔王の剣を地面に突き刺す。
― 厄災 ―
ドドドドドドドド ドドドッドドド
地上に黒い亀裂が走る。
レナが慌てて、雛菊アオイにバリアを張っていた。
手をかざしてリョクを押し込もうとすると、リョクがふわっと飛んで、両手を広げた。
― 修復 ―
シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
リョクが白い光を放って地面を閉じた。
「りく! 戦わないっていったじゃない!」
雛菊アオイが岩陰から叫ぶ。
リョクが動かそうとしていた指を止めた。
「リョク、お前は迷ってるんだろ?」
「!?」
「戦うことを迷ってるはずだ。戦場を経験した者しかわからないだろうけどな」
「僕は・・・・・・・・」
リョクが何か言おうとして、口をつぐむ。
リョクの行動は、一貫性がなかった。
俺に情報を与えること自体、間違っている。
「お前は確かに魔族だった。でも、今は敵だ。決めたことがあるなら迷うな」
「魔王ヴィル・・・様・・・」
「俺たちが戦うのはここじゃないだろう? まぁ、リョクが戦いたいなら、構わないけどな」
魔王の剣を解く。
「用が済んだなら、戻れ。どうせ数日後には敵同士になる」
「これを・・・・!」
パチン
リョクが指を鳴らすと、きらっと光るものが落ちてくる。
レナが両手で掴んだ。
「これを渡しに来たんだ」
「腕輪・・・埋め込まれてるのは何の石でしょう? 銀色の・・・」
「ギベオン隕石っていう、異世界の鉱物・・・こっちでは魔法石だ。それを、エヴァンに渡して。これで貸し借り無しだって」
「エヴァンに・・・?」
「僕は本気で戦う。満月とともに、異世界住人のいるアリエル王国を攻める。だから、エヴァンも本気で戦ってほしい。そう、伝えて・・・」
光のせいか、エメラルドのような瞳が微かに揺らいだような気がした。
「・・・・・・・・」
リョクがすっと姿を消した。
真っ白な羽根が宙を舞う。
「リョク・・・」
「レナ、それをエヴァンに隠しておくか?」
「えっ!? レナはそんなことしませんよ。ちゃんと伝えますよ。リョクがエヴァンのことを、まだ思っていたって・・・」
白い羽根を一枚拾う。
「お人よしだな。俺は、レナはもう少しずるく生きたっていいと思うが?」
「リョクのあの表情を見たら、嘘はつけませんよ。エヴァンも知っておいたほうがいいです」
レナが腕輪を握りしめながら言う。
「いい魔族なら紹介してやるぞ」
「レナを失恋したみたいな扱いしないでください」
頬を膨らませた。
「違うのか?」
「違います、エヴァンには友愛の情があったから心配だっただけです。アオイ、もう大丈夫ですよ。ダンジョンへ戻りましょう」
「うん・・・・」
レナが岩陰に隠れていた雛菊アオイに手を伸ばしていた。
腰を抜かして、立てなくなっていた。
満月・・・か。3日後だな。
白い羽根を風に乗せて、マントを翻した。




