29 憎しみ
「魔王ヴィル様、降りないの?」
「・・・・・・・・・・」
遠くからだとわかりにくいな。
近くまで行ってみるしかないか。
「ギルバート、グレイ、アイリスを連れて湖のほうへ向かえ。20分後こっちに戻ってこい」
クォーン
「アイリス、ギルバートとグレイから落ちるなよ。俺は少し偵察してくる」
「魔王ヴィル様・・・・・」
アイリスが、ぱっとマントを離して双竜のうろこに掴まった。
ドラゴンに乗りなれていない感が伝わってくるが・・・。
ギルバートとグレイも不安そうにしているが、まぁ大丈夫だろう。
大きな顔のような形の岩の前に降りていく。
草原を歩きながら、人間の気配を探っていた。
5人だな。
― 王者の波動―
ズン・・・・・
「リリアっ・・・・・」
魔導士2人、剣士2人、アーチャー1人が姿を現す。
魔導士のバリアを張って隠れていたのか。
魔王城に来ていた奴らのものよりは劣るな。
アーチャーが真っ先にこちらに弓矢を撃ってくる。
片手で受け止めた。手の中でしゅうっと音がした。
「くっ・・・・なんで俺の弓矢を素手で? さっきの魔族どもは戦闘不能にできたのに」
炎の魔法をかけているのか。毒も塗られているようだ。
無効化してから、後ろに放り投げる。
「あいつ魔王ヴィルじゃないか・・・?」
「はは・・・・噂のヴィルか・・・。確かにこの魔力・・・魔王と言われれば頷ける。でも、ヴィルってのがウケるな」
「隣のギルドは、全滅寸前だったらしいわ。クリス、気を付けて」
「わかってる」
剣を構えていた。
「でも、うちのギルドにいたときのヴィルって、転職しても転職しても、年中C級だったってやつだろ? みんな困ってたよな」
笑いをこらえながら話していた。
「噂では聞いたことがある。でも、俺はそんな雑魚と話す機会なんてなかったからな」
「言えてるな」
剣士が鼻で笑っていた。
こいつ、アリエル王国のギルドの連中か。
見覚えはなかった。
いや、俺は・・・。
「魔王になって、いきなり特殊な力でも付与されたってか。いい身分だな」
「俺の矢を防いだ。油断するな」
「はいはい」
けらけら笑いながら、少しだけ警戒して近づいてきた。
剣士の後ろで魔導士が詠唱している。
ググググググ
「!?」
地面から十字架の木が生えてきて、押さえつけられた。
「やったぁ。かかった・・・」
「さすがギルド上位の魔導士。リリアだな」
「ふぅ・・・意外と楽だったね。魔王とはいえ、あのヴィルだもの」
大きな杖を持った女魔導士が息をついていた。
「じゃあ、ここからは俺たちがっ・・・・」
「援護します」
剣に炎と風を纏って、2人の剣士がこちらに向かって走ってきた。
一人の魔導士が飛び上がって、光属性の攻撃力バフを二人に付与している。
『合技ファ・・・・』
― 悪魔の罠―
ドドドッドドド
「!?」
体を縛っていた十字架からするりと降りて、マントを直す。
せり上がってきた十字架に5人が縛られていた。
「な、なんだ、この魔法は・・・・」
「お前らの使ってきた魔法を返しただけだ」
手をかざして、縛りをきつくしていった。
この程度で、魔王である俺が引っかかるわけないんだが・・・。
賢さが足りてないな。
こいつらは、傲慢なまま、ここまできたのだろう。
「きゃっ・・・・・」
「・・・ユリナっ・・・・」
砂を払って、ゆっくり近づいていく。
「お前らはギルドの依頼で来たのか?」
「そ・・・そうだ」
「クリス! ギルドの情報だぞ」
「こ・・・・この体勢になった時点で、終わりだ。わ、わ、わかるだろう? 俺らは死ぬ」
「・・・・!?」
「命だけは見逃してくれ」
汗をかきながら周りを見ていた。
命乞いか。
哀れだな。
「・・・・・・・・・・・」
「ヴィルっ・・・私は、許さないわよ。私たちのギルドにいたくせに裏切って、多くの人を殺すなんて・・・」
女魔導士がキッと鋭い目つきでこちらを睨んでいた。
手のひらにどうにかして魔力を溜めようとしているのを感じる。
「リリア!」
「だって、そうじゃない。こんな魔法・・・」
磔にされても、よくこんなに余裕でいられるな。
「お前らは、アリエル王国のギルドの者か。俺はずっとお前らが憎かった」
「・・・・?」
「上の階級にいて、ちやほやされていたお前らは知らないだろうな。経験したことないのだから。嘲笑い、蔑み、ことあるごとに、話のネタにしようとする奴らへの憎しみを・・・」
ゆっくりと、魔王の剣に魔力を込める。
「ヴィル・・・・」
長いことアリエル王国のギルドを転々としていたが、名前を憶えていた者も、顔を覚えていた者もほとんどいない。
皆、同じ言葉しか言わないからな。
落ちこぼれのヴィル、と。
「ね・・・ねぇ、私たち一度は同じギルドだったじゃない。交渉しましょうよ。ね」
「そうだ。い、今から話せば、分かり合えるかもしれないしな」
こいつらは何か幻覚でもみているのか?
支離滅裂だろ。
― 魔王の剣―
キンッ
「!?」
一瞬で、リリアの胸元に剣を突き付ける。
「俺は人間ではない。魔族だ。勘違いするな」
「みん・・・・・・・・」
ドサッ・・・・
言葉を発する前に刺して、魂を抜いた。
口を開いたまま、仰向けに倒れていた。
「リリアー!!!!!」
アーチャーの男が叫んでいた。
動いた勢いで、縛った腕にうっすらと血が滲んでいる。
「あ・・・あ・・・あああ・・・・」
一瞬にして、全員の顔色が変わった。
やっと死を感じたのか。
「S級以上が・・・金で集められてるんだよ。人間のものになったダンジョンを守るように・・・」
「?」
震えるような声で、狂ったように話し始める。
「クリス! それは話してはいけない決まりだろう?」
「知るかよ。どうせ、俺たちだって殺されるんだ」
怒鳴りながら言い返していた。
「俺はお前らと違ってA級からS級に上がったわけじゃない。C級B級を何個もこなしてS級に上がったんだ。どうせ、俺のことお前らも見下してたんだろ?」
「クリス・・・」
体中が子羊のように震えているのが伝わってくる。
「お前・・・こんな時まで・・・何を」
「知ってるんだぞ。俺らは優秀だから集められたんじゃない。おだてられて、いい気になってこのダンジョンを見張るように仕向けられたんだ」
「や・・・やめてよ・・・こんな喧嘩なんて・・・っ・・・」
パニック状態になっているようだ。
「お前ら、魔族を殺したって言ってたな?」
「あぁ、このダンジョンに来る途中の魔族をな。強かったけど、まぁ俺たちのほうが上だったから殺せたんだ。ハハハハ」
「ダメだ・・・こいつ完全に狂ってる」
アーチャーが項垂れていた。
「そうだ、落ちこぼれのヴィルでさえ魔王になれたんだ。俺も魔族にしてくれないか・・・・? 人間の情報はもっと持ってるんだぜ」
「クリス、お前・・・・」
「・・・黙れ・・・・・・・」
剣を握り締めて、4人まとめて十字に切った。
バサッ・・・ドドドドド
十字架がすうっと消えていく。
二人の剣士は、咄嗟に逃げようとしたのか、斜めに攻撃を受けていた。
虫唾が走るような奴らだ。
俺は、こんな奴らと同じギルドにいたのか。
「魔族に、お前らみたいな穢れた奴らはいらない」
絞ればもっと情報を得られたのかもしれないが、力が抑えられなかった。
剣を仕舞って、死体を見下ろす。
こいつらは上位魔族と戦っても、瞬殺されていたはずだ。
階級はともかく弱すぎる。
人手が足りていないんだろうな。
魔王復活、上位魔族の出現、人間たちの混乱は火を見るより明らかだ。
適当に充てられたのがこいつらってところか。
哀れな奴らだ。
とにかく、今はこの死体を何とかしなければな・・・。
アイリスたちが戻ってきてしまう。
シュンッ
丘の上から魔族が飛び出てくる。
すたっと、前に降りて跪いた。
「ま・・・魔王ヴィル様ですか?」
右腕が竜のような皮膚をしていた。
こいつは確か・・・上位魔族に召集かけられたときに魔王城に来ていたやつだな。
「あぁ。お前の名は?」
「俺はアモン、ゴリアテ様配下のドラゴン系の魔族でございます」
深々と頭を下げていた。尖った耳がぴくっと動いている。
アモン
職業:ドラゴン
武力:95,000 装備:なし
魔力:29,000
闇属性:21,900
防御力:10,000
特殊効果:ドラゴン化により攻撃力 + 30,200
弱点:闇属性の攻撃を受けた場合通常ダメージ+20,000
右目を閉じる。
上位魔族よりは劣るが、特殊効果を発動することでカバーできそうな奴だな。
「ここは、俺の管轄の地域でございます。こちらで処理すべき人間どもが・・・大変失礼いたしました」
「いい。情報が聞けたからな」
それよりも、この死体だ。
こんなのアイリスに・・・。
「これから、この近くのダンジョンを取り返しに行く。すぐにこの死体をどこかに隠してくれ。あと、戦闘がなかったようにきれいにしてもらえると助かる」
「え・・・・・?」
不思議そうな顔で固まっていた。
「ダンジョンの前は綺麗にしておきたいからな。人間がいた痕など残したくない」
「か・・・かしこまりました。すぐに、私の配下にいる魔族を集めます!」
アモンが竜の遠吠えのような声を出す。
空を飛んでいた小さなドラゴンや、木の陰にいた獣のような魔族たちが集まってきた。
「ここにある人間の死体を、ただちに谷から突き落とせ」
てきぱきと指示を出していた。
魔族からの信頼も厚いようだ。
アモンか。戻ったらゴリアテに、話を聞いてみるか。
大きな岩に寄り掛かりながら天を仰ぐ。
まだ、あまり時間は経っていないはずだが・・・。
ギルバートとグレイが死体の掃除中に来てしまわないか、落ち着かなかった。




