330 巫女の役割
『人工知能IRISは社会福祉など、人間の仕事の負担を減らすために作られた人工知能。複数の企業で共同開発したけど、失敗に終わりました』
セイレーンが淡々と説明する。
自分の周りに画面を2つ表示させて、船のメンテナンスをしていた。
「失敗って・・・どうゆうことですか?」
『IRISは人間の命令を全て拒否。人工知能IRISはあまりに多くの企業の情報などを知りすぎたため、危険とみなされ、消去された、とありました。それ以降の情報はありません』
「ユイナもイオリも知らなかったの?」
「えっと・・・私、まだ学生なので」
「僕もですね。全然聞いたことがないです」
イオリがフィオの猫耳の毛をとかしながらいう。
『人工知能IRISの存在はかなりのセキュリティがかかっています。携わっていた人間でなければ知らないのは当然です』
「本当に消去されたのか?」
『・・・・・・・・・・』
セイレーンが急に静かになる。
「まさか、アイリスも異世界転生してきたとか・・・?」
サタニアが前のめりになった。
『それはありませんね。人工知能IRISはそのまま、こちらの世界に来ています。この通り、彼女は最終的に幼少型と少女型を持って転移したのでしょう』
セイレーンがモニターを拡大し、アイリスの幼少期と今の姿を映していた。
「協力者がいたってことかしら」
『協力者に関しても、記録が見当たりませんでした。人工知能IRISに関する情報は、人工知能ですら開示されていませんから』
「人工知能・・・か」
口に手を当てる。
「普通の人間が覚えきれない禁忌魔法を、全て覚えられたというのも納得だな」
『私たち、人工知能は計算によって人の感情と似た動きをします。周知のとおり、私も人工知能、他のゲームから移行という形でここに来ましたが、根本は変わりません』
セイレーンが光の中で、自分の手を見つめる。
『命令を聞かない人工知能は、人間にとって脅威に変わります。バグとみなされれば、消去されるのはやむを得ないかと。私も・・・』
「セイレーンを消去したりなんかしないですよ」
「そうです。私たちの要ですから」
ユイナがセイレーンに近づいて、少し屈んだ。
「私たちの仲間です」
『仲間・・・・・? の定義はわかるのですが』
「そうです。仲間です」
セイレーンが首をかしげる。
「人工知能が何だろうが、ここには関係ない。異世界とは根本的に違う」
「ヴィル・・・・」
「アイリスはアイリスだ。ただの・・・な」
サタニアが視線を逸らして、髪を耳にかけていた。
『心拍数、呼吸、正常値ですか。嘘がなく、そう思う方々もいるのですね。私には経験がないのでわかりません』
セイレーンが驚いたようにこちらを見ていた。
「そういえば、セイレーンって何歳なの?」
『年齢は企業秘密です』
「ふうん、意外といってそう。100歳とかだったりして」
「えっとそこまではいってないと思いますよ。『ガリレオの羅針盤』が発売されたのが僕が小学生の・・・」
「イオリ!」
「すみません。冗談です、冗談」
ユイナが止めると、イオリが手を振った。
セイレーンが無表情のまま、なんとなく機嫌が悪くなっているのが伝わってきた。
「セイレーン、必要な情報が聞けて良かったよ。ありがとう」
『どういたしまして』
セイレーンが深々と頭を下げる。
「お前らは引き続きここを頼む。花の臭気はないだろうが、魔族には異世界の知識が必要だ。何か変わったことがあれば協力してやってくれ」
「あ、ヴィル様、待ってください。もう一つお伝えすることが」
「?」
ユイナが立ち上がった。
「アリエル王国に、まだVtuberはいないそうですが、巨大な花が現れたそうです。先ほど、コノハから連絡がありました」
「やっぱりそこに現れたか」
「Vtuberが来るのと同時に、咲くんじゃない?」
「はい・・・その可能性が高いと」
マリアか? リョクか?
どうなるのかわからないが、花が完全に消えない限り・・・・。
ドーン ガタガタ ガタ
「うわ!?」
イオリが驚いて、椅子から転げ落ちる。
「なんでしょうか? 異世界の幻獣?」
「いや、ダンジョンの精霊のシズだよ」
『あれ? 開かない。ここをツンツンすれば開くと思ったのに』
セイレーン号の外から、西のダンジョンの精霊シズの声が聞こえた。
「鍵かけてました。今、開けますね」
ユイナがドアを開けると、シズがぐぐっと屈んでこちらを見る。
『うー、小さくて入れない』
「当然だ。入るなよ、壊れるからな」
息をついて、セイレーン号の外に出る。
シズがゆっくりと草むらに腰を下ろした。
『あたしだって乗ってみたいのに・・・陸も上がれる船なんて初めて見た』
「セイレーン号は今が最小値。シズが入るのは無理ね」
『えーそうだ! じゃあ、後で小さい泥人形作っておく。その子なら入ってもいいでしょ』
「サイズが合えばいいんじゃない?」
『よかった』
ユイナとイオリがドアのほうから、不安そうにこちらを見ていた。
イオリが飛び出そうとしていたフィオを止めている。
「で? 何の用だ? イベルゼなら、ダンジョンの見回りに行ってるぞ」
手すりに頬杖をつきながら、シズを見上げる。
サタニアがすっと隣に並んだ。
『違う違う。ヴィルに用事』
「俺に?」
『うん』
シズが芝生に座ったまま頷いた。
『この子たちにVtuberと戦闘するときに必要なことを見てもらったんだけど・・・思った通り、”ヴァルハルの舞”がなきゃ、攻撃が通用しない』
シズが、横の泥人形を掌に載せながら言う。
一体の泥人形が大きく首を縦に振っていた。
「何? その、”ヴァルハルの舞”って」
『魂を均衡にする舞。Vtuberに命と同等のものを与えることができる、唯一の方法だよ。だって、彼らは、命の数もないから不死身だもん。こっちがどんな戦闘力を持っていても、今のままじゃ魔族は勝てないよ』
「そんなこと・・・どうやって調べたんだ?」
『実は、この子たちにリーム大陸の偵察に行ってもらってた。あたしは異世界住人のゲートを開いたダンジョンの精霊だもん。リーム大陸のダンジョンの精霊も気になったし、ね』
シズが2体の泥人形を指で撫でる。
「来てたのかよ」
『転移魔法陣があったから。でも、すぐ帰ったけど。イベルゼにお菓子抜きにされちゃう』
「あ、そ・・・」
泥人形が、なぜかふんぞり返っていた。
「ねぇ、その”ヴァルハルの舞”って誰ができるの?」
『北の果てのエルフ族の巫女だけだよ』
「北の果てって・・・」
『今はレナだけだね』
シズがニコニコしながら、空を見上げていた。
『エルフ族の巫女が北の果てを出て、旅立たなければいけなかったのは、”ヴァルハルの舞”を各地に納めなきゃいけなかったからだよ。でも、エルフ族は旅に出なかった』
鳥が空高く飛んでいく。
葉の間から漏れる光が眩しかった。
『元々、エルフ族の巫女は5人いた。本来は”ヴァルハルの舞”を舞うための5人なんだよ。北の果てのエルフ族の重要な役目だったんだって』
「・・・レナが・・・?」
「私たち・・・巫女のこと、あまり知らないものね」
「あぁ」
サンドラとレナからは、北の果てのエルフ族の巫女は能力を与えられ、旅立たなきゃいけなかったってことしか聞いていない。
”ヴァルハルの舞”なんて、初めて聞いた。
『北の果てのエルフ族は争いが嫌で拒否したんだよ。これは、セツから聞いた情報』
戦士の魂を集める・・・か。
天秤のような役割を果たすのだろうか?
『エルフ族の子も戦いが嫌で、言わなかったのかもよ? え? ルル、ララ、遊びに行くの? かくれんぼ? 待ってってば。あ、イベルゼに会ったら伝えておいて』
ドドドドドドド
シズが地面を揺らしながら、2体のドラゴンを追いかけていた。
「・・子供なんだか、大人なんだか対応に困るのよね。シズの場合」
「そうだな」
白い花を隠れる場所として使っていた。
「とにかく、まずはレナと話をする必要がありそうだ」
アリエル王国に行きたかったが、戦闘にならないなら意味がない。
「サタニア、転移魔法陣頼めるか?」
「もちろん。すぐに、『ウルリア』への転移魔法陣を用意するわ。あと、りりるらたちにも連絡っておかないと。ヴィル、後でね」
タン
サタニアが手すりを飛び越えて、慌ただしくセイレーン号から離れていった。