324 イベリラの記憶①
「ヴィル、ここは?」
「冥界だ。ベラの記憶を辿っている」
「冥界?」
どこまでも真っ白な・・・そうか。街に雪が降り積もっている。
家の明かりがぼんやりと見えていた。
「サタニア、体に異変はないか?」
「全然、しいて言うなら魔法が使えないのかな? どうして?」
「冥界に来れる者は限られてるんだよ。まぁ、サタニアは来れると思ったけどな」
「えっ」
「お前は一度来ただろう? 冥界に」
「・・・そうね・・・」
サタニアがなんとなく察したような顔をする。
サタニアは一度死んでる。
ハナの代償蘇生で蘇ったからな。
「でも、よかった。魔法は成功したのね」
サタニアがほっと胸を撫でおろす。
「で? 肝心のベラはどこにいるの?」
「ここだ」
左腕をかざす。
枯れた棘のある蔦が巻かれていた。
「どうゆうこと?」
「こいつの魂は既に枯れてる。人の形を保てず、この絡まった蔦みたいになってるってことだろうな。気色悪いが仕方ない」
冥界への誘いは、本来、対象者の記憶を辿らなければいけなかった。
死ぬときに見る、走馬灯のようなものだ。
堕天使ミイルの場合は、ハナが来たが、こいつには誰もいないからな。
面倒だが、俺が、直接ぶち込むしかない。
「?」
ザザッ
手前の小さな家のドアが開く。
『オーディン、やっと帰ってきたのね。また酒場でも立ち寄って、女でも作ってるんだと思った』
『はぁ・・・クエストが長引いたんだよ。酒は飲みたかったけどな』
「!?」
振り返ると、大剣を抱えた若かりし頃のオーディンが雪の上を歩いていた。
肩に下げた大きな袋には、食材が入っているようだ。
『早く入って。家が冷えちゃう』
足跡は、すぐに雪にかき消されていく。
家に入ると、オレンジの柔らかい光が部屋を照らしていた。
『ふぅ、疲れた』
『あー、またお酒買ってる。私、飲めないのに』
オーディンが酒瓶を出すと、ベラが文句を言っていた。
『ベラ、そんなことより、街の人から聞いたぞ。お前、今日、単独でダンジョンに行ってたんだろ?』
『ちょこっとだけ。でも、すぐ帰ってきたもの』
『身重なのに、何やってるんだよ』
『だって、ゼロも元気だし、ダンジョンにいたほうが調子がいいの。きっと、この子は大きくなったらラグナロクを止める勇者となると思うの』
『勝手なこと言うな。勇者なんてろくな職業じゃない。俺は絶対に、反対だ』
オーディンがドンとテーブルに食材を置く。
ベラがゆっくり体を起こして、パンを出していた。
『都合よく担ぎ上げられて、民を守るために危険な任務をこなさなきゃいけないのが勇者だ。ゼロにはそんな思いをさせたく・・・って、それは俺のパンだ。ベラにはこっちの栄養価の高い果物を・・・』
『いいじゃない。私、この木の実の入ったパンが好きなの。やっぱり、ギルドの酒場の食材はいいものばかりね』
『・・・・・・・』
ベラがパンを強引に奪って、椅子に座る。
オーディンが見慣れない黄色とオレンジの果物を、紙袋に戻していた。
『それ・・・・ゼロの分だからな』
『わかってる。私と、ゼロと半分ずつ。ね』
ベラが大きなお腹を撫でながら言う。
『ベラ、頼むから、安静にしててくれよ。それだけが気がかりだ』
『大丈夫。私もゼロも元気だもの』
オーディンの穏やかな顔を初めて見る気がした。
ベラはどこかアエルに似ているな。
アエルに言ったら、嫌がるだろうが。
『オーディン、私、今回のダンジョンで気づいたことがあるの。ダンジョンはきっと異世界に通じている』
『異世界?』
オーディンが足を組んで、骨付き肉にかぶりついていた。
『ダンジョンは魔族の住処だろうが。ま、現時点では国のギルドの権力を図るための指標みたいなものだな。お前まさか、魔族のダンジョンに・・・』
『ううん。ラファエル王国のギルドが攻略したっていうダンジョンに行って来ただけだよ。ちゃんと許可ももらった』
『・・・・お前な、だからって、ダンジョンには仕掛けが・・・』
『お腹に赤ちゃんがいたって、魔力には自信があるんだから。魔族のいないダンジョンの最下層まで行くのなんて余裕よ』
ベラが自慢気に言う。
確かに、この時点でもかなりの魔力を持っているのが伝わってくる。
オーディンが折れるのも無理ないな。
『ダンジョンの精霊には会えなかったけど、この世界には考えられないようなものがあった』
ベラが、布に包んでいた一つの石ころをテーブルにのせる。
『お前、まさか・・・』
『ちょっと拝借してきたの』
『だから・・・なんでそうゆう危ないことばかりするんだよ』
オーディンが頭を抱えながら言う。
『まぁまぁ、もうしないから』
『当然だ! お前の身に何かあったらゼロも危険になるんだからな』
『大丈夫。だって、私、最強の魔女だもの。それより、ちゃんと見て』
石はその辺に落ちている石と変わらないように見える。
親指の先くらいしかない、小さな石だ。
『ダンジョンの最下層に落ちていたの。ちょうど、階段を降りたところ』
『んーまぁ、ダンジョンの宝には見えないな。特殊な魔力が流れているように見えないし、ただの石ころじゃないのか?』
『まぁ、見てて』
ベラが杖を出して、岩をこつんと突く。
少しカタカタ揺れて、動かなくなった。
『これは・・・』
『今、この世界にある属性の魔力を全て流したの。でも、ほら、何も反応がない』
ベラが杖を仕舞いながら言う。
『どんな石でも、魔力には反応するわ。きっと、この石は異世界のものよ』
『もし、そうだとして、異世界ってどこなんだ?』
『うーん。ダンジョンの精霊が出てくれたらいいのにな。あっ・・・』
オーディンがベラから石を奪い取る。
『とにかく、もうすぐゼロが生まれるんだろう? お前はここから一歩も出るな。何のために、医学の進んだこの街に来たのかわからないだろうが』
『わかってる。明日からは、じーっとしてるから』
ベラがカーテンを開けて、窓の外を眺める。
『この真っ白な景色を、ゼロに見せてあげたいな』
『外は寒いけどな』
『冷たく澄んだ空気、真っ白な雪景色、ゼロが最初に触れるものはこうゆうものがいいな』
『あぁ、俺とベラの子供だ。力のコントロールの仕方も、教えてやらないとな』
オーディンが軽く微笑みながら、酒を開けていた。
「・・・・・」
「ヴィル?」
「あ、あぁ・・・」
はっとして、オーディンたちから視線を外した。
「なんかあったのか?」
「このときはまだ、ダンジョンのことはあまり知られてなかったんでしょ? ここにある本にも、ダンジョンについて書かれたものはないなって思って」
サタニアが、壁一面の本棚を見ながら言う。
「この時間では、私はまだ転移してきてなかったから。異世界と繋がったから、転移してこれたんだけどね」
「俺も生まれてないから知らないけどな」
「あ、そっか」
背中から、オーディンとベラの笑い声が聞こえた。
「あ、私もその段の本、気になったの。魔法薬学と人体の話ね」
「俺も知らない魔法書だな。よくこんなに集めたな、あいつら・・・」
目の前に、魔法関係の書籍がびっしりと並んでいた。
棚には、手入れされた装備品や魔道具が置かれている。
才能だけで得た力ではない・・・か。
「ヴィル、その左腕の蔦はどうなってるの?」
「何の反応もない。枯れてるからだと思うが・・・」
ただ巻き付いているだけだった。
「!!」
バイデントから、冥界の声が聞こえる。
「・・・・・そうか」
「え?」
「・・・・・・・・・・」
聞いたことのない、オーディンとベラの幸せそうな会話に、耳を塞ぎたくなる。
これから・・・か。
心が痛む? 俺が?
いや、俺には関係のない話だ。こいつらに、何があろうと。
明日の朝、ゼロは誕生する。
ただ、生まれたときには既に死んでいた。
命を失ったまま、肉体だけ誕生することになる、と。




