323 花の舞
鬱蒼とした木々が風に揺れる。カラスが飛んでいた。
おぞましい魔力が漂っているのがわかった。
「あちらに・・・一応、凍らせる魔法はかけておいたのですが」
「大きいな」
「はい・・・・」
花は周辺の木をなぎ倒して生えていた。
つぼみの中に人影が見える。
「さっきまでは、まだこんな状態じゃなく・・・まさか、もう破ろうとしているなんて」
既に咲こうとしていた。
閉じた花びらが、分厚い氷を押し割ろうとしている。
ミシッ
「っ・・・!」
ザガンがびくっとした。
圧倒的な力だ。
「ザガンは戻って今の状況を他の魔族に伝えてくれ。絶対にこっちには来るな」
「でも・・・そ、総力戦のほうがいいのではないでしょうか? 城にいる上位魔族を全員、呼びましょうか? ババドフたちも戻ってきてると思うので氷魔法も・・・」
「魔王と魔王代理がいるのよ。私たちだけで十分でしょ」
「でも・・・」
「お前らは逃げることを考えろ。いいな」
「・・・・・・・」
サタニアが魔女の剣を出す。
手が震えている。強がっているのが伝わってきた。
「もし、魔王城にある花が動き出したら、臭気だけは絶対に吸うな。骨まで食い込む呪いだ」
「・・・かしこまりました」
ザガンが青ざめながら、すぐに魔王城に戻っていった。
「サタニアはいいのか?」
「氷属性の魔法なら、私のほうが得意でしょ。ちゃんと役に立てるって、ヴィルに見せたいの」
「そうか」
― ハデスの剣 バイデント ―
「・・・・・」
バイデントを持って、花の真上に行く。
「ヴィル!」
「こいつは、ベラだ。なんとなく、感じるものがある」
「違う・・・・ヴィル! 足が!」
バイデントを持つ手が、硬い鱗で覆われていく。
足も太く、ドラゴンのようになっていた。
「来るぞ!」
深く息を吐く。
パリンッ
ザザザザザザザザザザザザザザー
突然氷が破られ、中から大きな女が現れた。
百合のように艶やかな皮膚に覆われた女だ。
ゆっくりと体を起こし、血のような目で周りを見渡す。
「ベラ・・・そこまで、醜くなったか」
ゆらっと揺れながら、急に止まった。
「きゃっ」
「奴の攻撃だ」
サタニアをマントで隠す。
キャァァァァァ キィィィィィィィィィィ アアァァァ
白い体を震わせて、頬を押さえながら、高音で叫ぶ。
断末魔の悲鳴のようだった。
飛んでいたカラスがバタバタと死んでいくのが見える。
「!!!!!!」
バサーッ
アァァァァ アァァァァァ
「!?!?」
ベラのような形をした女が手を伸ばすと、黒い光が放たれる。
指先にある森が一直線に枯れていった。
葉は全て落ちて、やせた木々が倒れていく。
「こんな・・・」
サタニアが呆然として、硬直していた。
「サタニア、下を見ろ」
「っ・・・・」
枯れた草木の中からむくむくと白い花が生えているのが見えた。
花には牙のようなものが生えていて、ベラが叫ぶたびに薄い臭気を出している。
森は煙に覆われ始めていた。
命あるものが、たった一瞬で消えていく。
これが、終末の花の力。
ベラが『ウルリア』の寿命を吸い上げて、得た力。
「ねぇ、これはまずいんじゃない? だって、こうゆう未来を見たんでしょ? ヴィル。やっぱり、アイリスのところに行って・・・」
サタニアが不安そうにマントを引っ張る。
「いや、俺は、このまま戦う。引くつもりはない」
「だ・・・だって、こんなの敵いっこない。化け物よ」
ベラは足が花と同化しているからか、移動はできないようだった。
ただ、もがくように体を揺らしている。
「サタニアは、アイリスのところに行って、花の本体、ベラが現れたことを伝えてくれるとありがたい。まぁ、向こうも向こうで、大変なことになってるからこっちに・・・・」
「いや!!」
サタニアが離れて、魔女の剣を紫色に光らせた。
「私はヴィルと離れない。何があっても」
「・・・・わかった。じゃあ、後方支援を頼む。俺はあの女を冥界に誘う」
バイデントを持ち替えた。
「無理はするな」
「わかってるわ」
空中を蹴って、ベラの前に降りていく。
シュルシュル シュルシュル
終末の花の地面から、緑のとげの生えた蔦が現れた。
俺とサタニアをめがけて追いかけてくる。
― 氷の地獄―
サタニアが魔方陣を描き、剣を突き刺す。
ザアァァァァァ
魔方陣から凍てつく氷の波動が放たれる。
蔦が徐々に凍っていくのがわかった。
「やっぱり、お前はここに現れたか。アリエル王国じゃなく、な」
「?」
ベラがゆったりと揺れながら、俺と目を合わせる。
赤い目が光った。
バイデントを回して、大きな魔方陣を展開する。
― 冥界の誘い ―
「ヴィル!?」
体がどんどんドラゴン化していく。
右半身が鱗に覆われ、爪は伸びていた。
魔法が発動しない。バイデントが魂を探せなかった。
まさか、うごめく女のどこにも、ベラの魂はないのか?
キィィィィィィィィィ
口を大きく開けて叫ぶ。
どこまでも、俺を醜い敵にしたいらしいな。
― ヴィル、死ね。
死んで。死なないなら、役に立って。
でも、死んで、死んで死んで死んで死ね ゼロの敵が お前のせいだ ―
頭の中にベラが語りかけてくる。
足を地面に取られたまま、上半身だけを大きく揺らしている。
彫刻のように、化け物のように。
口を大きく広げて金切り声を上げる。
ゆらゆらと動く、『ウルリア』の女神は、言葉を失っていた。
キィァァァァァァ
ギィイァァァァァァアァァァァァァ
― ヴィル、死んで あんたさえ、いなければ
死んで、今すぐ死んで、死んで死んで ―
「お前は、どこまでも狂ってるな。今まで醜い人間は多く見てきたが、ここまでとは・・・」
バイデントに魔力を込める。
ベラはすべて言い終わると、天を仰いだ。
キィァァァァァァァァァァァァァッァァァッァ
蔦が氷の地獄を破ろうとしている。
「!!!」
「もう一度かけるわ・・・!」
サタニア頬に痣が伸びてきている。
この蔦を抑え込むのはかなり負荷がかかるのだろう。
「サタニア、いい。魔法を打つべき場所は見えた」
「?」
サタニアの魔法を止める。
「・・・・・・・・」
ベラの魂が叫ぶ場所。
冥界への誘いを放つ場所は、花びらだ。
「あまり時間は無いみたいだな」
どんどん花が増えていく。
終末の花が増えて、草木が枯れていくのが見えた。
「ヴィル!」
「サタニア、ついてこい!」
サタニアの手を引っ張った。
凍らせた蔦を避けながら、一枚の花びらに立つ。
ゴオオオオオォォォォォ
周囲の白い花から、臭気が放たれた。
花には目も、鼻もない。
でも、人間と同じような口があり、ドラゴンのような牙が生えていた。肉を食いちぎるような、鋭い牙だ。
森が白くなっていく。
体を蝕み、死をもたらす呪いに満ちていた。
「っ・・・・」
サタニアが目をつぶって震えている。
「絶対に俺から離れるな」
「うん・・・ヴィルは大丈夫なの?」
サタニアをマントで隠した。
「あぁ。あの女は、どうあっても俺を浄化された世界に残したいからな」
あの臭気は俺には全く効かないようになっているらしい。
傍にいる、サタニアも外れていた。
ベラが真っ赤な目をこちらに向ける。
「ベラ、お前にも記憶はあるだろ? 悪いが、冥界にぶち込むために覗かせてもらう。別に、興味はないんだけどな」
ベラが手を伸ばしてくる前に魔方陣を展開した。
バイデントを、花に突き刺す。
アァァァァァァ?
白い腕が止まった。
こいつの魂は、薄く小さな花びらにあった。
しっとりと濡れた、リュウグウノハナのような花びらだ。
― 冥界の誘い ―
イヤァァァァッァァァァッァァァ
魔方陣が光を放ち、冥界への扉が開かれる。
ドーム状の中で、ベラが頭を抱えて暴れていた。
バイデントを持つ手がビリビリする。
キィアァァァァァァァァァ
「っ・・・・・・」
サタニアが耳を塞いでいた。
甲高い悲鳴が魔方陣の中に、響き渡っていた。




