317 ”毒親”
「クロノスの娘相手なら、私も本気でいくわ」
「うるさい!」
シュンッ
アイリスがベラの前に立って、勢いよくホーリーソードを振り下ろす。
ベラが薔薇のように赤い剣で受け止める。
「あんたなんかと、話をしたくない。よくも魔王ヴィル様に・・・・」
「まだまだ、ここからよ。私は終焉の魔女、もちろん、魔法だけじゃないんだから」
ザンッ ザッ ザッ キィンッ
ぶわっ
「!!!」
アイリスとベラの戦闘は、2人の姿を肉眼で追うことさえ難しかった。
時折、2人のいない場所で魔法が打ち消しあっているのがわかった。
異次元の戦闘だ。互いに、強すぎる。
「すごいな。これは俺でも入れないよ。アイリス様の足手まといになる」
「アイリスは禁忌魔法を使ってるのか?」
「ベラも使ってるから、禁忌魔法で打ち返してるね。あの女、何者だよ。マジで・・・」
エヴァンが剣を下す。
この速度で禁忌魔法をぶつけ合うとは・・・・。
2人の魔力の、一瞬のずれで、終焉の塔が崩れてもおかしくなかった。
「サタニア、今回復しますから」
「この痣・・・厄介ね。回復魔法を無効化するなんて・・・」
サタニアが首の痣を触りながら起き上がる。
「ヴィル・・・ごめん・・・。今、ユイナたちと通信を・・・状況を知らせなきゃ」
「あ、サタニア。動かないでください。その痣を避けて回復しなければいけないので」
レナが額に汗をにじませて、サタニアを回復させていた。
「無理するな。お前がいなくなったら、魔王代理がいなくなるだろうが」
「ヴィル・・・・」
長い紫色の髪を撫でる。
サタニアが少し落ち着いて、柱に寄りかかっていた。
アイリスばかりに任せていられないな。
「アイリスに加勢する。あの女を、冥界に突き落とす」
ハデスの剣に魔力を込めて、バイデントに変化させようとしたときだった。
― ヴィル ―
「・・・?」
はっとして、ゼロのアバターに視線を向ける。
2人のウルビトがゼロの横に立っていた。
「ん? どうしたの?」
「エヴァン、悪いが少しここを離れる。りりるらたちは状況を理解していないし、アイリスとベラの戦闘に巻き込まれたら死ぬから」
「あぁ、そうだね。避難させとくよ」
エヴァンが、入り口付近にいるりりるらたちを見て頷いた。
「終焉の塔の最上階まで来ればリョクは・・・いつか俺を思い出して、頼ってくれるかもしれないって思ってたけど」
「ん?」
「そりゃ頼れないなって思って」
アイリスとベラのほうを見ながら言う。
アイリスが簡易シールドを張り巡らせて、被害を最小限にしようとしていた。
「ベラの正体がわかったって、あの強さじゃ・・・。いくら俺でも敵わない。桁違いだ」
エヴァンが剣に触れながら、俯く。
「無力だなって思ってさ。俺、何しに転生したんだろう」
「りりるらは雛菊アオイと行動してた」
「ん?」
「雛菊アオイなら、リョクのこともわかるだろ。下の階にいる。お前は本当はあまり強くない。多くの人を救うと思うな。リョクのことだけを考えろ」
「・・・・・」
エヴァンが驚いたような表情をした。
「はは。じゃあ、ヴィルはいいの?」
「俺は、魔族の王だからな。持つべきものが多くて当然だ」
「なるほどね」
地面を蹴って、ゼロの前に立つ。
「!!!」
ハデスの剣を双剣に変えて、2人のウルビトの首に突きつける。
「魔王ヴィ・・・」
「動くな。お前らはアバターにに、脳のデータを移行したウルビトだな」
「・・・・・・・・・・・」
「この、冥界の王の剣は、お前らも殺せる。俺はこいつと話したいだけだ」
「殺せる」
「じゃあ、抵抗できないね」
「・・・・・」
ここにいるウルビトはグルムたちと比べて、脳の反応が薄かった。
実験的に、使われた子なのだろうか。
「アエル、俺を呼んだか?」
『・・・ィル・・・呼びました。貴方を呼びましたよ』
ゼロが少し口角を上げた。
「ちょっと見ない間に変わったな」
『はは・・・冗談がうまくなりましたね』
台座に上がる。
『体がおかしくて・・・堕天使がこんなことになるなんて、あまり笑えませんね。私は死んで、アリエル王国の天使になったというのに。あ、即堕天したんですけど』
「この状況なら当然だな」
『全くです。あ、あの女みたいな母親のこと、異世界の言葉で”毒親”っていうらしいですよ。異世界住人が話してるの聞きました。どこの世界にもいるんですね』
ガタガタガタガタ
アイリスとベラがぶつかり合うたびに、天井が振動している。
「俺と悠長に話してていいのか? あの女が来るかもしれないぞ」
『アイリスの猛攻に苦戦してるので、まだこちらを気にする余裕はないでしょう。しかし、この体、気持ち悪いですね。しかも、丁寧にバリアまで張られています』
ゼロが自分の手を見つめながら言う。
体は3Dホログラムのように透けていた。
『死にたいと騒いでいたユイナの気持ちがわかりますね。異世界住人は嫌いですけど』
「俺の兄だったって、最初からわかってて近づいてきたのか?」
『ははは、忘れてしましました。ほら、そんな無駄話している余裕はありませんよ』
ゼロがあからさまに話題を逸らす。
ちらっとベラのほうに視線を向けていた。
『事態は最悪の方向に進んでいます。私は、このアバターで勇者になるでしょう。本当に、最悪です。私はただ・・・・』
「拒否すればいいだろうが」
『ここまで来たら止められません。ベラが、まさかここまでの力を持っているとは・・・これだから異世界の技術は危険だと。あ、思い出しました。『ダークウォルダーブレス』は返却しておきます。形見だと思ってください。うーん、どこかに落としたみたいですね』
「そのうち探しておくって」
『あはははは、お願いします』
体はゼロのアバターなのに、アエルと話しているのと変わらなかった。
『今はまだ完成の状態ではないので、こうやってヴィルのことも覚えています。ですが、この体が実態となれば、完全に忘れるでしょう。ベラは、私が堕天使だったことを知らず、魂を入れたのでね』
「・・・そんなことできるのか?」
『できるみたいですね』
諦めたような口調で言う。
『研究の成果でしょう。こうまでして、自分の子を、自分の理想通りにしたかったのですね。私は、堕天使でいたかったのに、こんな・・・アイリスでもないのに禁忌魔法を使いこなすとは・・・はは・・・完敗ですよ』
「・・・・・・・・・・」
『あの女はもう、人間じゃありません。人間の形をした何かです』
言葉の節々に、どうしようもない悲しみと、怒りが籠っていた。
ハデスの剣に力が入る。
「お前の望みはなんだ?」
『私の望み・・・ですか?』
「参考程度に聞いておいてやる。アエルには色々と世話になったからな」
『・・・・・・』
ゼロが目を細めた。
『ヴィルは優しいですね。兄弟として生きたかったですね』
『気持ち悪いこと言うな。言いたいことがあるなら・・・』
『では、呟いておきましょう。私を、解放してください。あの女から・・・』
「わかった」
『あとはサタニアをよろしくお願いします』
「サタニア?」
『もう、時間の・・・ようですね』
ベラがこっちに気づいたのを感じた。
『信じますよ・・・・。ヴィル』
スッ・・・
「魔王ヴィル様!!」
「私の子供に勝手に近づかないで!!!」
ベラが血相変えて突っ込んでくる。
ハデスの剣をバイデントに変えて、ベラの攻撃を弾き飛ばした。
「!」
軽く跳んで、ゼロのいる魔方陣から離れた。
「終焉の魔女、貴女の相手は私よ」
― 時空の流星 ―
「!?」
さああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
カッ
流れ星のような光が、ベラに集まった。
アイリスが放った魔法は、おそらくこの世界に存在しない禁忌魔法の一つだ。
時空ごみのようなもので、ほんの少しでも掠れば肉体が粉々になる。
「アイリス・・・」
「ふぅ・・・魔王ヴィル様、大丈夫だった?」
アイリスがこっちを見て、何もなかったように笑いかけてきた。
戦闘から離れると、いつものアイリスなんだよな。
「みんな無事でよかった。ベラは闇雲に禁忌魔法を打ってくるから、打ち返すのに集中しなきゃいけなくて」
「・・・お前、どれだけ力を隠し持ってたんだよ」
「今まで、本気で人を憎んだことなかったから。これが、憎しみって感情・・・なんだって」
アイリスがホーリーソードを構える。
「あの女は、絶対に殺すから」
パアンッ
ベラを覆っていた光が弾ける。
中から、無傷のゼロとベラが現れた。
「これだけで、私を殺せるわけないでしょ。私だって『忘却の街』に行って、時空を渡ったんだから。それにしても、いい魔法。ゼロが覚えられるといいね」
「・・・・・・・」
「ゼロには私がたくさんの魔法を教えるから、安心してね」
無反応のゼロに語りかける。
ゼロのアバターから、アエルの気配が消えていくのを感じる。
「お前の好きなようにはさせない」
バイデントを持ち直して、ベラを睨みつける。
「戦闘再開だ」
「うん」
アイリスが俺と自分に、ステータスアップの魔法を付与した。
体が楽になり、魔力が整うのを感じた。




