316 アイリスの怒り
「あ、起きたの? まだ、脳のデータの移行に時間がかかってるのかな? ゼロ、貴方のことはお母さんが必ず守るからね」
「・・・・・・・」
ベラが、ゼロを覆うドームのようなシールドを強化した。
― ハデスの剣 ―
「ヴィル!! 待てって」
ハデスの剣を持って、ベラに斬りかかる。
バチッ・・・
簡易シールドに弾かれる。
「ふふ、冥界の王の剣を手に入れたのね。いくら、貴方が何を手に入れようと、私に敵うわけないでしょ」
「よくも、そう、自分の欲を満たすだけに生きられるな。お前に育てられなかったことだけが、俺の誇りだ」
「ヴィルは私の道具でしかない。代償召喚できなかった時点で、道具にすらならないと思ってたけど・・・使い道ができたの。殺さないでおいてあげる」
「それが、親の言う言葉かよ。ヴィルだって、お前の子供だろ?」
エヴァンが横から口を出した。
「こいつはそうゆうやつだ」
「私の息子は、ゼロって決めてるの。だって、とっても可愛かったんだから。この子のためだったらなんだってできる」
「ヴィル、こいつ、マジで狂ってるって。イカれてる」
キィン
振り下ろした剣を、ベラが弾く。
何度やっても、ベラに届くことはなかった。
強い・・・。
「あぁ。俺にこの女の血が流れてると思うとぞっとするな」
「いや、ヴィルはオーディン似だって。こんな女にどこも似てないからな」
「その言葉が救いだ・・・・」
ベラに剣を振り下ろす。
カン カン カン
エヴァンが剣を回しながら、ウルビトたちが撃ってきた魔法弾を弾いていた。
オーディンに似たからって、嬉しくないけどな。
「俺はマリアに似たんだ。肉親は消えた」
「・・あ・・そ・・・・」
ベラが避けながら機嫌よく鼻歌を歌っている。
ほとんど、こちらを見ていないのに、一切の隙を見せない。
攻撃してくるウルビトたちに、何かを指示しているのが見えた。
「はい。いってきます」
「気をつけてね」
2人のウルビトが、この場からいなくなった。
すっと、ベラから離れた。
「エヴァン、あの力を使う」
「ま・・・この状況じゃ、仕方ないね。アイリス様も来るし、何とかするよ」
「あぁ」
テラから受けた、呪いの力を解放するしかない。
ベラをここで止めなければ、魔族は・・・。
剣を持ち直して、息をつく。
右腕にドラゴンの鱗のような模様が浮き上がらせた。
「何してるの?」
「!?」
ベラが瞬時に近づいてきた。
手を伸ばして、剣を持つ手を包んだ。
「ここでその能力は使っちゃだめ」
見えない。
こいつの速度が全く読めなかった。
しゅううううううう
「!!」
ドラゴン化していた爪が元に戻っていく。
「今は使うときじゃない。ちゃんと、時と場所を選んで使ってね。大切な力なんだから」
ベラがにやっと笑って、片手を上げる。
― 毒薔薇の蔦 ―
「うわっ」
「きゃっ!!!!」
手足を縛り上げられる。
「お前っ・・・俺の魔法を・・・」
もがいても解けない。落ち着け、これは俺の魔法だ。
「私の魔法よ。本当は森の中のほうが、力を発揮できるんだけどね。久しぶりに使うわ」
ベラがゼロを気にしながら、指を動かす。
「力加減が難しいみたい。皆殺しにしちゃったらごめんね」
「うっ・・・ヴィル・・・・」
「体が・・・動かない」
「お前ら!!」
一瞬にして、サタニアとレナとエヴァンが漆黒の薔薇の蔦に縛り上げられていた。
ベラが毒薔薇の蔦を撫でながら、こちらを見上げる。
「愛を知らない、孤独な魔王ヴィル。愛する者に触れると、ドラゴン化する呪いを、テラと共同開発したのは私なのよ」
「は・・・・」
「新しい世界を作るのだから、愛を遠ざける孤独な敵が必要でしょ? ヴィルにはゼロの敵になってもらって、ゼロの生きやすい世界を創りたいと思ってたの」
「お前・・・・・・」
「ゼロはみんなに慕われる勇者になってほしいの」
どこまでも、頭が花畑な、クソみたいな女だ。
― 悪魔の槍 ―
シュンッ
俺とベラの間に、闇の魔力をまとった槍が飛ぶ。
サタニアが苦しそうに、手をかざしていた。
「ヴィルは・・・・私たちの大切な魔王よ。言いたい放題言わないで・・・」
「へぇ、ちゃんと仲間もいるのね」
「そうよ・・・ヴィルはっ・・・」
ベラが指を動かして、サタニアの体を縛り付ける。
「サタニア!!!!」
「くっ・・・苦しい・・・・」
「っ・・・・」
毒薔薇の蔦は拷問用の魔法だ。
こんなところで、サタニアたちを殺されてたまるか。
「ヴィルは私の道具なの。ここまで連れてきたことは感謝してるけど、もう用済みだから」
「クソっ、サタニア・・・」
寿命を吸い上げた終焉の魔女の魔力は計り知れない。
テラから受けた異世界の魔力はこいつの前では無効化される。
俺の魔法なのに、解けないなんてありえるのか?
苛立ちばかりが募って、集中できない。
何かいい策を・・・・。
「ベラ!!!!」
レナが叫ぶ。
「・・・ベラ、ベラがこんなことする奴だとは思いませんでした!!!」
「北の果てのエルフ族も・・・全滅したって聞いたけどね。貴女がいたとは。随分、ヴィルには変わった仲間ができたのね」
「レナはベラが関わってるなんて思いませんでした! だって、北の果てのエルフ族は、テラが連れてきた・・・異世界住人に殺されたのですよ!! ベラだって、北の果てに来たじゃないですか!!」
「エルフ族の巫女が・・・」
「イベリラ!」
泣きながら声を上げていた。
「『時の祠』に用事があったからね」
「こんなのって・・・ないです・・・。ヴィルを置いていったのだって、なんか事情があったって・・・信じてたのに」
「レナ、こいつに何を言っても無駄だ」
ベラが髪を後ろにやって、レナのほうに視線を向ける。
両手を上げると、瞳が赤く変色した。
「うっ・・・・」
「何度も言ってるでしょう。私はゼロの住みやすい世界を創るの。私の息子がのびのびと生きられる世界。貴女みたいな、能天気なエルフ族にはわからないわ」
ベラがレナを縛る蔦を強くする。
「レナ!!! 自己回復しろ! お前ならできるだろ!?」
エヴァンがもがきながら言う。
「れ・・・レナは死にたいのです。終焉の塔の最上階なら・・・北の果てのエルフ族として、恥じない最期を迎えることができそうです」
ベラを見下ろしながら、声を絞り出す。
「ベラ、貴女はかわいそうな人です。ヴィルは可愛かったです。あの可愛いヴィルを置き去りにしたなんて、かわいそうな人です」
「・・・・・・・・・」
「愛を知らないのは、ベラのほうですよ」
「死ね。北の果てのエルフ族の末裔」
ベラが低い声で言う。
「レナ!!!!!!」
― フェニックス ―
ぶわっ
「!?」
突然、巨大な七色の鳥が現れて、俺たちを通過していった。
毒薔薇の蔦が枯れて、地面に落ちていく。
ドサッ
地面に崩れ落ちる。
「ごほっごほっ・・・」
「サタニア、大丈夫か?」
「っ・・・痛・・」
サタニアの駆け寄っていく。
すぐに、肉体回復を当てた。
フェニックスの温かな炎は、サタニア以外の体力と魔力を回復させた。
サタニアは、天使の契約の痣があるからなのか?
「い・・・イベリラ様・・・・」
ウルビトたちが、少し怯えながらベラに寄っていく。
フェニックスは、ベラの黒いローブの裾を焼いていた。
「アイリス」
「・・・・・・・・・・」
煙の中からアイリスが現れる。
フェニックスが部屋の中を一周し、アイリスの手のひらにくちばしをつけると消えていった。
「どうした? 大丈夫か?」
「りりるら、止められてたのに。私たち、こんな最終決戦みたいな場所で、耐性なんて持ってない。サンドラを見かけた時点で引き返せばよかった」
「だって、行くしかねぇだろ。ここまで来たらって・・・」
「ほら・・・大変なことになってる」
りりるらとナーダが、こちらを見て立ち止まる。
『うわ・・・・これはすごいね』
2人の間から、ナルキッソスが見えた。
ベラがつまらなそうに、枯れた蔦を踏み潰す。
「忘れていたわ。導きの聖女アイリスもいたのね。ううん、完全なる人工知能IRIS・・・」
「終焉の魔女ベラ。私は貴女を許さない」
「クロノスの娘って設定でしょ? 終焉の塔なんかに来ていいの?」
「あんたなんかに話すことなんてない。よくも、魔王ヴィル様に・・・」
「ヴィルに何? ふふ、ヴィルを生んだのは私なんだから、ヴィルをどうしようと勝手でしょう?」
「貴女の声を聞くと吐き気がする・・・・その口を切り裂く」
「・・・・?」
「脈打つ鼓動が鬱陶しい。心臓をえぐり取る。流れゆく魔力を斬って、そのあとは1.9パーセントずつの毒を流し込み、すぐには死ねないようにして・・・よくも、よくも私から禁忌魔法を・・・・」
アイリスが怒りに満ちて、髪が逆立っていた。
別人のようだ。
「アイリス?」
別人のようになっていた。
ホーリーソードを出して、ベラに近づいていく。
「あー、禁忌魔法の少女ね。私を倒せるほどの力を持っているようには見えないけど?」
「殺す・・・貴女を、殺してやるわ・・・・」
アイリスの殺気に、部屋の魔力がびりびりと張りつめていた。




