315 オーディンの謝罪
子供の頃、オーディンから聞いた話が頭をよぎった。
どうして、忘れていたのかはわからないが・・・・
『マーリンたちと会う前の話だ。俺は国を転々として、クエストで日銭を稼いでいた』
『なんで、来て早々そんな話をするんだよ』
『ん? 興味ないか? 俺の昔話。これでも、ギルドの酒場では盛り上がるほどのネタは持ってるんだぞ』
『どうでもいい、俺は疲れてるんだ。話したいなら、ギルドの酒場に行ってくれ』
『はははは、残念ながら1週間出禁になってな。飲みすぎて、記憶にないんだがな』
『酒臭いな』
なぜ、マリアがオーディンを慕っていたのかわからないほど、オーディンは騒ぎを起こす。
『はぁ・・・・帰ってくれよ。読書中だ』
『まぁまぁ、ほら、骨付き肉もあるだろ?』
『何の肉かわからないものを、食うわけないだろうが』
テーブルにはオーディンが焼いた肉が置いてあった。
『うまいのにな』
自分の部屋に戻ると、1年ぶりくらいにオーディンが待っていた。
マリアの墓に寄ったついでに寄ったのだという。
『どこまで話したか忘れたじゃないか。あぁ、そうそう、アリエル王国は元々小さな修道院しかなかった。ベラと俺が出会った場所でもある。怪我をして立ち寄った修道院に、ベラがいた。ベラは、果ての無い好奇心を持つ子でな、修道院の中で一番魔法に長けていた。美しい女だった』
『んなこと誰も聞いていない。俺を捨てた女の話をするとか嫌味か?』
ギルドで魔力を暴発させてばかりの俺は、苛々して、話を聞く気になれなかった。
しかも部屋に勝手に入ってきやがって。
マリアがいれば、マリアが止めてくれるんだけどな。
『話しておきたかったんだ。不思議な出来事を・・・』
『自分の仲間に聞いてもらえよ』
『まぁまぁ、ヴィルに話しておきたいんだよ。次のクエストは難易度が格段に上がる。俺たちのパーティーで生き残れるかわからないんだ』
『とか言いながら、いつも死なないだろうが』
『いや、今回はマジだ。突然発見した、未知のダンジョンでな』
オーディンが珍しく真剣だったのを覚えている。
おそらく、追憶のダンジョンに行く前日だった。
結局、戻ってきたのはオーディンだけだったけどな。
『万が一、俺が死ぬ前に話しておきたい。マリアはもういないから、ヴィルに話すしかないだろうが』
『・・・面倒くさいな。俺はオーディンが勇者だから、いろいろと苦労してるっていうのに』
オーディンはズルいと思っていた。
自分の都合で、急に父親面することがある。
『はははは、でも、お前が持つ無限の魔力はベラからだ。俺ではない。ま、そのうち使いこなせるさ。あまり、深く追い詰めるな。周囲は嫉妬して当然だ』
楽観的な口調で言う。
ランプの明かりをつけて、窓の外を見つめていた。
『それで、どこまで話したか? そうだ。俺はベラと共に、旅をすることになった。あいつは、元々とてつもない魔力を持ち、賢く、戦闘技術の習得も早かった』
『ふうん』
心底興味がなく、聞き流していた。
読みかけの本を開き直す。
しおりが床に落ちていった。
『アークエル地方の・・・アリエル王国から遠く離れた場所だ。ダンジョン調査に行く途中、近くの村でベラが産気づいたんだ』
『あ、そ』
しおりを拾って、椅子に座りなおす。
『生まれた子は既に死んでいた。ベラは何度も蘇生しようとしたが、小さな体には呼吸する力もなかった。お前の兄だな』
『・・・・・・・・』
『かわいい子だった。小さくてな・・・死んだなんて、信じられなかった』
オーディンが窓ガラスの曇りを拭いて、息をついていた。
『ベラはあの瞬間から狂っていたんだ。俺はお前が生まれるまで気づけなかった』
ベラは現実を受け入れられずに、村から出ようとしなかったのだという。
『ベラと子供は、何度引きはがそうとしても無駄だった。弔ってやりたかったが、ベラはその子の遺体を手放さず、村から動こうとしなかった』
『ふうん・・・』
『時間が経つのを待つしかないと思った。村の長に、ベラのことをお願いして、ベラのいた修道院に話をしに戻ってきたんだ。そしたら・・・』
足を組んで、頬杖をつく。
オーディンの話は、いつも無駄に長い。
開いた本のページがなかなか進まなかった。
『アリエル王国ができていた』
『は?』
『信じられないと思うがな、この地に他国から王族が来て、城を建設していたんだ。ベラのいた修道院を囲むように城下町ができていた。優秀な魔法使いが集い、あっという間に国ができていたんだよ』
オーディンが目を細めていた。
『お前の兄が死んで、現れた王国がアリエル王国だ。俺は、この王国にすべてを尽くし、アリエル王国の勇者になった』
『オーディンにしては、妄想じみた話だな』
『アリエル王国にいると、なぜかあの赤子が身近にいるような気がするんだ』
声に力がこもっていた。
『アリエル王国は緑と花に囲まれた王国だろう? お前の兄の目も、エメラルドのような瞳をしていたんだ。閉じたままだったけどな』
『ふうん。俺は見てないから知らないな』
本のページをめくった。
死んだ兄は、ずいぶんと愛されていたらしい。
俺と違ってな。
『死んだ赤子を見れば、そうゆう妄想に浸りたくもなる。数か月後、ベラはボロボロの状態で戻って、魔法の研究に没頭したいと言い、王国のはずれの小屋のような場所で魔法の研究をしていた』
『で、俺を生み捨てたのか?』
『そうゆうことだな。俺はベラのそばにいながら、何も気づけなかった』
一度も会いに来たことのない女の話なんて、どうでもよかった。
『あいつは人間の皮をかぶった化け物になってしまった。あらゆる禁忌に触れ、終焉をもたらす魔女になるだろう』
『知ったことじゃないけどね。オーディンが勇者なんだから何とかしろよ』
『ヴィル・・・・』
オーディンが項垂れていた。
『悪かったな。ベラは亡き者ばかりに執着し、お前を愛することができなかった。病気になってしまったんだ』
『気色悪いな。今更そんな話をするなよ』
マリアが使っていたティーポッドを見つめる。
『俺は、産みの親なんかどうでもいい』
俺にはマリアがいた。
産みの女がクソみたいな奴でも、どうでもよかった。
『悪い。ヴィル。本当に、悪かった』
『・・・・・・・・』
オーディンが俺に頭を下げたのは、後にも先にもこれが最後だった。
ため息をついて、本を閉じる。
『・・・・・で、俺の兄の名前はなんだ?』
『ん?』
『決めていなかったわけじゃないだろ? 俺が死んだら、文句言いに行ってやる。お前のせいで、俺は北の果てに捨てられたってな』
『・・・・そうか』
オーディン力なく笑った。
『ここで言わないと、あの子は無かったことになってしまう。俺たちにとっては、全ての始まりの子だった。名前は・・・・』
窓から青い草のような匂いが吹き込んだのを覚えている。
「ゼロ・・・・・」
小さくつぶやく。
なぜ、今、こんな記憶を思い出した?
「ヴィル? どうした?」
「・・・あいつは、アエルだ・・・・」
「は? 今、なんて・・・」
ベラの前に立つ、アバターを指す。
根拠はないが、直感的にわかった。
ゼロは魔方陣の中で目を閉じたままだ。
「アレは堕天使アエルなんだ」
「な!? 嘘だろ」
エヴァンが信じられないといった顔で、周りを見渡していた。
堕天使の羽根は一つも落ちていない。
「わわ・・・・突然、堕天使アエルがいなくなったのです。急に消えたのです」
「堕天使は急に消えるものだから」
サタニアとレナに話している声が遠く聞こえた。
アエル、俺からオーディンが話した記憶を抜き取っていたのか?
「イベリラ様? 封印が解けたのですか?」
「あの・・・その男の子は?」
「近づかないで」
バチン
「!?」
ベラがにじり寄ってきた子供たちを薄いシールドで弾く。
「ゼロはまだ、長い長い眠りから戻ってきたばかりなの。ごめんね」
「はい」
「わかりました」
ウルビトがはっとして引いていった。
「・・・・・・・・・・」
ゼロがゆっくりと目を開ける。
堕天使アエルと同じ、エメラルドのような瞳をしていた。




