27 女悪魔の服
部屋に戻ると、アイリスが窓の外を眺めていた。
木々の間から差し込む月明かりで、何かを見ようとしていた。
ドアが閉まる音で、こちらに気が付いたようだ。
「あ、魔王ヴィル様」
ジャヒーからもらった一式の服を抱えてソファーに座る。
「・・・帰りたくなったのか?」
「違う。そうじゃない」
ほら、と言って木のほうを指さしていた。
「カラスの赤ちゃんがいて、親子で寝てるの。可愛いなって」
「・・・・・・・・」
「・・・・思うのが人間の感情」
「アイリスは時々よくわからない言葉を使うよな・・・」
「あ!」
アイリスがはっとして、こちらを睨む。
「・・・魔王ヴィル様、ジャヒー様と楽しそうに何してたの?」
「まぁ、色々な」
「色々って何? 魔王城案内してもらっただけじゃないの?」
アイリスがソファーに近づいてくる。
「言えないようなことなの? 人間の男女の仲は複雑って・・・」
「俺らは魔族だ、それよりほら・・・」
服を差し出す。
「いつまでも、王女様のワンピースだと都合が悪い。ジャヒーから服を貰ってきた。こっちに着替えろ」
「え、いいの?」
受け取ると、ぎゅっと抱きしめていた。
「え・・・と・・・わかった。ありがとう、魔王ヴィル様。と、ジャヒー様」
嬉しそうにシャワールームのほうへ走っていった。
ジャヒーの話だと、この前の戦闘で弱い魔族たちはまだ回復しきっていないらしい。
今、ダンジョンを攻められた場合、南東にいるリカを呼ぶしかないと言っていた。
でも、南東の魔族も強くはない。
人間が陣営を組んで集中的に攻めてきた場合、リカがいないと南東の魔族のダンジョンが全滅する可能性もあると心配していた。
カマエルは俺たちが取り返したダンジョンに魔族を配属する手配で忙しい。
ゴリアテとサリーも他のダンジョンの管理で手いっぱいだ。
上位魔族に頼りすぎているな。
ほかの魔族も強いことは強いが、上位魔族が飛びぬけていることもある。
ダンジョンの攻略をアイリスに任せられるのなら、任せておきたい。
ギルドの連中の相手は、俺がしたかった。
俺を嘲笑っていた奴を殺していく快感が止められない。
SS級を名乗って、酒場で担ぎ上げられていた奴が、あんなに弱いなんてな。
今思い出しても、笑える。
でも、上位魔族は手柄を取りたいからか、自分で人間たちを殺してしまうからな。
俺を呼ぶよう、何か言い回しを考えないとな。
明かりを少し、暗くする。
とりあえず、寝てから考えるか。
あくびをして、体を伸ばす。
「アイリス、着替えたか? そろそろ電気を消すぞ」
「魔王ヴィル様、鏡が無いからよくわからないんだけど・・・」
カーテンを開けた。
「見てみて。っ・・・うわっ」
アイリスが出てきた瞬間、ズズーっとこけていた。
バサッとカーテンが落ちる。
「あれ?」
「・・・・・・・」
ソファーから離れて、アイリスのほうへ寄っていった。
「何やってるんだ。つか、何がしたいんだよ」
「人の動きは慣れないの。それに、暗くて足元が見えなくて・・・っと、あれ? ・・・布で前が」
「・・・・・」
カーテンを剝いでやると、アイリスがひょこっと顔を出した。
「魔王ヴィル様、似合う?」
「!?」
ボタンが外れて胸が見えていた。
黒のレースの下着をつけているのがはっきり見える。
まさか、ジャヒーが下着まで用意しているとは思わなかったが・・・。
てか、なんでこいつはこんなに無防備なんだよ。
「ちゃんと着ろ。後ろのボタンが外れてる」
「ん? あ、本当だ、しめたはずなのに」
髪を後ろにやって、ボタンをしめていた。
「似合う?」
「いいんじゃないか?」
「よかった。この服、ぴったり・・・」
アイリスがすっと立ち上がって、一周回ってみせた。
裾丈が短めの黒い服だ。
ジャヒーと体型が違いすぎるからか、体の線がみえないくらいに緩めの服だった。
まぁ、アイリスにはちょうどいいか。
ギルドにいる魔導士のような服装だ。
「下着もジャヒー様のがあったんだけど・・・」
「ん? どうした?」
カーテンを直してると、アイリスがぺたんと座ったまま動かなくなった。
「なんだか、面積が狭い気がする。下着はやっぱり自分のがいいと思った」
「好きにしろよ。下着なんて、どうでもいい」
「・・・・・・・・」
アイリスが急に黙っていた。
「それに、お前にジャヒーの下着は早いだろ。服さえ、魔族のものを着てれば問題ない」
「やっぱりぴったりだった」
「は? さっき言ってることと違うぞ」
あくびをしながら言う。
「ねぇ・・・魔王ヴィル様・・・・・」
手を掴んでぎゅっと引っ張ってきた。
「こうゆう下着が好きなの?」
「は・・・?」
「だって魔族の王なんだから、魔族のものが好みって確率が高い」
なんで急にこんなこと聞いてくるんだ?
「まぁ、似合う女なら・・・って、アイリス、どうした?」
離れようとすると、ますます力を入れられる。
こんなに力が強かったか?
「離せ」
「待って・・・魔王ヴィル様・・・行かないで」
振りほどこうとすると、ぐいっと手を引かれた。
「何やってるんだ。早くどけろ」
「・・・ねぇ、何かおかしい。どけられないの、どけたくないの。エラー? ん? エラーって何だろう・・・?」
アイリスが困惑しながら、首をかしげる。
いや、どこかアイリスから離れていくような・・・。
ドンッ
「っ・・・・・・・・」
「きゃっ」
起き上がって、両腕を掴んで壁に押し付けた。
「俺がどけろと言っている。なぜ、どけない?」
「体が動かないの。力が抜けて」
アイリスの焦点が定まらなくなっていく。
「!?」
ばっと服を脱がせて、下着を見る。
女悪魔の下着か・・・・効果は人間がつけた場合、理性を狂わせる。
アイリスは聖属性だ。
本来であれば、弾くことができる程度の効果だが、力が無さすぎたんだろう。
― 物付与効果強制排除―
発動していた効果を解除した。
しばらくすると、アイリスの目が元に戻ってきた。
「あれ? 魔王ヴィル様、どうしたの?」
「ジャヒーの下着は女悪魔の効果が付与されている。普通だったら何もないんだが、お前が弱すぎて、耐性がなかった。それを解除したんだ」
「へ・・?」
「アイリスは聖属性だからな。魔王城にあるものは闇属性のものも多い。自分でも気を付けておけ」
上位魔族の服でさえ、アイリスには毒なのか。
「・・・・・・・・」
「そうだったの・・・ありがとうって・・・」
「あっ・・・」
アイリスがはだけた服を押さえる。
「また発生した。ラッキースケベっていうイベント・・・気を付けないと」
アイリスが口に手を当ててつぶやく。
「何言ってるんだよ」
「魔王ヴィル様はこっち見ないでね」
「わかってるって」
アイリスに押されるようにして、ソファーのほうへ戻っていく。
明かりをつけて寝転がる。窓を開けて涼しい風を通した。
上位魔族の服に闇属性のステータスが付与されてるのは当然だな。
想定が甘かったか。
「ラッキースケベイベに気をつけなきゃ」
「だから・・・・まぁ、いいけどな」
よくわからない奴だ。




