312 上へ
「悪い、油断していた・・・ごほっ・・・」
薄く目を開ける。
壁に寄りかかって、レナを見上げた。
「今はあまりしゃべらないでください。まだ、完全に治っていません」
「ヴィル、牙奪鎖は解いていいわ。彼女を檻の中に閉じ込めたから」
サタニアが複雑な魔法陣を展開し、鳥かごのようなものでニーナを閉じ込めていた。
悪魔の監獄か・・・。
指を動かして、牙奪鎖を解く。
ドサッ
ニーナが地面に落ちる。
「っ・・・・・」
「最初見たときから、怪しいと思ってたのよね。貴女がウルビトだったなんて」
サタニアが檻の中にいるニーナの両手を縛っていた。
「何もなく生きてきた魔族に、私たちの苦しみなんてわからないのです。仲間の・・・寿命の短いウルビトのことなんか」
「みんな、同じこと言うのよね」
「・・・・サタニア、こいつは混ざってる。元の人格と、植え付けられた記憶が・・・」
「ヴィル、静かに。治療の途中なのです」
レナが喉に手を当てて、回復魔法を唱えた。
「関係ないわ。あんたにどんなことがあったか知らないけど、他人が他人を理解できないなんて当たり前。今あるのは、ヴィルを騙して殺そうとした事実だけ」
「・・・・・」
「絶対に許さないから。その体、ピュグマリオンしか消すことができないから、このままにしておくけどね」
サタニアが睨みつける。
「邪魔しないでください。私は、ヴィル様を愛して、一緒に死のうと・・・」
「いい? ヴィルは確かにモテるけど、あんたなんかには絶対渡さないからね」
それに・・・と続けた。
「貴女の『愛してる』には心がない。ただ、言ってみてるだけでしょ?」
「そんなことは・・・・」
「『愛してる』は言葉に心がついてくるんじゃない。心に言葉を当てはめるの。大人になりたいなら、そのくらい知っておきなさい」
「・・・・・・・・」
ニーナが口をつぐんだ。
「ふぅ・・・ヴィルは頑丈ですね。普通の魔族なら死んでました」
レナが額を汗をぬぐう。
「ありがとう。さすが北の果てのエルフ族の巫女だな。でも、どうしてお前らがここに・・・? セイレーン号はどうした?」
「セイレーン号の準備が整ったの」
「ん?」
「飛べるようになった。この塔を直接攻撃することも可能よ」
サタニアがにやっと笑う。
指を動かすと、異世界住人やVtuberが見ていたような、モニターが表示された。
「それは・・・」
「イオリが私用に作ってくれたの。ヴィルの位置もこれを見て、特定できた」
「優れモノなのです」
レナが俺の足首に手を当てて、細かい傷を治していた。
「簡易的なものだから、連絡とるくらいしかできないけどね。えっと、ここじゃ映らないわ」
「窓の方じゃなきゃ電波が拾えないって話していましたよ」
「まったく、面倒ね」
サタニアが、真っ暗なモニターを出したまま窓のあるほうへ歩いていった。
「な・・・何を言ってるのですか?」
ニーナの表情が、どんどん青ざめていく。
「この塔を攻撃!? そんなのダメです! だって、終焉の塔には」
「ニーナ・・・」
グルムが階段を上がってきていた。
「もう、いいんだ」
「・・・グルム・・・どうゆうことですか?」
「魔王ヴィル、導きの聖女アイリスは、まだグフ爺たちを癒してる。塔の上には、あと4人のウルビトがいるんだ」
「ど、どうしてですか? 何をされたのですか?」
「・・・・ニーナには、俺から説明する。彼女は俺らと違って、アバターに脳のデータを移行されたから、理解に時間がかかると思うけど・・・」
グルムがニーナと、サタニアの悪魔の監獄越しに話していた。
「だ・・・騙された俺たちの仲間を、解放してやってくれ。このままじゃ、あんまりだ」
「あぁ」
「うぅっ・・・・」
グルムが腕で目を押さえながら話していた。
「どうしたの? グルム。私、失敗しちゃった? でも、ヴィルを愛して、一緒に死ねば、全部うまくいくでしょ?」
「・・・・・・は、話すから・・・ちゃんと・・・」
「え?」
ニーナが不安そうにしながら、織の中からグルムに手を伸ばそうとしていた。
「レナはピュグマオンのダンジョンにいなくていいのか?」
「はい、ちゃんと説明して出てきました」
レナが、歩きながら、爛れた指先を治癒していく。
「ナタシアもピュグマリオンも優しいです。レナの力も強化してもらいました。でも、レナはやれることはやるのです。あのまま、あそこにいたら一生後悔するのです」
レナが俯いたまま、手を離した。
『あ、繋がりましたね』
「よかった。こうゆうときは、接続切って再起動なのね」
『はい』
ユイナがモニターに映っていた。
サタニアがほっとしたような表情をする。
『こちらはいつでも準備ができていますよ。ただ、天使が邪魔であまり見えないのですが』
イオリがユイナの横から顔を出す。
終焉の塔周辺は、相変わらず天使と堕天使が飛び回っていた。
奴らの目的はわからないままだ。
「時間がない。現在の状況は階段をのぼりながら話す」
「わかったわ」
階段を駆け上がりながら、冥界の誘いで見た『ウルリア』の過去について説明していた。
『ウルリア』を守っていた天使はリョクだったこと。
ウルビトの寿命は短く、子供たちは長く生きるために人体実験を行っていたこと。
終焉の魔女イベリラが女神像となり、リーム大陸と一体化していたこと。
ウルビトは騙され、彼らの寿命はイベリラに吸い取られていたこと。
「レナは残酷な話は苦手なのです」
「じゃあ、耳を塞いでろ」
「でも、聞くのです」
「どっちだよ」
レナが耳を押さえたり離したりしていた。
「いろいろと、信じたくないんだけど・・・」
サタニアが髪を耳にかける。
「リョクは純粋だから騙されたのね」
「あぁ、ウルビトの脳のデータは、この塔に保管しているようだ。正直、あまり、ピンとは来ないが、リョクが伝えた異世界の能力なら可能らしい。サンドラは、ニーナのデータとイベリラの都合のいい情報を上書きされたんだ」
「ナタシアがやったってこと?」
「・・・たぶん、ナタシアなら、そうします。記憶の書き換えに、抵抗がないようですから。レナも・・・勧められました」
レナが深刻そうな表情で、口をはさんだ。
ジジジジ・・・
『あの、電波が途切れて・・・あまり聞き取れなくなってきたのですが』
「あ、そうね。また連絡するわ」
『はい』
バチンッ
サタニアがモニターを消す。塔の壁は上に行くほど厚くなっていった。
「ナタシアはピュグマリオンといるためには手段を択ばないって言っていました。触れられないのが辛かったと。あの時間に戻りたくないと」
レナが息をつく。
「でも、勝手に人の心を上書きする理由にはならないのです」
「レナ・・・・」
「ピュグマリオンたち・・・この大陸のダンジョンの精霊は、アバターを作れます。ウルビトの脳のデータがあるなら、ニーナのようにアバターに入れて復活させるでしょう」
「・・・・・・・・・・」
「・・・ベラなら、やると思います」
あの女の目的がわからない。
この大陸で何をしようとしているのか。
遊び半分で、人工知能の世界を作ったり、ウルビトを復活させることだけはないだろう。
何か、あるはずだ。
ぶわっ
「!!」
突風とともに、黒い羽根が舞う。足を止めた。
「あははははははは、お久しぶりです」
「アエル・・・」
堕天使アエルが笑いながら翼を広げていた。
「サタニアは相変わらず可愛いですね。あ、そこにいるのはエルフ族の子。でも、私はサタニアの方が好みですね」
「出たわね。変態」
「サタニア、本当は待ってたんじゃないですか? 変態だなんて、失礼な」
黒い羽根を一つつまんで、ふっと息を吹きかける。
「ミイルは消えたのですね。ミハイル王国が消えたので、いつかいなくなるとは思っていましたが。はははは、お別れは突然ですね。貸していた本を返してもらうのを忘れていました」
「何しに来たの? 私たち、今急いでるんだけど」
「魔王のパーティーはいつも忙しそうじゃないですか。今に限らずね」
レナがびくっとしながら、サタニアの後ろに隠れていた。
― 魔王の剣―
剣を出して、構える。
「アエル、お前は俺たちの敵なのか? 味方なのか?」
「ククク、その剣じゃ、私は倒せません。ハデスの剣・・・いえ、バイデントを出さないのは、どうしてですか?」
エメラルドのような髪をなびかせていた。
「力を温存したいだけだ。特に意味はない」
「なるほどなるほど。確かにそうですね。力は温存しておいた方がいいですよ。特に、ヴィルはまだ本調子じゃないようですから」
「レナが補佐するので、問題ありません!」
レナの回復魔法は強化されていた。
さっきまで焼けるように痛かった喉が、なんともなくなっていた。
「あはははは、確かにそうですね。北の果てのエルフ族の回復力はすさまじいものがあります」
「敵じゃないならどいてくれ。上に・・・」
「上には、テラとあの女がいますよ」
「!?」
魔王の剣を握りなおす。
「今、なんて言ったの?」
「ん?」
アエルが翼を畳んだ。艶やかな羽根に、窓からの光が当たる。
「テラが? どうしてここに?」
サタニアが目を見開く。
「そりゃそうでしょう。テラも、もちろんこの計画には絡んでますから」
アエルが手すりに軽く腰掛けながら、外を眺めていた。




