310 裏切者
バイデントを床につける。地面に魔法陣が展開された。
「魔王ヴィル様?」
「もうここには用はない。沈んでいく、『ウルリア』を見たところで、意味がないからな」
「そうだね」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
グフ爺たちが黙ったまま、呆然としていた。
ドドドドッドドドドドド
柱が崩れる前に、冥界への誘いを解いていく。
暗闇の中で、エメラルドのような光が走った。
リョクの瞳のような・・・・誰だ?
シュンッ
目を開けると、終焉の塔に立っていた。
グルムもジタンもジラフも、その場に座り込んだまま立ち上がることができずにいた。
『ヴィル!!』
「おいおい、どうした?」
ナルキッソスとりりるらが駆け寄ってくる。
「なんか・・・全然違うな。戦意喪失の魔法でもかけたのか?」
「そうじゃない。真実を見ただけだ」
「真実?」
りりるらがくるんと尻尾を回した。
「リーム大陸が浮上しても蘇らない仲間を見て、初めて俺たちは命の尊さと自分たちの罪を知ったんだ。何かがおかしいと、気づくチャンスはいくらでもあったはずなのに」
ジタンが放心状態のまま呟く。
「俺たちの仲間は・・・お終いだ。もう駄目だ・・・」
「ジタン、ここで崩れるな。ウルビトだろ?」
「じ・・・ジラフだって・・・おかしいと思ってるよね? みんな目を開けないんだから」
「それはっ・・・・・」
グルムが唇を震わせながら言った。
「アイリス、大丈夫・・・なのか?」
「うん、全然元気」
アイリスが腕を軽く回した。
『あぁ! 魔王ヴィル、無事でよかった。冥界の匂いがしたときはもう、どうしたらいいのか。自分が魔王になるべきかと・・・』
「お前こんな状況でよく冗談が言えるな」
『冗談だと思ってない。マジだ』
「はぁ・・・・なんか、成樹の周りだけ空気がズレてる気がするよ」
ナルキッソスが言うと、りりるらがため息をついた。
「で? 真実ってなんなんだ? ”ウルビト”たちは」
「詳細は聞かない方がいいかもな。なかなか残酷だ」
「ますます気になるじゃねぇか」
「私から説明する。簡潔にまとめたから・・・」
アイリスが、りりるらに見てきたことを伝えていた。
ゆっくりと、グフ爺たちのところへ歩いていく。
「どうするんだ? お前ら」
「!」
「このままいいように騙されて、俺たちと戦うか?」
「非道な魔族の王が・・・お前にわしらの気持ちがわかるまい」
グフ爺が堀の深い目でこちらを睨みつける。
「ここにいるのは、大人になれない大陸で育ち、騙され続けて、沈んだ者だ。わしらを馬鹿にするか? もし馬鹿にするなら、わしは命の全てをここで使い切って戦いを挑むぞ」
「いちいち噛みつくなよ。自分で選択して、積み上げた結果だろう?」
ハデスの剣を仕舞って、腕を組んだ。
「俺は邪魔をするなら殺す。何もしないなら、戦わない。それだけだ」
「フン、わしらが人間を実験体にしていたことを責める気だろう。魔族だって人間を殺してるだろう? 沈んで当然なんて・・・」
「別にお前らを否定する気はない」
「・・・・・?」
「ただ、哀れなだけだ。あの女に騙されたことが、な」
グルムたちのほうに視線を向ける。
目が合うと、武器を構えていた。
戦意は完全に削がれていて、何の攻撃性も感じられない。
いつ精神崩壊してもおかしくない状態だ。
「・・・・・・・・・」
グフ爺は涙を流せないのか。どうしようもない、悲しみだけが伝わってきた。
今こいつらに、どうするのか問い詰めても、答えは出ないだろう。
「アイリス、こいつらを癒せるか?」
「うん。できるよ」
「なっ・・・」
「お前らをここに放置できないだろ」
アイリスがホーリーソードを出して、跪く。
両手を組んで、短く詠唱を始めた。
― 天界の癒し ―
ふわっ
優しい風が吹いて、あたりを包み込む。
アリエル王国に咲いていた、花のような、ふんわりした香りが部屋を覆った。
地面が白く輝く。
「これは・・・」
「禁忌魔法、第56項目、精神を癒し、整える魔法。禁忌となる理由は、ここにいる全員の精神状態は魔法をかけた者が握り、崩壊させることも可能であるため」
「禁忌魔法・・・・!?」
「でも、安心して。私はみんなを癒したいだけ。過去の呪縛から解き放たれて、どうか自由に未来を選択できるように」
祈るように言っていた。
「私の願い・・・奥底からの・・・」
雛菊アオイが少し離れたところで、涙を流しているのが見えた。
「この場はお前に任せる。俺は先にこの塔の上に行く」
「うん。みんなを治したら、後を追うね」
「あぁ」
アイリスが深呼吸して、手を組んでいた。
過去の呪縛か・・・。
本当に、解き放たれたいのは、アイリス自身のはずなのに、な。
部屋を出ていくと、終焉の塔のずっしりとした魔力を感じた。
エヴァンがどこにいるかはわからないが、リョクを探しているのは確かだろう。
この塔の上に、奴がいる。
塔の壁に触れると、確かに地面から魔力を吸い上げているのを感じた。
あの女が・・・。
「ヴィル様」
サンドラがにこっとしながら、こちらを見上げていた。
「サンドラ・・・」
「サンドラもついていくのです」
「・・・・・・・・・・」
階段を駆け上がってくる。
「お前は、グルムたちと一緒にいなくていいのか?」
「どうしてですか? サンドラは・・・」
「堕天使ミイルが地獄に行く前に話していたんだ。お前は9人の”ウルビト”の一人だと」
サンドラが目を丸くする。
「そ、そんなわけありませんよ。サンドラは魔王ヴィル様を愛するために、ピュグマリオンに作られたのです」
「どうして、嘘をつく?」
― 魔王の剣 ―
剣の刃先を、サンドラに向ける。
「ヴィル様・・・」
「”ウルビト”の過去を見て、確信した。お前の魔力は、”ウルビト”のものだ」
「何を・・・・冗談ですよね・・・・・?」
「ピュグマリオンが何のために、お前をよこしたのかは謎だけどな」
サンドラが諦めたように、ふふっと笑った。
「天使と魔王ヴィル様が接点あるのは想定外でした」
「!!」
サンドラが魔法陣を展開して、ダビデの剣を出した。
地面に突き刺す。
「サンドラは、本当の名前は、ニーナです。嫉妬の”ウルビト”」
ズズ・・・
「!?」
闇が溢れ出して、俺の足に巻き付いた。
「お前・・・・」
「ヴィル様を愛するように、最終的には殺すようにプログラムされています」
「ピュグマリオンから、そう言われたのか?」
「ピュグマリオンはこの体・・・ヴィル様を愛するための器を作っただけです。ナタシアによって、『ウルリア』が滅びる前に保管していた私の脳のデータを、この体に入れられました。上手く事が運ぶよう、多少の上書きもあったみたいですが、問題ありません」
ニーナが自分の腕を見つめながら言う。
「いつからだ?」
「ナタシアがピュグマリオンから離れた一瞬、ですね」
「・・・あの時か」
おそらく、ナタシアがサンドラの髪をとかしていた時、だな。
サンドラの表情が変わったのを思い出していた。
「ナタシアはピュグマリオンと永遠に一緒にいたいので、終焉の魔女に協力的なのです。ピュグマリオンを心から愛していますから」
「終焉の魔女が、お前らのことなんか気にすると思うか? あいつは、ただ力を得たいだけだ。民を騙して、『ウルリア』だって、沈める女だ」
「・・・私は、終焉の魔女を信じています。『ウルリア』の女神なのです」
あの光景を見ていない、こいつに何を言っても無駄か。
足を捕える闇は、重く引きずり込むようで動けなかった。
終焉の塔の魔力を使っているようだ。
奴か。
得体のしれない、重い力だ。
「俺があいつらの記憶で見たニーナという少女は、こんな人形みたいな奴じゃなかったが?」
「私は人形じゃありません」
ニーナがふわっと飛んで、首に手を回して体を寄せる。
少しはだけたニーナの胸には、グルムたちと同じ模様が描かれていた。
「私は沈められた『ウルリア』の民です。でも、ヴィル様を心から愛し、独り占めしたくなりました。端的に言うと、殺したいのです」
「は!?」
頬に手を当ててくる。
「『ウルリア』の理想郷を作るために、ヴィル様は邪魔だそうです。殺すように指示がありましたが、私はピュグマリオンとナタシアのように、永遠に一緒にいたくなりました」
「意味が分からないって」
どこまでが自分の意志で、どこからがベラの策略だ?
「どうして、俺に執着する?」
「私は、愛を知ったのです。『ウルリア』が沈む前は、人体実験に明け暮れていたので、愛を知りませんでした。でも、今、誰かに対し、嫉妬や喜び、憎しみ、悲しみなどの感情を持てることを知りました」
「お前は・・・あの実験に・・・」
目がかすんできた。
「実験のおかげで7人が、こうやって、蘇ったのですから」
ニーナが両手を広げてほほ笑む。
「安心してください、この魔法に痛みはありません。ただ、私と、静かに死ぬだけです」
「・・・・・・・・」
足首の傷から、終焉の魔力が流れてくる。
頭の中がかすんでいった。
「あの女・・・」
クソが。
生命力が消えていく。俺は死ぬ・・・のか。
俺の命はここまでだったのか。
マリアは許してくれないかもな。
でも、俺は、マリアを刺したときから死にたかった。
ずっと・・・。
「永遠に一緒です。ヴィル様・・・」
寄せては引いていく波のように、ニーナの魔力が流れ込んでくるのを感じた。




