309 『ウルリア』の罪⑥
『何かおかしいな。頭に何か・・・ん? これは・・・なんだ?』
リョクの両手に鎖のようなものがついていた。
強制的に魔法陣を発動させようとしている。
さっき、ベラが近づいたときにかけた魔法か。
大切と言っていた割には、リョクを傀儡か何かだと思っているらしいな。
『お前、僕に何をした!? うわっ、体が勝手に動いて・・うぐっ・・・』
リョクが苦しそうに右腕を上げた。
蛇のような魔力が巻き付いている。
『待ってて』
パリンッ
エヴァンが剣で、リョクを縛っていた鎖を切った。
グシャッ
蝮のようにうねってから、地面に落ちていった。
一瞬だけ、水たまりのように広がって、すっと消えていく。呪いの類に近いものだった。
『な、何? 今の?』
『変な魔法をかけやがって』
『え・・・・・・・・』
リョクがエヴァンの方を見る。
『俺は元の時間に戻る。これ以上、過去に介入はできない。クロノスとの制約があるからね。なんとかできないかと思ってきたけど、あまりいい方向には進まないようだ』
イベリラは石化したまま、何も反応が無かった。
『どうして僕を助けた?』
『最推しを助けるのは当然だよ。それに、リョクは女の子だろ?』
『!!』
リョクが剣を構える。
エヴァンが宙に浮いていた白い羽根を一つつまんだ。
『それがなんだ! 今、何の関係がある?』
『俺は、望月りくが僕っ子じゃなかった頃からのファンなんだ。初配信は、天然で無邪気な女の子だった。でも、ネットでいろんな言葉を投げかけられたり、露出したファンアートがバズるようになって、自分のことを僕って呼び始めたんだ』
『え・・・・・・・・』
『まぁ、俺も望月りくのファンだったからさ。正直言うと、ファンアートが増えて、単純に望月りくが有名になることを喜んでいたし、描いた人たちを責めることができないんだよね。本当、俺は何もわかってなかったから・・・』
エヴァンが申し訳なさそうに話していた。
『きっと、俺も望月りくを傷つけた何かがあったはずだ。だから、拒絶されても仕方ないと思ってるよ』
『・・・・・・・・・』
リョクが剣を下ろした。
『・・・君の名前は?』
『あぁ、言ってなかったね。時帝エヴァン=エムリスだよ。元アリエル王国騎士団長の・・・』
『違う。異世界にいた頃の名前だよ。僕は一応、リスナーの名前を憶えてるんだ。思い出せたら、思い出しておいてあげるよ。次、会う時までには・・・』
『?』
エヴァンが拍子抜けしたような表情をして、軽く笑う。
『はは・・・さすがに、覚えてないと思うよ。俺は・・・・』
ガタンッ
ガタガタガタガタガタ ガタガタガタガタ
『!?』
地面が波打つように、大きく揺れた。
リョクがはっとして、窓の外を眺める。
『・・・・イベリラ、時間を早めたか。俺に何かさせることを、一切許さないつもりだな』
エヴァンがぼそっと呟いて、下がった。
『リョク様!』
『今の揺れは、なんですか? すごく揺れた気がして』
『私、間違って人間の腕を切り落としてしまいました』
子供たちが慌てて、部屋の中に入ってきた。
リョクが翼を広げて、子供たちのほうへ行く。
『大丈夫、ただの地震だ』
外を見ながら、何かを確認していた。
『・・・でも、もし、この都市が沈むようなことがあったら、準備はできてるよね?』
『はい。地下に場所を作っています。リョク様が言っていた通りに、”ウルビト”全員分の脳の電子データを保管しています』
『肉体が残るのか・・・データはありますが、人体実験が途中なので、完全とは言えません』
『脳の電子データがあれば、何とかなるはずだ。いざとなればアバターを使う想定だけど、肉体のまま蘇らせたいな。肉体保管の魔法陣もいくつか展開しておいて』
『はい』
リョクが自分よりも少し年下の子供の頭を撫でていた。
『でも、最低限の準備ができてるならいい。大丈夫、僕の指示に従って』
子供たちは少し離れたエヴァンに気づいていないようだった。
「脳の電子データってどうゆうことだ?」
「・・・わしらは、封印の際に、リョク様の言うように、脳の電子データを保管していたのじゃ。魂とも呼んでいる」
「どうして?」
「肉体は全員分、保管できないかもしれないって・・・万が一のために用意していたものだった」
ジタンが消え入るような声で言う。
「結局、ほとんどの肉体は封印が解けても動かなかった。目覚めたのは俺たちだけだから」
「私の分析では、”ウルビト”全員の肉体を地下で保管できる確率は5パーセント。肉体保管の魔法は、ほぼ機能しないはず」
アイリスが指を軽く動かしながら言う。
「桁違いの魔力があれば別だけど、イベリラは寿命を吸い取ってるくらいだから、最初から”ウルビト”に魔力を割くつもりはない。9人でも蘇ったのは奇跡だと思う」
「上手く欺かれたな。お前ら」
「・・・・・・」
ベラはさっきまで動いていたことすら嘘のように、女神のような顔をしていた。
「リョク様には、アバターがあれば大丈夫だって言われてたんだ。あれなら、肉体が滅んでも、アバターに脳を移行させればいいって」
「そうじゃ、そうじゃよ! わしのようにアバターを手に入れれば、肉体なんて必要ないのじゃ」
グフ爺が目を見開く。
「・・・で・・・でも、僕たちだけで・・・」
「イベリラ様は自分の目的のために動いているのかもしれない。でも、このまま従っていれば、9人の寿命が伸びることは確かじゃ」
グフ爺が無理やり納得させるように話していた。
「そこから、眠りについた者たちをよみがえらせる方法を探せばいい」
「・・・・・・・・・」
ジラフは俯いたまま、黙っている。
カチッ パシャン
砂時計がすべて落ちるような音がした。
エヴァンの足元に魔法陣が広がる。エヴァンが中心に剣を突き立てた。
『待て、エヴァン。まだ、話は・・・』
『悪いが時間だ。リョク、君はこれから俺がここに来たことを忘れるだろう。知らないかもしれないが、君らも代償を受けている。どうしても避けられないと、クロノスから聞いている』
『な? 何を・・・』
『これから、起こることは・・・言えない。監視があるみたいだからね』
ちらっとベラのほうを見てから、話を続ける。
『何度も言うけどさ、俺は望月りくの配信が好きだった。俺に命を与えてくれたから、本当に感謝してるんだ。こうして、この世界で頑張ってみようと思えたのも、リョクのおかげなんだ』
『待っ・・・』
『必ず、君を助ける。遠い未来になっちゃうけど、今度こそ絶対に助けるから。俺を、信じてくれ』
強く言ってから、剣を回した。
『なんの話だ? ちゃんと説明をして』
リョクが翼を斜めにして、エヴァンの手を掴もうとしたとき・・・。
シュンッ
エヴァンが持っていた、一枚の白い羽根が、舞い上がる。
『エヴァン・・・』
魔法陣に吸い込まれるように、消えていった。
どこからともなく、時計の針の音がカチンとはまる音がする。
ゴトンッ
ガタガタガタガ ガガガガガガガガーッ
地面が大きくうねった。
『きゃ!!!』
『大丈夫』
リョクが大きく翼を広げて、部屋にいる子供たちを覆った。
『神の怒りに触れて沈められる・・・・やっぱり、そうなのか? この子たちの寿命を短くしておきながら、人体実験には敏感なのが神か』
『リョク様?』
『いや・・・びっくりさせてごめんね。僕たちには、終焉の魔女イベリラ様がいるから大丈夫だ。きっと、全ての願いが叶う』
イベリラの像を見つめながら言う。
「ベラ・・・」
「彼女にとって、もう条件はそろっていたのね」
悪魔のような女を、神格化するリョクたちが哀れに見えた。
サアァァァァ
アイリスが天井から落ちる砂を、手に透かしている。
「そろそろ日常が崩れるはず。そうゆう気配がする」
ドーン
ガタガタガタガタ ガタガタガタガタガタ
地面から突き上げるような揺れだ。
どんどん揺れが激しくなっていくのがわかった。
『うわっ』
『なんだ? これは、モニターの電波も悪くなってきて』
少年が出していたモニターが途切れかけていた。
『ただの地震じゃないのか?』
『リョク様、これはどうゆうことですか?』
『・・・シールドを張れる者は張るように。みんなにいったん研究を止めるように伝えてくれ。神は『ウルリア』を沈める気だ』
『!?!?』
リョクが揺れが収まったのを確認して、翼を畳む。
『そんな!!!!!』
『沈むって、まだ、何も完成していないのに』
『大丈夫だ、浮上したときに完成すればいいんだよ』
混乱している少女の背中をさする。
『僕がついてるから、みんな、落ち着いて行動して。まだ時間があるはず。一緒に準備をしよう』
エメラルドのような髪をふわっとなびかせて、上手く子供たちを誘導していた。




