304 『ウルリア』の罪①
『ウルリア』は異世界に似ていた。
綺麗に整備された通路、車という鉄の乗り物には、何かのルールがあり、人々はルールに基づいて生活しているようだった。
この都市の民は思った以上に魔力が少ないのが意外だった。
皆、何らかの魔道具を身に着けている。
よく見たら、4人もイヤーカフや指輪、腕輪をつけて魔力を調整している。
”ウルビト”は、元々魔力を持たない種族なのか?
何よりも、子供しかいない。
20歳以上の者を見かけなかった。
「魔王ヴィル様、どこに向かってるの?」
「終焉の塔のある場所だ」
「どうなっている? 壁のようなものが・・・・」
ジラフが空中を触りながら言う。
「お前らは俺の半径5メートル以内までしか、移動できないようだな。鬱陶しいが仕方ない」
「クソが・・・・・」
ジタンが奥歯を噛んでいた。
「わしは・・・」
老人がゆっくりと階段を上る。
「こうやって、もう一度『ウルリア』の美しい街を見ることができて幸せじゃ。魔族の王よ、わしが話してやろう。ここまで来て、『ウルリア』を誤解されたくないからの」
「グフ爺!」
「グルム、まだ幼かったお前にはわからないかもしれないが、この都市が罪を犯したのは確かなのじゃ。だが、必ず復活する。わしは、そう信じておる」
「・・・・・・・」
グルムが目を擦って、老人の後ろについてくる。
ジタンとジラフが目を伏せがちに、少し離れて歩いていた。
「見ての通り、『ウルリア』の人々は、元々魔力を持つ者が少なかった。貿易もない、完全に孤立した大陸で、いつ攻め込まれてもおかしくないくらいの、弱小都市だったのじゃ」
老人が懐かしむように言う。
「全然、そうは見えないけど?」
「努力家の民だったじゃよ。各々が努力することで、神が恐れるほどの力を身に着けていったのじゃ。子供ばかりでもな」
「子供ばかり? ・・・あ・・・」
アイリスが、急に足を止めた。
「魔王ヴィル様、あれ、見て」
「ん?」
”ウルビト”が動かしているモニターのようなものを指した。
ユイナやVtuberたちが使っているものによく似ている。
「『ウルリア』はこの頃から異世界と通じていたのか?」
「そうじゃ。相変わらず魔力は無かったがの」
少年がにこにこしながら、画面に向かって何かを話している。
Vtuberたちがやっている配信に似ていた。
「みんな・・・・」
グルムが話しかけようとして止めていた。
「ニーナを見るのは辛いよ・・・」
「『ウルリア』が復活すれば、みんなもとに戻る。まだ諦めるな」
「うん・・・」
後ろで、ジラフがこそこそ話しているのが聞こえた。
『ウルリア』は、俺たちの住む世界よりも、異世界に近いような感覚だった。
「どうやって、異世界と通じたの? ダンジョンがあったとか?」
アイリスが不思議そうに聞く。
「たまたま発見したのじゃよ。具体的には、終焉の塔にほんの数分だけ現れた時空の歪みを見つけたのじゃ」
「え?」
グフ爺がアイリスの目を、真っすぐ見つめた。
「神が与えたチャンスだったのかわからないが、”ウルビト”は逃さなかった。これが、大きな分岐点じゃった」
「それは・・・・」
「Vtuberと繋がったのは、偶然じゃなかったってことか?」
「そうじゃ。時空の歪みに落ちていた、望月りくを拾い上げたのは、”ウルビト”なのじゃよ」
「!?」
驚いて立ち止まると、グフ爺が目を細めた。
「リョクが、”ウルビト”に?」
「そんなこと・・・・?」
アイリスが目を丸くして、首を傾げる。
「そうか、やっぱり知らなかったのか。まぁ、清らかだった彼女の魂は、拾い上げてすぐに天使となり、他の天使同様、この都市を見守る存在となったのじゃ。彼女は我々に異世界の技術を惜しみなく伝えてくれた」
グフ爺が顎髭を触りながら、顔を上げる。
「だから、この都市は異世界と似ているのじゃよ。リョクはわしらにとっては、本当に天の使いじゃった。彼女のおかげで、他国の侵略に怯えることも無くなったのだから。少ない魔力しか持たぬわしらに、神が与えた恵みのようにも思ったのじゃが・・・」
言葉を吞み込んで、少し沈黙する。
『ヒイラム、リリム様の日記が更新されてるよ』
『私は帰ってから見るの。今日は道具を作るようにお父様から言われてるから』
『ちゃんと、勉強しなきゃね。でも、リリム様は別。リリム様のおかげで頑張れるんだもの』
少女たちの弾むような会話が耳に入ってくる。
リリム様というのはVtuberのような配信者のようだ。
顔立ちの整った少年が画面に映っているのが見えた。
「・・・今考えると、試されていたのかもしれないのお」
ぼそっと呟いて、杖を鳴らす。
「この大陸が沈んだときに、リョクは魔族になったのか?」
「ふぉっふぉっふぉ、さすが、魔族の王だ。理解が早い。そうじゃ、天使はそこに住む人間が穢れると堕天使となるそうだが、リョクの場合は翼をもがれた。天使ですらなくなったということじゃ」
「どうして・・・・・・?」
「理由は天使にしかわからない」
紫色の花の上を蝶が舞っていた。
水遊びをしていた子供たちの近くに、小さな虹がかかっている。
「リョクが天使に戻った後、『ウルリア』に戻ってきてくれるとは思っていなかった。リョクにはリョクの、尊い願いを捨てきれなかったのじゃろう。わしらは自分のことばかりで忘れていたが・・・な」
グフ爺が周囲を見渡しながら、淡々と話していた。
「ねぇねぇ」
アイリスがマントを引っ張る。
「魔王ヴィル様、どうしてこの街は子供しかいないんだろう?」
「さぁな」
「・・・・・・」
グフ爺のような年齢どころか、大人というものがまるで見当たらない。
見慣れない技術がある割には、子供ばかりの都市だった。
「『ウルリア』は他の国々と交流も無かった。独自の文明を築き上げていたから、他の国を見るまで気づかなかったんだ」
ジタンが語気を強める。
「どうゆうこと?」
「”ウルビト”の平均寿命は20歳と言われている。それ以上は、生きられない。そうゆう体なんだ」
「じゃあ、お前は・・・・?」
「わしの体は、『ウルリア』が独自に作り出した、仮の体じゃ。異世界で言うところの、アバターに近いかの。肉体が朽ちていくときに、運よく、脳の移し替えに成功した例なのじゃ。他の者は、失敗して死んでいった」
グフ爺が腕の皮膚をさすって、口を小さく開く。
「わしは元の肉体は、目が不自由だった。だから、義眼を使用していたのじゃ。段階的に仮の体に移行をしたのが、結果的によかったのかもしれないの」
「どうして俺たちだけ・・・俺たちは何もしていないのに。ただ、永く生きたいって思っただけなのに」
グルムが急に声を上げる。
「だって、この頃にはどんどん寿命が短くなって・・・みんな、病気でもないのにどんどん死んでいって・・・」
「グルム、お前はあまり周りを見るな」
「っ・・・・・・・」
ジラフがグルムの背中をさする。声を震わせていた。
ちらほら、黒い旗の立っている家が見える。
アイリスが通るたびに、十字架を切っていた。
敵がいない割に、葬式をしている家が多いのは、寿命が短くなっているからか。
「リョクがわしらに、技術を伝えることで、『ウルリア』は少ない魔力を増強させる技術や、科学技術が著しく発達していった」
「だから、大陸の外に出たんだよ。あの、移動装置で。戦闘能力には自信があったから」
ジタンが空飛ぶ船のような乗り物を指す。
「・・・・ほかの大陸の者たちの寿命を知ったんだ。魔族は100年以上生きられるし、同じ種族である人間でさえ、90歳まで生きている者もいる。俺たちはその4分の1しか生きられない」
「お前らは何をしたんだ?」
「・・・・終焉の塔には、俺たちの研究機関がある。語るよりも見たほうが早いだろう」
ジタンがマントをなびかせて、前に出る。
「ジタン!」
「真実を見せてやる。俺は罪だろうが何だろうが、『ウルリア』の力を誇りに思っているんだ。他の種族が届かない、努力の結晶だから」
「・・・・・・・・」
終焉の塔が近づくごとに、ジラフとグルムの口数が減っていった。