26 魔王城案内
魔王城の外で木に寄り掛かりながら、腕を組んでいた。
アイリスが深呼吸して、双竜のほうに手をかざす。
床に魔法陣が光り、浮かび上がっていた。
『私と契約しなさい。ギルバート、グレイ』
しゅるるるる
すぐに魔法陣が消えて、光が消えていく。
「あっ・・・魔法陣が・・・・」
「はぁ・・・・・・」
予想通りか。
一瞬、アイリスが得体のしれない力を持っているのではないかと疑っていたが、召喚する力もないみたいだな。
ギルバートとグレイも混乱していた。
「あれ? うまくやったつもりだったのに。どうしてダメだったのな? 分析、解析・・・」
「単純に魔力が足りなさすぎるんだよ」
クォーン オゥー オゥー
「魔力が・・・?」
アイリスが吠えるギルバートを撫でながら、おろおろしていた。
「ダンジョンのクエストで多少、パラメーターは上がっているようだけど。双竜を召喚するほどの力はないってことだ」
「どうしよう。ギルバート、グレイがせっかく・・・」
「仕方ない、アイリスの魔力が召喚できるレベルに達するまで、俺の召喚獣としよう」
ギルバートとグレイのほうに手を向ける。
『契約しろ』
ブオン
空中に光が走り、すっと双竜が消えていった。
アイリスが驚きながら地面とこちらを眺めている。
「え? どうして魔王ヴィル様は魔法陣も浮かび上がらないのに?」
「省略しただけだ」
「えっ・・・すごいすごい・・・・!」
幻獣召喚はギルドの中でも中級クラス以上しかできない。
アイリスができなくて当然だな。
「まぁ、これで、ギルバートとグレイはいつでも召喚できる」
「頼もしいね」
「あぁ」
魔王城の中に入る。
アイリスがちょこちょこ歩きながら付いてきた。
「アイリスには異世界クエストを攻略できるのを期待してるからな」
「うん!」
へへへ、と笑っていた。
「魔王ヴィル様!」
前からジャヒーが歩いてくる。
「ジャヒー、もう完全に治ったのか?」
「はい。お休みいただきありがとうございます」
大きな瞳が一瞬、アイリスのほうを睨んだのがわかった。
アイリスは上位魔族とは馴染めていない。
当然だけどな。
「ジャヒー、少し時間はあるか?」
「え・・・? はい、討伐の情報は入ってきていないので・・・」
「じゃあ、魔王城を案内してもらえないか? 実は、まだ全てを見回れていないんだ。広いのはわかっているから、全部じゃなくていい。どこを案内するかはジャヒーに任せるよ」
「は・・・・はい・・・・是非・・・」
体をキュッとさせて緊張していた。
「アイリスは部屋で待ってろ」
「えー」
「すぐ戻るから。魔王として上位魔族と会話したいんだよ」
「・・・・・わかった」
アイリスがとぼとぼと部屋のほうへ歩いていく。
ジャヒーがにやりとして、アイリスを見送っていた。
「ここは魔導書の揃う棚の部屋となります。ププとウルがよく出入りしていますが・・・今日はいないみたいですね」
「あぁ、昨日頼みごとをしたからな」
部屋に入ると、少し埃っぽいにおいがした。
本棚に魔導書だけじゃなく、人間が書いた創作物などもぎっしり詰まっている。
窓の近くにはゆったりとした椅子が置いてあって、本を読めるスペースができていた。
「よくこんなに集めたな」
「ププとウルには収集癖がありまして・・・」
「なるほど」
「外に出るたびに、人間から奪ったりしてきているのです。カマエルからは場所がなくなると怒られているのですが・・・」
「まぁ、問題ないだろ。ププウルの知識が役に立ってることは確かだからな」
「はい!」
考えてみれば、俺を召喚する方法を見つけたのもププウルだったな。
ジャヒーがドアを閉めて、次の部屋へ案内する。
「こちら、手前にあるのが、魔族専用のキッチンです」
中に入ると、肉を煮込んだようないい香りがた。
「ま・・・魔王ヴィル様・・・・」
青髪で頭に一つ角の生えた少女が下ごしらえをしていた。
いつも食事を持ってくる魔族だな。
周りには小人のような鼻の高い魔族たちが、皿を洗ったり、片づけをしていた。
「魔王城での食事は彼女、マキアが主に行っています」
「はい! ジャヒー様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「魔王ヴィル様に城を案内しているだけだ」
青い髪をふわっとさせて近づいてきた。
「食事担当のマキアと申します」
「あぁ、いつもありがとうな」
「そんな、私にできることはこれくらいなので」
マキアが髪を触りながら恐縮していた。
「これは今日の食事か?」
肉を叩いて柔らかくしていた。
「はいっ・・・・本日はシチューになります。栄養たっぷりなので、きっとジャヒー様も気にいると思いますよ」
嬉しそうにジャヒーに説明していた。
戦闘能力は低そうだが、アイリスとは話が合いそうだ。
「私が回復するまでの間、気遣った食事、ありがとう」
「ジャヒー様が回復されたことが何よりです。これからもよろしくお願いします」
マキアがエプロンを握り締めながら微笑んでいた。
部屋から離れると、魔族たちにてきぱきと指示する声が聞こえてきた。
岩の階段を上がっていった先に、広い廊下が続いている。
窓はうっそうと茂る木々の陰になっていた。
「ここが上位魔族の部屋となります。3階は下位魔族の部屋ですが・・・多くの下位魔族は城に戻ることがないので、食事や掃除、武器の修理に携わる魔族のみですね」
ジャヒーが角をちょっと触りながら歩いていく。
「こちらが、カマエルの部屋、こちらはゴリアテ、こちらがサリー・・・」
上位魔族たちはここにいるのか。
城にいながら、全く知らなかったな。
「・・・そして、こちらが、私の部屋になります・・・お入りください」
ジャヒーが大きな岩の扉を開けた。
大剣が三本立て掛けられていた。刃こぼれはなく、きれいに磨かれている。
ぼろぼろの布切れがあった。
「これは・・・戦闘のときに着ていたものか?」
「はい、もう着れなくなってしまったので」
「直してやろう。これくらい、錬金術を使えば、多少のバフを付与して修復できる」
「あ・・・いいのです。これは、魔王ヴィル様が救ってくださったって証なので・・・」
戸惑いながら近づいてくる。
ジャヒーが布を取って、大剣の傍に置いた。
それに・・・といって、クローゼットのような箱を開けた。
「このように服はたくさんあるのです。私、実は魔族の中でも、ファッションセンスには長けているほうでして」
「・・・・・・・・!!」
予想外だ。
人間並みに戦闘用の服が並んでいる。
というか、ちょっと戦闘に不向きな服装もある・・・。
防御力はあるんだろうが・・・いや、上位魔族ならほとんど装備に頼る必要ないしな。
「あの、魔王ヴィル様はどうゆう戦闘服がお好みですか?」
「別になんでも・・・」
ジャヒーがテンション高くなりながら服を選んでいた。
背中からウキウキする感じが伝わってくる。
「これとかいかがでしょうか?」
「い・・いいんじゃないのか?」
「ありがとうございます。次はこの服装で戦闘に行きますね」
ぴったりとした戦闘服を見せてきた。
かなり布の面積が少ないような気がするが、魔族には普通か。
「あ、何か1着もらえないか?」
「え?」
「アイ・・・あの奴隷に着せる服だ。別に何を着せてやってもいいんだがな、魔族の服を着せたい」
「・・・・・・・・・・・」
ジャヒーが固まっていた。
あれだけ敵対心を持ってるんだから、当然のことだよな。
「上位魔族が選んだ服を着せておきたいだ。俺の視界をうろうろするのに、あまり貧相なものを置いておきたくないからだ。あのままだと、目障りでな」
「・・・え・・・・と・・・」
「・・・・・・・・・」
横目で反応をうかがっていた。
「あの人間の女が目障りで、私の選んだ服を着ると、魔王ヴィル様としては・・・・その、都合がいいということですか」
「え、まぁ・・・・」
顔を隠して悶えていた。
「嬉しいです! じゃあ・・・この服なんていかがでしょうか?」
「えっと・・・ジャヒーが選んだものならなんでもいいよ」
「なんと!!」
予想外の反応に少し戸惑っていた。
「あ、ありがとうございます。魔王ヴィル様にそう言っていただけて・・・もうっ・・・・」
セットを手渡ししてくる。
ぱっと離れて、丸い角を触りながら嬉しそうにしていた。
「魔王ヴィル様が奴隷に私の選んだ服を・・・・私のことを・・・・」
「?」
ジャヒーが鼻歌交じりに、背を向ける。
きゅっと上がったお尻から、いつも隠していた尻尾が出ていた。
気づいていないのか、ひらひら動いている。
そんなに、喜ぶものなのか。
受け取った服一式を見つめる。
魔族にしては露出が少なめ・・・まぁいいか。