302 ウルビトの魔法
「どうして急に・・・?」
「私は確かに、異世界の人間を憎んでここに来たけど・・・たぶん、異世界の人間たちが好きだったんだ。矛盾してるけど、また、向こうの人たちと話したい」
雛菊アオイが息をついて、本棚を見つめる。
端の方にはVtuberのようなフィギュアが並んでいた。
「そうゆうことだから。もう、2人には関わらないつもり。『ウルリア』にも」
「ま・・・マジかよ」
「りりるらからすると、そんなに意外?」
「だって、配信でいい思いしなかっただろうが。中の人・・・陽菜も、ほとんどお前に人格を渡さなかったし・・・」
「表向きはね。一応、たまに自由にさせてもらってたの。私は一人が好きだっただけ」
髪を耳にかけて、ソファーの背もたれに寄りかかる。
「リスナーのみんなのこと大好きだった。確かに、陽菜のやり方には不満もあったけど、お金を稼ぐためなら仕方ないなって思ってたの。それなりに悩みながら私を動かしてたから」
「・・・・・・・・・・」
「離れてから、わかることもあったってこと」
「そう・・・か」
りりるらが目を丸くしていた。
「悪いが異世界のことに興味はない」
「そ、そうです! 関係ないのです」
サンドラが同調しながら、前に出ていく。
「サンドラは前に進みたいのです。そのためにここを見つけたのです」
「ん? この子は?」
「あぁ、莉音が描いた人工知能を持つアバターだ。変わってる奴だけど、美的センスはいいよな」
りりるらがサンドラを見ながら言う。
「はい。サンドラは、ヴィル様を愛するために生まれてきたのです。ピュグマリオンのような愛を知るために・・・・」
「どおりで、私と似てると思った」
「え?」
「・・・・・」
雛菊アオイが瞼を重くして、立ち上がる。
「わわ・・・」
勢いで、雛菊アオイの膝でリラックスしていたナーダが転げ落ちそうになっていた。
「ねぇ、貴女、さっき望月りくたちといなかった?」
「さ・・・サンドラですか?」
サンドラが首を傾げる。
「あはは、絶対それはないですよ。サンドラは、ヴィル様と一緒だったので」
「んー」
雛菊アオイが覗き込むと、サンドラが照れていた。
「あ、あ、あまり、見られるのは苦手なのです」
「・・・・・・」
「さすがに見間違いだろ。ま、この『ウルリア』には似たようなVtuberアバターがいっぱいいるから間違えるのも無理ねぇけどな」
りりるらが角を触りながら言う。
「Vtuberが似るのは、人気クリエイターの描いたアバターをみんなが真似るから。エリアスがそうだったようにね」
雛菊アオイが、壁に描かれた数人の少女の絵を見ながら言う。
「エリアス?」
『ダンジョンの精霊、アクエリアスのことだ。望月りくのアバターの作者でもあるよ』
ナルキッソスが急に起き上がって、首からぶら下げた髑髏を直していた。
「成樹!」
「わっ、びっくりさせんなよ。ったく・・・」
『起きただけでそんなに驚くか? 俺は死んでない』
「その恰好にビビるんだよ」
『あはははは、そうか。色合いかな? もう少し、紫を濃い目に出した方が・・・』
「そうゆう問題じゃねぇって」
「っ・・・・!!!!」
ナーダが牙をむいて、警戒している。
『介抱してくれてありがとう。りりるらは優しいね。優しい悪魔だ』
「気持ち悪いこと言うな。あそこで置いていくのも邪魔だったから連れてきただけだ」
『君が魔王になればよかったのに』
「うるせー」
りりるらが、尻尾をピンと立てていた。
なんだかんだ、こいつら仲いいよな。
「アクエリアスのダンジョンか。『ウルリア』に関わる何かがあるなら行くべきだったか・・・」
「そうね。行ったほうがよかったのかな・・・」
アイリスが口に手を当てて、何か考えていた。
『いや、エリアスのダンジョンは固く閉ざされているから、誰も入れないよ。なぜかはわからないが・・・まぁ、ダンジョンの精霊は変わり者が多いから』
ナルキッソスが、マントを後ろにやった。
「望月りくの作者って話は本当なの?」
『そうだよ。エリアスは望月りくも描いてたけど、そもそも少年の絵が得意なんだ。望月りくは完全に商業用として描いたらしい。本人は元々、有名なゲームプレイヤーだよ』
「・・・・・・・」
『かなり上手いし、今は新作のゲームにも関わってるって噂だ。誰もが憧れるクリエイターだよ』
「へぇ・・・」
リョクは確かに中性的だな。
雛菊アオイがナーダの頭を撫でて落ち着かせながら、ソファーに座り直した。
「エリアスの描くアバターは、ピュグマリオンのアバターにそっくりなのです」
『仕方ないよ。ピュグマリオンはエリアスに憧れてたからね』
「あの・・・話の途中で悪いんだけど」
アイリスが、サンドラとピュグマリオンの話を止める。
「ちょっといい? さっきから、この魔法石が点滅してるの」
アイリスが棚の横のひし形の石を指した。
「異世界の・・・・何かが近づいてきてるような感覚もある・・・あまりここには長居しないほうがいいかも」
「あぁ、それは望月りくが私を呼び出してるから。今、消す」
モニターを出して、指を動かすと、点滅が消えた。
「あ・・・」
「さっきからずっと無視してるの。私に配信してほしいって言われてて。私、なぜかここに来たVtuberアバターのみんなに人気があるから」
「雛菊アオイは人気者。いつも人気ランキングに載ってたのに、Vtuberみんなに分け隔てなく接してた。無名のVtuberでも、仲良くしてくれた」
ナーダが雛菊アオイの肩に、鼻をくっつける。
「みんな雛菊アオイ、大好き」
「・・・・ありがとう」
雛菊アオイが申し訳なさそうな顔をして、ナーダの頭に手を置く。
「そっか」
アイリスが目を細めた。
「私も・・・」
ドーンッ ドドドドッドドドド
「!!!!!!」
突然、配信部屋の壁が壊れていった。
「なんだ?」
「危ない!!」
倒れる本棚や、崩れる天井をアイリスが魔法で止めていた。
ナーダが翼を広げて、りりるらと雛菊アオイを庇う。
サアァァァァァ
「ここから行けば、上に辿り着けると思ったのか?」
「ウルビトか」
グルムと3人のウルビトらしき人間が立っていた。
15,6歳くらいの青年が2人と老人が1人。見たことのない、防具や武器を持っている。
「甘いな」
「お前ら・・・・」
「あ、あんたたち、どうゆうつもり!? この部屋はVtuberのみんなに向けた配信のための部屋、ウルビトであっても勝手に入っていけないって契約のはずだけど!?」
雛菊アオイが目を吊り上がらせて、部屋を見渡した。
「しかも、いきなり壊していくなんて・・・」
「契約は破られた。お前はもう、こちら側に協力する気はないのだろう?」
「っ!?」
「ほら・・・・・」
雛菊アオイの目の前に、一枚の紙のようなものが現れて、火がついていた。
焦げて塵になっていく。
「われわれの目を誤魔化せても、天使が作成した契約書は誤魔化せない。本来は呪いがかかるんだが、君は人が作り出したアバターだからかからないみたいだ」
「命拾いしたな」
「っ・・・・」
雛菊アオイが服の裾をぐっと握りしめていた。
「ジラフ、あれが魔族の王だ。彼はハデスの武器を持ってるんだ」
グルムがこちらを見ながら、杖を出していた。
「へぇ、随分派手だな。今の魔王は」
「そっちじゃないって」
ジラフがナルキッソスと俺を勘違いしてた。
前に出ようとしたナルキッソスを、りりるらとナーダが勢いよく引っ張っていた。
「っと、紛らわしいな。こっちか」
「ジラフ、魔力を見たらわかるだろうが。まぁ、脳筋に見抜くのは難しいかもな・・・・」
「うるさいな。封印が解けたばかりで、まだ調子が戻ってないだけだ」
「2人とも、魔王はミイル様を冥界に連れて行ったんだから油断しないで・・・」
「わかってるって」
「ふぉふぉふぉ、随分気が立ってるがな。落ち着け、グルム、ジラフ、ジタン」
「・・・・・・・・・」
老人が杖を付いて、こちらを見た。
同じウルビトなのか?
老人だけ、何か異質なものを感じた。
「『ウルリア』の力は、この世界を統べる力だ。わしらの力を信じろ」
「・・・わかっています」
4人の首、腕、手首、頬にそれぞれ描かれた痣が、じんわりと光っているのが見えた。
スッ・・・
アイリスがホーリーソードを出して、雛菊アオイの前に立つ。
「魔王ヴィル様・・・私が行く?」
「いや、こいつらは、俺がやる。試したいこともあるからな」
「わかった」
ハデスの剣を出して、崩れた柱の上に立つ。
「お前ら、死がどうゆうものかわかっていないようだな?」
「そりゃそうだ。わしらは死んだわけじゃない。封印されていたのだから」
老人が笑いながら杖を回す。
ジタンを中心に、雛菊アオイの部屋を囲むような魔法陣が展開されていた。
「!!!」
「動かないで、大丈夫だから・・・」
アイリスが、ドラゴンに変身しようとしたナーダを止める。
「時計か」
魔法陣は中央に時計のような模様が描かれていて、ゆっくりと針が回っていた。
「いきなりこれを使うとはね」
「準備はできたぞ。グフ爺」
ジラフとジタンが中央に手をかざす。
老人が勝ち誇ったような顔で、こちらを見た。
「魔王よ、少し反応が遅かったな。この世界の魔族の王とは、もう少し戦いたかったのだが、わしらも時間が無いのでな。この魔法陣の中は、眠りについていた『ウルリア』が開発した魔法の一つ、誰にも破られたという記録はない」
片目を閉じて、杖で地面を鳴らしている。
一つ鳴らすごとに、一つ魔法陣の針が動いていた。
「中の者を時空間のどこかに放り出す魔法だ。この魔方陣からは、出られないだろう? ま、運が良ければ、どこかの・・・そうじゃな、異世界住人のいるところに転移できればいいな。まぁ、1%にも満たない確率だが」
「ふぅ・・・」
グルムが魔法陣をほっとしたような表情を浮かべていた。
「!?」
カッ
― 時空歪転移 ―