296 憤怒のウルビト
じゃらんじゃらんじゃらん
終焉の塔の中は石畳の階段と、壁には見知らぬ文字が刻まれていた。
ところどころ、獣の像があった痕跡がある。
ほぼ崩れて、岩の塊のようだったが、信仰の対象か何かだったのだろう。
光の差し込む場所にいた。
終焉の塔は海底都市『ウルリア』が沈んだときに、ウルビトたちを封印した塔なのだという。
ウルビトは、リーム大陸が復活したときに、自分たちが目覚めるように魔法をかけていたのだと、ナルキッソスが話していた。
『ただ、ウルビトたちの思い通りにいかなかったようだ。聖女マリアの心臓がすべて捧げられていれば、未来は違ったのかもしれないけどね』
じゃらん じゃら じゃらん
「どうして成樹がそんなことを知ってるんだ?」
『この世界で、ダンジョンの精霊としているからだろうか・・・・頭に入ってくるんだよ。んー説明が難しいな、聞こえるというよりは、元々あった記憶を思い出すというほうが近いかもしれない』
「お前は異世界の人間だろ? なんで、元々記憶があるんだよ」
『それがこの世界の不思議なところだね。こうゆうのは、僕より先にこの世界に入ったピュグマリオンほうが詳しいのかもしれないけど・・・・』
りりるらが瞼を重くして聞いていた。
じゃらん じゃらん じゃらん
『リーム大陸は、僕たちを昔からダンジョンの精霊として存在しているように捉えているのではないかと思っている・・・とにかく、疎外感は全く無いんだ。むしろ、異世界のほうが仮の世界だったように感じる』
「随分と調子がいい話だな」
「ナルキッソス、ピュグマリオン、あとはもう一人、望月りくの作者がいるはず」
ナーダがきょろきょろしながら言った。
『あぁ、それなら・・・・』
「ちょっといいか?」
じゃらん じゃらん
『なんだい? 魔王ヴィル?』
ナルキッソスが嬉しそうにこちらを向く。
「その、お前の腰についてるじゃらじゃらいってる鎖はなんなんだよ」
歩くたびに、じゃらじゃらする音が響いていた。
『これは、魔王と自分を縛る鎖なんだ』
「は?」
うっとりとしながら鎖を持ち上げた。
『そう思って下げていると、音すら愛おしい。愛の音なんだよ』
ざわっとした。
「り・・・りりるら、外してくれ」
「ほかの服はどうにかなったけど、これだけは外さねぇんだよ」
りりるらが頭を掻く。
「仕方ないです。ヴィル様への愛の鎖なのですから」
「俺はあの鎖と何も関係ないだろ。鳥肌立つようなこと言うなよ」
「ナルキッソスにとっては鎖は愛の具現化。愛はすべてを超えると、ピュグマリオンも言っていました」
サンドラが得意げに言った後、アイリスのほうを見る。
「・・・魔王ヴィル様は独り占めしてはいけないのですからね。アイリスも独り占めしちゃだめです」
「えっ」
アイリスが階段を踏み外しそうになって、少しよろめいた。
「私は、そんなことしない。魔王ヴィル様は、誰のものでもない魔王ヴィル様だから」
「でも、ヴィル様はアイリスばかりです。ま、サンドラも可愛いので、サンドラのことも好きだとは思いますけどね」
サンドラがアイリスを睨む。
じゃらんじゃらん
「ナルキッソス、その鎖の音で気が散るんだが、別のものに変えられないか?」
『そうか。魔王ヴィルがこちらを気になってしまってしょうがないと。それなら少し形状を変えようか。互いに思いやることも愛だからね』
指を当てて金色の鎖をブレスレットのような形にしていた。
「・・・・・・・・・」
何を言ってもぞくぞくする。
駄目だ。こいつだけはどうも苦手だ。
ドーン
ドドドドドドドドドドドドドドドド
「!?」
地響きとともに、階段が動き出す。
俺たちのいる場所が切り離されて、斜めに上昇していった。
「きゃっ」
「あぶねーな」
りりるらが手すりを蹴って、軽く飛ぶ。落ちそうになっていたサンドラを掴んだ。
「気をつけろ。ここは終焉の塔だ。どんな仕掛けがあるかわからねぇ」
「ふぅ・・・死ぬかと思った」
「匂いが近づいてくる。幻獣の」
「幻獣?」
ナーダが鼻をクンクンさせた。
「この階段がどこかへ連れて行こうとしてるみたいだな。この塔の中では、俺たちも魔法を使っていいんだろ?」
「任せる。あたしらは、ヴィルに従うだけだ」
― 魔王の剣 ―
魔王の剣を握りしめる。
自分を覆っていた電子の粒のようなものが飛び散っていった。
アイリスがホーリーソードを構える。
「やっぱり、擬態は息苦しかったもの。こっちのほうがしっくりくるわ」
「意外と楽しんでただろうが」
「もう、忘れてってば」
アイリスが少し頬を膨らませた。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
「階段が・・・扉に近づいてく」
「アイリス、落ちるなよ」
「うん」
階段がゆっくりと道のない扉のような場所へ近づいていく。
『あぁ、やっぱり魔王はその剣を持っている姿が一番美しい。描かせてほしいくらいだ。もうちょっと前に・・・』
突然、ナルキッソスが扉の前に飛んでいく。
「ナルキッソス! どいてくれって!」
『いや、もう少しだけでいいんだ。描けるくらい目に焼き付けて』
ナルキッソスが両手を広げていた。
「・・・・」
『なっ・・・・』
ナーダがブレスレットを思いっきり引っ張って、ナルキッソスをどかす。
「邪魔って言ってる。魔王に嫌われる」
『!?』
「好かれたいなら、今は離れるべき。恋は盲目、でも今は相手のために抑える」
『そうだった。自分としたことが、ついあまりの美しさに感情を押さえられなくなってしまった・・・』
背中からぞわっとするような言葉が聞こえた気がした。
いや、今はこんなことに気を逸らしてる場合じゃない。
ゴゴッ・・・ガタン
階段が扉の前につくと、重たい扉が開いていった。
中央に魔法陣があり、中に少年と翼を持つ大蛇が2体立っていた。
「幻獣ワーム・・・」
「彼が・・・ウルビト?」
「ЖБСЦБψМНЙТШЗ」
目が合うと、知らない言葉で何かを言ってきた。
口に手を当てて、もう一度言い直す。
「これで通じるかな? この世界の言語はこっちだったね」
「お前がウルビトか?」
「そうだ。僕は憤怒の部屋のウルビト、グルムだ」
少年の首筋には、模様のようなものが刻まれていた。
片側のワームが戦闘能力を高めているのが伝わってくる。
「君があの聖女の・・・息子で間違いないな? 驚いたよ。魔王だとは聞いていたけど、本当だったとは。ん・・・そっちにいるのは・・・?」
「よくもマリアを利用して・・・・」
剣に黒い炎をまとわせていたときだった。
『そうかそうか。君には俺が魔王に見えてしまったようだね? 仕方ない、俺はもっとも魔王、いや、魔王ヴィルに近い存在と言っても過言ではないからさ』
「ん?」
ナルキッソスが突然割り込んでくる。
『俺のことは・・・そうだな。魔王ヴィルを愛する魔王と言っておこうか』
「お前がいつ魔王になったんだよ」
『ノリだ』
「ん? こっちが魔王じゃなくて、こっちも魔王・・・? どうゆうことだ?」
グルムが一歩下がった。
ワーム同士が顔を見合わせて、戸惑っているのが伝わってきた。
『君が俺のことを魔王と思うならそれも正しいって意味だよ。だって、俺と魔王は心がつながっていく運命なんだから。はぁ、一心同体というのだろうか』
何かに酔いながら言う。
「よ、よく見たら、こっちはダンジョンの精霊じゃないか。混乱させようとしていたのか。いや、待て。裏の裏をかいている可能性も否めない」
「いや・・・全然そうゆうわけじゃ・・・」
『先ほども言った通り、ダンジョンの精霊でもあり、魔王ヴィルの一部でも・・・』
「いい加減にしろ。今、そうゆう場じゃねぇから」
「空気読め」
りりるらがナルキッソスを引っ張った。
ナーダが尻尾を出して、ナルキッソスの足を押さえる。
「なんか、この世界の魔王は変わってるんだな。これが聖女マリアの守りたかった存在? どうしよう、俺が聞いていたことと違う。お前らはどう思うか?」
ワームに話しかけていた。
赤い目を持つワームが、ナルキッソスを見て、身震いしていた。
『間近で魔王ヴィルの戦闘が見れるのか。あぁ、なんて幸せな。この壁に全身をこすりつけて一体化したいくらいだ』
「ここここ、こすりつけて!?」
グルムがドン引きしている。
『そんなに驚くことかい? そうか、まだそんなに恋をしたことないんだな。好きな人の行動を気配を消してみるために、壁になりたいってよく言うじゃないか』
「壁・・・・」
「頼むから止めてくれって。異世界自体がおかしく思われる」
りりるらがナルキッソスの腕を掴んで項垂れていた。
「あ・・・・あぁ、そうだな。シンプルな話だ。魔王は2人いて2人で1人という意味だととらえた。俺が思っていた以上に恐ろしい存在だということだ。ワーム・・・怯えるな。俺がついてる」
「・・・・何も伝わってないみたいだな」
戦意がどんどん削がれる。
ナルキッソスだけが満足そうな顔をしていた。
「大人はいろいろあると聞いている。知識がないと思うなよ。俺たちは頭がいいんだからな」
グルムがワームを撫でながら、こちらを睨んできた。
「魔王ヴィル様・・・」
アイリスが向けてくる視線も、なんだか痛く感じられた。




