289 人工知能の世界
「これがVtuberアバターの体。なんだか軽い感じがするな」
腕を見ると、肌の色が白っぽくなっている気がした。
時折、電流が流れているような感覚がある。
慣れれば違和感はなくなりそうだな。
「まさか、自分が画面越しに見てたVtuberアバターになるとはね」
エヴァンがジャンプしたり手を振り回したりしている。
「望月りくが俺を見たら驚くだろうな。確か、俺もアバターになって会いたいってスパチャしたことあったんだよね。覚えてたりして」
「まさかあたしたちと同じ時代に生きてたとはな。にしても、お前、相当入れ込んでたんだろ」
「転生前は、彼女が俺の唯一の癒しだったんだ。はぁ・・・」
エヴァンがいつになくはしゃいでいる。
「ねぇねぇ、ヴィル、どう? なんか変わった?」
「いや・・・別に・・・」
「そうか。見た目じゃわからないか」
正直、エヴァンの動きには違和感があるけどな。
「念押しておくけど、あくまで擬態だ。魔法は使うと、解けるからな。空飛ぶのもナシ」
「飛べないのか? 飛んでる奴らだっているだろ?」
「そうだよ。君だって飛んでるじゃん」
「お前らは翼が無いんだから当然だ。飛ぶのだって魔力を使うだろうが」
りりるらが後ろを向いて、翼をパタパタさせた。
「確かに・・・忘れてたけど、魔力で飛んでたね」
「・・・魔法を少しも使わないって難しいな。いつもは意識せずに魔法を使ってるから」
「まぁ、俺らは魔力の減りとか気にしたことないもんね」
「そうだな」
「はい。終わったぞ」
りりるらが杖をくるっと巻いて仕舞う。
「これで完了だ。『ウルリア』でモニターを出せとか言ったら、あたしが適当にごまかすから、終焉の塔まで、魔法を使わないようにだけは自分たちで気を付けてくれよ」
「あぁ」
草陰から離れる。
Vtuberが作り上げる街は、ほんの数分でも建物が増えて、どんどん大きくなっているようだった。
終焉の塔までここから1キロくらいだろうか。
歩いていくなら、終焉の塔まで時間がかかりそうだが・・・。
アイリスも同じ道をたどったなら、終焉の塔には辿り着いていないだろう。
「行くぞ」
ローブを羽織って、フードを押さえた。
「みなさん、異世界転移記念ののライブパフォーマンスを聞いていきませんか?」
「お願いしまーす」
通りに出ると、似たような服を着た3人組の少女が、音の流れる紙を配っていた。
道行く人が声をかけている。
さっきも似たような少女を見たな。
流行っているのか?
「一時期ずっとトレンドを独占してた『はなまるまるぽ』だよね。何時から?」
「すぐ始まります。私たちはトップバッターです!」
短い髪の少女が嬉しそうに頷く。
背の高い男の人が紙を受け取って話しかけていた。
「見に行こうかな? 私歌えないVtuberだったから、ステージに立てる人たちに憧れてて」
「ありがとうございます! ほかのVtuberたちもたくさん出るので、是非見ていってください!」
「むーちゃん、そろそろステージに行かないと」
「そうね」
「・・・・・・・」
少女が移動しようとすると、りりるらがすっと後ろに隠れた。
「ステージって・・・どこにそんなもの」
「そこにステージができてるよ」
エヴァンがきょろきょろ見渡すと、りりるらが後ろを指さした。
「!!」
「ライトまで作ってるし・・・野外ライブ会場になってるじゃねぇか。さっきから音が流れてたのは、ステージからだったんだな」
「なんか懐かしくてくすぐったいな」
りりるらが角を触りながら体を丸める。
数十メートル離れた先に、大きな丸いステージが浮かんでいた。
さっき、木の上から見たときは、あんなもの無かったはずだ。
「ヴィル・・・やばくない? この力」
「あぁ・・・おそらく数秒でできたんだろう。これから何が起こるのか想像もできない」
「ぶっ飛んだ話、地面から突然槍が出てきても不思議じゃないね」
街の中にいるほどひしひしと感じていた。
Vtuberは呑気だけど、かなり危険な存在だ。
『ウルリア』の敷地内ではうかつな行動はとれない。
他にも踊っている者、作り立てのお菓子を配っている者、魔法を使っている者、配信を見て何か話している者・・・『ウルリア』内では、こいつらが想像するものがそのまま実現しているのだという。
りりるらから聞いていたが、ここまでとは・・・。
「異世界住人よりもやりたい放題だな」
「あいつらはこっちの世界に染まろうとしてたからね。ここにいる者たちは、もう、自分たちの独自文化築こうとしてるよ」
エヴァンが苦々しい顔で周りを見渡す。
「これが『ウルリア』か」
小さな船の模型を3,4個浮かべて、説明している青年もいた。
異世界では普通なのかもしれないが、俺にとっては見たことない情報ばかりだ。
上位魔族が見たらパニックを起こすだろうな。
「なぁ早く行こうぜ。ぼうっとしていると・・・」
「あ、これから私たちのライブパフォーマンスがあるんです。他のVtuberも歌ったり踊ったりするので見ごたえありますよ」
赤い服を着た少女が甲高い声で話しかけてきた。
「ライブって・・・」
「あー、俺たちはそうゆうの興味ないから」
「あ! そこにいるのは、もしかして、りりるらですか?」
「!?」
後ろに隠れていたりりるらが、ぎくっとする。
「やっぱり、りりるらです!」
「なんだよ。あたしは急いでるんだ」
「ちょっとだけです。あーちゃん、むーちゃん、りりるらもここに来てたんですね! ねぇ、ろんちゃん、りりるらがいたよ」
「わぁ、本当だ。その節は助けていただきありがとうございました!」
いきなり長い髪をぶんと振って、頭を下げた。
「ま、まぁ、成り行きだったから・・・」
「りりるらってもしかして有名?」
「Vtuberの中では顔が広いんだよ。憂さ晴らしにクリエイターの鍵かけたフォルダを一斉に解放したことあったからな。ネット上にバラまいたんだ。ちょっとした事件にもなったんだぜ」
少し自慢げに言う。
「うわ、えっぐ。悪魔みたいだな」
「悪魔だからな」
「ねぇねぇ」
少女がガシッとりりるらの腕を掴んだ。
「見て行ってください。いろんなVtuberが集まるライブがあるんです。『ウルリア』に来れたからできたことなんです。私たちを助けてくれたりりるらにも見てほしいです」
「え、いや、あたしはちょっと・・・」
「お願い!」
りりるらが無言でエヴァンと俺に助けを求めていた。
「助けてくれよ。おい!」
りりるらがこちらに手を伸ばす。
「じゃ、俺らは急いでるから」
「あぁ、そうだな。りりるらをよろしく」
「裏切者! ま、待てって。あたしはあいつらと・・・」
「まぁまぁ、ライブが終わってからでもいいじゃん」
よほど力が強いのか、2人がじたばたするりりるらの腕を引っ張っていった。
足をバタバタさせるたびに、パンツが丸見えになっている。
ステージに集まっていく人に隠れて、4人が見えなくなった。
人ごみをすり抜けながら、終焉の塔のほうへ歩いていく。
「りりるらって露出高いんだけどなんかエロくないんだよね。やっぱ、エロはギャップだよ」
「お前がその歳でエロさを語るなよ」
「もう何十回と言ってるけど、そもそも俺は未成年じゃないって」
ジャーン
弦を弾いたような音が鳴り響いた。
振り返ると、ステージに光が走って、Vtuberたちが集まっていくのが見えた。
ワアァァァァァァァァァ
ピアノやタブラのような音も交じり、歓声も大きくなっていった。
いろんな色の光が地上や空を照らす。雲まで、赤や緑、青や黄色に変わっていった。
「盛り上がってるねー」
「ライブってそもそも何なんだ?」
「そっか。こっちの世界では無いよね。音楽を奏でるパフォーマンスのことだよ。アリエル王国でも、路上で歌ったりダンスしたりしてるのあっただろ? そのもっとでかいバージョンって感じ」
「ふうん。娯楽か」
すれ違う人から甘いお菓子の香りがした。
「まぁ。軍事的なものじゃなければ、俺には関係ない。このまま終焉の塔を目指すだけだ」
「うん。りりるらには悪いけど・・・って、ちょっと待って」
「ん?」
エヴァンがぴたりと立ち止まって、目を擦る。
「えっと・・・信じられないと思うけど・・・あれ、アイリス様じゃない?」
「は?」
振り返ると、アイリスがさっきの3人のVtuberと一緒にステージに立っていた。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
アイリスが、ステージに、立っていた。
どう見ても、アイリスだった。
「ま、まさか、そっくりさんだよね? アイリス様があんな場所に」
「アイリスだ。間違いない・・・」
驚きのあまり、俺もエヴァンも硬直していた。
「嘘・・・でしょ。似た感じのVtuberがいたとか。だってアイリス様は・・・」
「・・・・いったん、戻るぞ」
「あ、待って。ヴィル」
人ごみの中に入って、来た道を戻っていく。
俺がアイリスを間違えるはずがない・・・が、そもそもあんなとこで何やってるんだよ。
さっきの少女たちと色違いの衣装を着て、ステージからぎこちなく手を振っていた。




