288 擬態
「ダグラスは絵を描く自立型・・・人工知能を持つVtuberだった。お題を出したら上手く描けるから、配信では投げ銭してくれる人たちに絵を描いてあげてたんだ。このライオンもダグラスが描いたもの、あたしの使い魔もこいつに頼んだことがある」
「勝手に俺のことを話すなよ。痴女が」
「この状況でよくそんな口が利けるな。もっときつく縛ってやる」
りりるらが杖を回す。
ガルルルルルルル
「すごい回復力だね。もっとかかると思ったのに」
「あたしは悪魔だ。闇の力とはもちろん相性がいいからな」
りりるらは回復が終えると、ダグラスの両手首を縄で縛り、ライオンには首輪をはめて動けないようにしていた。
「ったく」
「!」
角を触ってから、ダグラスの胸倉をつかむ。
「お前のせいであたしまで殺されるところだったんだぞ」
「ちゃんと助けただろうが」
「りりるら、置いて行くぞ。ここにいる時間はない」
マントを後ろにやる。
「・・・じゃあな、ダグラス。ここにいれば、誰か助けにくるだろ」
「どうしてりりるらは魔王側につくんだ? 俺たちと一緒にいれば、人工知能だけの平和な世界が作れるかもしれないのに・・・」
「ガキが」
りりるらがダグラスに背を向けて、舌打ちをした。
「世の中にそんな都合のいい話ねぇんだよ」
「りりるら・・・・」
「あたしたちは人間たちとは違う形で生まれた。それだけは変えられない事実だ。でも、きっと別の世界を捻じ曲げてまで力づくで乗っ取ろうとすれば、消滅する」
「それは・・・りりるらの占いか?」
「あたしが占いできること、よく覚えていたな」
力なく笑う。
「ネットの世界は確かに荒れているが、あたしはそっちにいたほうが楽だ。人工知能への差別だって、きっとなくなるさ。根拠のない意見だけどな」
りりるらが地面を蹴って翼を広げると、ダグラスが顔を上げた。
「ウルビトが・・・」
「?」
ダグラスが掠れたような声を出す。
「ウルビトが兵器を開発している。あの塔で、だ。一発打ち込めば、一つの国を滅ぼすことができるほど強力なのだと聞いた」
「!?」
「・・・嘘はついていないだろうな?」
低い声で聞き返す。
「疑うなら拷問しても構わない。ウルビトは軍事力を持っている。ただ、永い眠りから蘇ったのが9人だったことは想定外だったらしい。時間がかかってるのは、そのためだ」
「なんか、聞いたことあるような未来になりそうな情報だね」
「・・・・あぁ」
悪夢が頭をよぎる。
風がサァーと吹いて、草が大きく揺れた。
天使と堕天使は、終焉の塔にいる9人のウルビトを守っているのだろうか。
「どうして急にそんなこと話すんだ?」
「痴女の占いに対する投げ銭みたいなものだよ」
「へぇ、投げ銭ねぇ」
ダグラスが手を縛られたまま、ゆっくりとその場に座った。
ライオンがダグラスの横で体をくっつける。
「あと、望月りくはなぜか魔族に思い入れがあるらしい。ウルビトは魔族を殺したがっていたけど、りくは魔族は一番最後にと頼んでいた」
「リョクが・・・」
エヴァンがこぶしを握り締める。
「なぁ、ダグラス。あたしたちと一緒に・・・」
「じゃあな、りりるら。もうすぐここにも、俺たちのような戦士が集うだろう。ここにいたら、また戦闘になる」
ダグラスがりりるらの声を遮った。
「・・・・・・・・」
りりるらが手を降ろす。
「俺はりりるらに世話になった。でも、仲間を殺した魔王を許せない。せめて、ここでしばらく、死んだ者への祈りを捧げさせてくれ」
「あぁ、さようならだ。ダグラス」
りりるらが、避けた地面を見つめながら言う。
戦闘で落ちた剣には土がついて、刃が濁っていた。
「うわ、いつのまにVtuberがこんなに集まったんだよ」
「人間たちの世界と変わらないな」
「アリエル王国より人口多いように見えるんだけど」
一つ高い木の上から、『ウルリア』を見下ろしていた。
地上では、様々な種族の姿をしたVtuberが、交流したり、魔法を練習したり、踊ったり、食べたり、思い思いの姿で生活している。
建物の端のほうで、ダグラスたちのような戦士が見張っているのが見えた。
モニターを出して、何かを話し合っているようだ。
「すっげー平和だね」
「想像していたのと違ったな」
若干、拍子抜けしていた。
軍事国家のようなものを想像していたんだけどな。
「あははは、こいつらはそうゆうやつらだよ」
「みんな侵入者があったことわかってないのか?」
「さぁ、なんか電子空間の中にいるみたいだな。あの子とか、売り出したばかりのアイドルみたいじゃん」
「ステージでパフォーマンスあります。是非見に来てください!」
エヴァンが指さした場所にいる少女が、紙を配っていて宣伝していた。
「ステージ?」
「少し離れた場所では戦闘してたのにな」
頭を搔いた。
「ここらにいる一般市民は状況をあまり理解できていないのかもな。ダグラスたちは、何らかの情報を共有しているだろうが」
りりるらが手を動かして、小さなモニターを表示した。
「・・・雛菊アオイが配信してるな」
「マジで?」
エヴァンが食いつく。
異世界で見た雛菊アオイのアバターが映っていた。
声も表情もなく、淡々と何かを説明しているようだった。
陽菜が声を当てていた雛菊アオイとは真逆の印象だった。
「声は拾えなかった。『ウルリア』を歩いて、背景を映してるな。軍事的なメッセージのようには見えない。ん? あれは、新しくできた施設なのか?」
「ただの花畑に見えるけどね」
「なんか観光って感じにしか見えないんだが」
「そう、それ!」
全然、緊張感がない。
なんだ? このは土地・・・。
ものすごくほのぼのとしている。
「まぁ、Vtuberは電子の世界しか触れられなかったから、花みたいな香りのするものを感じてみたいって欲求があったんだろう」
りりるらが足を組んで、木の枝に寄りかかる。
「今映ってる場所なら特定できる。雛菊アオイのところに行くのもありだぜ。雛菊アオイはこの『ウルリア』を管理する3人の内の1人だし、ダグラスよりも詳しいだろ」
「俺も賛成だね。終焉の塔にはウルビトがいるって言ってただろ? 終焉の塔が何なのかもわからないし、雛菊アオイを拷問して聞き出すってのも・・・」
「ご、拷問!?」
「当然だよ。ただで情報を渡すわけないじゃん。手っ取り早いのが拷問だ」
エヴァンが一枚の枯れ葉を回しながら言う。
りりるらが青ざめていた。
「アイリスが終焉の塔に向かった。何かあるかは知らないが、俺も終焉の塔に向かう。寄り道している暇はない」
自分の手を見つめる。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
時間が惜しかった。
ハデスの剣を使い、この街を一掃してでも、終焉の塔に行かなければならない。
肉体をコントロールできるかはわからなかったが、アイリスが勝手に終焉の塔で何かやるよりはマシだ。
「了解。ヴィルに従うよ」
「・・・そうか。でも・・・あの剣を使うのは待ってくれ」
りりるらが俺の魔力を察知したようだった。
「俺があの剣を使うことに、何か不満でもあるのか?」
「違う。導きの聖女アイリスは誰も殺さずに行ったって言ってただろ。きっと、この街の混乱を避けたのには何かあると思うんだ」
モニターを消して、地上に視線を向ける。
「Vtuberが無防備すぎる。結界が解かれて侵入者があったにもかかわらず、戦力が手薄なままだ」
「まぁ、ダグラスみたいな戦士だけじゃ少ないね。一撃で死にそうだし」
エヴァンが足を伸ばしながら言う。
「導きの聖女か・・・あのアイリスがねぇ・・・」
「りりるら」
エヴァンがりりるらを睨みつけた。
「わかってるって」
なんとなく感じ取っていた。
アイリスはおそらく・・・。
「なぁ、りりるら。もしかして、アイリス様はVtuberに紛れて入ったのか?」
「たぶん、そうだろうな。あたしたちの体・・・Vtuberアバターは電子を帯びているから、皮膚に電子をまとわせたんだろうか・・・難しいことだろうに。さすが、としか・・・」
「同じことをできるか?」
「え?」
りりるらが尻尾を垂らした。目を丸くしてこちらを見る。
「アイリスは、誰も犠牲にしたくないんだろう。異世界から入ってきたVtuberであってもな。俺はこいつらがどうなろうが知ったこっちゃないが、アイリスがそうしたなら同じことをするしかない」
「なるほど・・・」
りりるらが手袋をはめる。軽く砂を払った。
「アイリスに文句を言ってから、一掃してやる」
「ヴィルはアイリス様には逆らえないもんね」
「俺は厄介ごとを増やしたくないだけだ」
「はいはい」
エヴァンが茶化しながら、そっと枯れ葉を置いた。
「導きの聖女アイリスは・・・魔王にとって大切な者なのだな」
りりるらが長い瞬きをして、ため息交じりに言う。
「嬉しいよ。でも、これじゃあ、サンドラも敵わないな・・・」
「だから言っただろ? ヴィルにはアイリス様がいるって」
「ま、無事に戻ったら、サンドラに説明しておいてやるよ。悪魔の言うことなんて、聞かないだろうけどな」
小さな杖を出しながら言う。
「お前らをVtuberのアバターに擬態させることはできる。だが、あくまで一時的なものだ。少しでも魔法を使った瞬間、擬態は解けるからな」
「わかった」
りりるらが牙を見せて、杖を振った。
ジジジジ・・・
小さな電子音が鳴って、体にぴりっと電流が流れる。
下にいたVtuberがこちらを見た気がしたが、すぐに何もなかったように、集団の輪の中に入っていくのが見えた。




