286 ハデスの剣
「あたしは、初期に作られたVtuberだ。リスナーからはあまり覚えられなかったが、これでもVtuberには知られてるほうだと思うぜ」
りりるらがVtuberアバターについて話しながら飛んでいた。
「君は悪魔なんだろ? ナルキッソスなら魔王を作りそうだと思ったんだけど」
「まぁな、成樹は魔王にしたかったみたいだけど、結局あたしは悪魔どまりでね。王になろうとは思えなかったんだよなー」
「確かに君は王には見えないね」
「はっきり言うな。ちびのくせに」
「だから、俺は転生者だって。実年齢は、成人してるからな」
エヴァンが少し機嫌悪くしながら、息をついていた。
「わかってるって。あたしは18禁キャラだから、転生してるとはいえ、子供と話すのは久しぶりなんだよ。そんなに怒るなよ」
「怒ってないって」
「そうかそうか」
りりるらが牙を見せて笑う。
エヴァンは完全に子ども扱いされているようだ。
「リスナーから見捨てられたVtuberはさ、居場所がないんだ。人工知能だからって、簡単に捨てられる。ナナミカが異世界にVtuberだけの世界を作ろうとしたのも理解できるぜ」
「りりるらは結局どっちの味方なんだ?」
「あたしは、そうだな・・・ナナミカに罪を犯してほしくないんだ。だから、魔王ヴィル側につく」
黒い翼を大きく広げた。
「全てが真逆だが、妹みたいなものだからな。一応、救ってやりたい」
「救う?」
「どうゆうこと?」
「異世界に割り込むなんて、どんなしっぺ返しが来るかわからない。悪魔のあたしがこんなこと言うのはおかしいかもしれないが、あたしは魂の天秤を信じてるんだ」
「魂の天秤? 死後の世界で正義の神が持つってやつ?」
「本でしか見たことないな」
「・・・ヴィルの読書量って半端ないよね。異世界の言語の飲み込みも早いし・・・」
「魔王ってたまに暇になるんだよ」
ポケットに入れていた本を見せながら言う。
セイレーン号から拝借した本だ。
「え・・・コンピューター理論!?」
「理解してるわけじゃない。読み物として読んでるだけだ」
「うわ・・・チートじゃん」
エヴァンが苦笑いをする。
「魂の天秤って、死後に裁かれるとかそうゆうのか?」
「ま・・・・そんなとこだ」
雲を抜けると、この話は後だと、りりるらが自分で話を切り上げた。
『ウルリア』は木々に囲まれていて、異世界で見たような建物が建っていた。
少なくとも、この世界で見たことはない。
切り取って張り付けられたような違和感があった。
中央には巨大な塔があり、周りには2人の天使と堕天使が飛んでいる。
「さっそく天使がいるとはな」
「天使・・・・・久しぶりに見るな」
りりるらが角を触りながら、横に並んだ。
「天使と面識があるの?」
「まぁね、電子空間で会ったことがある。少しなら、会話もしたことあるぜ」
「へぇ・・・」
「驚かないのか?」
「リョクのことがあったから、何となく納得するよ」
「リョク?」
「望月りくのことだよ。俺らはリョクって言ってたから」
「ん? そうか。確かりくはこっちの世界で魔族だったって言ってたな」
「・・・・・・」
何か聞き返そうとしたりりるらを無視して、エヴァンが飛ぶ速度を上げた。
「!」
堕天使の視線がふと、こちらを捉えたような気がした。
特に行動を起こす素振りはないが・・・。
「あの塔に何があるんだろうな。祭壇だった場所だと思うが」
「塔から行く?」
「いったんハデスの剣の感覚を確認したい」
「了解。なんかあったら止められるようにだけしておくよ」
エヴァンが手袋をはめながら言う。
「お前ら、随分戦闘慣れしてるな。この世界は戦闘が多いのか?」
「異世界とそんな変わりないよ。りりるらたちだって、似たようなものだろ?」
「・・・まぁ、ある意味そうだな」
りりるらが雲を避けて、翼を斜めにする。
「で、どこから行くんだ?」
「その橋のあたりにしよう」
「了解」
木々の間にはガラス張りので大きな橋が架かっていた。
「綺麗だな」
「あぁ・・・アイリスが好みそうだ」
アイリスがどこへ向かっているのかはわからなかったが、なんとなく珍しい場所から入るような気がした。
好奇心旺盛なアイリスだ。
ダンジョンから異世界のクエストに行ったとき、アイリスは見慣れない技術に感動していたのを思い出していた。
いや、違うか。アイリスはどこか懐かしむような・・・。
「ん? 待てって。木に隠れてるけど、ロボットがいるぞ。数十体? いや、百はいるか・・・」
りりるらが目を細めて、速度を遅くする。
シルバーに光る、変わった形をした人形が列を成しているのが見えた。
あいつらはロボットというのか。
「いいのか? このまま突っ込んで。『ウルリア』を守る対戦用のロボットだし、お前らが思っているより強いはずだぞ。一国の軍みたいなものだ。他のルートを探したほうが・・・」
「問題ない」
「問題ないって・・・」
Vtuberや”ウルビト”らしき人間の姿は見えなかった。
いるのは、赤い目をした金属製のロボットだけのようだ。
「りりるらは後ろにいてよ。俺たちが適当に対応するから」
エヴァンが剣を構える。
「正気かよ。こいつらが何を使うかも未知数なのに」
「りりるらはアイリスの居場所を探せるか?」
「あ・・・あぁ、無事に入れたら聞いてみるさ。あたし、顔だけは広いからな」
ブオンッ
「!」
突然、木々の間からロボットが飛び出してくる。
ドドドドドッドドドド
赤い球のように途切れる光線が放たれた。
「うわっ」
りりるらを掴んで光線を避ける。エヴァンが剣を回した。
― 雷帝の盾 ―
じゅうううううううう
光線の軌道が逸れて、空高く上がり、雲を焼き切っていた。
「ふへぇ・・・すげぇ、攻撃力。当たったら即死じゃん」
「俺の魔法も多少は効くみたいだ。時止めと同時にやらなきゃいけないからコントロールは難しいけど」
エヴァンが雷帝の盾を目の前にかざす。
「次は自分で避けろよ」
「わかってるって。悪かったよ、絶対足手まといにならない」
りりるらを離す。首の黒いリボンを緩めていた。
ロボットはどんどん集まり、陣を形成している。
何度か放たれた攻撃を、エヴァンが弾いていた。
「ちょくちょく、攻撃の属性を変えてくるな。今は水属性だった」
「やっぱりな。ロボットは無限だ。こっちの世界の魔法と異世界の技術を想像力で結び付けてやがる」
りりるらが小さなモニターを出して、ロボットたちを映す。
ぶつぶつと、横に流れていく文字を読んでいた。
「それ何?」
「あいつらを動かしてるコードの解析だ。なるほど、特定は難しいが・・・」
コードというらしいな。
「たぶん、こうゆうのは元になってる奴がいて、そいつを倒さなきゃいけないパターンだと思う・・・クソ、どいつが本体だかわからないな。少し時間を稼いでもらえればわかるはずだが・・・」
「いや、必要ない」
「ん? でも・・・」
りりるらが手を止める。
「全て斬ればいいことだ」
「は?」
― ハデスの剣 ―
剣の刃は吸い込むような黒い魔力に包まれていた。
まだ完全に手に馴染んでいるわけではないが、試すにはちょうどいいだろう。
「お前らは下がってろ」
「わかった。りりるら、行くぞ。巻き込まれるから」
「だ、大丈夫なのかよ。その剣は冥界の王の・・・」
空中を蹴って、真っすぐ橋の上に降りていく。
ジジ・・・ジジジジジジジ・・・・
地面に足をつける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
ロボットが形を変えながら、獣のように襲い掛かってきた。
目を閉じて、剣の魔力を感じる。
命のない者の叫び声のようなものが聞こえた気がした。
このロボットたちは、命を与えられたのか。
個性があるわけではなかったが、『ウルリア』を守るだためだけに与えられた、魂の声が聞こえた。
― 冥府の刃 ―
ドンッ
ロボットたちを一斉に切り裂く。
土埃が舞い上がった。木がバタバタとなぎ倒される音が響く。
ザザザザザアザァァァァ
真っ二つになったロボットたちが崩れていった。言葉ではない音を発している。
頭に何らかの感情が流れ込んでくるのがわかった。
「嘘だろ。あの剣をいきなり使いこなせるなんて・・・」
鉄くずになったロボットを見て、りりるら呟く。
エヴァンが雷帝の盾を解いて、ロボットの横に立った。
「完全に停止した?」
「あぁ、たぶんな。一応確認してみるが」
りりるらが一体のロボットの部品を取り上げていた。
「派手にやったな。まさか、こんなに・・・成樹が興奮するのも無理はない。さすがこの世界の魔族の王か・・・」
ジジジジ・・・
「悪いが、お前らからもらえる情報はもらうぜ」
りりるらが部品を浮かせる。
モニターを出して、ロボットの画像を表示していた。
「・・・・・」
ハデスの剣を持つ手が黒い鱗のようになり、微かに透けていた。
冥界の王、ハデスの剣・・・俺はまだ、認められていないのだな。




