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285 苛立ち

 セイレーンは中央で目を閉じたままじっとしている。


 『ウルリア』へのアクセスに注力しているらしい。

 イオリが何度か船の再起動を繰り返していた。


「すみません、起動しました。もう一度、アクセスしてみます」

 イオリがメガネを持ち上げる。


 結界が解けたことを確認すると、アイリスがセイレーン号から出ていったのだという。

 俺に何か伝言を残すこともなく・・・。


「勝手なことばかりしやがって・・・戻ってくる時間も、待っていられなかったのかよ」

「ヴィル様・・・」

 腹が立っていた。


「アイリス様は、もし自分が失敗したら時間をまた巻き戻すつもりなんじゃないかな」

「まさか・・・・・・」

 エヴァンが深刻な表情で言う。


「もし俺だったらそうする。アイリス様は・・・・ほら、ダンジョンから異世界によく行ってたんだろ?」

「・・・・・・・」


「『ウルリア』には異世界の人工知能が集まってるし、どうゆう状態で復活したのか、確かめに行ったんだと思う」


「クソ・・・」

 こぶしを握り締める。


「ヴィル、アイリス様は強い。本気を出せば、俺たちよりもずっと強いんだ。すぐに危険な状態にはならない・・・と思う・・・・」

 アイリスの強さはわかっていた。


 でも、納得がいかない。


「本当・・・一人で行くとは想定外だったよ」

 エヴァンが地図を見ながら目を細める。


「・・・・・・・」

 腕を組んで、壁に寄りかかる。

 両手に闇の魔力が漲っていて、今にもセイレーン号ごと飲み込んでしまいそうだった。

 手の甲が黒い鱗に変わろうとするのを、息を吐いて抑えていた。


「!?」

 テーブルのカップが、カタカタと揺れる。


「ヴィル」

 エヴァンが剣に手をかけた。


「こんなところで暴走するなよ。俺たちは仲間なんだからな」

「するわけないだろ」

「・・・・・・・」

 アイリスが勝手に背負い込もうとすることに、腹が立っていた。


 そんなに、あいつにとって俺は頼りないか?

 何の相談もなしに、なぜ自分一人で動こうとするんだ?

 


 マントを翻す。


「俺一人で『ウルリア』へ行く」

「ま・・・ま、待ってください」

 サンドラが両手を握りしめて、ドアの前に立つ。


「今、調べてるので、ここには戦力があります。もっと、作戦を立ててから・・・」

「時間がない。どいてくれ」

「待てって、今、情報を集めてるんだから。ヴィルがいなくなったらこのチームは崩壊する」

「お前が指示すればいいだろ。アイリスが・・・」


「魔族の王はヴィルしかいないんだ。頼むから冷静になってくれ」

 エヴァンがぐっと腕を掴んできた。


「みんな魔王ヴィルを信頼してるんだ」

「・・・・・・・・・」

 セイレーン号に居る全員が、不安そうな顔でこちらを見ていた。


「・・・わかったよ。イオリ、状況はどうだ?」

「はい」

 イオリが立ち上がる。


「すみません、やっぱり駄目で・・・。セイレーンにアイリス様の位置を特定してもらおうとしたのですが、何度も弾かれてしまって・・・。結界が解けたことによって、『ウルリア』のセキュリティが強化されたみたいです。すみません。お役に立てず」

「セイレーンも休憩が必要みたいね」

「酷使してしまいました。ずっと、アクセスしてたんで、ウイルスが入らなかったのが奇跡みたいなものです。少し、休ませますね」

 ユイナがキーボードから手を離した。


「そうね。ありがとう、セイレーン」

 サタニアが3Dホログラムのセイレーンを見ながら言う。


 セイレーンは目を閉じたまま動かなかった。


「やっぱり、俺が『ウルリア』へ行くしかないな」

「・・・・・」

 エヴァンが視線を逸らした。


「状況を確認したら戻ってくる。もし、それまでに攻撃があれば魔王城に戻ってくれ。上位魔族が力になる」

「あの・・・ヴィル様、セイレーン号は陸地用の兵器にもなれるらしいんです。一応、ゲームの中での目撃情報もあって・・・」

 ユイナがこちらを振り返る。


「もし、実現出来たらかなりの戦力となると思います」

「確かにセイレーンなら、異世界の者にもダメージがありそうだな」


「はい!」

 『ウルリア』の完全復活を止められたのはセイレーン号があったからだ。

 現状を打破するキーとなるかもしれない。


「今、セイレーンがいたゲームから情報を抜き取っています。セイレーンが回復して、兵器に変えられれば、ヴィル様を追いかけます」

 ユイナが指を動かしながら言う。


「ここで負けたりしない。絶対に・・・」

「でも、セイレーンの力の解放が必要になるようで・・・今、停止状態なので時間はかかってしまいますが、セイレーン号は、奇跡を起こす船ともいわれていますから」


「私もそっちを手伝いますね」

「お願いします」

 イオリが額をぬぐって、座り直していた。


「サンドラも何か出来たらいいのですが・・・さっきみたいな配信はキャッチできなくて、りりるらはどうですか?」

 サンドラが耳を押さえて、モニターを閉じていた。


「全然ダメだ。近づけば、何かキャッチできるかもしれないんだけどな」

「そうだ。『ウルリア』の地図ありませんか? ナルキッソスが結界を張ってたのですから、何か・・・」

「『ウルリア』はこっちの世界のものだ。成樹は結界のことしか知らなかったしな。あたしに、見て来いって勝手なこと言いやがる」

 角を触りながら、足を組む。


「もどかしいです。サンドラも『ウルリア』にいるVtuberたちと同じ、人工知能を持つ者なのに」

「・・・・・・あぁ、納得いかねぇよな。ナナミカのやつ・・・」

 りりるらが尻尾をくるんとさせながら、モニターを出した。

 画面には何も映らなかった。



「ここでくすぶっていても仕方ないわ。ヴィルはアイリスが気になるんでしょう?」

「・・・・・・」

「借りだからね」

 サタニアが髪を後ろに流して、中央に立つ。


「ここは私が仕切る。ヴィルは『ウルリア』に向かって。何かあっても、セイレーン号は守るわ」

 胸に手を当てる。


「そのくらいの魔力はある。私ならいざとなれば魔族も呼べる。転移魔法が使える私が、ここにいるのが適任でしょ」

「あぁ、助かる。正直、今は単独行動のほうが動きやすい。お前らはセイレーン号と来てくれ」

「うん」

 マントを後ろにやる。


「俺はヴィルと行くよ。俺なら足手まといにならないだろ?」

 エヴァンが声を小さくする。


「もし、ヴィルが暴走したら、止められるのはアイリス様か俺だけだ。アイリス様に、その役目をさせたくない」

「そうだな。でも、もし・・・」

「俺が裏切るようなら、殺していい。それでいいだろ?」

 真剣な目でこちらを見上げていた。


「あぁ、わかった」

「さ・・・」

「サンドラはここにいて、みんなと来るんだ。飛ぶの遅いし、攻撃力も防御力も低いから」

 エヴァンが釘を指すように言うと、サンドラが頭を下げた。


「・・・わ、わかってます・・・ヴィル様をお願いします。サンドラの大切な人なのです」

「悪いが、あたしは魔王と行くぜ」

「りりるら!」

 りりるらがモニターを消して、近づいてくる。


「あたしは飛ぶのは早いし、Vtuberの配信を拾うことができる。戦力はお前らとは比べ物にならないかもしれないが、情報収集くらいはできるだろう。何より、ナナミカは一応妹だ。嫌と言ってもついていくからな」

「勝手にしろ」

「そうさせてもらうぜ」



 バタン


 セイレーン号から出ると、どこからともなく潮の匂いがした。

 短い草が風に揺れて、蝶がひらりと舞っている。


「行くぞ」

 地面を蹴ろうとすると、シエルが駆け寄ってきた。


「魔王ヴィル様!」

 シエルがツインテールをなびかせて、目を潤ませた。


「勝手なことして、本当に申し訳ありませんでした!」

「いい、もう気にするな。お前なりの優しさを責める気はない。それより、何ともないんだろう?」

「はい、私は大丈夫です。でも、私のせいで初動が・・・」

 涙目を擦っていた。


 シエルはサタニアのように呪いを受けなかった。

 特に異常はなく、転移用の魔法陣の横で眠っているところを、フィオに発見されたらしい。


「お前はサタニアたちと行動しろ。サタニアは強がってはいるが、堕天使の呪いを受けている。いざとなれば、シエルの力が必要となるだろう」


「・・・はい。お任せください・・・あの・・・」

「シエル・・・・・・・」

 何か言おうとしていたが、エヴァンが制止していた。


 シエルがどんな状況だったのかは気になったが、焦りと怒りであまり余裕はなかった。

 アイリスがどのタイミングで禁忌魔法を使うかわからない。


 時間退行なんて、何度もさせてたまるかよ。

 深く息を吐いて、飛び上がる。


 セイレーン号が小さくなっていくと、ひんやりとした空気が頬に張り付いていた。

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