274 ナルキッソスのダンジョン①
「ナルキッソスのダンジョンの上には私とシエルが捕らえられていた祭壇があったはずなんだけど・・・見当たらないの。どこだったかしら」
「サタニアそこにいたんだろ?」
「いたんだけど・・・なんか、記憶が霞んじゃうの。来たときははっきり思い出せたのに・・・堕天使にやられた呪いが残ってるのかもしれないわ・・・・」
サタニアが不安そうに洞窟の上のほうを見る。
天使や堕天使が居る気配はなかった。
「どうしよう、私・・・・」
「このダンジョンを攻略すれば解決する話だ。シエルは必ず救い出す。堕天使サエルに会えば、その呪いについて解く方法を聞けばいい」
「・・・うん」
サタニアが弱気なのは伝わってきた。
「ヴィル、早く! 扉が閉じてきてるよ」
「あぁ」
洞窟に入っていく。潮の匂いが途絶えた。
ズズ・・・
扉が静かに閉まる。
「危なかったですね。あと少しで、入れなくなってしまうところでした」
サンドラが後ろを振り返って、肩をすくめた。
パチン
「!!」
ランプに火が灯る。地下への階段が広がっていった。
「・・・歓迎されてるみたいだな」
「遊ばれてる可能性もあるけどね。ダンジョンの精霊ってもれなく暇なんでしょ?」
「そうだな」
ナルキッソスのダンジョンは磨かれた白いタイルに囲まれていた。
階段は整備されていて、ところどころに薔薇の彫刻が刻まれている。
今までのダンジョンとはだいぶ見た目が違った。
入口は同じようなものの、中は城のようになっている。
「サンドラはダンジョンというものが初めてなのです。緊張しますね。ダンジョンってこんなに綺麗なのですね」
「これをダンジョンって呼んでいいのか謎だな」
「そうなんですか?」
サンドラが壁のランプに近づく。影が揺らめいていた。
「その辺のものに触るなよ。動き出すかもしれないからな」
「すみません。わかりました」
「つか、さっきまであんなに泣いてたのに、もういいのかよ。切り替え早すぎるだろ」
エヴァンが瞼を重くして言う。
「ジェームスのことは心に刻みました。心に刻めば、忘れないと聞いています。サンドラは、これからもっとたくさんの新しいことを見つけるのです。大人になるために」
胸に手を当てて、自信満々に言う。
「大人って・・・。ま、いいけど」
エヴァンが一段飛ばしで階段を降りていった。
「なんかこのダンジョン、どこまで行ってもお城みたい。ダンジョンに思えなくて不気味ね」
サタニアが周りを見渡しながら言う。
真新しい女神像の水瓶から、海水が溢れていた。
「ダンジョンの精霊の趣味だろうな」
「俺とは気が合わなさそうだね。こんなゴテゴテした彫刻なんて、誰が作ったんだよ。地下まで行ったら、シャンデリアとか出て来そうで怖いんだけど」
「私、ミハイル城を思い出すから、こうゆうの嫌いなのよね」
宝石のちりばめられた壁を見ながら言う。
「なんか、変なダンジョンだな」
ダンジョンは奥に行くほど表現しにくい居心地の悪さがあった。
アリエル城やミハイル城とは違う、誰かの美的感覚を押し付けられているような感覚だ。
「!!」
「うわ・・・いよいよ、胡散臭くなってきたね」
長い廊下に出ると、赤いじゅうたんが真っすぐ敷かれていた。
「敵が出てくるより不気味ね」
「行くしかないが・・・躊躇するな」
「待ってください。この部分は地図にあった気がします」
サンドラがモニターを表示する。
「あ、やっぱり・・・これ罠ですね。赤いじゅうたんを踏んだら、騎士のゴーストたちが襲ってくるそうです」
「そんなことわかるのか?」
「はい。一応、ナルキッソスのダンジョンの地図はもらっているのです。ところどころ切れていますが、今いる場所は書かれていて・・・これを拡大すると、罠だって書いてあります」
指を動かして今いる場所を拡大した。
言語は読めなかったが、365度回した騎士の姿が映っている。
「へぇ、ダンジョンの地図あるなんてチートじゃん」
「このダンジョンはネット上に流れていたゲームのイメージを切り貼りして、ナルキッソスの好みを表現しているそうです。ダンジョン内だけは、望月りくの感性から離れてますね」
「リョクがこんな趣味持ってなくてよかったよ」
「これがダンジョンって出てきたら、絶対バグだって思うわ」
サタニアが魔女の剣を出す。
「ここは私がやるわ。ちゃんと力が使えるか試したいの。いいでしょ? ヴィル」
「無理はするなよ」
「うん。もし、私が呪いに呑まれるようだったら止めてね」
「あぁ」
細い剣に魔力をまとわせて、ふっと口角を上げていた。
タンとじゅうたんに足を降ろす。
ゴゴゴゴ ゴウン ゴウン
4体の銀色の鎧を着た騎士のゴーストが火、水、地、風属性の剣を振り回して、襲い掛かってくる。
エヴァンが魔法陣を描いて簡易的なシールドを張った。
「え!? あのゴースト、レベル999って書いてあります。カンストしてますよ。助けに入らないと!」
「問題ないだろ」
「一応、流れ弾喰らわないようにね。サタニアの戦闘、荒っぽいから」
体を伸ばしながら言う。
「え・・・・・」
ドーン シュウウウウ
サタニアがゴーストの攻撃を軽やかに避けていった。
火属性のゴーストに対して氷をぶつけて、水属性のゴーストに切りかかっていく。
ドド・・・
ゴースト2体が動きを止める。
素早く剣を切り返し、地属性のゴーストに亀裂を入れて、風属性のゴーストの攻撃を岩で防いだ。狭いからか動きにくそうだったが、特に異変は感じられなかった。
「すごい・・・弱点も伝えてないのに・・・」
「サタニアは上位魔族より強いからな」
「俺たちよりは弱いけどね」
「そんな・・・こんなのチートです。サンドラも何か協力しようと思ったのですが・・・じゃ、邪魔になってしまいます」
サンドラが目を大きく見開いて呆然としていた。
シュッ
4体のゴーストが霧になって消えていく。
サタニアが髪を後ろにやって、戻ってきた。
「お疲れ」
「うん。やっぱりちょっと心臓が変な感じがするの。魔法は問題なく使えるんだけど、なんとなく見張られているような感覚になる・・・」
剣の先を見つめていた。
「堕天使のやったことだ。あまり甘く見ないほうがいいかもな」
「戦闘は俺とヴィルでやるから、サタニアは後方支援に回ってなよ」
「うん・・・もやもやするわ。弱くなったわけじゃないのに・・・」
「気にしすぎだって。ヴィルなんて呪いを受けてるけど、ガンガン戦闘に入るじゃん。ま、そのせいでたまに暴走するけどさ」
「最近は暴走してないだろ」
「ここ最近はね」
エヴァンがゴーストが出てきた場所を確認しながら言う。
「ねぇ、ヴィル。さっきの仕掛けって、ダンジョンの精霊が外部からの侵入を防ぐためだったと思う?」
「それにしては単純な仕掛けだな。ゴーストの能力もダンジョンに適していなかったし。お前らの言う異世界のゲームの一部を切り貼りしたといるように見えるが」
「だよねー」
エヴァンが壁をコンコンと叩いていた。
「そうね。とりあえず、いい準備運動にはなったわ」
サタニアが魔女の剣を消していた。
「カンストしてる敵を一人で・・・しかもこんなあっさり倒してしまうなんて。これが魔王のパーティー・・・・」
サンドラが呟きながら、一歩下がった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・ ガタン
「!?」
「きゃっ」
「サンドラ!」
突然、サンドラのいた地面がすぽっと抜けた。
穴の中に入って、サンドラの手を掴む。
「ヴィ・・・!!!!」
ガタン
穴が岩で塞がれた。
エヴァンの声が途絶える。ダンジョンの精霊にやられたようだな。
「あ・・・・・」
「怪我はないか?」
「大丈夫です。でも、ささ・・・サンドラは、どうしたら、どうしたら。そ、空を飛ぶ魔法陣を・・・」
サンドラがわたわたしながら、左手でモニターを出そうとしていた。
「暴れるな。ゆっくりこのまま降りるぞ」
「わ、わ、わかりました」
パニックになっているサンドラをなだめる。
手を握り直した。
暗く湿った空気が肌に張り付く。
「・・・・」
「どうしましたか?」
「いや、何でもない」
ふっと、笑みがこぼれた。
懐かしいな。
アイリスとダンジョンに入ったときのことを思い出していた。




