273 躊躇
『俺は信じない。人間・・・人間は居るか? 体が乾いた』
「何を言ってもダメか」
ジェームスが巨大なタコ足を地面にくっつけて、うねらせていた。
エヴァンが離れる。
「ここにいるのは魔族と人形よ。人間はいないわ」
サタニアが剣を持ったまま、ジェームスに近づいた。
「に、人形ではないのです! 失礼な! サンドラはサンドラっていう名前が・・・」
『お前は人間か?』
ズズズズズズズズズズ・・・
「!!!」
「きゃっ!」
地面からタコ足が出てきて、サンドラを狙う。
ガンッ
魔王の剣でタコ足を裂いた。
吸盤には魔力を乱す毒が流れているようだった。
緑の液体が白い砂浜に染み込んでいく。
この砂に毒薔薇の・・・。
― 毒薔薇の蔦 ―
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
毒を流して、タコ足を縛り上げる。
『!?』
「動くな」
『俺の力を一瞬で止めるとは・・・』
暗い目でこちらを睨む。
「セルキ―は居ないわ。あんたがどうしてここに来たのか知らないけど、ここは異世界だから」
サタニアが海水の上に立つ。
『異世界?』
シュルルルルルルルル
3Dホログラムのように透過して、毒薔薇の蔦からすり抜けていく。
タコ足が地面の中に埋まっていった。
「ジェームス」
顔の吸盤に海藻が張り付いていた。
もしここに人間がいたなら、悲鳴を上げて逃げ出すだろう。
「君は人間を取り込まなきゃ海から体を出せないんだよね? 一生、海を漂わなきゃいけないようになってるはずだ」
エヴァンが海水に指を濡らした。
『なんだ? お前はさっきから』
「何度でも言うよ。ゲームにいた君に会ったことがあるんだ。君を見てもセルキ―は、ジェームスだって気づかないよ。そうゆうストーリーだった」
『冗談を抜かすな。セルキ―はどこかに居る。俺に会えばすぐにわかるだろう!』
ぐわっと瞳孔を見開いた。
「ねぇ、ヴィル、どうする?」
サタニアが横に並んで、髪を耳にかける。
「扉はタコ足が塞いじゃってるけど・・・」
「俺の攻撃は効くらしい。殺してどかせるだけだ」
「あ・・・・・」
水を蹴って、ジェームスに近づいていく。
「ま・・・待ってください!!!!」
サンドラが両手を広げて、前に出てきた。
「どうゆうつもりだ?」
「まだ時間があります! サンドラはジェームスのこと知りたいのです。ここに書かれていたことがよくわからないので、だって、セルキ―という人魚を愛したのに、どうしてあんな姿にならなきゃいけないのかって」
「お前の好奇心に構ってる余裕はない」
「あっ・・・」
パシャン
『何をごたごた抜かしている? たまたま攻撃が当たったからって調子に乗るな』
ジェームスがタコ足を動かして、水しぶきを上げる。
サンドラがジェームスの正面へ飛んでいく。
「ジェームス、サンドラは貴方のことがわかりません!」
「馬鹿!」
『・・・黙れ・・・人形が・・』
バッシャーン
「おわっ・・・」
エヴァンがサンドラを引っ張って、タコ足を避けた。
詠唱しながら手をかざす。
― 瞬風雷刃 ―
電流を刃のようにして、タコ足を切り裂く。
「これなら効くみたいだな」
『すばしっこい奴らだ・・・・・』
ズズズズ・・・ズズズズズズズズ・・・
音を立てながらじわじわと、体を再生させていた。
「下がれ、サンドラ。死にたいのか?」
「だって、サンドラは知りたいのです。どうして彼があんな異形の者にならなきゃいけなかったのですか? 人魚を愛しただけって書いてありました」
サンドラが真っすぐジェームスを見つめながら言う。
「どうしてあんな姿になったのですか? サンドラはピュグマリオンから、誰かを愛することは美しいことだと教わっています」
「・・・あいつはさ・・・AI・・・絵を描く人工知能が推しを追いかけるリスナーを表現したって言われてるんだよ」
「リスナー?」
エヴァンが手を動かしてジェームスの攻撃を止めながら、重い口を開く。
「最初は純粋な愛情だった。でも、次第に自分の欲望、矛盾、苛立ち、妬み、執着、いろんなものが絡まっていく様子を、人工知能が表現した。人工知能は推しを推す人間を、怪物だと捉えたんだよ」
「・・・・なるほどね」
サタニアが魔女の剣を出して砂の上に立つ。
「どおりで、あんたが肩入れすると思ったら、そうゆう事情があったの」
「・・・こいつが転移されてきたってことは、リョクも、同じ思いを持ってたのかな・・・ってさ」
「さぁ、聞いてみないと分からないわ。エヴァン、あまり考えすぎると命取りになるわよ」
「・・・・・」
エヴァンがサンドラから離れて、攻撃を止めた。
『セルキ―はどこだ? 言え。セルキ―は・・・』
「いないって言ってるだろ。元々あのゲームでセルキ―は主人公たちが陸に逃がした。陸に上がれない君は一生会うことができないんだ」
『嘘だ。セルキ―の歌が聞こえた・・・さっきの声はセルキ―だ。俺に会いに来たんだ』
ぐあぁぁぁぁぁぁ
突然、悲鳴を上げる。
エヴァンが顔をしかめていた。
「じゃあ、もし、陸を散策する中でセルキ―を見つけたら、報告しに来るよ。リョクがセルキ―を転移させてる可能性だってあるし、リーム大陸のどこかにいるかもしれない。バッドエンドも回避できるかもしれないから」
『あ・・・・・・・・?』
ジェームスが動きを止める。
「愛する者に会いたいだろ?」
『本当・・・か?』
「ついでだから」
「サンドラもハッピーエンドを期待します。きっと、セルキ―に会えればその呪いも解けると思うのです。だから、ここで待っていてくだ・・・・」
ザンッ
地面を蹴って飛び上がる。
「ヴィル!!!!!」
ドン
マントを後ろにやって、剣を真っすぐにジェームスの胸に突き刺した。
ジェームスがよろけながら、消えかかったタコ足を掴もうとしている。
大きく目を見開いて、こちらを見た。
「邪魔だ。どけろ」
『魔族・・・の・・・王・・・・・』
「!?」
『・・・・・・』
一瞬だけ、クラーケンの顔に人の顔が浮き上がったような気がした。
サンドラが泣いている声が遠くなっていく。
『お前・・・も、呪いを受けた・・身だな? 俺にはわかる・・・・』
「それがなんだ?」
『お前が俺のようにならないのは・・・枷があるからだ・・・だが、外れかけている。お前はもうすぐ・・・・俺のように・・・忘れるな。いつか・・・・』
「・・・・・・・・・・・・・」
シュウウウウウウウ
小さな波が寄せて返すと、ジェームスの体は砂になって消えていった。
扉を塞いでいたタコ足が無くなったことを確認する。
「ヴィル、あいつは話せばわかるかもしれなかった。何よりセルキ―に会える可能性だってあっただろ。こんなあっけなく殺すとか・・・そんな・・・」
「道を塞ぐ奴は全て敵だ」
魔王の剣を解く。
「サンドラも悲しいです。愛する人に会えずに死ぬなんて・・・魔王はこんなに冷酷なのですか? 感情がないのですか?」
「俺に意見を言うな。文句があるなら、お前も殺す」
「っ・・・・・」
「あんたたち、ちゃんと見てなかったの?」
サタニアがため息交じりに、ジェームスが砂になった場所に屈んだ。
「ヴィルは一瞬だけ躊躇した」
「え・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「・・・無責任に希望を持たせるのは、残酷よ。こうするのがジェームスのためだった」
長い瞬きをする。
あいつが、人間の顔に見えたとき、一瞬だけ、自分と重なって見えた。
力に呑まれた自分を見ているような・・・。
「ヴィル、魔王代理の私から言わせると、とても危険なことよ」
水で手を洗って立ち上がる。
「魔族の王である貴方のブレは、魔族の危険になる。特にこの、リーム大陸では・・・・」
「少し手が滑っただけだ」
「・・・じゃあいいけど・・」
サタニアが長い髪を後ろにやって、サンドラの顔を見る。
「ひどい泣き顔。どうして、あんたがそんなに泣かなきゃいけないの?」
「だって・・・だって・・・悲しくて、彼は誰かを愛しただけなのに、海を彷徨い続けなくちゃいけなくて」
「はぁ・・・面倒なのね。死んだんだから、もう彷徨う必要もなくなったわ」
「うぅっ・・・・」
頭を撫でていた。
エヴァンが砂浜に落ちていた貝殻を、海に沈める。
「悪い、ヴィル。なんだろうな。俺、最近、おかしいんだ。前だったらこんな奴、殺してもなんとも思わなかったのに」
濡れた手で十字を切っていた。
「エヴァンの事情も分かる。でも、魔族の存続がかかってる。邪魔する奴は全て敵だ。お前がもし、俺の邪魔するようなら・・・」
「殺して構わないよ。元々、そのつもりでヴィルについてる」
「そうか。ならいい」
雲が晴れると、日差しが波を反射していた。
腕についた砂を払って、ナルキッソスのダンジョンの扉のほうへ飛んでいく。
後ろから、サンドラがしゃくりを上げてついてきた。




