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263 ピュグマリオンのダンジョン②

 最下層に近づくにつれて、ダンジョンはどこかの家の階段のように変わっていった。

 壁の岩は木の色に塗られている。

 ところどころ、ガラスのオブジェが飾られていた。


「ピュグマリオンってやつがこのダンジョンの精霊なの?」

「精霊という言い方はあまり好きではありません。管理人ですね。このダンジョンを管理している、愛しい方・・・」

 ナタシアが背を向けたまま言う。


「なんか居心地悪いね。落ち着かないっつーか」

「ダンジョンの作りはダンジョンの精霊の好みに左右されるからな」

「奥に行くほど、ダンジョンには見えないですね。罠や謎解きもないですし・・・・」

 ユイナが物珍しそうに壁の絵を見ていた。


「罠は私がいるから取り除いてあるのですよ。ここは本来であれば、無数の槍が侵入者を襲う場所です」

 ナタシアが手すりに手を置いて、スカートをつまんで降りていた。


「エヴァンと言いましたね?」

「あ、俺?」

「貴方は好きですよ。強い愛の匂いを感じます」

「・・・そりゃどうも」


「ユイナ、貴女からも・・・」

「え? 私?」

「いいから進んでくれ。こっちも急いでるんだよ」

 エヴァンがため息交じりに言った。



 階段を降りてしばらくすると、柔らかい木でできたような扉が現れた。

 ナタシアが手を置くと、青く光った。


「この扉の向こうがピュグマリオンのアトリエになります」


 ギィッ・・・


 ゆっくりと扉を開けると、民家のような明かりが広がった。

 真ん中に、中年の男性が座っている。

 部屋にはたくさんのキャンバスがあり、床にはスケッチブックが落ちていた。

 机には、絵の具が飛び散っている。



「ピュグマリオン!」

 ナタシアが嬉しそうに弾みながら、男の横に立った。


『おかえり、ナタシア。よく、彼らを連れてきてくれたね』

「はい。ピュグマリオンの頼みなので」

 ピュグマリオンがナタシアの髪を撫でる。


『ようこそ、俺たちのアトリエへ』

「・・・・・・・」

 数枚のキャンバスには少年少女の絵が描かれていた。

 剣士、魔導士もいれば、ドレスを着た少女、見慣れない武器を埋め込まれた少年もいて、絵に一貫性はない。幻想的な空気を感じさせるものばかりだった。


「お前が、雛菊アオイの作者なのか?」

『そうだね。彼女は確かに俺が描いた少女だ。今では俺から離れて、人気Vtuberになって、みんなに愛されて嬉しいよ』

 顎に蓄えた髭を触りながら言う。


『今は、こうしてナタシアと一緒に居られることが幸せだけどね』

「私も、とっても幸せです」

 ナタシアがにこっと笑って、ピュグマリオンの腕を掴んでいた。 


「お前は・・・人間なのか?」

『俺は一応、人間だ。今はこのダンジョンにナタシアとともに住んでいるけどね。こっちの世界では、ダンジョンの精霊というらしい』

 ナタシアの頬を撫でる。


「これまでのダンジョンの精霊とだいぶ違うな」

「リーム大陸ならではなのでしょうか・・・」

「とりあえず、あいつらのいちゃつきながらだと何も頭に入ってこないよ」

 エヴァンがイライラしながら、腕を組んだ。

 俺たちが話している間も、ナタシアはピュグマリオンにぴったりとくっついて離れなかった。


「それにしても、綺麗な絵・・・ですね。ずっと見ていたくなって、引き込まれてしまいます」

 ユイナがキャンバスの前で立ち止まる。


『そこの者は、向こうに肉体を残したアバターだね?』

「あ、はい。もうこっちの世界が馴染んできてしまいましたが」


『君は、本当はずっとこっちにいたいんじゃないのか?』

「え・・・・そ・・・そんなことは」

 戸惑いながら、髪を耳にかける。


「私・・・は、私は戻りたいですよ。早くこっちの世界で死んで、向こうの世界に・・・」

「この子、嘘ついていますね」

「えっ」

 ナタシアがピュグマリオンにくっつきながら言う。

 ユイナが顔を赤らめて、目をそらしていた。


「私にはわかります。ピュグマリオン、どうして彼女は嘘をつくんですか?」

『人間にはそうゆう複雑な感情があるんだよ。君も徐々にわかるようになる』

「はい」 

 ピュグマリオンが立ち上がって、モニターを出した。


『ナタシアは元々ね、ただの絵だったんだ。でも、愛情をこめて、毎日毎日話しかけていると、自ら動き出したんだ』

「どうして、Vtuberの作者がここにいるんだよ。お前も死んでこっちにきたのか?」


『いや、転移してきたんだ。俺の肉体は向こうの世界にある。長い長い夢の先に、ここにたどり着いた』

「夢の先?」

『そうだ。俺の体はどうやら向こうの世界で眠っているらしい。パソコンの前で、仕事に疲れて夢を見ていたら、ここに来ていた』

「・・・・・・・・・」

 エヴァンが顎に手を当てた。


 ナタシアがピュグマリオンの頬を撫でる。


「私はずっと話しかけてた。彼がこの服を与えてくれた時も、脱がせてくれたときも・・・でも、画面越しだと伝わらなかった。このダンジョンに来て、やっと会話できるようになったの」

 ピュグマリオンの前のモニターには、いろんな角度から映されたナタシアが映っていた。

 描いているとは思えないほど表情が豊かで、動きも繊細だった。


「・・・時空の狭間に落ちたんだろう。でも、お前のような侵入者は見なかったけどね」

 エヴァンが低い声で言う。


「『ウルリア』が引き寄せたのか」

『ほぉ、時帝、というものが存在するのか』

「まぁね。一応、仕事はまじめにやってるつもりだよ」

 椅子がかたんと音を立てる。


「それより、エルフ族のレナは・・・・」

『俺はね、深い深い愛がナタシアに息を吹き込み、俺と彼女を会話できるように引き寄せたんだと思ってるんだ』

 ピュグマリオンがエヴァンの言葉を遮って、両手を上げた。


「!?」

 どこからともなく、煙が漂ってくる。柔らかい夢の中にいるような匂いがした。


「なんだ? これは・・・」

 エヴァンが剣を構えた。


「恐れることはありません。ピュグマリオンは深い愛を貴方たちに覚えてもらいたいだけなのです。もっと心を開いて、深い深い愛を・・・」

「は?」

「魔族の王、愛の持たない貴方にも・・・」

「お前らに俺の何がわかる?」

「・・・だって・・・・貴方はあの子に気づかない」


「?」

 ナタシアが冷たい視線をこちらに向ける。

 はっとすると、ピュグマリオンが一本の筆を宙に置いていた。


『では始めよう』

「うわっ」


 しゅうううううううううううう


 あたりが煙に囲まれていき、見えなくなっていった。

 油断してしまった。


「エヴァン! ユイナ!」


 ― 闇夜のスート― 


 手をかざして、一瞬だけ周囲の煙を払うと、ユイナがぼうっと突っ立っていた。


「ユイナ!!」

「ヴィル様・・・・」

 ユイナが前を向いて、俺の名前を呟く。

 幻覚にかかっているのか?


「私、本当は、ヴィル様のことが・・・」

「おい! ユイナ!」


 ガンッ


 ユイナに手を伸ばすと、結界が手を弾いた。

 ダンジョンの精霊の力の強い最下層では、俺の魔力も効かないか。


「どうゆうことだ・・・?」

 煙の中から、俺と同じ姿の者が現れていた。


「ヴィル様、私、ヴィル様のためなら全てを捧げてもいいんです。魔族や、アイリス様・・・じゃなくて、もし、ヴィル様が私を選んでくれるなら・・・私は、どうなってしまっても」

「ユイナ! そいつは俺じゃない!!」

「私は、いけない思いを抱いてしまいました。ヴィル様となら永遠に」

 ユイナが俺と同じ姿の者に抱きついていた。


 真っ白な中、どんどん声が遠くなっていく。


「リョク?」

 エヴァンの声が微かに聞こえる。エヴァンの前にはリョクがいるのか・・・。


 クソッ・・・悪趣味な力を使いやがって。

 ピュグマリオンの匂いは、アトリエの絵の具の匂いにかき消されて上手く気配が掴めなかった。

 ここを脱出するにはどうしたら・・・。



『ヴィル』

「・・・・・・」

 首が冷たくなる。

 振り返ると、マリアが立っていた。


「マリア・・・どうしてここに・・・・」

『ヴィルが心配で戻ってきたの。悲しんでるんじゃないかって思って』

 表情、声、体つき、服装、全てがマリアだった。


「・・・・・・」

『どうしたの? また、周りの人たちと喧嘩しちゃった?』

 背伸びをして、俺の頭を撫でてくる。


『私と居れば大丈夫。いろんなお話して、眠ったらきっと忘れてしまうから。ね、何があったのか話して』

「・・・・・・・」

『ヴィルは悪くないわ。大丈夫だから』

 奥歯を噛む。長い瞬きをして、ぐっと目を見開いた。  

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