22 ダンジョンの外
俺が異世界で見た鉄の塊は、自動車という乗り物らしい。
こちらでいうところの、馬車のようなもので、ルールを守れば人に危害を加えるものではない。
アイリスの出会った七海という少女は、学生で、文学を専門に勉強していた。
物語を書くのが得意で、別の世界から来たというアイリスに興味を持ったらしい。
彼女からすると、魔法が当たり前のこちらの世界が新鮮なのだという。
ダンジョンの宝を手に入れると、急にいなくなるから驚いていた。
アイリスが、すぐに次の宝、”クーピー”を探しに来たから笑われた。
・・・・というような話しを、アイリスからずっと聞かされていた。
アイリスはものすごく記憶力がいい。
一度聞けば、それに付随する事柄まで覚えてしまうようだ。
ダンジョンの精霊たちも興味を持つから、似たような話を何回もしていた。
「はぁ・・・」
あくびをしながら寝転がる。
天井の明かりのせいか、洗濯物を干したような匂いがした。
アイリスがこちらを覗き込む。
「何してるの?」
「暇すぎて、魔法陣を描いたんだよ。ここには本もないしな」
頬杖をついたまま、芝生に描いたい小さな魔法陣を見せる。
「こっちから、光魔法のバリアを張る結界の魔法陣、味方の攻撃力を一度だけ10倍にする魔法陣、この複雑なやつは結界・・・・」
「ここで魔法陣発動するの?」
アイリスが座ったまま魔法陣を見つめていた。
「んなわけないだろ。このダンジョンでは魔法は封じられている」
「そっか。ねぇ・・・」
アイリスが指で、魔法陣に一つ線を足した。
「このほうが威力が増すよ」
「・・・・え?」
「こうゆう形が正規型なの。今流通してるのは簡略化されてるけど、昔のもののほうが確実に発動するし、威力も・・・」
「アイリス」
アイリスが描いた魔法陣には見覚えがあった。
確か孤児院でマーリンが持っていた本に・・・。
「え?」
「どこでそれを覚えた? 俺が知る限り、1000年前の古書にあったものだ」
「あれ・・・? 私、どうして知ってるのかな?」
「・・・・・・・・・・」
アイリスが首をかしげていた。
城の倉庫にあったものを覚えたのだろうか。
「もう魔法陣の話は終わりだ。頭が回らない」
「魔王ヴィル様、眠いの?」
「当たり前だ。アイリスは眠くないのか? ずっと話してただろ?」
「あ、眠いことを忘れてた」
「・・・・・・・」
天然というか、鈍感というか・・・。
「そっか、だからみんなもう疲れちゃったのね」
聞くだけ聞いた精霊たちが、テーブルの上で満足そうに寝ていた。
タカダノババはいびきまでかいている。
平和な奴等だ。
「ここも魔族のダンジョンになるなら、守りも固めないとな」
「丁寧に扱ってねって精霊様たちが」
「あぁ、耳にタコができるくらい聞いてる。魔族たちに念をしておくよ」
アイリスがダンジョンの精霊のそばで横になる。
「あんなに明るい太陽みたいな光があると、なかなか眠くならないね」
「そうなんだよな・・・」
石を枕にして天井を見る。まぶしすぎて、腕で目を覆った。
ダンジョンというよりは、外にいるような感覚だ。
「じゃあ、もう少し話しする? 私のこととか」
アイリスが軽く体を起こした。
「ほら、私、少し変わってるでしょ? だから・・・」
「アイリスはアイリスだろ。そのままでいい」
「え・・・?」
アイリスが驚いたような表情をしていた。
「どうした?」
「ううん。えっと・・・」
『ん?』
シンジュクがいきなり起き上がる。
『あ、もう夜だ。明かりを消さなければな』
寝ぼけたシンジュクがふらふら飛んでいき、天井の明かりを消した。
『おやすみ』
一気に真っ暗になって何も見えなくなった。
「魔王ヴィル様、アリエル王国のこと・・・」
「いいから寝ろ」
「・・・・うん」
しばらくすると、ダンジョンの精霊たちの寝息が重なって響いていた。
目を覚ますと、シンジュクが水を汲む音が聞こえた。
眩しい。朝日に照らされるようだ。
『やっと目が覚めたか』
「あぁ、よく眠れたよ。芝生も暖かくて気持ちいいな」
軽く腕を伸ばした。肩を鳴らす。
『そうだろう。ダンジョン自慢の部屋だからな』
シンジュクが嬉しそうに言う。
アイリスが先に起きて、ギルバートとグレイにご飯をあげていた。
シンオオクボが近くに寄ってくる。
『よく眠れたか?』
「一応な」
「ありがとうございます。ダンジョンの精霊様」
「アイリス、帰るぞ。そこのギルバートとグレイも一緒にな」
クオーンオォーン
ギルバートとグレイが、翼をバサッと広げながら鳴いていた。
「わわっ、くすぐったいよ。グレイ」
風でアイリスの髪を揺らしていた。
グレイが嬉しそうにアイリスの頬を舐めている。
「ん? この気配は・・・・」
はっとしてシンジュクのほうを向く。
『気づいたか。魔族の王』
「・・・・・」
『随分とたくさんの来客のようだな。早いな、人間たちは』
思った通りだ。
ダンジョンの入り口に人間の気配がする。
「シンジュク、俺だけを入り口に届けてくれ」
『わかった。まぁ、お前ひとりなら心配ないだろうがな』
「当たり前だ」
「魔王ヴィル様?」
「すぐに戻る」
マントを羽織りなおして、手に魔力を溜める。
シンジュクが触れると、体が光り出した。
シュッ
落ちるようにして、ダンジョンの入り口に立った。
― 毒薔薇の蔦―
目を開けた瞬間に、魔法を展開した。
半径70メートル以内が暗闇に包まれる。
うわああああああああああ
動揺した人間の叫び声が響く。
ドドドッドド
ドドドドッドドドドドドドドドドッド
「これは一体?」
地面から突き出てくる、黒い蔦に人間が絡まっていった。
縛り上げて、地上から浮かせる。
「落ち着け、トラップだ。対処方法はあるはずだ」
「・・・・・・・・」
トラップなど仕掛けていない。
魔法をかけたのも見えなかったようだな。
少し加減はしていた。情報を引き出すためだ。
「誰だっ!? クソ・・・力が抜けて。魔導士は?」
「さっきからずっと、詠唱を・・・」
「解除の魔法が効かない。なんなんだこれは?」
武器を落とした者たちが焦っていた。
「う・・・動けるものはいるか? 上は?」
「ダメです・・・」
ざっと見渡して職業を確認する。
剣士、魔導士、ランサー、アーチャー・・・職業はバランスよく配置されているようだ。
「崖の上までこの魔法が・・・・」
「なっ・・・」
やけに、光属性の魔導士が多いな・・・。
光属性は、対魔族として配置される。
貴重な存在だから、一度に多く集めることは滅多にないんだが。
「後方部隊はどうした・・・・・?」
「後ろまで捕まっています。この蔦が・・・」
崖の上の人間も含めて、大体50人くらいか。
「お前ら、誰の情報でここに集まってきた? なぜここにいる?」
ざっと砂利を踏みながら、一番前にいた図体のでかい人間に近づいていく。
「っ・・・・・お前が上位魔族か?」
もがきながらこちらを見下ろしていた。
俺の顔が見えないのか?
「俺は魔王ヴィルだ」
「ま・・・魔王・・・・?」
「ヴィル?」
ジャヒーのところにいた奴らより、戦闘力が低い者が多いようだ。
状況判断能力が鈍い。
縛られたまま無効化されてるとも気づかず、ひたすら詠唱していた。
「き、効かない。何も発動しない!」
「落ち着け。落ち着けって」
「いやあぁぁ、なんで、どうしてどうして!?」
「やめろって。静かに、何か何か何かあるはずだ」
混乱が伝達していた。
全員の命が、自分の手の内にあった。
「答えてもらう。俺の質問に」
「!?」
大きな男を見上げる。
指を動かして、蔦を首に巻き付けた。
「いいか? 嘘をつけば即死だ。俺に情はない」
「っ・・・・・・」
集中して魔力を高めていく。




