258 心の中
「・・・・・・・」
机に置いたマリアのクロスペンダントを眺める。
落ちこぼれのヴィルとよばれていた頃を思い出していた。
力の加減ができない俺は、よく魔法を暴発させていたことを。
マリアは勇者であるオーディンと俺を比べることなく接してくれた。
魔王になった俺を見ても、変わらなかった。
もし、もう一度マリアに会ったら話そうと思っていたことがたくさんあった。
大切なものは失ってから気づく。
経験していたことだったのにな。
「魔王ヴィル様、もう行かれるのですか?」
シエルがツインテールを揺らして駆け寄ってきた。
「あぁ。リーム大陸は未知数だ、あまり時間を無駄にはできない」
「行ってしまうのは寂しいのですが、魔王ヴィル様のおかげで魔力は満タンです。あ・・・・魔王ヴィル様。最後にキスだけ・・・」
背伸びをして、唇を押し付けてきた。
柔らかく、花びらに触れるようだった。
「大好きです、魔王ヴィル様・・・昨日も今日も、魔王ヴィル様を独占して申し訳ありませんでした」
「まぁ、お前の場合は俺が魔力を与えなきゃいけないからな」
「ふふ、私の特権ですね。この特殊能力を持って生まれてきて幸せです」
シエルがどこにでもついてきていたから、他の魔族たちとあまり話す時間が取れなかった。
「私、魔王ヴィル様と昔会ったことがあるような気がするんです。魔王ヴィル様といると、世界だって滅ぼせちゃうような気がするんです」
「俺も不思議とそんな気がするな」
「へへ、魔王ヴィル様と私、通じ合ってるのですね」
シエルが嬉しそうに言う。
特殊効果の事情もあるから、俺がいなくなると不安定になるのもわかるが・・・。
俺からすれば、もう、力をモノにしているように見えるけどな。
「シエル、お前は変わらず強い。魔族を頼んだぞ」
「お任せください。も、もし力が足りなくなっても、その・・・昨日の魔王ヴィル様とのことを思い出したら、なんだか大丈夫な気がしますので」
髪で頬を隠しながら、もだえていた。
「魔王ヴィル様は既に、私のことを知り尽くしている気がします」
「それはないな。俺は、全然わかってやれてないよ」
「ふふ、じゃあ、まだ魔王ヴィル様の知らない私で攻めることもできちゃいますね。次の私に期待してください」
シエルがいたずらっぽく笑った。
「じゃあな。シエルも無理するなよ。何かあったら、あの魔法陣を使え」
「はい。あ、魔王ヴィル様とこれ以上一緒に居たら、欲望を抑えられなくなってしまうの
で・・・」
「シエルは正直だな」
「魔王ヴィル様がいけないのです。私を変にさせるのです。ちゃんと、自覚してください」
美しい顔をゆがませて、文句を言っていた。
「まぁ、次、戻ってきたとき、詳しく聞くよ。じゃあ、俺は行く。後は頼んだ」
「あ、お、お待ちください」
背を向けようとすると、シエルが前から手を回してきた。
「ん?」
「私も連れて行ってほしいのです。魔王ヴィル様・・・」
「シエル・・・」
「わかってます。駄目なのは・・・でも、魔王ヴィル様のそばにいたいのです」
おでこを背中にくっつけてきた。
「シエル、悪いが、俺はもう行かなきゃいけな・・・」
「もし、辛いことがあるなら、私と逃げませんか?」
「ん?」
シエルが絞り出すように言っていた。
「誰も知らない遠い所へ。2人きりで・・・」
振り返ると、瞳を濡らしていた。
「・・・どうして・・・」
「ま・・・魔王ヴィル様、帰ってきてからずっと追い詰めてらっしゃるように見えるのです。魔王ヴィル様に苦しいことがあるのでしたら、いっそのこと二人で、逃げてしまいませんか?」
「・・・・・・・」
「私は魔王ヴィル様といられるのでしたら、どこに行っても幸せなのです。上位魔族じゃなくてもいいのです」
真剣な表情で言う。シエルの肩に手を置いた。
「私は本気です。魔王ヴィル様・・・」
「お前が心配するようなことは何もない。ただ、疲れていただけだ」
「・・・はい・・・」
「お前も少し休め。急激な魔力の増加で、不安定になってるんだろう」
「・・・・・・・・・」
シエルの目じりについた涙をぬぐう。
「・・・魔王ヴィル様のおっしゃる通りですね。寂しかったのと、少し昨日の夜の余韻が抜けないのかもしれません」
マントを後ろにやって、背を向ける。
「でも、私の気持ちは本当です。 魔王ヴィル様が責任感が強いのは重々承知ですが・・・もし、何もかも嫌になったら私と逃げてしまいましょうね。私、いつでも待ってますので」
「あぁ・・・そのときがあったらな」
シエルがこくんと頷いて、下がった。
「約束しましたからね」
小指を出して、目を細めた。
上位魔族にはコノハのことを説明し、何かあればオブシディアンで知らせるように話しておいた。
サタニアが作った魔法陣がある。
魔族に少しでも異変があれば、すぐに戻ってくるつもりだ。
未来は変わったと言ってたが、油断はできない。
異世界がこの世界に及ぼす力が未知数であることには変わりないからな。
魔王城に廊下を歩いていると、レナが駆け寄ってきた。
「あ、ヴィル、やっときましたね。待ちくたびれました」
「・・・どうした?」
すっと立ち止まる。
「お前が来るって・・・まさか、『ウルリア』が何かあったのか?」
「違います、違います。ヴィルがちゃんと戻ってくるかなって待ってたのです。魔族の女がヴィルを離さなかったら大変なので」
両手をぶんぶん振っていた。
「紛らわしいな」
「実際、遅かったじゃないですか。ヴィルは女が多いですから大変ですけどね」
「言っとくけどこの城にいる上位魔族は、レナよりもはるかに強いからな」
「レナだって、回復魔法ならだれにも負けませんよ!」
「それはそうだな」
レナはおそらく何かに力を封じられている。
本人は気づいていないようだけどな。
「北の果てのエルフ族の巫女は、特別な能力を与えられて生まれてくるのです。レナより回復魔法が勝る者は存在しないでしょう」
「へぇ」
歩き出すと、ひょこっとついてくる。
「で? 本当は何しに来たんだよ。エヴァンのことか?」
「・・・・そうですね。よくわかりましたね?」
「俺もエヴァンの様子が気になっていたからな」
息をつく。
下位魔族がすれ違うと、深々と頭を下げてきた。
「リョクが魔族の敵となるなら殺すしかない。エヴァンが抵抗するのなら、エヴァンも敵になる」
「あの・・・レナ、エヴァンの心を読んでしまったのです」
「?」
レナが切羽詰まったような表情で、顔を上げる。
「エヴァン、リョクを止めたら自分も死ぬつもりなんです!」
「・・・・・・・」
「自分はリョクを救えなかったから、もし、もう一度リョクを救えないなら一緒に死ぬって。ヴィル、エヴァンを助けたいです。どうすればいいのでしょう?」
「・・・・じゃあ、このことは忘れろ」
「どうして・・・?」
「心の中なんて読まれたくないだろう? 黙ってろ」
「・・・・そ、そうですよね。でも・・・怖いのです。これ以上、誰かが死ぬことが・・・」
レナが唇を噛んで俯いていた。
「死にたいからって死ねるわけじゃない。それはお前がよくわかってるだろうが」
「はい」
マントを後ろにやって飛び上がる。
少ししてからレナがついてきた。
「エヴァンの死を・・・エヴァンに似た誰かの死を・・・レナはどこかで経験したような気がするのです。もう一度、あの光景を見たらレナは・・・・」
大粒の涙をこぼしながら言う。
「ヴィル、このことは・・・」
「誰にも言わないよ。レナも忘れるんだ。エヴァンは賢いから、すぐ気づくからな」
「・・・はい」
サタニアが作った魔法陣の中に入る。
レナが涙をごしごし拭ってついてきた。
シュンッ
目を開けると、リーム大陸にいた。
雲間から朝日が射し込む。
「!」
魔王城から帰ってくると、確かに異世界の力が強いのを感じるな。
意識しないと力が乱れそうになった。
「相変わらず、結界はあのままですよ」
「変化はない・・・か」
「アイリスは微量な変化を感じ取ってるみたいですけどね」
レナが服についた砂埃を払った。
「魔王ヴィル様」
アイリスがセイレーン号から降りて、走ってくる。
「おかえりなさい。あれ? レナはどうして?」
「えっと、ちょっと魔王城に行ってみたくなったのです」
「目が赤いけど、大丈夫?」
「あ・・・・」
レナが一瞬戸惑ってからほほ笑む。
「ちょっと、目にゴミが入っちゃって」
「エヴァン」
「っと・・・・」
エヴァンが木の上から降りて、隣に降り立った。
「レナが急に姿を消すkらユイナが探し回ってたんだよ。どうせ、ヴィルについて回ってたんだろ? ここが怖いとかで」
「あはは、バレちゃいましたか。ユイナには謝っておきます」
レナが頭を搔く。
「それより、何かあったか?」
「・・・さっき、望月りくの配信があったの」
アイリスが皮のノートを広げる。
「えっと・・・メモしたんだけど・・・」
「理想郷を作るために穢れた世界を壊さなきゃいけないって。まずは外の人間たちから殺すってさ。具体的にどこから攻め込むかは、言ってないけど・・・『ウルリア』にVtuberたちが集まってきているのはわかった」
エヴァンが自分についた葉をはらう。
「ノリで世界征服ってね・・・望月りくは、最初はそうゆうキャラだった。懐かしいよ。こんなところで見たくはなかったけどね」
「エヴァン、リョクに会いたいのですか?」
「・・・・・」
「・・・・会いたいなら、ちゃんと会えますよ。強い思いがある限り、人との縁は中々切れないというのが、エルフ族の教えです」
「そりゃどうも」
レナが何も知らないような顔で、笑いかけていた。
「とりあえず、時間ができたな」
「魔王ヴィル様、準備ができたらダンジョンに行ける? セイレーンに細かく調べてもらったから・・・」
「あぁ」
アイリスに続いて、セイレーン号のほうへ向かう。
草原がサァっと風に音を立てていった。




