21 安らぎの最下層
『さっき、人間の青年が来ていたみたいだがどうした?』
「追い払った」
『ほぉ、命は奪わなかったか』
「ダンジョンの前に死体が転がっていたら邪魔だからな」
『なるほどな』
シンジュクが時折、壁に描かれていた装飾を点検していた。
『最近、人間が攻略したダンジョンに、人間が戻ってくるようになってな』
「そうなのか?」
『まぁな、魔族を警戒してのことだ。今まで攻略したダンジョンなんか放置していたくせに、焦っているのだろうな』
ため息交じりに言う。
「・・・・・ダンジョンの精霊は、魔族と人間、どちらの味方なんだ?」
小石が階段を転がっていく。
『中立だ。我々は、お前らのいる世界とどこか離れて存在しているからな。どちらがいいというのは、各ダンジョンの精霊の感情の問題だ』
「そうか・・・」
アイリスがシンオオクボとタカダノババのクエストを攻略し、異世界の宝は手に入れたらしい。
あと残るのはメジロの宝だと言っていた。
アイリスは異世界と相性がいいらしい。
シンジュクがアイリスから聞いたという異世界の話を饒舌に語っていた。
なんとなく相槌を打ちながら、迷わないように付いていく。
クォーン
最下層の手前で、ギルバートとクレイの鳴き声が聞こえてきた。
「ん? 何かあったのか?」
『お前がくる気配を感じたんだろう。ただ喜んでるだけだ。封印が解けてから、ちょっとのことでも吠えるようになった。よほど嬉しいのだろうな』
「・・・・そりゃそうだよな。翼のある竜がダンジョンに閉じ込められて飛ぶこともできないなんて気が狂うよ」
『全く、その通りだ。人間も残酷なことをする』
最下層にいると、メジロ以外3人の精霊が草木に水をやっていた。
双竜と目が合うと、大きな尻尾を思いっきり降っていた。
どちらも主張するように鳴いていたが、どちらがギルバートか、グレイか見分けがつかないな。
クォーンクォー
『お前のほうが先に来たか』
シンオオクボが顔を上げる。
「アイリスが2つクエストを攻略したって聞いたんだが」
『本当だ。欲しかった異世界の宝、”イロエンピツ”、”クーピー”は手に入ったぞ』
『2つのダンジョンは魔族のものだな』
「確認するけど、本当にアイリスが攻略したんだよな?」
『お前も疑り深い奴だな。本人に聞いてみればよい』
「まぁ・・・・そうだな」
切り株のような椅子に腰を掛けて、腕を組む。
疑わしくなるのもおかしな話だ。
俺はアイリスを信用して、ダンジョンを任せたのに。
さらさらと水の流れる音を聞いていた。
『・・・・・・・・・・』
精霊たちがじっとこちらを見てきた。
「な、なんだよ?」
『魔王がここで待つことに驚いているだけだ』
『そんなに、あの子が心配か?』
『魔王とはいえ、可愛いところもあるんだな』
「心配というか、ダンジョンがかかってるからな」
ダンジョンの精霊たちが、冷やかすように笑っていた。
「はぁ・・・上では魔族と人間でやりあってるのに、ここは平和だな」
カタン カタン
双竜のいる奥のほうの部屋から、靴の音が聞こえてきた。
アイリスとメジロの話し声が響いている。
「ただいま。あっ魔王ヴィル様!」
双竜の尻尾を飛び越えて、アイリスが駆け寄ってきた。
「本当に、大丈夫なのか?」
「うん。ちゃんと、宝を納めてきたよ」
「マジか・・・・」
メジロが小さな頭で何度も頷いていた。
『おお、さすがアイリスだな』
「ありがとうございます。精霊様」
シンオオクボとシンジュクがテンション高く迎えていた。
すっかり、ダンジョンの精霊の人気者らしいな。
「・・・・・・」
「疑ってる? 私だって、できるんだから」
アイリスが自慢げに微笑む。
「アイリス、お前、何者なんだ?」
「ただの、アイリスだよ」
「・・・あ、そう」
ただのアイリスか。
少し魔力に乱れがあるけど、ただ疲れているだけだろうな。
『彼女は優秀だな。新たな宝が手に入り、ダンジョンの精霊としては嬉しいぞ』
メジロがちょっと大げさに飛びながら、他の精霊のところに行った。
「これで5つのダンジョンは魔族のものでいいの?」
『あぁ、そうだ。魔族を配属するといい』
シンジュクが嬉しそうにしながら言う。
「やったね、魔王ヴィル様」
「あ・・あぁ、ありがとう、アイリス。戻ったら魔族を配属するように伝えるよ」
「うん!」
ここまでスムーズにいくとは思っていなかった。
ただ・・・。
いや、俺の魔王の目がおかしいのか?
「魔王ヴィル様、どうしたの?」
アイリスが眉をぴくっと動かしていた。
「想定外すぎて驚いてるだけだ。アイリスは、まだ初歩の回復魔法『ヒール』も使えないじゃないか。まさか、俺に何か能力を隠して欺いているとか・・・」
「異世界では、魔力は必要ないもん」
「それは、そうだけど・・・・」
「それにね・・・異世界で少し年上の女友達ができたの。七海っていってね、七つの海って書くんだって。その子が、異世界のこと教えてくれるの。なんか私に似てる気がして仲良くなっちゃった」
「え? 友達?」
「そう、偶然シブヤクエストに行ったときに魔王ヴィル様のこと見たんだって」
なるほど、あの人ごみのどこかにいたのか。
あれだけ人がいたら、誰のことかさっぱりわからないが。
「七海がね、こっちの世界のことを話したら、すごく興味を持ってくれて、協力してくれたの。次のクエストのときにまた会えるようにって、異世界の硬貨ももらって」
アイリスが布の袋を持ち上げた。
「また、会いたいな。私、そうゆう友達って初めてかも」
「その子って、本当に信用できるのか?」
「大丈夫。私、この人はいい人、この人は悪い人ってわかる。会話でチャートを作るの。ちょっと臆病だけど、優しい子って判定」
「チャート?」
「えっと・・・そう、直観ってこと。私の勘」
アイリスがぎゅっと手を握りしめながら言う。
「彼女はきっと異世界より、こっちの世界のほうが合ってる」
「・・・・・・・・・」
根拠がなくて、あんまり信用できないけど・・・。
アイリスがダンジョンを取り返したことには変わりないしな。
「まぁいい。じゃあ、魔王城に戻・・・・」
「待って、魔王ヴィル様。約束忘れてない?」
アイリスが口元を緩める。
「5つのクエストクリアしたら、なんでも一つ願いを言ってたでしょ?」
「あぁ、そうだったな」
なんかそんなこと言ったような気がする。
あの時は、魔族のことで頭がいっぱいで、適当に承諾してしまったな。
「約束があったから頑張ったの」
「忘れてないって」
ダンジョンの精霊たちが、ちらちらこちらを見ていた。
声は聞こえなかったが、言ってることはなんとなく想像できた。
「それで? なんだよ、願いって」
「えっと・・・どうしようかな? うーん・・決めてなかった」
ギルバートの頭を撫でながら悩んでいた。
少しぼうっとしているようだ。
「じゃあ、後でじっくり考えればいいだろ。今はいったん、戻るぞ。俺には魔王城にいなきゃいけない。人間の動きが活発になってきたからな」
双竜のいる部屋を出て、芝生を踏む。
「あ、魔王ヴィル様、ここのダンジョンに1日泊まってゆっくりしていくっていうのは?」
「は?」
アイリスが芝生の上にぺたんと座った。
「のんびりできるし」
「俺の話聞いてたか?」
「魔王ヴィル様には休息が必要だもの。ストレスフリーな時間が必要」
「ま・・・いいけどな」
アイリスが小さなあくびをする。
タカダノババが汲んだ水を、ありがとうと言って飲んでいた。
『それはよいぞ。せっかくだ異世界の話も聞きたいからな』
ヨヨギがひょいっと飛び上がって近づいてくる。
「そう! 異世界のことで、たくさん話したいことがあるの」
「いや・・・俺は早く戻って、ダンジョンに魔族を配置しないといけないんだ」
入口で会った青年のように、無理やり人間が入ってくる可能性もあるのではないかと思っていた。
ましてや、4つのダンジョンには精霊がいないことになっている。
シンジュクのほうに視線を向ける。
『まぁまぁ、あわてるな』
『安心しろ。もう、我々のダンジョンは魔族のもの。魔族が配属されるまでは、確実に人間は入れぬようにする』
『異世界の宝によって魔力の宿ったダンジョンは、そう簡単には奪われぬ。1日くらい安心して泊っていけ』
シンジュクとヨヨギが声を重ねるように言った。
「だって、魔王ヴィル様。ゆっくりしていきましょ」
アイリスが少しとろんとしながら、マントを引っ張った。
「魔王ヴィル様、今日は特に疲れてるもの。いつもたくさん頑張ってるから」
「俺が?」
「うん。人を憎むって大変なことでしょ。私はそうゆう感情、認識しかできないから」
「・・・・!?」
「ふわぁ・・・・ねむ」
「・・・・・・・・・・・」
アイリスはたまに鋭いことを言う。
俺のどこまでを知っているのかわからないけどな。
「わかったよ。約束だからな」
「うん! ありがとう。魔王ヴィル様」
どうも、いつもこいつのペースになる。
アイリスの横に腰を下ろす。草木の香りが近くなった。




