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251 犠牲にするもの

『マリアは何で祈ってばかりいるんだ?』

『今日一日、無事で過ごせたことを神様に感謝するためよ』

『なんだよそれ』

 ふふっと大人びて笑うマリアが鮮明に蘇る。


 マリアは見えない神にいつも祈っていた。

 弱っていく体で、何を感謝することなんてあるんだろうと思っていた。



「・・・・止める方法はあるのか?」

「儀式の直前に、マリアにその異世界の闇の力の流れる剣を突き刺せばいいのです。魔王ヴィルにしかできないことです」

「なっ・・・・」

「ヴィルにそれができますか・・・?」

 アエルがじっとこちらを見つめる。


「アエル、他に方法はないの?」

「といいますと?」

 アイリスが前に出る。


「天使を止めたい。彼女を殺す以外に、天使を止める方法はないの?」

「アイリス、貴女が何度もこの時間を通っているならわかるはず。なぜ、何度繰り返しても浮上を止められなかったのか? それは魔族の王ヴィルがリーム大陸まで辿り着けなかったから」


「それは・・・」

 アエルが周囲を見渡しながら歩き出す。


「今はこの・・・セイレーン号ですか? 素晴らしい船ですね。この異世界住人の船なら天使から邪魔されても祭壇まで辿り着くことができるでしょう」

「・・・・」

 アイリスがホーリーソードを構えたまま後ろに下がった。


「・・・アエル、それで、本当にリーム大陸の浮上を止められるのか?」

「海底都市『ウルリア』の復活は止められますね。嘘は言いませんよ。堕天使でも、嘘は言えないようになっているのです」

 アエルが両手を広げながら言う。


「・・・・・・」

 自分の手を見つめる。


「貴方は魔族の王であり闇の力が強い、さらにテラからの呪いも受けている。この世界の理をぶち壊すだけの能力はあるということです」

「そうか・・・」

「魔王ヴィル様」

「マリアにこの剣を刺す。俺はそのためにここに来てるんだからな」

 魔王のデスソードを掲げてから消した。

 黒い魔力が残像のように目の前を漂う。


「いいのかよ。ヴィル、こいつは堕天使だろ? 信じていいのか?」

「失礼ですね。これでも天の使いなんですけど」

 エヴァンが言うと、アエルが不満そうな表情を浮かべた。


「だって、マリアって子は・・・」

「俺にはこいつが嘘をついていないことがわかるんだよ」


「え・・・・・」

「だから言ってることは本当だ」


「さすが魔族の王。もう少し、疑われると思ったんですけどね。信じてもらえてよかったです」

 アエルが翼を広げて、漆黒の羽根を一枚引き抜く。


「お前とは短い付き合いだったけど、わかることはあったからな」

「ありがとうございます。ただ、これ以上は関与できません。あくまで、この『ダークウォルダーブレス』のお礼ですから」

「十分だ」


「さようなら、ヴィル。僕の分も冒険してくださいね。溢れるばかりの祝福が貴方に注ぎますよう祈っています」



 ザッ


 アエルが羽根を宙に投げると、ふわっと消えていった。


「な・・・なんなんだよ。あいつ・・・」

「堕天使の祝福なんて呪いみたいだな」

 羽根を手に取りながら言う。


「アエルは別の時間軸でも会ってる。私がリーム大陸の浮上に立ち会ったとき、防ぐ方法はないかって聞いたら同じことを言ってた。だから、私は失敗した。でも、魔王ヴィル様、今はエヴァンもいるしほかに方法があるかもしれない」

「・・・・・・・・」

 他に方法はないんだろう。アエルの目に嘘はなかった。


「あの・・・ち、違う時間軸ってなんですか?」

 イオリがアイリスとエヴァンを交互に見る。


「アイリス様は同じ時間をループしてるんだよ」

「えっ・・・・!?」

「魔王ヴィル様、もし、失敗したら、またやり直せばいい」

 アイリスが近づいてくる。


「私、何度でもループできるから。記憶は”名無し”にバックアップを取って・・・もう少しループすれば・・・何かもっといい方法が出てくるかも・・・」

「今は異世界住人の船がある、俺もここにいる、今が最大のチャンスなんだろ?」

「それは・・・・」

 セイレーンがコンパスを浮かせていた。

 こちらを気にしているそぶりはなかった。


「もう、アイリスを過去に送るようなことはしない。絶対にな」

「でも・・・私、ループするのは慣れて・・・」


「アイリス様は普通の女の子でしょ?」

「え?」

 エヴァンが口を挟むと、アイリスが驚いたような表情をした。 


「普通の・・・・?」

「ヴィルに任せよう。普通の女の子はそうする」

「う・・・・うん・・・・」


「予定通り、このままリーム大陸へ向かう。いらない気遣いはするな」

 マントを後ろにやって、操舵室から出て行った。




 深海の魚は大きくて、波を起こすほどの力で船を横切っていった。

 デッキのソファーに一人で座っていると、レナが近づいてくる。


「ヴィル、大丈夫ですか?」

 レナが心配そうにこちらを覗き込んだ。


「聞いてたのか?」

「レナは耳がいいのです。遠くからでもちゃんと聞こえます」

 少し自慢げに言う。


「レナも大切なものを失ったので、ヴィルの気持ちはわかるつもりです」

「別に心配されるようなことはない。それよりお前は戦闘のたびにびくびくしすぎだ。エヴァンに鍛えてもらったんだろう?」

「れ・・・レナはもともと回復役なのです。剣を持つ役目じゃないのです」


「それ、エヴァンの前で言ったら殺されるぞ」

「エヴァンには言わないでください」

 レナがぽんと隣に座って、後ろの窓を眺めた。


「魚ってこうゆう風に生きてたんですね」

「見たことなかったのか?」

「北の果てのエルフ族のところに来るときには、みーんな冷凍されてるのです」


「あ、そ」

「レナはエルフ族の巫女なのに、知らないことばかりです」

 そりゃ、北の果てなら行く途中に魚も凍るだろうな。


「ヴィルにはアリエル王国にも母親がいたことも知りませんでした」

「何が言いたいんだよ」

「女だけじゃなく、母親まで2人いるとは・・・ヴィルはさすがです」

「そりゃどうも」

 レナが含み笑いをする。


「レナはこの世界が残酷だと思うんです」

「ん? 急にどうした?」

「だから・・・・もし、ヴィルが辛かったら、壊れてしまってもいいんじゃないですか? レナだったら、もういいかなって思っちゃいます」

 窓に手をついて、魚を目で追っていた。


「レナにはみなさんがどうしてそんなに頑張ってるのか不思議です。生きるよりも死ぬほうが楽かもしれないのに・・・みんなでいなくなっちゃうならいいじゃないですか」

「なんだ? まだイオリと行動することに抵抗があるのかよ」

「・・・・そこはもう割り切ってますよ」


「じゃあ、エヴァンのこと? あいつはなんだかんだリョクしか見えてないからな。惚れても無駄だぞ」

「違います。エヴァンは関係ないです!」

 むきになって言う。ソファーがガタっと揺れた。


「ヴィルは、大切なものをやり直せるんですね。アイリスの言う他の時間軸では魔族は滅びて・・・それをまた、やり直せるって、いいなって思ってしまいました」

「マリアを犠牲にしてな」


「そ・・・そんなつもりじゃ・・・」

 レナが深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。ひどいことを言ってしまいました。訂正します」

「いいって。気にしてないから」

 壁際の棚を眺めながら言う。

 見慣れないガラス細工の幻獣が置かれていた。


「俺が一番に守らなければいけないのは魔王の椅子だ。そのためには魔族がいなければいけない」

「・・・ヴィル・・・・」

「レナにはそうゆうものがないのか?」


「レナは・・・無いのですよ。見つからないのです。やっぱり、今は生きている意味が・・・わからないのです。たぶんレナは昔、遠い昔に失ってしまって、忘れてしまったのです」

 レナが首を振って、自分の頬を叩いた。


「でも、北の果てのエルフ族として、自分で死ぬことはできませんけどね。怒られちゃいます」

 力なく笑っていた。


「でも、もし、犠牲が必要だったらレナでもいいのですよ。レナは、みんなのところに行きたいのです」

「だから・・・ユイナみたいなこと言うなって」

「ふふ、冗談で言っただけです」

「お前の場合は冗談に聞こえないからな」


「はい。ネガティブは終わりです。今から、レナはポジティブになります」

 レナが窓に手を当てて、泳いでいく魚を目で追う。

 靴が脱げそうになっていた。




 バンッ


「魔王ヴィル様」

 いきなりドアが開いて、エヴァンとアイリスが入ってくる。


「どうした?」

「エヴァンが・・・・」

「アイリス様、大袈裟だって。どう見ても、ただの風邪だから」

 少し火照った体でアイリスに無理やり手を引かれていた。


「くしゅん・・・あー寒い」

「はぁ・・・お前なぁ・・・いつ風邪ひいたんだよ」

「知らない。たぶん、アエルのせいだ」


「その辺で、腹出して寝てたからじゃないのか?」

「私もそう思う。100パーセントそう」

「すぐ治るって」

 くしゃみをして鼻をすすっていた。


「エヴァンでも風邪引くのですね」

 レナがソファーから降りてエヴァンの近くに寄っていく。


「疲れが出たのですよ。薬を調合してくるので少し待っててください」

「あまり苦くないのでよろしくねー」

「了解です」

 にこっとして、ドアから出ていく。


 エヴァンには悪いが、今のレナにとっては救いだな。

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