246 一触即発
「あーあ、花火終わっちゃった」
「俺は元々、んなもん興味ないしな」
アイリスに城下町に連れてこられていた。
人ごみを避けてアリエル城のほうへ戻っていく。
「フィオともっといたかった?」
「そうじゃないって」
「出会う女の子、みんな魔王ヴィル様が好きになる。ラッキースケベ属性の解除方法がない」
アイリスが少し機嫌悪そうに言う。
「フィオって猫だけどな・・・」
「猫でも、こっちの世界では可愛い女の子でしょ」
異世界住人たちの中には、俺のほうを見て、軽く頭を下げてくる人もいた。
別に、心の底から異世界住人を受け入れてるわけではない。
友好的な気持ちなんて1ミリもないから、無視していた。
「あ、あっちに綿あめが売ってる」
「あのふわふわの食べ物か?」
「そう、綿あめって言って、異世界の祭りの屋台で・・・」
「魔王がここにいるとはね」
「!」
聞き覚えのある声・・・。
振り返ると・・・クロザキが立っていた。
「クロザキ・・・」
「アイリス様といるところを見ると、テラ様の呪いは解けたのかな?」
「フン・・・お前には関係ないだろ」
腕を組んで、クロザキの目を見る。
「まぁ、なんであれ、俺たちはゆくゆくは魔王を倒す勇者であることには変わりない。魔族と協力するなんて、納得いかない人たちも中にはいるからね。俺もその一人だ」
「お前が俺を倒すだと・・・・? まだ夢みたいなこと抜かしてるのか?」
「勇者は魔王を倒すものだよ」
「そんな常識、この世界にはないけどな」
「じゃ、俺たちが作る」
「・・・・・・・」
深く息を吐く。
こいつらには、嫌悪感しかなかった。
「クロザキ!」
アイリスが前に出ようとすると、クロザキがぱっと両手を上げた。
「導きの聖女の前で変なことはしない。ここで魔王と戦っても、俺にメリットはないし、魔王だって、今はここで暴れたくないだろ? せっかく自分たちに有利な協力関係を結んだんだから」
「・・・オーディンもここにいるのか?」
「それは言えないね」
「オーディンを使って、魔族を陥れる作戦を立てているわけじゃないだろうな・・・・?」
「もし、あったとしてもわざわざ言うわけないだろう? 俺たちの仲間を瀕死の状態にさせやがって・・・」
「お前らが弱すぎただけだ」
「なんだと?」
「・・・・・・」
「・・・・・・・」
数秒の睨み合いが続いていた。
いつの間にか、周囲には人だかりができている。
「勇者クロザキと魔王が・・・?」
「友好の花火が終わった途端これだ」
「この世界の魔族と分かり合うなんて無理だったんだ」
「クロザキが戦いを始めたら、ギルドのメンバーは戦闘態勢に入るぞ」
異世界住人がざわついていた。
クロザキからは、俺に対する殺意を感じられる。
俺という共通の敵がいなくなって、自称勇者の存在意義が薄くなってきて、焦っているのだろう。
人間は深く考える必要のない、共通の敵を作りたがるからな。
「どうする? 魔王、ここで戦うか?」
「・・・・・・・」
俺たちも今までこいつらがしてきたことを、協力関係という言葉だけで緩和させるのは無理があった。
やはり、衝突は免れないか。
もし、向こうが先に剣を抜くなら、俺が一瞬でクロザキを・・・。
― ホーリーソード ―
「!?」
アイリスが2つの剣を出して、俺とクロザキに突き付けた。
「いい加減にして」
「アイリス様! これは・・・」
「アース族は魔族に手を出さない。魔族はアース族に手を出さないと、決めたはず」
聖属性の魔力が水のように湧き出ている。
「でも、魔王が・・・・・・」
「クロザキ、もし、先に剣を取るなら、私が真っ先にホーリーソードで貫く」
「・・・・導きの聖女が魔王側につくか」
「私は貴方たちを利用する」
「!?」
アイリスの言葉に、異世界住人がざわついていた。
「どうゆうことですか?」
「もし、この世界でアース族が死んだら命の数を使って生き返るかもしれない。でも、この大陸が沈めば、100パーセントの確率で命の数は尽きる。どちらにしろ、この世界で生きられなくなる」
「っ・・・・」
「勇者になる夢も消えるよ」
アイリスが凛とした表情で言う。
クロザキが後ずさりをした。
「アース族が生き残るには、魔族と手を組むしかない」
「アイリス様・・・まさか、最初から・・・・・」
「そう、私は最初から知っててテラの計画に協力してた」
「・・・・・」
囲んでいた異世界住人たちがしんとなった。
「魔王ヴィル様、もし、魔王ヴィル様が剣を向けるなら、この話はナシよ。未来は変わらない。魔族は滅ぼされ、大陸は海に沈むわ」
「・・・わかってるよ」
マントを後ろにやって、クロザキから離れた。
睨みつけると、異世界住人たちが掃けていく。
慌てて武器を仕舞う者もいた。
「アイリス、戻るぞ」
「うん・・・」
「ここで俺から何かをする気はない」
「・・・・・・・・・・」
アイリスがホーリーソードを解いて、駆け寄ってきた。
さっきまでのざわめきは嘘のように無くなっていた。
徐々に人通りが戻っていく城下町を歩いていった。
少し歩いてから、軽く伸びをする。
「まさか、またお前に剣を突き付けられる日が来るとはな」
「だって・・・」
アイリスがちょっと戸惑いながら髪を耳にかけた。
「でも、お前がいなかったら、確実に戦闘になっていた。俺はクロザキを殺していただろう」
「・・・・・・・」
「魔族と異世界住人が腹の底からわかり合うなんて、無理なんだ。奴らは所詮アバターで、この世界に命がないんだからな。根本的に違う」
「うん・・・・」
人間は身勝手だ。
異世界住人は肉体がない分、この世界の人間たちよりはるかに死に対するハードルが低い。
魔族を自分たちの正義を作るための敵として利用するなんて、図々しくて腹立たしかった。
「ごめんなさい。でも、今は・・・」
「あぁ、魔族の未来を守ることのほうが大事だ」
アイリスが俯いていた、
長い息を吐いて、アリエル城の扉を開く。
ふわっとした花の香りが鼻に付いて、しばらく抜けなかった。
翌朝、コノハに指定された『ローズの間』に行くと、エヴァン以外の全員が集まっていた。
「魔王ヴィル様、おはよう」
アイリスがコノハの隣で、地図を開いている。
部屋の端のほうでは、ユイナが自分の装備品を確認していた。
俺に気が付くと、おはようございますと言って、ほほ笑んだ。
「みんな、準備は万全か?」
「はい、完璧なのです」
レナが寝癖をピンとさせながら、大きく頷いた。
「魔王ヴィル様ー」
「フィオ! こら。ダメって言っただろ?」
駆けだそうとするフィオの腕を、イオリががっしり掴んでいた。
「すみません。つい、反射的に・・・」
「・・・・また耳と尻尾が出てるし・・・他のアース族にバレたら大変なんだからな」
「はっ」
「あはは、もう気にしなくて大丈夫ですよ。ここにいる者みんな、事情は分かってますから」
レナが少し背伸びをして、フィオの頭を撫でる。
「ん? エヴァンは? 部屋にはいなかったが」
「寝坊ですよ、本の部屋で寝てるの見ました。昨日は遅くまで起きてたみたいですけどね、さっきバタバタしてたのでもうすぐ来ると思います」
レナが時計を見ながら言う。
「エヴァンがそろったら行くといいわ。船の用意は完璧。昨日、アース族に最終点検もしてもらったから」
「あぁ、ありがとう」
コノハが椅子から離れてこちらに来る。
「他のゲームの要素まで詰め込むなんて、さすがですね」
「元々アース族は、ゲーム好きの集まりですから」
「僕も乗るのが楽しみです。技術の一部に盛り込まれた『ブレイクジーク』は、僕が小さいころにはまったゲームなんですよね」
「それなら、私もプレイしたことありますよ。感動的なゲームですよね。姫様が戻ってくるとことか・・・・」
イオリとユイナが離れたところから会話していた。
意外と話しが合うらしいな。
「魔王ヴィル」
コノハがこちらを見上げる。
「ん?」
「船の場所はアイリスがわかるから。気を付けて行ってきてね。どうか、最善の未来を選択できるように・・・」
「・・・あぁ、もちろんだ」
「私にも何か特殊能力があったらよかったのに・・・信じて待つことしかできないなんて」
コノハが祈るように目を閉じる。
薔薇の間に朝日が入り、天井に吊り下げられたシャンデリアが反射して、小さな虹を作っていた。




