243 コノハの小さな復讐
「いい匂いがしますね。これは、イチジクのケーキでしょうか」
ユイナが周囲を見渡す。
「へぇ、随分栄えてるな。異世界住人と今いる人間たちは争ったりしなかったのか?」
「ここにいる人間たちは、ほとんどが十戒軍の残当や、その家族。アース族を歓迎しているの」
「十戒軍ってなんで異世界住人をこんなに歓迎してるんだ?」
「まだテラを神だと思ってるんじゃない?」
俺、アイリス、エヴァン、ユイナ、レナの5人で、アリエル王国の城下町に来ていた。
中は人通りが多く、活気に満ちている。
異世界住人が転移してくる前のアリエル王国を見ているようだった。
「見たことのない、展示物まであります・・・」
「魔法陣を売ってるのですね。他のゲームで魔法を売ってるのは見たことありましたが・・・」
「アース族が異世界から持ってきた技術もこっちで利用できるようになってる。武器や、防具も独自の鉱物を使ってるみたいで。ほら、あっちの人だかりは、魔道具の錬金をしているの」
アイリスが指さした。
武器や防具を持った異世界住人たちが長蛇の列を作っている。
「アース族のモニター、見えるでしょ?」
「あぁ」
奴らが表示しているモニターは俺たちも見れるようになっていた。
アイリスが作った魔道具、IRISの目と呼ばれる魔法石を持っているからだ。
「他のゲームの魔法って・・・んなことできたらチートじゃん」
「どおりで、魔族が戸惑うような技術がでてくるはずだ」
すれ違う人たちが、俺たちを見て動揺していた。
ひそひそと話す声も聞こえる。
「なんか歩きにくいですね」
ユイナが肩をすくめる。
「これだけ堂々と歩いていて、異世界住人が突然、襲ってくるってことないの?」
「それはない。コノハが伝えてるから」
アイリスが周囲を確認しながら言った。
「もし、攻撃して来ようとしたら返り討ちにしてやるのに」
「そうです。返り討ちにしてやりますから」
「レナ、動きにくいんだけど」
「念のためです。念のため」
レナがエヴァンにくっついて頷いていた。
「勝手なことするなよ。俺たち、ここに侵略しにきてるわけじゃないんだからな」
「わかってるって。ここ最近、いいことが無いからさ。ぱっと魔法を使いたいだけだよ」
「まぁ、俺だってここ一帯吹き飛ばしたい気持ちはあるけどな。鬱陶しい奴らだ」
周囲を睨みつける。
「魔王ヴィル様」
「冗談だよ。穏便にいくんだろ」
確かに、異世界住人は物珍しそうに見ているだけで、攻撃的な何かを用意しているわけではない。
視線を無視して、歩いていく。
「ヴィル様、交渉役だなんて・・・私に何かできることなんてあるのでしょうか」
ユイナが自信なさげに言った。
「魔族はお前を信頼してるし、サタニアが上手くコントロールするから安心しろ」
「はい・・・・・」
「アース族はコノハの言うことを聞くから大丈夫。あまり、深く考えすぎないで」
アイリスがユイナに笑いかけた。
「でも、さっきからじろじろ見られるのは嫌ですね」
「怖がりすぎだって。つか、ちょっと首締まってる」
「だって・・・怖いわけじゃないですよ。怖くはないのですが」
レナがエヴァンのマントを引っ張って揉めていた。
アリエル王国に来たのは、リーム大陸へ行く準備を進めるためだ。
アイリスが言うに、天使と堕天使が周辺にいるから空から行くのは不可能。
理想は深海から行くこと。
その意見には、俺も同意だ。
俺はともかく、ユイナは自分で飛べないし、双竜も長時間飛んだまま待機することはできないからな。
アリエル王国で異世界住人の技術を取り入れた船をもらうことになっていた。
「かなり綺麗になってるな」
「城の兵士の大半が駆り出されて直したんだって」
「こんなに早く戻されるなら、もっと、暴れておけばよかった」
エヴァンがあくびをしながら言う。
アリエル城は俺たちが壊したところから、だいぶ修復されていた。
庭にあった木は倒れたまま、端に寄せられている。
「ようこそ、アリエル城へ」
城の扉が開くと、二人の少女が出てきた。
メイド服なのにかなり露出が高く、胸の谷間が強調されている。
「わ、わぁ・・・なんか、エロいですよ」
「ですよね。私は見慣れてしまいましたが、アース族は男性ばかりなので、男性が好む服装となっているようです」
「レナはそうゆう装備、あまり見たことないのです」
レナが頬を覆っていた。
「男性が好む・・・もしかして、エヴァン、あんなの好きなのですか?」
「俺はメイド服はあんまりだな。どっちかというと、ケモナーよりだから」
「けもなー・・・・・?」
「獣と人間のハーフみたいな意味ですよ」
「なるほど。レナの知識が一つ増えました」
相変わらずマイペースだ。
ついこの間まで敵だった、アリエル王国の城に来たっていうのに。
「姫様がお待ちです。どうぞ、こちらへ」
メイドの1人が澄ました顔で前を歩いた。
「アイリス、ここにロバートはいるのか?」
「ロバートはサンフォルン王国にいる」
アイリスが人魚のピアスをつけ直していた。
「なんか企んでるわけじゃないだろうな」
「私は聞かされていないけど、リーム大陸のことを察して逃げたんだと思う。私がここにいたときにも、テラや周辺の十戒軍からそんな話が聞こえてたから・・・」
「逃げたって・・・・サンフォルン王国だって危機的状況になるのは変わらないんだろう?」
「そうだけどね。サンフォルン王国のほうが、まだ・・・」
「・・・・・・・」
メイドがちらっとこちらを振り返ると、アイリスが会話を切った。
協力関係とはいえ、警戒はそう簡単に解けないよな。
薔薇の装飾が施された扉の前まで来ると、メイドがぴたっと足を止めた。
「こちらの部屋になります」
「あぁ」
扉に手をかけようとしたとき、後ろにいたメイドが手首を掴んできた。
「お待ちください」
「なんだ? 今更、魔族に何か文句があるのか?」
「・・・違います。あの・・・」
「なんだ? 言いたいことがあるなら言え」
「・・・・・・」
メイドがちょっと顔を赤らめながら目を逸らす。
「客人が来たら、このようにするように言われてますので・・・」
「は!?」
いきなり手を自分の胸に押し当ててきた。
「どうですか? 気持ちいいですか?」
「いや」
丸い目でこちらを見上げる。柔らかくてもちもちしていた。
「な、なんでいきなりそうなるんだよ」
「な・・・生のほうがいいのでしょうか? では・・・」
一番上のボタンを外して、服を緩めた。
「そうじゃなくて。離せって」
「離せと言われたら、もっと強引にするように言われていますので」
「なっ・・・・・」
「おぉ・・・マジか」
「待ってください、ヴィル様・・・・みんなの前でそれは・・・いいと思うんですけど、でも・・・」
エヴァンが楽しそうに笑ってるし。
レナは赤面して顔を隠しながらこちらを見ている。
ユイナは視線を合わせないようにしていた。
誰も止めようとしない。
「いや、アイリス、これは・・・・」
「魔王ヴィル様・・・? そうゆうの、好きなの?」
アイリスだけが目を吊り上げてこちらを睨んできた。
「違うって。俺の意思じゃないって見てただろ?」
「あっ」
バチンッ
魔力を流して、勢いよく手を振りほどいた。
「どうして?」
「俺は異世界住人と違う。そうゆうのは別にいい」
「はっ・・・そうでしたか」
背後にいたアイリスから冷たい空気を感じた。
メイドが、深々と頭を下げる。
「失礼しました、貧乳がお好きとのことで・・・今度は貧乳を用意してまいります」
「んなこと、言ってない」
「魔王ヴィル様、早く中に入りたいんだけどいい?」
アイリスの機嫌が悪い。
エヴァンが噴出していた。
誰だよ、こんなことするように言った奴は。
キィッ
「騒がしいのね」
ドアが開いて、コノハが出てきた。
ふんわりとしたドレスを着て、瞼に少しアイシャドウを引いている。
「姫様、魔王一行を連れてまいりました」
「ありがとう」
「あの・・・言われた通りしてみたのですが、魔王が巨乳がお好きじゃないようで・・・」
メイドが胸元のボタンを直しながら、コノハに近づいていった。
「そうなの。魔王なら喜んでくれると思ったんだけど、残念」
「元凶はお前か」
「さぁ? なんのことかしら?」
意地の悪い口調で笑っていた。
コノハのせいか。
ユイナを交渉役にしたこと、まだ根に持ってるみたいだ。
「いきなり巨乳のメイドが現れて魔王に胸揉まれるとか、エロゲのシチュのテンプレでびっくりしたよ。さすがに未成年の前ではね」
「・・・エヴァン、随分エロゲに詳しいな」
「基礎知識だよ。基礎知識」
エヴァンがこめかみに指を当てて笑っていた。
相変わらず、性格悪いな。
「ねぇ、魔王ヴィル様は貧乳好き・・・貧乳の定義は?」
アイリスがぐぐっと近づいてくる。
「定義って・・・なんでそんな話に」
「定義は重要だから。どこから貧乳? 根拠は?」
「知るかよ」
カチャ・・・
コノハが杖を回すと、ドアに鍵がかかる音がした。
「コノハ、どうにかしろって」
「ふふ、魔王の困った顔が見たくて」
コノハがこんなこと命令するとは・・・侮れないな。
 




