239 魔王と魔王代理
「あ、魔王ヴィル様!」
廊下を歩いていると、ププウルが地図を持って駆け寄ってきた。
「ん? どうした?」
「サタニア様と異世界住人対策をして、私たちの管轄のダンジョンを攻めようとしていた奴らは一掃してやりました」
「ちゃんと、攻撃のタイミングがわかれば、異世界住人なんて怖くないですね」
「でも、あの堕天使の羽根で逃げられるのはずるいよね」
「何かキャンセルできる方法がないかな」
「私たちが探せば見つかるよ。ご安心ください、魔王ヴィル様、今回の結果を分析してさらに魔族の地位を高めてみせます」
ププウルが自信に満ちた表情で報告してきた。
2人から流れている魔力は、この数日でだいぶ力強くなっていた。
「そうか。この調子で、よろしくな」
「はい!」
満面の笑みで、同時に頷いていた。
「魔王ヴィル様、どうかされたのですか?」
「少し体調が悪そうです。お疲れなのでしょうか?」
ウルが心配そうにすり寄ってきた。
ププが小さな体で目いっぱい背伸びして、俺のほうを覗き込んでいる。
「いや・・・少し魔力の調整が上手くいかなかっただけだ」
「そうですか。でも顔色が・・・・」
「何してるの?」
「サタニア様」
サタニアが声をかけると、ププウルがぴしっと並んだ。
サタニアがはめていた手袋を取って、近づいてくる。
「異世界住人対策の成果が出たんです」
「私たちのところはもちろん、カマエル、ジャヒーのところも一気に異世界住人を追い出したそうです」
「もう、あんな奴らに負けません。ザガンの仇を倍にして討ってやります」
鼻息を荒くしていた。
「そう。よかったわ」
「・・・・・・・・」
サタニアがちらっとこちらを見る。
「えっと、マキアとセラがね、明日のご馳走を用意してくれてるの。魔族の好みに合わせたケーキもたくさんあるみたいだから行ってみて。作りすぎちゃったって困ってたから」
「はっ・・・お腹が」
「はっ・・・よだれが」
ププウルが嬉しそうに顔を歪ませる。
「でも、つまみ食いはいけないです・・・」
「そうです。つまみ食いはできないです」
お腹がきゅるきゅる鳴っている。
「0時を過ぎると、ゴリアテとババドフが戻ってくるから、全部食べられちゃうわよ」
「!?」
ウルがびくっとして、ププのほうを見た。
「そうですよね。サタニア様がそうおっしゃるなら・・・」
「失礼します。い、いってきます」
同時に言って頭を下げると、翼をぱたぱたさせて勢いよく飛んでいった。
「魔王代理うまくやれてるじゃないか」
「ありがと」
「・・・・つか、パーティーってなんのことだ?」
「明日はザガンの快気祝いもかねて、パーティーをするの。参加者は、上位魔族と部下たちよ。きっと、今晩から魔王城も騒がしくなるわ」
「え? サタニアが企画したのか?」
「そう。いいでしょ? 私、もともとミハイル王国ではパーティーとかよく参加してたし、そうゆうお祭りごとって好きなの。それに、美味しい料理は士気を高めるし、パーティーは魔族同士の情報交換にも繋がるわ」
頬をきゅっと上げながら言う。
「言ってることはわかるけど、俺は苦手なんだけどな。そうゆうの・・・」
「人間みたいだって嫌がられるかと思ったけど、意外と好評なのよ。サリーはドレスを着たいって張り切ってたし。ジャヒーは元々、お洒落だしね」
「へぇ・・・・」
頭を掻く。
ププウルがやけにテンション高かったのはこうゆうことか。
まぁ、ここ最近、異世界住人対策で、魔族たちも気を張り詰めていたしな。
俺も含めて、強制的な息抜きが必要なのは確かだが・・・。
「・・・・でも、何も俺が本調子じゃないときに企画することないだろう?」
「嫌だったら、私と部屋にこもって夜を一緒に過ごす? 私はそれでもいいけど」
「いいよ。また、変に記憶を覗かれそうだし」
「それを狙ってたのに・・・」
サタニアがいたずらっぽく笑っていた。
「・・・ねぇ、ヴィル、何かあったの?」
「・・・・・・」
一呼吸置いて、首を傾げる。
やわらかいスカートの裾が揺れていた。
「あぁ、まぁな。ちょっと話がある。外に出よう」
「うん」
途中、上位魔族に呼び止められながら、魔王城の外に出ていった。
「そう。随分、急展開ね」
魔王城を囲む森から、一斉にカラスが飛び立っていく。
サタニアが木の枝に腰を掛けて、葉をつついていた。
「異世界住人と手を組む・・・かぁ・・・」
「あぁ、アリエル王国の王女コノハが俺の部屋にいる。ユイナを代わってな」
「その度胸は認めるけど、今、異世界住人が魔族に見つかったら瞬殺されるわよ」
「わかってる。部屋から出ないように言ってあるよ」
木に寄りかかって空を見上げる。
「でも、まぁ・・・アイリスがそんなことを考えてたとは・・・アイリスって何者なのかしら」
サタニアの髪が風に揺れる。
「サタニアはどう思う?」
「どうって・・・・?」
「俺は、どうするのがベストなのかわからない。アイリスの言っている『リーム大陸』だとか海底都市『ウルリア』だとかもいまいちピンとこないし。ただ、未来起こることは、魔族にとって悲惨な結果をもたらすことはわかってる」
「・・・・・・・・」
透明な翼の生えた、マリアの後姿を思い出す。
アイリスとエヴァンの話していた未来は、確実に起こるのだろう。
未来の様子を見たはずの夢に、マリアの声が混じっていたことにも繋がってくる。
マリアはこれから起こる未来に関わってくるに違いない。
何のためかはわからないが・・・。
「珍しく弱気なのね」
「・・・魔王代理の意見を聞いてるだけだ」
「そ」
サタニアがにこっと笑った。
「じゃあ、私の意見を言うなら・・・異世界住人は嫌いだけど、組んだほうがいいと思うの」
「アバターでこっちの世界を動き回ってる奴らと魔族が・・・か?」
「もちろん、私も認めたくない。今まで見てきた異世界の人間なんて、みんな中途半端で、こっちの世界に転生してきた身としては、最悪の展開よ」
流れるように長い髪を後ろにやった。
「でも、ユイナのアバターのアップデートを見たでしょう? うまく利用すれば、味方に付いて損はない。むしろ、未知の敵と戦うことになれば・・・・」
「・・・・・・・・」
「今のままじゃ、魔族は敵わないわ。ヴィルは強いけど、強いからといって何もかも守り切れるわけじゃない。ヴィルの中でも、本当は答えが出てるんでしょう?」
月明かりにちぎれそうな雲を眺めていた。
「そうだな。俺もプライドだけじゃどうにもならないことくらいわかってる。この選択が魔族の分岐点だということもな」
死んだはずのマリアでさえ、蘇らせた奴らだ。
天使が何の目的で生き返らせたのは知らないが・・・。
その気になれば、魔族を一掃することなんて簡単なのかもしれない。
「冷静に真実を見極めなければ、何も守れない」
「堕天使アエルだって胡散臭いと思ったのよね」
「気に入られてたじゃないか」
「異世界から転生した私が珍しかっただけでしょ」
サタニアが冷たい表情で言う。
「はぁ・・・・ここまで士気が上がってる魔族に、どう説明するかが問題だ。カマエルとかサリーは暴れそうだし」
「ふふ、方針さえ決まればなんとかなるわよ。まずは、明日のパーティーを楽しみましょう」
魔王城に続々と魔族が入っていくのが見えた。
「あぁ、そうだな。パーティーにはアイリスも連れていっていいか?」
「私、個人としては嫌なんだけど・・・」
サタニアが瞼を重くしてこちらを睨んでくる。
「手を組むなら仕方ないわ。コノハもね」
「わかってる。ちゃんと、魔族に説明しないとな」
「本当、アイリスばっかなんだから。私も魔王の代理として頑張ったんだから、ちゃんと気にかけてくれない?」
「サタニアを信頼してるから相談したんだ。頼りにしてるよ」
「・・・そ・・それならいいんだけど」
急に顔を赤らめていた。
紫色の髪で、顔を隠す。
窓から聞こえる声が、どんどん騒がしくなっていった。
しばらくサタニアと、異世界のことを話しながら、魔王城を眺めていた。




