234 聖と闇
「・・・アイリス、それは本当なのか? 私が時空調整している中では、そんな兆候見たことが無いが・・・」
ダダンが沈黙を破って、アイリスに近づいていった。
「本当だよ。もし疑うなら、独白魔法をかけてみてもいいよ」
「フン、私がお前にそんな魔法をかけられるわけがないだろうが・・・」
ダダンが杖で、アイリスが放った風に触れながら言う。
ビリっと何度も弾かれていた。
「もし、堕天使が何かを起こすとして、どうして直接俺に言わなかったんだ?」
「それは・・・・」
『ねぇねぇ』
急に、シズが力いっぱいマントを引っ張ってきた。
「なんだよ・・・急に」
『異世界住人が来てるけどいいの?』
「は?」
ガッガッ・・・ガッ・・・
遠くのほうで崩れた柱を踏みつけるような音がする。
「まったく、どうしてこんな時にわらわら集まってくるのかしら?」
― 魔女の剣―
「ヴィル、こっちは任せて。どうせ、雑魚なんだから」
サタニアが剣を出して、魔力を強化していた。
「行かなきゃ」
アイリスが女神の守りを解いた。
「あっ」
キン・・・・
「ダメだ。お前は行かせない」
魔王の剣をアイリスの胸元に突き付けながら言う。
「流れが変わってきてる。アース族のところに、戻らなきゃ」
「行かせるか。お前にはまだ聞きたいことがある」
キィンッ
「ごめんなさい」
アイリスがホーリーソードを出して、剣を弾いた。
「俺と戦う気か?」
「・・・・魔王ヴィル様はいつもそうやって私を引き留めようとしてくれる。私はすぐに流されてしまうから、いつも失敗しちゃってた」
無理した笑みを浮かべる。
俺は幼い頃、この表情をよく見ていた。
マリアが無理するときに、な。
「もう、失敗できない」
「お前がどんな時間を通ってきたのか知らんが、俺は今の俺だ。お前が今まで会ってきた俺は、ここにいないんだから別人だ」
「・・・・・・」
「魔族の王として、お前を連れて帰る」
「ごめんなさい・・・・・魔王ヴィル様」
急に接近してきて、軽やかに剣を振った。
カキンッ
「!?」
咄嗟に剣を回して受け止める。
キィンキィンキィン
アイリスが素早く剣を持ち替えて、攻撃を繰り広げていた。
俺が押されてる・・・だと?
聖属性の魔法を纏っていて、一撃一撃が重かった。
両手が塞がれて、魔法を展開する時間すらない。
「ヴィル!!」
「お前らは手を出すな!」
エヴァンが魔法を使おうとしたのを止めた。
高く飛んで、魔王の剣の魔力を整える。
「魔王ヴィル様! 私は魔王ヴィル様を助けたい。信じて! 魔族のためにやらなきゃいけないことだから」
アイリスが呼吸を整えながら言う。
「魔王ヴィル様から見た私は、ほんの少し一緒にいただけかもしれない。でも、私はたくさん会ってる。だから、魔王ヴィル様のいいところ、たくさん知ってる」
「・・・・・・・・・」
「お願い、信じて。私が絶対、未来を変えてみせるから。魔族がちゃんと、未来を生きられるように。私、たくさんの時間考えてきたんだから」
剣を握りしめて、アイリスのほうへ突っ込んでいく。
「!!」
アイリスがホーリーソードの魔力を強化する。
― 奪牙鎖―
瞬時に魔王の剣を解いて、アイリスの両手首を縛った。
ホーリーソードが肩に刺さり、右腕の感覚が無くなる。
「魔王ヴィル様!!!」
「っ・・・・お前は、魔王の奴隷だろう・・・?」
「・・・・・・・」
よろけながら、奪牙鎖を調節する。
「お前は、1度、俺に助けを求めた。本心は知らないがな。このまま、魔王城に連れて帰る。なんとしても・・・」
「私・・・・」
アイリスの手からホーリーソードが消えていった。
「今回は、俺の勝ちだ」
「魔王ヴィル様・・・」
魔王の剣をアイリスの横に立てた。
「アイリス様!」
異世界住人が3人ダンジョンへ入ってきていた。
アイリスがびくっとして入り口のほうを見る。
「みんな! も、戻って! 私は大丈夫だから!」
アイリスが手首を固定されたまま叫ぶ。
1人はクロザキか? 後の2人は初めて見る顔だ。
シロザキはいないのか。
ヒュン
ユイナが弓に持ち替えて、クロザキめがけてまっすぐに放った。
「危ない!」
咄嗟に隣にいた魔導士の男がシールドを張る。
矢が大きな亀裂を入れて無くなっていった。
「属性を見誤ったわ。次こそは・・・」
ユイナが矢を引いて、水属性から火属性に変更していた。
「ユイナか・・・裏切者が・・・」
「導きの聖女、アイリス様を返してもらう!」
クロザキが空中で指を動かして、瞬時に双剣を構えてステータスを変更していた。
「攻撃力を上昇させて他のステータスは下げる、俺が動いたら、攻撃速度と、防御力付与は頼んだ」
「わかった。カナトは他の奴らに、デバフを」
「あぁ、シミュレーション通りやればいいんだよな。まずは、こいつらのステータスを確認して・・・」
小声で話していたが、全て聞こえていた。
「本当に、もう・・・・」
サタニアがうんざりした表情で、毛先をいじっていた。
「すごい、ここにいる奴らのステータスが・・・」
「魔王だからな。周りの奴らもそれなりの力がある。逆を言えば、こいつらさえ倒せば、魔族は黙るしかなくなる」
クロザキが俺を睨みつける。
「一瞬でも気を抜くな。殺される・・・」
シュッ
サタニアがクロザキの首に剣を当てる。
― 闇薬手―
ズズ・・・
サタニアが左手で、魔法陣を展開していた。
残り2人を闇から現れた巨大な手で掴む。
「そうよ。殺すわ」
「っ・・・・・」
「あんたらのせいで、ここ最近、魔族は負けっぱなしよ。ここで勝たせてもらう。魔王代理としてね」
「あ、圧倒的だ。こんな強さ」
「アイリス様」
「!?」
アイリスが顔を上げて、魔力を高めた瞬間・・・。
パチンッ
エヴァンが指を鳴らして、時間を止めた。
この場にいる俺とサタニアとダダン以外の者たちが、固まっていた。
「ふぅ・・・アイリス様に効いてくれてよかったよ。記憶を取り戻したアイリス様にかけられるのはほんの数パーセントの確率だったから、針に糸を通すような感覚だったけど」
エヴァンがアイリスの目を見つめていた。
「・・・・気を抜いてたな。やっぱり、ヴィルには敵わないか」
「ほぉ、こいつら、こっちの世界に来たばかりなのに、随分戦闘慣れしてるんだな。長年共にいる『忘却の街』の住人でさえ、こんな連携取れないぞ」
ダダンがクロザキの顔をまじまじと眺めていた。
「異世界には魔法を使った戦闘を疑似体験できる仕組みがあるのよ。まったく、エヴァンが手を出さなきゃ私が殺してたのに」
「疑似体験? へぇ・・・」
「別に個々の能力が高いわけじゃない。適性はあるけど、職業もころころ変えられるし、敵に合わせて戦闘スタイルも変えられる・・・」
サタニアがダダンに説明しながら、魔女の剣と魔法陣を解いた。
「ヴィル、大丈夫か!?」
「っ・・・・」
腕を抑えて、アイリスにかけていた奪牙鎖を消す。
さすがアイリスの魔法だ。
俺の魔力がここまで乱されるとは・・・。
「・・・あぁ、問題ない。早くアイリスを連れて魔王城に戻るぞ。サタニア!」
「はいはい。わ、私は別にアイリスを連れて帰ることなんて、望んでないんだけどね」
サタニアが瞼を重くして、髪を後ろに流した。
腕を抑えながら、くらっとして、瓦礫の上に寄りかかる。
「この異世界住人も・・・・」
「ヴィル、マジで顔色が悪いぞ、本当に大丈夫なのか?」
「悪いが・・・意識が朦朧とする・・・闇の力が・・・・」
刺された部分から、自分の魔力が聖なる魔法に焼かれているようだった。
脈が乱れて呼吸が浅くなる。
これがアイリス本来の力か。
まさかアイリスの魔法にここまでされるとは・・・。
前は、俺の闇魔法のほうがはるかに強かったはずで・・・。
「ヴィル、すぐに手当てを!」
「シズとユイナを連れて、早くダンジョンを出てく・・・・」
「ヴィル! ヴィ・・・・・・」
時間の止まったアイリスを見つめる。
エヴァンとサタニアの声がどんどん遠くなって、次第に闇の中に消えていった。




