232 堕天使への疑惑
「すぐ西のダンジョンに向かう」
「ちょーっと待ってください」
アエルが黒い翼を広げた。
「なんだ?」
「シズは魔王城にいますよね? 彼女がいないと、最下層の扉は開きませんよ」
「・・・・・・・」
「焦っても仕方ありません。アイリスだってシズがいなければ、最下層から出られない。どちらにしろ、膠着状態です」
「あの・・・アエル様は、詳しいですね。色んな事に・・・」
ユイナが口を挟む。
「私、元々、アリエル王国の天使なのですよ。色々なことを把握していて当然です。もちろん知らないこともありますけどね。貴女みたいな異世界から来た方とか・・・」
「・・・・・・・」
アエルがエメラルドのような瞳を向ける。
ユイナがたじろいでいた。
「アイリスが自分で最下層から抜けることはないのか?」
「ありえないですね。たとえアイリスがどんな力を持っていようと、ダンジョンの精霊が一度閉めたダンジョンからは出られません。魔王城に戻ったほうがいいですよ。サタニアなら転移魔法も使えるのですから、慌てる必要はないですよね?」
「・・・・・そうだな・・・・」
時折、アエルの掌で転がされているような気分になることがある。
アエルは本当に信用できるのだろうか。
「ユイナ、データが取れたら戻るぞ」
「私のほうは、もう大丈夫です。データ保存が終わりました」
マントを後ろにやって飛び上がる。
今はアエルの言う通りだ。
まずは魔王城に戻って、シズを連れてこなければいけない。
「ヴィル!」
魔王城に着くと、魔王の間でサタニアとカマエルが駆け寄ってきた。
「お帰りなさいませ、魔王ヴィル様」
「ダンジョンはどうだった? ザガンの穴埋めをカマエルの部下がやってたんだけど、異世界住人が・・・」
「悪い。その話は後だ」
「え?」
手を挙げて、サタニアの話を止める。
「エヴァンはどこに行った?」
「エヴァン様なら魔王城でお見掛けしていませんね」
「エヴァン様?」
「はい。どうしましたか?」
「いや・・・いい」
カマエルが首をかしげる。
サタニアが横で白々しい空気を醸し出していた。
エヴァンは魔族にどうゆう位置づけを植え付けたんだろうな。
「カマエル、ダンジョンの精霊、シズをすぐに連れていきたい。探してくれ」
「シズですか? そうですね・・・ゴリアテ、ババドフたちと一緒にいたので、すぐに見つかるかと・・・」
「早めに頼む。俺は、部屋にいる」
「承知いたしました」
カマエルがメガネをくいっと持ち上げて、その場を去った。
「サタニア、シズが戻ってきたら西の果てのダンジョンへの転移魔法を頼む」
「ど、どうゆうことなの?」
「アイリスの石化が解けたらしい」
「えっ・・・・・・」
廊下を歩きながらサタニアに事情を説明していた。
ユイナが駆け足で後を付いてくる。
「おう、戻ったか。魔王」
部屋のドアを開けると、ダダンが窓の前に立っていた。
「ちょうどよかった。今、お前を探しに行こうとしていたところだ」
「ダダンがどうしてここに?」
「俺が連れてきたんだよ。っと・・・」
「エヴァン」
エヴァンが木から飛び降りて、窓から入ってくる。
「ダダンにアイリス様の石化が解けたことを確認してもらったんだ。すぐに、西のダンジョンに行くだろう?」
「あぁ、今、カマエルにシズを連れてきてもらってる。サタニアには転移魔法の準備を頼んだ」
「準備が早いな。誰かから聞いたのか?」
「アエルからな」
「ふうん。いつもの堕天使か。もう、いないみたいだけどね」
「・・・・・・・・・」
振り返るとアエルはいなくなっていた。
相変わらず、何がしたいのかわからない奴だ。
「ダダンは『忘却の街』から出てよかったの?」
「たまにはな。こっちの世界に来たのは久しぶりだ」
ダダンがポケットから砂時計を出す。
「私は元々『時の祠』の向こう側の人間、ここにいられるのはこの砂時計の砂が2回転分落ちるまで。そうだろう? エヴァン」
「あぁ、悪いね。そうゆう決まりだ」
エヴァンがゆっくり落ちていく砂時計を見ながら言った。
「まったく、嫌な制度だ。せっかく、こっちの空気を吸えるというのに」
「お前らの話だと、アイリスの禁忌魔法を解くのにもっと時間がかかると思ったんだが・・・・」
「そうだな。私はあれから全然進まなかった。どれほど時空の穴を探しても、見つからなくてな。アイリスのかけた魔法は完璧だった。解いたのは私じゃない」
「じゃあ、なぜ・・・」
ダダンがエヴァンのほうに目を向ける。
「時帝エヴァン、お前から話したほうがいいだろう?」
「・・・・時の神、クロノスが来たんだ」
「クロノスが?」
「と言っても、アイリス様のことを想って来たわけじゃない。むしろ、クロノスはアイリス様の思惑を阻止するために来たんだ」
エヴァンが腕を組みながら、カーテンに寄りかかる。
「クロノスにとって、異世界の住人が関与することは望ましくないんだよ。たとえ、これからこの世界に起こることが壊滅的な未来であってもね」
「未来について何か聞いたのか?」
「いや、クロノスはただ、禁忌魔法を解きに来ただけだ。用が済んだら、とっととどこかに行ったよ。今言った未来のことは、あくまでヴィルから聞いた話を言っただけだ」
「・・・・・・・」
エヴァンが知っていることを全て話しているのか、表情だけでは読み取れない。
ただ、エヴァンの魔力からは混乱が伝わってきた。
まさか、リョクと、何か関係あるのか・・・?
アイリスが何か・・・。
考え過ぎだろうか・・・。
「あまりここで長話をするな。目覚めたアイリスに会って話したほうが早いだろうが。そんなことより・・・」
ダダンが会話を遮って、ユイナに近づいていく。
「お前が異世界の者か?」
「・・・はい、転移してきました。ユイナといいま・・・」
「では」
急にダダンが杖を出して、ユイナに向けた。
「っ・・・!?」
「ダダン!」
「止めろ」
杖先を手で塞ぐ。
焼けるような魔力が手のひらから伝わってきた。
殺す気だな? 人間が即死するほどの魔力が流れていた。
「お前のせいで、お前らさえ転移してこなければ師匠は・・・・」
「ユイナは魔族にとって貴重な情報源だ。殺させはしない」
「・・・・・ヴィル様・・・」
「もし、この手の中にある魔力でユイナを殺すつもりなら、悪いが容赦しない。いくら、ダダンであってもな」
「・・・・・・・」
ダダンが歯を食いしばって、ユイナを睨みつけていた。
「ダダン、言っただろう? こいつら異世界住人は、命がいくつもある。今、殺したところで、アリエル王国からやり直しするだけだ」
エヴァンがダダンの横に並ぶ。
「わかっている!」
深く息を吐いてから、杖をゆっくりと下ろした。
「・・・咄嗟に体が動いただけだ。本気ではない」
すっと、ユイナから視線逸らした。
「『忘却の街』は業の深い街だ。異世界から来たお前たちのせいだけじゃないことくらいわかっている。狭い世界に閉じ込められているとな、外に出たときにどうも感情がコントロールできなくなるんだ。驚かせて悪かった」
「だから、その砂時計分なんだ。レペの民は魔力が馴染まないんだよ」
「冗談だ。真に受けるな」
ダダンが杖を仕舞っていた。
「私も・・・・もう、嫌です。こんな体、立場・・・私たちがこの世界に及ぼした影響は、死ぬだけじゃ償えないのはわかっていますが」
「・・・・・・お前・・・・」
「早く死にたいです。私」
ユイナが力なく笑っていた。
バァン
ダダンが何か言おうとしたとき、いきなりドアが開いてサタニアが入ってきた。
「準備ができたわ。早く魔王城の屋根まで来て」
「あぁ」
「ん? 人間?」
サタニアがダダンのほうを見て首を傾げていた。
「以前話した『忘却の街』の人間だ」
「ダダンも行くの?」
「当たり前だろ。せっかくここまで来たんだ。アイリスの顔も見ていくさ」
砂時計を眺めてから、ポケットに戻していた。




