228 異世界住人のアップデート後
「アリエル王国は活気づいてますよ。エルフ族の血で力を取り戻した異世界住人たちがどんどん力をつけてきてね。回復力や知力が飛躍的に伸びてるんですよ」
「魔族から話は聞いていたが・・・・」
「ひどい・・・」
ユイナが口を押える。
「・・・・レナ様に伝わったら、悲しみます。私も・・・辛いです」
「異世界住人は、元々いた人間よりもはるかに残酷です。自分たちがエルフ族の命と引き換えに、力を手に入れていると認識が薄いみたいなんですよね。クロザキとシロザキが英雄扱いされてます」
アエルが横を飛びながら、翼を伸ばす。
魔王城からダンジョンへの距離はあまり遠くない。
森に異世界住人が隠れていないか確認するため、低空飛行しながら向かっていた。
「結局、異世界住人にとって都合がいい状況か」
手を握り締める。
「そうでもありませんよ。ゲートがアイリスによって制限されたのは、異世界住人にとっても想定外だったらしいですね。パニック状態になってました」
「制限・・・・?」
「一度来た異世界住人は帰れないようになっているようです」
「ん?」
「以前、異世界住人は向こうの世界に戻って帰ってきたりしてたんですよ。ねぇ」
アエルがちらっとユイナのほうを見る。
「はい。私は・・・できないですが、普通のアバターはアリエル王国なら自由に向こうの世界に戻れます。自由にこっちにも来れますし、そのように説明を受けました」
「ふむふむ」
「アリエル王国にあるゲートから・・・でも、アイリス様が・・・」
「そうですね。石化してから、魔法陣は輝きを失い、床の絵みたいになってますよ。転移してから、帰れないことに気づく間抜けな異世界住人もいるみたいですね」
「アエルは随分、詳しいな」
「暇でね。いよいよ盗み聞きが趣味みたいになってきてるんですよ」
アエルが笑いながら言う。
「アイリスも禁忌魔法で石化しゲートを制限するとは、すごいことをします。今なら堕天使ミイルが警戒していたのもわかる気がしますね。っと、あのカラスも私に同意でしょうか」
前から飛んできたカラスをするりと避けた。
「あの・・・異世界住人が急に強くなったのは、エルフ族の血と関係あるのですか?」
「もちろんエルフ族の血が彼らの肉体的に適応能力を高めているのは確かですが・・・それだけではないでしょう」
「じゃあ・・・・」
ユイナが顔をしかめる。
「やっぱり・・・アバターにアップデートが入ったのですか?」
「さぁ・・・アップデートというのは何を指すのかはわかりませんが、今の貴女の状態がアップデート後というなら、似たものがありますね。テラが何かしているのでしょう」
「そうなんですね」
アエルの翼がばさっと音を立てる。
「テラだけですよ。奴のアバターだけ、他の異世界住人とは違う」
アエルが無表情のまま言う。
「異世界住人たちはどんどんここに根付いていますが、テラはいつまでたってあのうすーい3Dホログラムのまま」
「リュウジも3Dホログラムだった。なんとなく、想像できる。アバターのアップデートは、こっちにいたらできないんだろうな」
「へぇ、ヴィルは頭がいいですね」
「からかうなよ」
マントを後ろにやった。
「テラがアバターにアップデートを・・・」
ユイナが自分の腕を見て、不安そうな表情を浮かべている。
「お前はアップデートしないようになってるんだろ?」
「はい。完全に遮断してもらってますので、影響はありませんが・・・」
「お二人とも、ダンジョンには異世界住人がいるようですから、会ってみるといいでですよ。そちらのほうが話が速い」
「あぁ、そうだな」
薄い雲の横を通過する。
「あ、そうそう! 一番重要なことを忘れていました! アリエル王国には、滑り込み転移者がいてね。クククク、驚きますよ」
アエルが急に吹き出しそうになりながら言った。
「ん?」
「なんと、異世界住人から女性が転移してきました」
「あぁ、そういや、男しかいなかったな。女は適応能力がなかったんだろう?」
「はい・・・女性は適合できず転移できないとされていました。私は奇跡的に転移できた女性アバターなので・・・」
「そこまで面白いか?」
「ククク・・・」
アエルがユイナを見てから、思い出したように肩を震わせていた。
「しかも、なんとなんと! 彼女は姫と呼ばれているんですよ。アリエル王国にも正式に養子として認められましたね」
「!?」
「えっ・・・」
喉に冷たい空気が張り付く。
「・・・・じゃあ」
「そうです。姫と呼ばれていますが、地位的には王女です。元々のアイリスの地位にいると思えばいいでしょう」
「は?」
「でも、姫は城が退屈みたいでね。ギルドに入ったりしてるみたいですよ。もしかしたら、ダンジョンで遭遇することもあったりして・・・なんだか、ワクワクしますね」
「・・・アエルはそいつを見たことがあるのか?」
「もちろん。アイリスと同い年くらいの、可愛らしい少女ですよ」
「・・・・・・・・」
腕を組む。
聖女になったアイリスの代わりに、異世界住人を王家に?
アリエル王国は本当に異世界住人の国になるというのか?
ロバートはどうした?
「ヴィル様! たった今、異世界住人の情報を捉えました。ダンジョンの外に5人、中に5人いるようです」
ユイナが空中を見つめながら言う。
滝を超えた1キロくらい先の草原に、シナガワのダンジョンはあった。
直感的に、異世界住人が隠れていそうな場所も想像がついた。
「えっと、詳細の情報は今・・・・」
「いい。このまま降りる」
「あ・・・・」
― 魔王の剣―
黒い魔力を刃に纏わせて、まっすぐダンジョンの入り口へ急降下していった。
「ん? 地図を見て。魔族が下りてくるようだけど」
「心配することないさ。ここは結界を張ってるから見つからな・・・」
パリンッ
剣を突き刺して、結界を破った。
異世界住人が広げていた魔道具が吹っ飛んでいく。
「そんな!!」
「慌てるな! 敵は1人だ! 今すぐ戦闘態勢に」
― 毒薔薇の蔦―
ドドドドドッドドドドッド
「うわっ」
地面から蔦を出して、結界内にいた5人の体を縛り上げた。
指を使って、力加減を調整していく。
「お前は・・・魔王か!?」
「痛っ・・つ・・・痛覚を切らないと・・・体が言うことを・・・」
「落ち着け。俺がシローのステータスにアクセスして切ってやる。そのまま、アクセス許可だけ出してくれ」
「わかった・・・・」
「か・・・体が・・・力が抜けて・・・・・」
魔導士が2人、剣士が1人、アーチャーが2人か。
装備品は元々あったものと、見慣れないアクセサリーもあるようだな。
「待ってろ。俺は攻撃無効化の魔道具を持っていたから動ける。今、強制解除した」
「よ、よかった・・・」
「ケンシロウ!」
「?」
一人の蔦が枯れていって、地面に降りていた。
杖を構えて、俺と縛られた異世界住人を見ている。
「・・・・・」
魔道具を使ったとはいえ、毒薔薇の蔦から抜けた者は初めて見るな。
「いきなり魔王か。ビビるな」
「お願いだ、ケンシロウ。せめて逃げられるように、羽根を使いたい。貴重な命の数を削ってしまう」
アーチャーの男が体をガクガクさせながら手を伸ばしていた。
「今助け・・・・」
足に力を入れて、魔王の剣に集中する。
ザンッ
うわあああああああああ
毒薔薇の蔦に捉えられた4人の魂を一気に抜いていった。
濃い緑色の蔦から異世界住人たちがバタバタと落ちていく。
「みんな!!」
「・・・・・・・・」
「こんなところでゲームオーバーするなんて」
ケンシロウが走り出そうとした瞬間、異世界住人の体は光の中へと消えていった。
相変わらず、手ごたえがない。
殺しても殺してる感覚がなかった。
「おぉ・・・」
遠くからアエルの拍手が聞こえた。
微かに残っているのは魔族の血だ。
こいつらが、ザガンの部下を殺したのか。
「クソ・・・・」
「お前らはどうせ蘇るんだろう? 命の数がある限り」
剣を軽く振って、ケンシロウに近づいていく。
杖から感じる魔力は火属性だが、ユイナのように属性は変えられるのだろう。
「っ・・・まぁな。でも、ここまで躊躇なく、俺の仲間を一掃するとは。やっぱり、魔族は敵なんだな・・・」
「お前らが殺した、魔族は蘇らない」
低い声で、手をかざす。
ケンシロウが俺の手を見てびくっとしていた。
「っ・・・・」
「お前らは蘇るんだろ?」
「さっきはまぐれだろうが、次は、無い」
― 毒薔薇の蔦―
ガガッ
「うわっ」
ケンシロウが何かする間もなく、蔦で縛り上げる。
「不公平だよな」
「か、感覚同期、解除!」
無効化した魔道具は、あの腕輪か。
急激に魔力が高まっていた。
毒薔薇の蔦を弾く前に、ケンシロウの腕から引きちぎる。
「あっ・・・・」
「この世界では見ない腕輪だな。取っておこう」
よく見ると、金色の装飾は魔法陣のようになっていた。
この世界のものではないのか?
重厚な魔力が流れている。
元いた人間たちじゃここまでの調整はできないだろう。
腕輪に埋め込まれた赤い宝石に魔力が集まっていたが、ケンシロウから離れると徐々に薄くなっていった。
「お前には、話を聞かせてもらう」
「・・・・・!」
「無理矢理な」
人差し指を曲げて、蔦の先を土のついた頬に這わせながら近づいていった。




