227 リョクの過去
「・・・・ふぅ、予断はできない状態ですが、なんとか一命は取り留めました」
「そうか」
レナがザガンを治療して、少し息をついていた。
まだ、心音は弱い。
治癒魔法で傷口は塞いで、痛みも消したが、内臓が完全に治ったわけではないらしい。
ザガンは目を覚まさないまま、浅く呼吸を続けていた。
「魔王ヴィル様」
カマエルがすっと横に立った。
「何かわかったか?」
「はい。確認したところ、ザガンが担当していたダンジョンの1つが、異世界住人の手に渡ったそうです」
「!?」
「ダンジョンを守っていた部下たちは全滅したとも・・・生き残ったのはザガンだけになります。こちらが、奪われたダンジョンの地図になります。ププからの情報なので間違いありません」
擦り切れた地図を渡してきた。
「・・・・そうか・・・」
俺が魔王になってから、ダンジョンを奪われたのは初めてだ。
「この感じだと、デバフ系の魔法でステータスを下げた後、風魔法で切り刻んだ感じかしら? タイミングといい、連携慣れしているみたいね」
サタニアがベッドに手をついて、ザガンの傷を確認しながら言う。
「ザガンはデバフ系の魔法の影響は受けません・・・少なくとも、オートで跳ね返す能力は持っていました。下位魔族にも、デバフ解除の魔道具を持たせていましたし・・・」
「異世界住人が、何か魔族に共通する弱点を見つけた可能性もあるな」
ザガンの傷を見ながら言う。
「そんな・・・まさか人間ごときが・・・!」
「あり得る話よ。異世界住人と今までの人間は切り離して考えるべきよ。この世界で異質の存在・・・大げさかもしれないけど、全員、チート能力を持っていると思ったほうがいいわ」
「しょ・・・承知しました」
カマエルが眼鏡をくいっと上げた。
「どうする? ヴィル。今から、ダンジョン取り返しに行く?」
「そうだな」
「ま、魔王ヴィル様・・・・」
「ジャヒー!」
ジャヒーが真っ青な顔で、ふらふらと部屋の中に入ってきた。
「どうした? ジャヒー」
「・・・申し訳ございません。私の管轄のダンジョンは何とか守りきれたのですが・・・ごほっ・・・・・」
「大変です! 魔力がかなり低下しています」
レナがザガンから離れて、ジャヒーを支えていた。
角にひびが入り、マントにはうっすら血がにじんでいる。
「部下がやられてしまい、申し訳ございません・・・魔王ヴィル様・・・」
「気にするな。よく、戻った」
吸収型の魔法をかけられたのか。
腕や足に、体力と魔力が急激に低下したときに浮き出る痣があった。
「どうして急にこんな・・・・」
「サタニア、お前はレナと魔族の治療にあたってくれ。カマエルは状況を把握して、上位魔族と連携を取るように」
「かしこまりました」
「ヴィルはどうするの?」
「ザガンが奪われたのは、俺がかつて攻略したダンジョン、シナガワだ。ダンジョンの精霊とも面識がある。ダンジョンで何が起こっているのか調べてくる」
地図を握りしめた。
たった1日でダンジョンを奪われ、上位魔族が2人抜けることにもなった。
今後、異世界住人の攻略は止まらないだろう。
一刻も早く手を打たなければ・・・。
部屋に戻ると、エヴァンが窓枠に座ってパンをかじっていた。
「ん? なんかあったの? 騒がしいけど・・・」
「上位魔族が2人やられた」
「マジで?」
籠からパンを取ってくわえる。
「あぁ、俺はこれから準備してダンジョンに向かう。ユイナはどこにいる?」
「ほら、そこで寝ちゃったよ。だって、もう2時だし」
奥のほうのソファーで、ユイナがうずくまって寝ていた。
「異世界住人との戦闘になれば、ユイナがいたほうが情報収集できるんだが・・・。起こすか」
「ねぇ、俺も連れて行ってよ」
「ん? お前はリョクといたいんじゃないのか?」
パンを食べながら、ユイナのほうへ歩いていく。
「リョクはどうやっても目を覚まさないし・・・傍にいても、何もできなくて辛いだけだからさ。今、俺にできることといえば、信じて待つしかないんだ」
足をぶらぶらさせながら言う。
「前から疑問だったんだけど、どうしてリョクに対する依存だけ強いんだ? エルフ族にしろ『忘却の街』にいた人間にしろ、リョクに似た子はたくさんいただろうが」
「リョクは一人だ。この世でたった一人しかいない」
「むきになるなって。たとえだ」
エヴァンが睨んできた。
「別に言いたくないなら、いいけどな」
「いや・・・」
エヴァンが重い口を開いた。
「俺がまだこっちに転生してくる前・・・1人のVtuberを応援してたんだよ」
「なんだ? そのVtuberって。また異世界の言葉か?」
「そう。異世界の画面の世界にいる、仮想のキャラクターだ。話し方も笑い声も、リョクは驚くほど彼女にそっくりなんだよね。もしかしたら・・・なんて想像しててさ。向こうでは守れなかったから、こっちの世界では俺が何に変えても守ろうと思ってるんだ」
「でも、別人だろう? 俺にはその感覚がよくわからんが・・・」
「ま、いろいろあるんだよ。記憶を引き継いで転生したから、その弊害っていうのかな。その子と、リョクは別だって、頭ではわかってるけど」
「ふうん」
ユイナを起こそうと、手を伸ばす。
「でも・・・・」
バーン
「あははははははは、お久しぶりです。お元気でしたか?」
「アエル!!!!!」
いきなり堕天使アエルが窓の前に現れた。
黒い羽がバサバサと落ちている。
「急に現れるなよ。びっくりするな」
「堕天使はいきなり現れるものですから」
「アエルだけだろうが」
「香ばしい話が聞こえてきたので、私の出番かと思いまして」
「ったく・・・・」
ソファーに寄りかかって腕を組む。
「ど、どうしましたか? え!? わ・・・」
ユイナががたっと音を立てて、ソファーから落ちていた。
「今の話、面白いですね。君のリョクへの依存には、大変興味がありましたが、そうゆうことだったんですね? 納得しました」
「聞いてたのかよ」
「一応堕天使は色々知ってるんですよ」
「な・・・なんだよ」
アエルがエヴァンを覗き込みながら言う。
「今、話にあった異世界のその子とリョクが同一人物だという可能性が高いかと?」
「は・・・? 何を・・・」
「リョクはもちろんこっちの魔族ですけどね。あ、元は天使ですけどね。あまりにも眠っている時間が長いので、不思議に思いまして、私も独自に調査しまして・・・」
楽しそうに自分の羽を拾っていた。
くるくる回しながら、エヴァンを見下ろす。
「どうやら、リョクは一時期、時空の歪に落ちていたことが判明しました。この世界の者じゃないってことです」
「な!?」
エヴァンがアエルに掴みかかった。
「適当なこと言うな!」
「いえいえ、真面目ですよ。大変珍しいことですね。時空の歪みなんて、天使でも生きて帰れる保証ないですから、私もしばらく信じられませんでした。でも、記録に残っていたので確かです」
「え? じゃあリョクは・・・」
エヴァンが後ずさりする。
「彼女は、ある都市に拾われて天使になった。イレギュラーなパターンの天使なのですよ。あの都市のことは長くなるので割愛しますが、もともとなんらかの目的を持っていたようですね」
「目的?」
「そうです。目的があって、住民に自分の姿を見せていました。和気あいあいとしていたようです」
「・・・・・・・・・・」
エヴァンには何か心当たりがあるようだ。
「リョクの眠りは深い。きっと、時空の歪に落ちたときのことも、その前のことも、すべて思い出そうとしているのでしょう。たとえ忘れたいことであっても、ね」
「それと、リョクが異世界にいた可能性があることと何の関係があるんだ?」
「それなら、エヴァンのほうが詳しいでしょう」
「・・・・・・」
「フルステータスで転移した、時帝ですからね」
アエルがエヴァンのほうへ視線を向ける。
「・・・時空の歪はいろんなところに通じている。本来、この世界にあってはならない隙間なんだ。俺も全てを把握してる訳じゃないけど・・・心当たりはある」
「やはりそうですか。もしかしたら、リョクはまだ異世界と繋がっているのかもしれません。もし、もしそうだとしたら・・・・・」
「・・・・そんな・・・」
「笑えないでしょう?」
エヴァンが手を下ろして、俯いたまま黙っていた。
アエルがエヴァンの表情を見てから、自分の羽根をふっと吹き飛ばす。
「だいぶ脱線しました。ヴィルに報告に来たんですよね。異世界住人がダンジョン攻略したって話をしに来たのですが、ヴィルがどこにもいないもので」
「あぁ。俺は、ダンジョンへ向かう」
「俺は・・・・・」
エヴァンが剣を確認していた。
「エヴァンは何か調べることができたんだろう? 別にいい。今回はお前の力を借りるつもりはなかった」
「・・・ごめん。出かけてくる」
サアァァァ
エヴァンが窓を開けて、飛び降りていく。
アエルがひらひらと手を振った。
「ヴィル、私もお供しますよ。アリエル王国で起こったことをお伝えしながら行きましょう。今日はいい月夜ですね。フライト日和です」
「そうか。途中で話を聞かせてくれ。ユイナ」
「はっ・・・はい!」
ユイナが起き上がって、前髪の寝ぐせを押さえる。
「俺と来い。自分で飛べるな?」
「・・・・・はい。魔道具があるので大丈夫です。すみません、道具だけ整理していきますので5分ほどお待ちください」
素早く指を動かして、装備品を切り替えていった。
ユイナが寝ぼけながら準備していると、アエルが愉快なパーティーだと言って笑っていた。




