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235/594

222 423年と1月10日12時間23分5秒

「他にも俺を人間と間違える雑魚はいるか?」


「・・・・・・・・・」

 沈黙が降り落ちて、人間たちが固まっていた。


 杖を向けて詠唱しようとしていた奴らも一歩引いている。

 こいつらは本当に、平和ボケしているんだな。

 時空に浮かんでいるということは、人間と魔族の争いも知らないのだろう。


 魔王のデスソードを解く。


「ヴィル、入ろう。ここにいても時間の無駄だ」

「あぁ」


 キィン


「っ・・・・」

 背を向けた瞬間動こうとした人間に、エヴァンが剣を突き付けた。


「エヴァン様!」

「俺はお前らの味方するつもりはないし、ここにいる全員を時空の歪に突き落としてもいい。そうしないのは、ここにある死体を掃除する人間がいなくなるからだ」

「・・・・・・・・」

 戦意が無いのを確認すると、剣を仕舞っていた。


「あと、俺は魔族になった。お前らと同じ、レペの・・・いや、人間だと思うな」

「!?」

「行こう、ヴィル」

 結界を解いて、建物の中に入っていく。


「エヴァン様っ」

「今のは・・・・」

 人間たちの戸惑いの声が聞こえたが、無視していた。



「よかったのか? 魔族になったことを話して。あいつら、お前の管轄下にいる奴なんだろ?」

「遅かれ早かれバレていたよ。魔族になったからといって、クロノスが俺を時帝の座から降ろすことはないしね」

「随分な自信だな」


「言っただろ? クロノスと俺はwin-winの関係なんだよ」

 建物の中はひんやりとしていた。


 近くにあったランプに火をともすと、ゆっくりと光が広がっていく。

 ダンジョンのような造りになっていた。

 エヴァンが軽く建物について説明しながら、岩でできた階段を下りていく。





「ここだ。意外と綺麗だろ? あんまり、人が立ち入ることないからね」

「へぇ」

 正面の部屋のドアを開けると、本や砂時計、魔法石、杖が浮いていた。

 床に敷かれた絨毯には、大きな魔法陣が描かれている。


「集中してるみたいだな」

「こんな話してても気づかないか」

 真ん中の小さな丸椅子に、ダダンが座っていた。

 黒縁の魔導眼鏡をかけている。


 近づいていったが、こちらに気づいていないようだった。


「ダダン、調子はどう?」

「時帝エヴァンとヴィルか・・・」

 エヴァンが声をかけると、持っていた本を膝の上に置いて、顔を上げた。


「遅かったな。まず、エリスは無事だ。今、家に戻って寝ているよ。だいぶ精神が侵食されていたけどな、調合した薬も飲ませたし、1日寝れば元に戻るだろう」

「そうか」


「ったく・・・ヴィル、随分暴れたようだな。あれが異世界の力か。得体が知れず、恐ろしいな。ま、今回ばかりは感謝するけどな。評議会の老害どもを処分してくれたのだから」

「バーバラの施設は無くなったけど大丈夫なの?」

 ダダンが本の表紙をさすって頷く。


「・・・いいんだ。ここにあったら、誰かに悪用されていただろう。強い力を操るには、清い心が必要だ。この街の権力者には、望めないことだからな」


「もしかして、それって俺も含めて言ってる?」

「当然だろ。時帝であるお前なんて、最たるものだ」

「はは、よくわかってるじゃん」

 ダダンが眼鏡を外して、エヴァンをからかっていた。


「それにしても、エヴァンでさえ怪我を負ったのか。相当な力だな」


「まぁね、ヴィルが暴走するたびにこんな感じ。でも、俺はある程度、治癒魔法が使えるから問題ないよ。『忘却の街』は俺の領域だしね」

「相変わらず図太いガキだ」

「そりゃどうも」


「ダダン、アイリスの石化を解く方法は見つかったか?」

「そう簡単には見つからんわ」

 ダダンが本のページをめくって、足を組みなおした。


「ただ・・・アイリスが石化したままでいる時間はわかったよ。423年だ」

「423年?」

「あぁ、423年石化して、魔法陣を封じ込め続ける、と出ていた」

 空中に魔法陣を描いて、小さなピンク色の魔法石を引き寄せる。

 ローズクォーツのような色をしていて、表面にうっすら石化したアイリスが映っていた。


「これは、時空が歪んだ場所・・・禁忌魔法の使われた場所の詳細を調べる道具だ。アイリスが映っている下に描かれている数字。これを分析すると、423年という時間が出てくる」

「確かなのか?」

「間違いない。アイリスは423年後に石化を解こうとしている」


「423年・・・」

 ダダンが魔法石を親指と人差し指で挟んだ。


「アイリスの石化を解くためには、423年の時間を調節しなければいけない。正確には423年と1月10日12時間23分5秒だ」

「結構無謀な数値だね。しかも、ピンポイントの空間だし」

「そうなのか?」


「100年後以上の時空調整をできる人間は、ほとんどいないだろう。かなりの集中力と精神力がいるんだ。もちろん、下準備もね」

 エヴァンが腕を組んで、魔法石を見つめていた。


「ダダン一人でやるの? 大丈夫?」

「しかないだろう、評議会の連中はほぼ死んだ。私がなんとかするよ」


「マジか・・・」

「死んだら代わりがいないから、なおさら厄介だな。なんとしてでも、死なないようにするしかない」

 時空調整の難易度がわからなかったが、2人の表情を見る限り相当大変そうだな。


「俺に何かできることがあれば手伝うが?」

「無いな。しいて言うなら、異世界住人が未来に与える影響を減らしてくれ」


「・・・・異世界住人か・・・」


「俺もクロノスに言ってみるよ。アイリス様が石化したのは、クロノスにとっても想定外だ」

 エヴァンが近くにあった小瓶をのぞき込む。


「ダダンを死なせるわけにいかない」

「まぁ、別に死んでも構わないんだがな。アイリスの石化が解けても、アイリスに異変がないことを確認できる程度は・・・・」


「死にたいの?」

「・・・・異世界住人は現れるし、師は死んだ。無駄に長生きなどするものではないな」

 ダダンが長い瞬きをする。


「特に異世界住人がダンジョンを攻略すると面倒だ。穴を広げるようなものだからな」

「それはさせない」


「ん?」


「約束する。アイリスの石化が解けて、その後もしばらく、この街が滅びないよう異世界住人を制圧しよう」

「はは・・・」

 ダダンが目を丸くして、口角を上げた。


「滅びないようにとか、よく言うよな。ほぼ壊滅状態にさせたくせに」

「ゴミを処理しただけだ。どちらにしろ、『忘却の街』には貴重な資料が残っているし、外の世界にない魔法が多い。消滅させるには惜しいな」


「とかいって、本当はアイリス様の故郷を失くしたくないだけじゃないの?」

「お前は俺を買いかぶりすぎだ」


「ヴィルは優しいからさ」

「嫌みかよ」


「ハハハハハハ、面白いな、お前ら」

 ダダンが急に笑い出した。

 エヴァンがきょとんと首を傾げる。


「エヴァン・・・いや、時帝エヴァン。魔族になれてよかったな」

「な、なんだよ急に。気持ち悪いな」


「私はずっとお前が何考えてるのかわからなかった。いつも、この街を歩くときは必死に殺意を隠していたのを知ってるし、今にも殺しそうな目つきで評議会を睨んでいたのも知っている」

 ダダンが眼鏡を拭いていた。


「・・・・そうだね。俺は別に正義感とか、どうでもいいタイプだけど、あいつらだけは心底嫌っていたからさ。昔を思い出すんだ」

「そうか・・・・」

 ダダンが何かを言いかけて飲み込んだのがわかった。


 エヴァンと評議会の連中に何があったのかは知らないが、アイリスにもあんなことをする奴らだ。

 時帝の名を授かったエヴァンにも、何かしらのことをしてきたのだろう。


「戻れ、用は済んだだろう。ここにいても、もう情報はないからな。異様な空気を吸うだけだ」

「あぁ」


「帰りのルートは、外に出て俺が開くよ。時間も調節しなきゃいけないからさ。結局クロノスは現れなかったか。気まぐれだからなぁ」


「そうだ、ヴィル」

 出ていこうとすると、ダダンが声をかけてきた。


「エリスは明日、目覚めるぞ」

「ん?」

「もう1度くらい思い出を作ってやるのもありだと思わないか? 精神的にも弱っているし、魔力の戻ったお前と交われば回復も早くなるだろう」

 からかうように言ってくる。


「ダダン、お前女だろ? 前といい、今といい、男みたいな思考で行為を勧めてくるよな。女ってもっと恥じらうものじゃないのかよ」

「ハハハハ、女心というものを熟知しているからな。私もヴィルなら好きにしてもいいのだぞ?」


「・・・ダダンを襲う気にはならないって」

「失礼なことを言うな。私みたいな仕事のできる美女は中々いないぞ。試しにしてみるか?」

 胸を少し強調していた。


「いいって。こっちが魔力を吸われそうだ」

「ハハハハハ、それもよい。魔王の魔力とやら、味わってみたいな」

 ダダンが両手を広げて笑っていた。


「はいはいはーい。子供が見てるんですけどー」


「中身は大人だろうが」

「この世界ではまだ子供だって」


「エヴァン、童貞なんか気にするな。私も処女だぞ?」


「え!?」

「・・・・ダダンは嘘だろ」

「どうかな?」

 ダダンの場合、100%嘘だろうな。

 オーディンが飲んだくれていた時に連れてきた女と同じ匂いがする。


「ねぇ、俺の童貞って話、さらっといらなくない?」

「今はわかるが・・・まさか前の世界でも童貞なのか?」

「だから・・・いらなくない?」

 ダダンが俺たちの会話を見て、噴き出していた。


「あーあ・・・・どうしてこう、ヴィルばっかモテるんだよ。ま、俺にはリョクちゃんがいるからいいけどさ。ねぇ、ダダン、いつまで笑ってるんだ?」

「悪い悪い。歴代の誰よりも冷徹な時帝とまで言われたお前がな・・・」


 ダダンが笑いすぎて涙を拭いていた。

 エヴァンがため息をつく。

 張り詰めていた空気がほどけて、穏やかな雰囲気になっていった。

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