222 423年と1月10日12時間23分5秒
「他にも俺を人間と間違える雑魚はいるか?」
「・・・・・・・・・」
沈黙が降り落ちて、人間たちが固まっていた。
杖を向けて詠唱しようとしていた奴らも一歩引いている。
こいつらは本当に、平和ボケしているんだな。
時空に浮かんでいるということは、人間と魔族の争いも知らないのだろう。
魔王の剣を解く。
「ヴィル、入ろう。ここにいても時間の無駄だ」
「あぁ」
キィン
「っ・・・・」
背を向けた瞬間動こうとした人間に、エヴァンが剣を突き付けた。
「エヴァン様!」
「俺はお前らの味方するつもりはないし、ここにいる全員を時空の歪に突き落としてもいい。そうしないのは、ここにある死体を掃除する人間がいなくなるからだ」
「・・・・・・・・」
戦意が無いのを確認すると、剣を仕舞っていた。
「あと、俺は魔族になった。お前らと同じ、レペの・・・いや、人間だと思うな」
「!?」
「行こう、ヴィル」
結界を解いて、建物の中に入っていく。
「エヴァン様っ」
「今のは・・・・」
人間たちの戸惑いの声が聞こえたが、無視していた。
「よかったのか? 魔族になったことを話して。あいつら、お前の管轄下にいる奴なんだろ?」
「遅かれ早かれバレていたよ。魔族になったからといって、クロノスが俺を時帝の座から降ろすことはないしね」
「随分な自信だな」
「言っただろ? クロノスと俺はwin-winの関係なんだよ」
建物の中はひんやりとしていた。
近くにあったランプに火をともすと、ゆっくりと光が広がっていく。
ダンジョンのような造りになっていた。
エヴァンが軽く建物について説明しながら、岩でできた階段を下りていく。
「ここだ。意外と綺麗だろ? あんまり、人が立ち入ることないからね」
「へぇ」
正面の部屋のドアを開けると、本や砂時計、魔法石、杖が浮いていた。
床に敷かれた絨毯には、大きな魔法陣が描かれている。
「集中してるみたいだな」
「こんな話してても気づかないか」
真ん中の小さな丸椅子に、ダダンが座っていた。
黒縁の魔導眼鏡をかけている。
近づいていったが、こちらに気づいていないようだった。
「ダダン、調子はどう?」
「時帝エヴァンとヴィルか・・・」
エヴァンが声をかけると、持っていた本を膝の上に置いて、顔を上げた。
「遅かったな。まず、エリスは無事だ。今、家に戻って寝ているよ。だいぶ精神が侵食されていたけどな、調合した薬も飲ませたし、1日寝れば元に戻るだろう」
「そうか」
「ったく・・・ヴィル、随分暴れたようだな。あれが異世界の力か。得体が知れず、恐ろしいな。ま、今回ばかりは感謝するけどな。評議会の老害どもを処分してくれたのだから」
「バーバラの施設は無くなったけど大丈夫なの?」
ダダンが本の表紙をさすって頷く。
「・・・いいんだ。ここにあったら、誰かに悪用されていただろう。強い力を操るには、清い心が必要だ。この街の権力者には、望めないことだからな」
「もしかして、それって俺も含めて言ってる?」
「当然だろ。時帝であるお前なんて、最たるものだ」
「はは、よくわかってるじゃん」
ダダンが眼鏡を外して、エヴァンをからかっていた。
「それにしても、エヴァンでさえ怪我を負ったのか。相当な力だな」
「まぁね、ヴィルが暴走するたびにこんな感じ。でも、俺はある程度、治癒魔法が使えるから問題ないよ。『忘却の街』は俺の領域だしね」
「相変わらず図太いガキだ」
「そりゃどうも」
「ダダン、アイリスの石化を解く方法は見つかったか?」
「そう簡単には見つからんわ」
ダダンが本のページをめくって、足を組みなおした。
「ただ・・・アイリスが石化したままでいる時間はわかったよ。423年だ」
「423年?」
「あぁ、423年石化して、魔法陣を封じ込め続ける、と出ていた」
空中に魔法陣を描いて、小さなピンク色の魔法石を引き寄せる。
ローズクォーツのような色をしていて、表面にうっすら石化したアイリスが映っていた。
「これは、時空が歪んだ場所・・・禁忌魔法の使われた場所の詳細を調べる道具だ。アイリスが映っている下に描かれている数字。これを分析すると、423年という時間が出てくる」
「確かなのか?」
「間違いない。アイリスは423年後に石化を解こうとしている」
「423年・・・」
ダダンが魔法石を親指と人差し指で挟んだ。
「アイリスの石化を解くためには、423年の時間を調節しなければいけない。正確には423年と1月10日12時間23分5秒だ」
「結構無謀な数値だね。しかも、ピンポイントの空間だし」
「そうなのか?」
「100年後以上の時空調整をできる人間は、ほとんどいないだろう。かなりの集中力と精神力がいるんだ。もちろん、下準備もね」
エヴァンが腕を組んで、魔法石を見つめていた。
「ダダン一人でやるの? 大丈夫?」
「しかないだろう、評議会の連中はほぼ死んだ。私がなんとかするよ」
「マジか・・・」
「死んだら代わりがいないから、なおさら厄介だな。なんとしてでも、死なないようにするしかない」
時空調整の難易度がわからなかったが、2人の表情を見る限り相当大変そうだな。
「俺に何かできることがあれば手伝うが?」
「無いな。しいて言うなら、異世界住人が未来に与える影響を減らしてくれ」
「・・・・異世界住人か・・・」
「俺もクロノスに言ってみるよ。アイリス様が石化したのは、クロノスにとっても想定外だ」
エヴァンが近くにあった小瓶をのぞき込む。
「ダダンを死なせるわけにいかない」
「まぁ、別に死んでも構わないんだがな。アイリスの石化が解けても、アイリスに異変がないことを確認できる程度は・・・・」
「死にたいの?」
「・・・・異世界住人は現れるし、師は死んだ。無駄に長生きなどするものではないな」
ダダンが長い瞬きをする。
「特に異世界住人がダンジョンを攻略すると面倒だ。穴を広げるようなものだからな」
「それはさせない」
「ん?」
「約束する。アイリスの石化が解けて、その後もしばらく、この街が滅びないよう異世界住人を制圧しよう」
「はは・・・」
ダダンが目を丸くして、口角を上げた。
「滅びないようにとか、よく言うよな。ほぼ壊滅状態にさせたくせに」
「ゴミを処理しただけだ。どちらにしろ、『忘却の街』には貴重な資料が残っているし、外の世界にない魔法が多い。消滅させるには惜しいな」
「とかいって、本当はアイリス様の故郷を失くしたくないだけじゃないの?」
「お前は俺を買いかぶりすぎだ」
「ヴィルは優しいからさ」
「嫌みかよ」
「ハハハハハハ、面白いな、お前ら」
ダダンが急に笑い出した。
エヴァンがきょとんと首を傾げる。
「エヴァン・・・いや、時帝エヴァン。魔族になれてよかったな」
「な、なんだよ急に。気持ち悪いな」
「私はずっとお前が何考えてるのかわからなかった。いつも、この街を歩くときは必死に殺意を隠していたのを知ってるし、今にも殺しそうな目つきで評議会を睨んでいたのも知っている」
ダダンが眼鏡を拭いていた。
「・・・・そうだね。俺は別に正義感とか、どうでもいいタイプだけど、あいつらだけは心底嫌っていたからさ。昔を思い出すんだ」
「そうか・・・・」
ダダンが何かを言いかけて飲み込んだのがわかった。
エヴァンと評議会の連中に何があったのかは知らないが、アイリスにもあんなことをする奴らだ。
時帝の名を授かったエヴァンにも、何かしらのことをしてきたのだろう。
「戻れ、用は済んだだろう。ここにいても、もう情報はないからな。異様な空気を吸うだけだ」
「あぁ」
「帰りのルートは、外に出て俺が開くよ。時間も調節しなきゃいけないからさ。結局クロノスは現れなかったか。気まぐれだからなぁ」
「そうだ、ヴィル」
出ていこうとすると、ダダンが声をかけてきた。
「エリスは明日、目覚めるぞ」
「ん?」
「もう1度くらい思い出を作ってやるのもありだと思わないか? 精神的にも弱っているし、魔力の戻ったお前と交われば回復も早くなるだろう」
からかうように言ってくる。
「ダダン、お前女だろ? 前といい、今といい、男みたいな思考で行為を勧めてくるよな。女ってもっと恥じらうものじゃないのかよ」
「ハハハハ、女心というものを熟知しているからな。私もヴィルなら好きにしてもいいのだぞ?」
「・・・ダダンを襲う気にはならないって」
「失礼なことを言うな。私みたいな仕事のできる美女は中々いないぞ。試しにしてみるか?」
胸を少し強調していた。
「いいって。こっちが魔力を吸われそうだ」
「ハハハハハ、それもよい。魔王の魔力とやら、味わってみたいな」
ダダンが両手を広げて笑っていた。
「はいはいはーい。子供が見てるんですけどー」
「中身は大人だろうが」
「この世界ではまだ子供だって」
「エヴァン、童貞なんか気にするな。私も処女だぞ?」
「え!?」
「・・・・ダダンは嘘だろ」
「どうかな?」
ダダンの場合、100%嘘だろうな。
オーディンが飲んだくれていた時に連れてきた女と同じ匂いがする。
「ねぇ、俺の童貞って話、さらっといらなくない?」
「今はわかるが・・・まさか前の世界でも童貞なのか?」
「だから・・・いらなくない?」
ダダンが俺たちの会話を見て、噴き出していた。
「あーあ・・・・どうしてこう、ヴィルばっかモテるんだよ。ま、俺にはリョクちゃんがいるからいいけどさ。ねぇ、ダダン、いつまで笑ってるんだ?」
「悪い悪い。歴代の誰よりも冷徹な時帝とまで言われたお前がな・・・」
ダダンが笑いすぎて涙を拭いていた。
エヴァンがため息をつく。
張り詰めていた空気がほどけて、穏やかな雰囲気になっていった。




