221 帝の存在
「エリスはあのままだったら、脳が壊死していたよ。ここまで荒削りな計画でいくとは、相当焦ったんだろうね」
「異世界住人の存在にか?」
「そ、人1人犠牲になるのは何とも思わないのに、自分たちが消失することだけは避けたい奴らなんだ」
エヴァンが3つの砂時計の前に手をかざす。
「異世界住人が来ると、時空の歪みが広がる。時空調整を間違えば、この街は消滅する」
「時空調整は、本当にアイリスが禁忌魔法を覚えたがために必要になったのか?」
「まぁ、半分嘘で半分本当かな。クロノスが取り上げた禁忌魔法を世に残そうとした時点で、この街は罪を負ってるんだ」
砂時計の砂の速さを調節しながら言う。
「禁忌魔法は、この世にあってはいけない魔法だ。使わなくても、存在するだけで世界に穴を空けてしまう。結果、ダンジョンができて、異世界住人を呼び込んだだけで、自業自得なんだよね」
「ダダンも、似たようなこと言ってたな」
「とはいえ、異世界住人がこの世界で時間を歩んでいけば・・・世界ごと書き換わってしまう。いいか悪いかわからないけどね」
「そうだな・・・」
アバターが戦闘する姿を思い出していた。
普通の人間とは違う、命のないような戦い方だ。
異世界に肉体があると言っているし、こっちの人間とは根本的に違う。
エヴァンが人差し指を立てると、天井からひし形の魔法石が下りてきた。
「もし、この街が無くなったらどうなるんだ?」
「んー・・・時空調整する人間がいなくなるね。例えば、アイリス様が禁忌魔法で時間を退行させて、周囲の認識を書き換えたことがあっただろう?」
「あぁ」
「時空調整が無ければ、時間退行を目の当たりにした人間は、脳で許容できるキャパを超えて混乱に陥る。よほどのことがない限り、精神崩壊は免れないかな」
淡々と話していた。
「魔族も影響受けるのか?」
「魔族だって同じさ。この世にいるすべての者が、関わる」
魔法石が青く光り出している。
「異世界住人が来てしまった以上、何もかも変わっていくだろう。世界はクロノスの手を離れたんだ」
「・・・・・・・」
「アイリス様が何を考えているのかは、俺にもわからない」
エヴァンの瞳が、魔法石に照らされて青く染まっている。
「確かなのは、アイリス様が異世界住人が来る状況を望んだということだ」
「・・・・あぁ」
未来を見て、アイリスが判断したことだ。
石化が解けない限り、理由を聞くことはできないが。
「ところで、今何してるんだ?」
「ヴィルが言ってた未来が気になってね。見ようと思ったんだけど・・・」
「わかるのか?」
「いや・・・ダメだね。霧がかかって見えなくなっている。いつもだったら、ここまで状況を整えれば見えてくるんだよ・・・・変だな・・・どうゆう意味なんだ?」
エヴァンがぶつぶつ言いながら、魔法石の中を覗き込んでいた。
俺のほうからは何も見えない。
ただ、青く光る魔法石が浮かんでいるだけだった。
「その、謎の植物のせいで、魔族がいなくなる未来になってるんだよね?」
「あぁ、一度は忘れたが、ドラゴン化しているときに、夢で見た。魔族はほとんど全滅・・・見る限りでは、俺も謎の植物のせいで命を落としたようだった」
「ヴィルが死ぬなんて考えられないけどな」
「・・・・・・・」
荒廃した魔王城が頭をよぎる。
ププウル、シエル、マキアの悲痛な声・・・思い出すだけで、怒りで震えた。
「異世界住人が来たから、未来が書き換わってるのかもね。残念だけど、もう見れないみたいだ」
パチンッ
エヴァンが指を鳴らすと、魔法石が元の場所に戻っていった。
「ふぅ・・・見れると思ったんだけどな。ちなみに、俺はそんな未来見たことないよ。ま、見ても覚えていられなかっただけかもしれないけど」
「お前も時空調整してたのか?」
「いやいや、俺はたまに興味本位で覗いてただけ。趣味みたいなもんだよ」
「変な趣味だな」
「言っただろ? 俺だってクロノスを利用している」
机に座り直して、足を組んでいた。
「で、どうする? クロノスの書斎でも散策してみる?」
「いや・・・あの未来は気になるが、今はダダンのところに行きたい」
「そうだね。ここでやりたいことは終わったし、地上に戻ろう」
「・・・・・・・」
帝の間か・・・。
改めて見ると、かなりの情報に囲まれているな。
城の中を漂っているのは、おそらく、時の神クロノスの魔力なのだろう。
ぼうっとしていれば、俺でさえ気ごと持っていかれそうな感覚になった。
「行こう、ヴィルは外で待ってて。すぐに行くよ」
「あぁ」
エヴァンが机から飛び降りて、3つの砂時計に手を触れる。
何かを唱えると、同じ速度で砂が流れていった。
地上に降りていくと、崩れた建物の瓦礫を片付けているのが見えた。
評議会のあった建物は、爆風を受けたらしく周囲に割れたガラスが散乱している。
木はなぎ倒されて、噴水の水は枯れていたが、建物の中は無傷だったらしい。
「ダダンはこの建物の地下を使ってるはずだ」
「あぁ。何枚か結界が張られてるな」
「結構重厚だね。すぐ解けるけどさ」
人間たちが俺たちの周りに集まってきたが、エヴァンが無視していた。
「まっ・・・待て!!!!」
「お前が来たせいでこの街はめちゃくちゃだ」
急に、剣を持った男性が叫んできた。
静かに振り返る。
「時帝エヴァン! そいつは敵です!」
「ん?」
「よくも、俺たちの仲間を・・・家族を殺したな。お前さえ来なければ」
「そ、そ、そうだ。生活をめちゃくちゃにしやがって」
「悪魔が! 人でなしが!」
「俺たちがそいつを殺してやる! 『忘却の街』の全てを使って、苦しめてやる! 苦しめて、殺して、この街に来たことを後悔させてやる」
わらわらと武器を構えて集まってきた。
「準備しろ。あの力はもう見て、どんな手が来るかはわかってる」
戦闘するつもりなのか。
人間らしいな。
最初は怯えていたが、束になれば勝てると思っているのか。
「はぁ・・・面倒だな」
エヴァンが一歩前に出て、剣を出す。
「ヴィルには手を出さないよう伝えたはずだけど?」
「っ・・・・」
「俺の命令が聞けないのか?」
ぎろりと睨みつけると、正面にいた男が奥歯を噛んでいた。
「と、時帝なんて・・・この街に必要ない・・・」
「そうよ。クロノスが決めただけ、私たちに何か影響力があったわけじゃないじゃない」
「この街に全然干渉しないくせに」
「ま、ぶっちゃけ、俺はお前らがどうなろうと構わないからね」
腕を組んで見上げていた。
「どうして時の神クロノスはこんな奴を時帝に・・・」
「時帝なんて・・・いらないわ。いたことを意識したことなんてないもの」
背の高い女性がエヴァンを見下ろしながら言う。
「同感だ! この街に、帝なんていらない! そっちの人間もろとも殺してやろう!!! 同胞たちの無念を晴らすんだ!」
「そうだそうだ」
「どいつもこいつも、自分たちのことを棚に上げて・・・」
エヴァンが舌打ちして、剣を構える。
― 魔王の剣―
「ヴィル?」
エヴァンが剣を振るよりも早く、男と女に2本の刃を胸に突き付ける。
闇の魔力は安定して、刃を黒く染めていた。
「聞き間違えじゃなければ、俺のことを人間と呼んだか?」
「なっ・・・・・」
「俺は魔族の王だ。お前ら下種な人間たちとは違う」
「っ・・・・」
「間違えるな」
ザッ
「!?」
一瞬で魂を抜き取った。
2人の体が重なるようにして転がり、女の悲鳴が上がる




