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【完結】どのギルドにも見放されて最後に転職希望出したら魔王になったので、異世界転移してきた人工知能IRISと徹底的に無双していく  作者: ゆき
第三章

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218 避けたい未来②

 魔王城はどこを見ても廃墟のようだった。

 本当に、俺の部屋だけが切り取られたように、当時のまま残されているみたいだ。


 風呂も廊下も食堂も・・・何もかも使った痕跡がない。

 上位魔族の部屋に入っていったが、もう何年も空き部屋なのだろう。

 魔道具や装備品が放置されたままになっていた。


 上位魔族、下位魔族たちはもちろん、サタニアもエヴァンもいない。

 2人は魔力もあるが、知性も飛びぬけて高い。

 万が一、俺が死んで何か起こっていたとしても、柔軟に対応できるだろう。


 あいつらがいるうちに何かあったとは考えにくいな。


 だとすると、エヴァンの寿命が来てからの光景なのか? 

 人間の寿命は多く見積もっても、100年だ。

 今から100年後に何かあったというのか?


 魔王城を歩いている限りだと、俺がいたときと違い過ぎて、何が起こっているのか想像もつかない。


 どこか別の世界の、魔王城を見ているようだった。



 カタッ


「?」

 シエルの部屋のほうから物音がした。


 そういえば、シエルは魔王城にいると言っていたな。

 ガラスの破片を踏みながら、廊下を歩いていく。


「魔王ヴィル様・・・・魔王ヴィル様・・・・・」

 部屋に近づいていくと、シエルの細い声が聞こえた。


「魔王ヴィル様」

「シエル? 俺の姿が・・・」


「・・・魔王ヴィル様、どこに行っちゃったんだろうね」

「・・・・・・・・」

 肌着のまま、部屋の真ん中に座って、狂ったように呟いていた。

 白銀のさらさらした髪が、破れた絨毯についている。


「魔王ヴィル様・・・魔王ヴィル様、いつ戻ってきてくれるのですか?」

「シエル・・・・」

 しゃがんでシエルの頬を撫でようとしたが、透けてしまった。

 夢の中に介入することはできない。

 シエルは俺のことを見えているわけではなく、ただ、俺の名前を呼んでいるだけだった。


 目はうつろで、何かものをとらえている様子もない。


「ん? なんだ?」

 シエルの首筋には紫色の模様が浮き上がっていた。

 見たことのない、呪いのような色合いをしている。


 光に当たると、緑色に変化したり、光沢を帯びたりしていた。

 これのせいで、シエルがおかしくなっているのか?



「シエル様、今日は薬を飲みましょう。だいぶ魔力も落ちてきてるのですから」

「・・・・・・・・・」

「窓は、閉めておきましょうね」

 マキアが小瓶を持ってきて部屋に入ってきた。


「シエル様」

 シエルは振り返らずに、窓の外に視線を向けたままだ。

 何もないところを見つめていた。


「服をちゃんと着ないと・・・あと、こんなに窓を開けていると、危ないですよ。今日は臭気がひどいらしいですから」

「魔王ヴィル様・・・魔王ヴィル様が・・・・帰ってくるかもしれないから」

 マキアが近くに脱ぎ捨てられた服を拾って、シエルの傍に寄る。


「そうですね・・・シエル様は体力も魔力も弱っているのですから、最低限の装備を・・・・窓は私がやりますから。薬もちゃんと飲んでおきましょう。もし、あれを吸い込んだら・・・」

「いやっ!!!!」


 パシッ


 シエルがマキアの手を叩いた。

「魔王ヴィル様、魔王ヴィル様は?」

「・・・魔王ヴィル様は魔王城にいないのです。シエル様が薬を飲んでよくなれば、戻ってきたときに会えるかもしれませんよ?」

「そんな・・・そんなことない。いないって何? 魔王ヴィル様がいなくなるなんてない!!」

 シエルの首筋にあった模様が、どんどん広がって、背中や胸まで到達しそうになっていた。


「いや! いや、魔王ヴィル様!!」

 ぶんぶん首を振って叫んでいた。


「シエル様、興奮すると痣が広がってしまいます。落ち着いて、落ち着いてください」

「魔王ヴィル様は? 魔王ヴィル様は戻ってきてくれる? 帰ってきたの?」

「時間はかかるけど、きっと帰ってきてくれます」

「いつかな? 魔王ヴィル様はいつ帰ってくれるのかな?」


「・・・・・大丈夫です・・・大丈夫ですよ」

 少し落ち着くと、模様の広がりが止まっていった。


「シエル様もご存じでしょう。ダンジョン付近で臭気を放つ、謎の植物が生息するようになりました。魔王ヴィル様は・・・・・少し、長く偵察に行ってるんです」

「いやっ、知らない、私知らない」


「もちろん、魔王ヴィル様は戻ってくると信じています。でも、あれから500年経ってしまいましたね・・・・・」

「違う、魔王ヴィル様はいるの。戻ってくるの。だって、私、魔王ヴィル様の魔力がないと生きられないから、魔王ヴィル様は、いつも戻ってきてくれるから」

「シエル様までそんなことを言われると・・・私だって、魔王ヴィル様のこと信じているのに・・・・」


「魔王ヴィル様、魔王ヴィル様」

 シエルが顔を覆って泣き出してしまった。

 マキアが脱ぎ捨てられた服を持って、シエルの頭を撫でる。


「魔王ヴィル様のいない世界で生きていたくない。マキア、私を殺して。自分で死ねないの。何度やっても死ねないの。魔王ヴィル様がいるところに私も行きたい。シエルは魔王ヴィル様に仕えたのだから、いつでも魔王ヴィル様の傍にいたい」

「ダメです。私は魔王ヴィル様が戻ってきてくださると信じているのですから・・・」

「いやっ・・・魔王ヴィル様、魔王ヴィル様」

「シエル様、痣が・・・・・」

 腕を組んで2人から離れた。


 シエルが取り乱すほど、模様に光沢が出て、色が変化していく。

 華奢な手を顔から離すと、頬のあたりまで伸びていた。


 植物・・・マキアが話している謎の植物に俺は殺されたのか? 

 今、シエルの皮膚に浮き上がっている模様は、その植物によって浮き出たものということか。


 見た感じ、シエルの魔力を吸い取っているというよりは、じわじわと乱して放出させているといったほうが近いのかもしれない。

 魔族がかけるような魔法とは違い、意志を持って動いているような印象だった。


 ププウルとマキアに異変はないと思っていたが、よく見ると、マキアのふくらはぎに模様が浮き出ているな。

 3人は薬で抑えていたのか。


「シエル様、薬を飲まないと・・・・あの植物の煙が来たら、今ある痣が悪化してしまいます。本当に死んでしまいます」

「いや、魔王ヴィル様が来てくれないと、私・・・生きてる価値なんてない。私はどうしてあの時、魔王ヴィル様と一緒にいなかったんだろう。どうして、魔王ヴィル様と離れちゃったんだろう」

「シエル様」

「やだやだ、魔王ヴィル様、魔王ヴィル様」

 マキアが肩を揺すっていたが、シエルは暴れたりして、正気じゃなかった。

 精神が崩壊しているようだ。


 マキアが何を言っても、会話は成り立たず、俺の名前を呼び始める。


「戻りたい、魔王ヴィル様がいるところに戻りたい。魔王ヴィル様がいなきゃ、私は私じゃないのに。どうして、私なんかが生きて・・・」


「ん?」

 風で、窓枠がガタガタと揺れていた。いつの間にか、外が白くなっている。


「あぁ、来てしまう。窓、閉めないと。シエル様、そこにいてくださいね」

 マキアが小瓶をシエルの傍に置いて、慌てて布で窓を覆っていた。

 シエルはツインテールを握りしめながら、目をつぶっている。


「いやだ、いやだ、魔王ヴィル様が戻ってきてくれる。大好きな魔王ヴィル様が戻ってきてくれる。戻ってきてくれる・・・・」

 美しい顔に、模様が浮き上がっている。

 自傷したのか、手首には切り傷があったが、シエルは妖精のような容姿のままだった。


「シエル、悪い・・・」

 手を頬に伸ばす。空気に触れるようだった。

 当然、シエルにも反応はなかった。声だけでも、かけられればいいんだが。


「戻ってきてくれる、戻ってきてくれる、戻ってきてくれる、戻ってきてくれるの・・・・だって、魔王ヴィル様が魔族を放っておくはずない。私を放っておくはずない。戻ってきてくれる、魔王ヴィル様、魔王ヴィル様・・・・」

「・・・・・・・・・」 

 マキアがバタバタと動いていても、シエルは微動だにしなかった。

 狂ったように、うずくまったまま何度も同じ言葉を繰り返している。


 何年も、何十年も、何百年も・・・このままなのだろうか。

 こんな地獄のような・・・。



「魔王ヴィル様・・・」

 マキアが呟く。

 

「マキアにも苦労かけたな」

「・・・・・・・・っぐ・・・うぅっ・・・私だって」

 マキアが必死に感情を抑えているのが伝わってきた。

 袖で涙を拭いながら、窓枠に布を伸ばしていた。

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