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217 避けたい未来①

 ドン


 魔法陣から炎が飛び出してきた。

 普通の魔族なら一瞬で灰になる、光魔法を纏った炎だ。


「なっ・・・・」

「危ない!」


 ボフッ


 ひと吹きで消し去る。

 腕を大きく振り下ろし、魔法陣ごと打ち破った。

 いつの間にか現れた女魔導士がローブを使って、2人を守っていた。


「シェリー」

「強い・・・」

「ぎぎ、議長、逃げたほうがいいですよ。こんな・・・桁違いです・・・こいつの力は、計り知れない。このままだと、周辺ごと吹っ飛んでしまいます」


「フン、異世界の魔力が混じっていようと、本人は外の者。ここにいる限り弱体化していることは確かだ」

 議長が杖先に魔力を溜めていた。


「わしが引きつけている間、2人で弱点を見抜け」

「無理です・・・だって、こいつ・・・まだ自分の力の1割も使っていないんです・・・」

「なんだと?」

 3人が打ってくる魔法を、爪の先ほどの魔力で相殺していた。


 バカだな、こいつらは。

 一瞬で見抜けず命を無駄にするとは・・・。


 グアアアアアアアアアアア


 叫ぶと、本や魔法石がバラバラと落ちていった。


「・・・・・・」

 3人が呆気にとられている。俺も、もう限界のようだ。

 闇の魔力が湧き水のように溢れて、自分の視界を防いでいく。


 ここには俺の暴走を止められるほどの者はいない。

 魔導士としての能力は高いが、温厚な環境で暮らしてたこいつらに、突然現れた別次元の魔力を対処できるほどの柔軟性は持ち合わせていないのだろう。


 数分後、ここ一帯は焼け野原になっているはずだ。



 パンッ


 何かが弾けて、自分の肉体から意識が抜けていった。





 ゴゴゴゴゴ・・・ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


「・・・どこだ? ここは・・・・」

 夢を見ているようだな。風か炎のような音がした後、足に感覚が戻ってきた。前と同じだ。


 視界が開けていくと、月に照らされた魔王城が現れた・・・が、様子がおかしい。

 ぱっと見る限り、ほとんど魔族の気配が無い。

 こんな記憶、過去のどこにも無かった気がするが・・・。


「ごほっごほっ」

 霧の中から、ププウルが現れる。2人で小さい体を寄せていた。


「ププウル? どうしたんだ?」


「ウル、あとちょっと、頑張って。もう魔王城に着くから」

「うん・・・ごめん、ププ・・・・」

 ププウルが俺に気づかず、ふらふらと飛んでいた。


 当たり前か。ここは夢の中なのだから。


「ごほっ・・・ごほ・・・」

 ウルがププに支えられていた。

 上位魔族としての魔力を一切感じられない。

 着ている服は擦り切れて、肌がほとんど見えている状態だ。痣や血が出ている様子はなかったが、まっすぐ飛べないほど疲弊していた。


 こんなにププウルが弱っているのは珍しい。

 誰にやられた? 奇妙な夢だ。


 2人の後に続いて魔王城に入っていく。

「な・・・」

 魔王城の柱や壁は崩れて、蜘蛛の巣が張っていた。


 窓ガラスの破片はそこら中に飛び散っている。

 魔王の椅子の装飾もくすんでいて、使用しているようには見えない。

 明らかに魔王の間は使われていないようだった。

 普段だったら聞こえてくるはずの下位魔族の声や、上位魔族の指示もなかった。


 昼間ならまだしも、魔族が活動し始める夜なのに、だ。


「ププウル様!」

 倒れた柱の向こうから、マキアが駆け寄ってきた。

 服はところどころ破れて、装備品もつけていない。肌は土埃にまみれて黒くなっている。


「お帰りなさいませ。ウル様、どうされたんですか? こんなに冷たい」

「魔力切れになったんだ。休ませたくて、部屋はある?」

「かしこまりました。先ほど、魔王ヴィル様のお部屋の掃除が完了しましたので、どうかそちらに・・・」

 マキアがウルの肩を持って、歩いていった。


「・・・・・・・」

 魔王城には3人の気配しか感じない。


 他に魔族はいないのか? それとも、俺が何かを見逃しているのか?

 なんだ? どうなってるんだ?




「すぅ・・・すぅ・・・・」

「薬が効いてきたみたいで安心しました」

 マキアがハーブの入った小瓶を仕舞っていた。


「薬なんて、人間みたいで嫌ですけどね」

「仕方ない。ちょっと、無理してしまったんだ。ウルまで倒れたら私は・・・」

 寝息を立てるウルを見て、ププがほっとしたように額を撫でていた。

 少し涙ぐんでいる。


「ププ様は大丈夫ですか?」

「私は平気、まだ飛べる程度に魔力が残っているから。でも、いずれ、この魔力も」

 ププが自分の手を見て俯いていた。


「そうですね・・・私も、あと1年は持たないと思います」

「・・・・・・」

 俺の部屋は、他の場所と比べて荒れている様子がない。

 窓ガラスも、棚も、テーブルもいつもの状態のままだった。


「やっぱり・・・魔王ヴィル様の部屋は落ち着く・・・ね」

「はい、ここだけは、何百年経とうと、私が生きている限り掃除しようと思います。魔王ヴィル様は戻ってこないけど、このまま掃除していたら、魔王ヴィル様がいらっしゃるような気持になれるので・・・・」

「うん。私もそう思う」

 ププがウルの横に座った。

 ウルが少し目をこすって、寝返りをうっていた。


「この世界に残っている魔族はほんのわずかしかいないし、力を持つ者はほとんどいなくなってしまった・・・もうここから何か起こすのは、厳しいとわかっているけど・・・あの楽しかった日々を諦められなくて・・・」

「はい、辛いのは私も一緒です。魔王ヴィル様がいらっしゃったときのことが、昨日のことのようです。もう一度会いたいですね」


「うん・・・うぅっ・・・魔王ヴィル様・・・」

 ププが大粒の涙を流して頷いていた。


「ププ様、泣かないでください。私も悲しくなってしまいます」

「うぅっ・・・だって・・・・」

「泣いたら、体力使ってしまいますよ。大丈夫です、大丈夫ですから」

 マキアがププをぎゅっと抱き寄せて、目を抑えていた。

 青い髪の毛先が少し濡れている。


「・・・・・・・」

 初めて見る光景のはずだったが・・・・俺にはこの光景に見覚えがあった。


 おそらく、ルドルフが時空調整をしたときに、微かに見えた未来の断片だ。

 確証があるわけではない。他にどんなものを見たのか思い出そうとしても、思い出せなかった。


 でも、目の前に広がる光景が、ただの夢じゃないことだけはわかった。


「だって・・・サタニア様もいなくて・・・上位魔族も私たちとシエルしか・・・でも、シエルは・・・・」

 ウルがひっくひっくしながら言う。


「シエル様は、まだ何かできる状態じゃありません。もうずっと、あのままなので・・・薬でどうにかできないか模索しているのですが、シエル様は飲むことさえ拒否してしまうのです・・・」

「うん・・・シエルも辛いの、わかってる。私たちで、何とかしなきゃ」

「・・・・・・・・」

「で、でも、なんとかって言っても、もうできることなんてないのに・・・魔王ヴィル様に会いたい、会いたいよぉ・・・うぅっ・・・」

「ごめんなさい。力になれなくて」

「うっ・・・うぅ・・・・ふぐっ」

 マキアがププの頭を撫でながら、ぐっと目をつぶっている。



 2人が泣いているのを見ていると、胸がつっかえたような感覚になった。

 いい気分ではないな。

 この未来だけは、何としてでも回避しなければいけない。


 魔王城を回ってみるか。


「ププウル、マキア・・・・」

 声をかけてみるが、目の前の3人には届かない。


「また、魔王ヴィル様を召喚できたらいいのに・・・」

「もう、何万回もやっても・・・」

「ププウル様、無理しないでください。死んでしまいます」


「マキア」

「私・・・信じてるんです。魔王ヴィル様が戻ってきてくれるって。だから、そのときまで待っていたいんです・・・」

 マキアが2人を抱きしめながら言う。


 話しかけられれば状況を聞き出せるんだが、これは夢だ。

 俺自身がこの環境にいるわけではない。

 3人を安心させてやりたかったが、今はどうにもできなかった。


 なぜ、俺が魔王城にいないのか、魔族に何があったのか、この世界がどうなっているのか・・・。

 そもそも、これはいつ訪れる未来を指しているんだ?


 人間にやられたのか? 

 いや、人間がこんなに魔族を圧倒するほどの魔力を持つとは思えない。


 東西南北の願いを叶えるダンジョンか?

 違うな。普通の人間は、願いを叶えるダンジョンの存在など知らないだろう。


 これが、アイリスが見た未来なのか? 

 異世界住人が来なければ実現してしまうという未来・・・。


 アイリスが俺から離れて、導きの聖女となった理由なのか?


「魔王ヴィル様ぁ・・・・」


「・・・・・・・・」

 ププの声を背中で聞きながら、部屋を出て行った。

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