216 街のガン
『忘却の街』の端に、魔道研究所に隣接された小さな建物があった。
バーバラの家だという。
「隣の魔道研究所は、バーバラが作った施設だ。いつも、どうにかこの街の住人の負担が減らせないか考えていたんだ。師は優しい人間で、誰かを救うためなら自分の時間を全て捧げてしまうような・・・根っからの善人だった」
「へぇ・・・」
「人間には珍しい、裏表のない人だったんだよ。もう会えないのか・・・ここもよく通った道が、こんなに悲しいものに感じるとはな・・・・」
ダダンが寂しそうに語っていた。
「あの魔道研究所は、今は閉めている」
「誰が管理しているんだ?」
「この前の会議で、私が管理することになった。師ほど、上手く役立てられるかはわからないけどな。研究所には誰も入っている気配はない・・・やはり、家だな。家にいるはずだ」
ダダンが杖を構えながら言う。
「うっすら虹色に光ってるな。バリアを張っているのか」
「簡易的なものだ。一般人の侵入を防ぐ程度のものだろう。突っ込むぞ」
「あぁ」
マントを後ろにやって、降下していく。
ババババババババババ
人間が張ったものとは思えないほど、強力なバリアが張られていた。
これがこの街と外の世界との違いか。
ダダンが短く詠唱して、手をかざすと一瞬にして弾ける。
夜空に魔法のかけらが飛び散っていった。
「壁は俺に任せろ」
ドンッ ドドドドッドドド
壁を蹴り破っていく。
マントでガラスの破片を避けた。
「ほぉ、魔力だけではないのか」
「当たり前だ・・・それよりなんだ? これは」
「魔族は効かないか。これは人間用の調合薬の匂い・・・お前が魔族でよかった。私みたいに自己で解毒できなければ、3秒で気を失っていた」
割れた窓から煙が抜けていく。
強いハーブと無属性の魔力が混ざった匂いだった。
床には本や魔法薬、ガラス、魔法石が散乱している。
「エリス!!!」
「・・・・・・・・・」
エリスが台の上に座らされていた。両手は金具で固定されている。
部屋の中央に駆け寄っていく。
「起きろ、エリス、大丈夫か?」
「・・・・・・」
「・・・これは、どうゆうことだ? 議長」
ダダンが後ろを向いて、睨みつけた。
「まさかこんなところまで来るとはな。しかも、外の者まで連れてきたか」
「エリス・・・・」
目は空いていたが、感情がない。
何も聞こえていないようだ。
「まぁよい。ダダンはともかく、そいつまで街をほっつき歩くのは、見逃せないの」
議長が煙の中から出てくる。
横に、評議会で見かけた2人が付いていた。
「独白術に長けている者を連れてきたか・・・リーマス、ミリア・・・」
「適材適所じゃ。それに、ミリアは新しい魔法を覚えることにも長けている」
「ふふふふ。何もダダンだけが注目されてる訳じゃないから」
目の細い女が笑っていた。
「初耳だ。私が注目されていたなんてな」
「・・・・・」
4人の会話を無視して、エリスの首に手を当てる。
「脈拍呼吸は正常、ただ意識は持っていかれてるようだ・・・」
体の状態を確認してから、軽く揺さぶった。
人形のように、反応を示さない。
「エリス、俺がわかるか?」
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
急に、エリスがうわごとのようにつぶやいた。
目に力はなく、表情にも変化はない。
怒りも、焦りも、恐怖も、喜びも、何も感じられない。
意識して話しているわけではないようだ。
拳に力が入った。
「・・・見たことのない魔法だ。ダダン、エリスを治す方法はあるのか?」
「あぁ、あとで私の家に連れて行こう。手遅れになっては、エリスは一生そのままだ。自我が戻せるうちに」
「一生このままってどうゆうことだ?」
「・・・これはわが師バーバラの魔法・・・時空調整で魂を持っていかれそうになった者に対して、自我を退避させるために使う魔法で、本来解くまでが一つの魔法だ。こんな中途半端に使うものではない・・・」
ダダンが議長を睨みつける。
「お前らが使える魔法ではない。ここまで腐ったか」
「守るためだよ。この街の民を・・・」
「リーマス、お前はバーバラの弟子だろうが。裏切ったか?」
「逆だ。バーバラは偉大な魔法使いでありながら、いつも、お前ばかり贔屓していた。本来ここは、俺が管理するべき場所だったのに」
議長の横にいた男が恨みのこもったような言い方をしていた。
「・・・師は見る目があったな。こんな魔法の使い方をする奴に、知識を与えなかったのだから。そこの、転移魔法陣も・・・師の功績をこんなふうに汚しやがって・・・」
― 魔王の剣―
バリンッ
鎖を切った。
「お前!」
自分の手の皮膚がドラゴンの鱗のように変色していく。
「エリス・・・気が付かないか・・・?」
「大丈夫、大丈夫」
「・・・・・」
エリスの姿は、アイリスと重なるものがあった。
アイリスもこんな風に、こいつらに禁忌魔法を詰め込まれたのだろうか。
たった一人、街から追い出され、時空を超えて彷徨うことに・・・。
人間はクズだ。
そんなことわかっていたが・・・。
「お前ら、同族であるエリスに対して、よくここまでできるな!」
「こちらも情報が欲しくてな。少々手荒だが、処置すれば何ら問題ない」
「そうよ、ダダン、外の者がここに来るなんてなかった。それに、異世界の情報を持ってるとなるとなおさら。クロノスとの制約で直接手が出せないというなら、まずは、彼が心を許した者から情報を聞き出さないと」
横にいた2人が杖を持ち直していた。
「異世界の者が未来を変えれば、この街自体の機能の意味がなくなる。議会であったように、歪が街の至る所に広がれば、間違いなく消えてしまう。多少の犠牲は仕方ないと思わないかい?」
「下種が・・・・」
ダダンが舌打ちした。
「ダダン、こいつらは、そうやってアイリスにも同じことをしたのか・・・?」
「・・・そうだ・・・同族であることを、心底恥ずかしく思う」
「人聞きの悪い。時の神クロノスの娘、アイリスには、この街の全ての魔法の知識を与えたのだ。いいことに決まってるだろう」
「そ、そうよ! 光栄なことじゃない!」
「あぁ、アイリスには神の娘としてふさわしい対応をしただけのこと」
3人が声を荒げていた。
自分たちが正義であるように訴えている。
「まだ正当化するつもりか・・・それとも本気で頭がいかれてるのか知らんがな。エリスが受けたこの状況を、評議会で白日の下にさらしてやる」
「ハハハハハッハハハハハ」
「?」
議長がひげを触りながら笑い出した。
「ダダン、評議会について何か勘違いしているようだね。まぁ、君は、評議員の中では若いほうだから仕方ない」
「は・・・?」
「皆が同意している。この街の消滅を防ぐためには仕方ないと」
「でたらめを・・・いつそんな決議を・・・」
「議会の裏にはね、もう一つの情報網があるのだよ。『忘却の街』をよりよく運用していくための」
「!?」
崩れかけた扉から、人影が見えた。
5,6人・・・いや、気配は消しているがもっといるか。
「っ・・・・」
ダダンが後ずさりする。
「無知はお前だ。ダダン」
「クソが・・・この街は、どこまで腐ってやがる」
ダダンが深く息を吐いて、目を光らせていた。
魔力が全身を覆い、髪の毛が逆立っている。
「評議会など、滅びたほうがいいだろう。ここで、お前らを殺してやる・・・街の・・・世界のガンだ」
「議長、下がってください。ここは私たちが」
「ハハハハハ、構わない。ダダンごときがわしに勝てると思うなど、滑稽だな。ここで殺してやろう」
議長が白いひげを触りながら前に出た。
「わしにはレペの民を率いてくるだけの力がある。たまには、皆の前で見せなければな」
杖を出して、構える。
「ヴィル、エリスを連れて外・・・」
「待て」
魔王の剣を解いて、ダダンの横に並んだ。
「レペの民だか知らんが、人間ごときが俺に指図するな。俺は魔族の王だ」
「ヴィル・・・何を・・・・?」
「なんだ、仲間割れか? さすが、外の者だ。裏切るのも早い」
「ここは俺がやる。ダダンはエリスを連れて治療してくれ」
「なっ・・・・・・でも」
「お前がいれば、アイリスの石化が解ける可能性が出てくるんだろう? 俺は一度力を解放すると制御が効かない。エリスとアイリスのことを・・・頼んだ」
爪が鋭く伸びていった。
魔王の・・・テラによって植え付けられた異質な魔力はすぐ近くまできていた。
気を抜けば、間違いなく俺は暴走する。
「・・・わかった」
「ダダン!!!」
ダダンが素早くエリスを抱えて、崩れた壁のほうに向かった。
「ヴィルを甘く見るなよ。この忠告は、最後の情けだ」
「っ・・・・・・・」
魔力が凪いだ。
「お、追いかけろ! 応援を呼んで来い。それまでは、あの魔法で防ぐんだ」
「はい」
ダァンッ
「うわっ・・・・」
ドラゴン化した腕を振り下ろした。
地面が揺れて、天井からほろほろと石が落ちてくる。
何かぶつぶつ言いながら、議長とミリアで巨大な魔法陣を描いていた。
傾いた扉から人間たちが攻撃魔法を展開しているのが見える。
始祖の魔法? レペの民?
そんなもの関係ない。
こいつらが、俺に敵うわけない。




