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215 ダダンの怒り

 ベッドで寝ているエリスに布団をかけてやる。

 評議員の付き人が数名、エリスのところに来て話をしていたらしく、ひどく疲れていた。


 ハーブティーを飲んで、窓の外を眺める。

 夜も更けて、無数の星空が浮かんでいた。

 正確には星空ではなく、時空間のゴミらしいが、ほとんど星と変わらない。


 アイリスが好きそうな夜空だった。


 ルドルフに時空調整の様子を見せてもらったが、全く覚えていなかった。


 黒いガラスに囲まれた、大きな砂時計のある部屋に案内されたところまでは覚えているが、ルドルフが杖を動かしたあたりから、記憶が曖昧になっていた。


 時空調整に慣れていない者は、誰もが同じ感覚になるのだという。

 俺は魔族の王なのにな・・・まさか人間と同じことになるとは・・・。


 未来も見たらしい。

 ルドルフの話では、稀に何かのきっかけで思い出すこともあるそうだ。


 でも、ルドルフにも経験がない以上、本当かどうかはわからないと言っていた。

 時空調整の仕事を受け継いだときから、未来は絶対に覚えていられないものだと教わったらしい。


 アイリスが見た未来は、どんなものだったのだろう。


 見たものを、どんなに思い出そうとしても、頭の中に霞がかかって見えないような感覚だった。

 未来が来る前に、思い出すことができるのだろうか。


 キシッ・・・


「エリス? どうした?」

 突然、エリスが起き上がった。


「・・・・・・・・」

「用事か何か思い出したのか?」

「大丈夫、仕事なの」


「仕事? ルドルフは何も言っていなかったが?」

「・・・・・・」

 ぼうっと前を見つめたまま、立ち上がった。

 ドアのほうへ歩いていく。


「おい・・・・仕事って、どうしたんだ? 急に」

「大丈夫、仕事なの」

「・・・・・・・」

 何かがおかしい。


 質問を変えても、音を立てても、同じ返答しか返ってこない。

 誰かに操られているような・・・。


 力づくでも引き留めることはできるが、様子を見てみるか。

 ルドルフも寝ている。

 今のエリスには危険が伴うだろうから、家にいたほうが安全だろう。


 自分の手を見つめて、小さく魔力の流れを確認していた。何かあれば、この力を使えばいい。

 マントを羽織って、エリスの後をついていく。




 『忘却の街』は夜になっても、いたるところに光が灯っていた。

 ランプや魔法石が浮いていて、アリエル王国城下町のように、眠らない街だった。


「この時空の歪は調整しました」

「ふぅ、まだ残っているな。朝まで続きそうだ。いったん、休憩するか」

「お酒を飲みたいですね。酒は栄養価が高いので」

 すれ違う人達の会話に耳を澄ます。


 俺のことは街の人間に伝わっていないのか、気に留める人はいなかった。

 エリスに声をかけていた人はいるが、無表情のまま「大丈夫。仕事なの」と答えると、強引に止められることはなかった。


 パジャマのまま、スリッパを履いて、どこかに向かっている。


 スッ・・・


「ふむ、やはり、エリスが呼ばれているようだな」

「!!」

 いつの間にか、ダダンが横にいた。


「ダダン」

「そんな驚くな。評議員にとって、瞬間移動なんて当たり前のことだ。ここは時空を操る街なんだからな」

 フードを深々と被ってついてくる。

 昼間とは違う、真っ黒なローブを着ていた。


「どうしてここにいるんだ?」

「見回りだよ。連中も予想外の出来事に切羽詰まっている。お前のことはクロノスの規則があるから直接手を出さないことになっているがな・・・中には無理やりでも情報を手に入れたい奴もいる。表に出てくることはないが、こうやってこそこそ情報収集しようとするのさ」

 短く息を付いていた。


「今日はエリスが誰かに操られるような気がしたんだよ。ただの勘だ。正直、ここまで予想通りの道をたどるとは思わなかったが・・・」

「フン、いかにも人間がやりそうなことだ」

「まぁな」

 平らな橋を渡りながら言う。


「この街は壊れかけている。こうやって、事件をうまく利用し、派閥を作ろうとする奴らの動きも顕著になってきた。魔族には、そうゆう奴らはいないのか?」

「魔族は単純だからな。そうゆうのを考えるのは、人間の特性だろう」

「ハハ、確かにな。私も魔族として生まれればよかったよ」


 自虐的に笑っていた。

 エリスを見失わないようにしながら、会話を続ける。


「あの後、会議はどうなったんだ?」

「最悪だ。さっき終わったのだがな、ずっとあんな感じだった。建設的な話にならなろうとすると、爺婆どもの引き留めが入る。結局、次の議会に持ち越しになってしまってな」


「散々だな」

「全くだ。さすがに私も疲れたよ。事実を受け入れられない年寄りどもに説明するのは、これで最後にしてほしい。外の人間もこんなに苦労するものなのか?」

 ダダンがうんざりとしながら言う。


「議事録もわけのわからないことになっていた。誰があんなもの読むんだよ」

「人間のことは知らん。魔族ならみんな飽きて出ていくだろうな」


「私もそうできたらな。この街自体が危ない状況にあるというのに、自分たちの体裁ばかり気にして話が進まん。時間が無限にあるというのも考えものだ」


「・・・本当にあいつらが、始祖の魔法を作ったのか?」

「昔は頭が良かったのだよ。信じられないだろうがな」

 草をかき分ける。


「人間には寿命は必要だ。あいつらだって、昔はただ純粋に魔法を研究し、力なき者に魔法を与えようとしていた・・・きっと、人間の寿命が過ぎたあたりから狂っていったんだ」

 ダダンが目を細める。


「我々も、役割がなければ死ねるものを・・・」

 




 橋を渡りきったところで、エリスが立ち止まった。

「ん・・・」

「止まったな。誰か来るかもしれない。いったん、そこに隠れよう」

「見ろ、あれはなんだ?」

 ダダンと木の陰に隠れようとしたとき・・・。


 ズン


「なっ・・・今のは・・・一体・・」

 いきなりエリスが消えた。

 慌てて駆け寄っていく。ダダンが素早くエリスのいた場所にしゃがんだ。


「どうゆうことだ?」

「転移魔法陣・・・・どこかに移動させられたな? だが、自動転移魔法陣は一部の人間しか使えないはず・・・なぜ・・・誰がこんなことを」

 よく見ると、地面には消えかけの魔法陣があった。


「どこに転移したかわかるか?」

「あぁ。幸い跡が残ってるからな。待っていろ」

 ダダンが杖を出して、足元に置いた。

 聞きなれない言葉で詠唱しながら手を動かしている。


 橋の向こう側にいる人間がこちらに気づいたようだが、遠くから見ているだけで近づいてこなかった。


「これだな」

 うっすらとした光の糸を巻き取って、杖を振り下ろす。

 糸は建物の向こうを繋いで、3秒くらい経ってから消失した。


「・・・・・・まさか・・・」

「魔法陣はどこに通じているんだ?」


「クソっ・・・」

 ダダンが橋の手すりを思いっきり蹴った。


「おそらく・・・・ここから数キロ離れた・・・バーバラの家だ・・・」

「バーバラの? 死んだんじゃなかったのか?」

「そうだ。確かに死んだ。私もはっきりと見たし、疑いようもないこと。誰かが師の家に忍び込み、エリスを呼んだのか・・・クソが」

 杖を握りしめて、わなわなと震えていた。


「どうゆうつもりか、わからんがな。師の死を利用するとは・・・レペの民も、ここまで落ちたか」

「ダダン」

「逃げられては困る。追うぞ」

 勢いよく、ダダンが走り出す。

 すれ違った人に声をかけられていたが、無視していた。


「ヴィル、飛べるか?」

「いや、コントロールが難しいな」

「これを使え」

「っと・・・・」

 ダダンが杖を靴に向けると、ふわっと浮き上がった。

 浮遊魔法か。


 建物の屋根に降り立つ。


「たまには人の力で飛ぶのも悪くないだろう。こっちの方角が近道だ」

「いいのか? 殺気が漏れてるぞ」


「・・・・バーバラはな、どんなクズどもにも文句を言わず、廃れたこの街に尽くした。なのに、勝手に家に侵入して、汚そうとしている何者かがいるようだ」

 ダダンの目が赤く血走っている。


「もし、私が殺そうとしたら止めてくれよ。ヴィル」

 腕を組んで、ダダンを見下ろす。


「必要か?」

「・・・・・・・?」

「ダダンがいれば、アイリスの石化が解ける方法は探せるんだろう? 俺は別に、殺しても構わない」


「ははは・・・そうだな。では、それで良しとしよう。私も、いい加減、限界だ」

 ダダンの手に血管が浮き出ていた。

 スピードを上げて、ダダンの後をついていった。

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