209 禁忌の少女
「アイリスが石化したって、本当なのか?」
「あぁ」
「・・・・・・・・どおりで・・・」
ルドルフは焦っていたが、俺に殺意がないのはわかった。
木の椅子に座りながら、窓の外を眺める。
『忘却の街』の者は、なぜか感覚が掴みにくい。
「不思議な街だな」
「この街は時空間から切り離されて存在している街だ。外の人間が来ることなんて、ほとんどない」
ルドルフに案内された場所は、磨かれた大理石と、数枚のガラスに囲まれた部屋だった。
真ん中にはテーブルが置いてあり、壁際の棚には研磨された石が並んでいる。
「この街がおかしいと思うか?」
「さぁな。人間の街は、どこも肌に合わない」
「そうか」
ルドルフがゆっくりと、街について話し始める。
「ここで、外の者は魔法を使えない。封じられているんだ」
「なるほどな」
集中しても、魔力が湧かなかった。
封じられている・・・か。
魔力を練れないのは初めてだ。
「『忘却の街』は、時空間から切り離される前は外の世界の・・・『時の祠』あたりにあったらしい。北の果てだ。俺はまだ生まれていないから、詳細は知らない」
「時空間から切離されるって・・・」
「外の人間がすぐにこの街を理解するのは難しいだろうね」
カタっと、椅子を引いて前に座る。
「時の神クロノスが管轄するこの街は、元々かなり魔導技術が発達していたんだ。今世界にある魔法のほとんどは、この街から生まれたものだ。始祖の魔法を生み出したと思ってくれて構わない」
ルドルフが小瓶に入った飴を一つ口に放り込んでいた。
『忘却の街』に住む者はレペという種族らしい。
人間に近いが、人間よりもはるかに魔力を持っているのだという。
たくさんの魔法を開発し、それを元に他国との貿易を始めた。
魔法は世界中に広まっていき、レペの種族はより高度な魔法を求められるようになったらしい。
「俺たちの祖先は、禁忌魔法を作り出した。この世界にあってはならない魔法だ」
「求められたから作ったんじゃないのか?」
「そうなんだけどね。時の神クロノスは許さなかったんだ」
「時の神・・・・」
「そう、時空を統べる神だ」
肘をついて、小瓶を突く。
「アイリスの禁忌魔法を見たことがある?」
「まぁ・・・・」
ルドルフがじっと視線を合わせる。
「じゃあ、禁忌魔法の恐ろしさがわかるだろう。この世界の理を曲げるものだ。生死だけではなく、過去や未来まで書き換える魔法、存在すら消せる魔法だ。人間が触れてはいけない領域に、触れるものばかりだ」
「・・・・・・・」
「魔法は複雑であればあるほど、高く売れた。使った者がどうなるかなんて気にしない。求められるがまま、どんどん禁忌魔法を生み出していった」
アイリスの使う魔法を思い出していた。
「時の神クロノスは、この街を危険だと判断して地上から切り離した。過去でも未来でもない、時空に浮かべたんだ。だから、この街は、魔王ヴィルたちの住んでいる場所と時間の流れが違う」
「禁忌魔法は今でもこの街にあるのか?」
「ここにはない・・・・」
バタン
ドアが開くと、エリスが入ってきた。
「ふぅ・・・見かけない者がいたって、評議会の人たちが来たの。よかった、知らないって言ったら帰っていったわ」
「あいつら、口だけは出す癖に、仕事はさぼるんだよな」
「あ! お兄ちゃん、お客さんに気配を消すお茶を出さなきゃ。このままじゃすぐに見つかっちゃうわ」
「そうだったな。動揺してすっかり忘れていた」
エリスが棚からハーブティーの瓶をとっていた。
「気配を消す必要があるのか?」
「さっきも伝えた通り、この街は基本的に外の者を入れてはならないことになっている。過去も未来も書き換えられるようになってるからね」
「選別は形だけってことか」
「ううん」
エリスが首を振る。
「違うわ。選別はクロノスが取り決めた方法よ。本来であれば歓迎すべきなんだけど・・・・」
エリスが葉を入れると、ハーブティーの香りが部屋中に広がった。
「評議会の奴らだ。あいつらは保守的で頑なに外の世界と遮断しようとする。アイリスも・・・」
「アイリスが関係あるのか?」
「・・・・・・・・」
「関係あるわ。幼いアイリスに、禁忌魔法を詰め込んで、外の世界に置いたのは評議会だもの」
「!!」
「・・・・・」
驚いて、顔を上げる。
「これ、飲んで」とエリスがカップを置いた。
「妹は幼いアイリスとよく遊んでいた。アイリスは、評議会に匿われていたから、友達がいなくていつも独りだったんだよ」
「ある日、アイリスが建物を抜け出してきたの。アイリスは幼いのに、魔力に秀でていた。私ができない魔法は、全部アイリスが教えてくれた」
エリスがハーブティーを冷ましながら、ルドルフの隣に座った。
「満月の日だった・・・・今でも覚えてる。初めて、この街に不信感を持った時だった・・・」
「あぁ・・・俺たち街の人は中央の魔導錬成の部屋に集められたんだ」
ルドルフが重々しく言う。
「密かに復活を望んでいた禁忌魔法の研究がクロノスに見つかったって話だった。俺たちは何も知らなかった、寝耳に水だ」
「クロノスは禁忌魔法を完全にこの世から無くさなければ、1週間後、街にあるすべての魔法を消去すると言ったの」
木のテーブルがかたんと音を立てる。
「どうして、この街は残ったんだ? 禁忌魔法を使える者はいる。魔法も無くなってないだろ?」
「レペの民はクロノスを裏切ったの」
エリスがガラスに映る自分を眺めていた。
「・・・・評議会は裏ですぐに行動を起こした」
「評議会?」
「レペの種族から、選ばれた13人のことだ。彼らが、この街を動かす決定権を持ってるんだけど・・・奴らはクズだ。あの日、今まで集めてきた禁忌魔法をどうするかって会議になったんだ」
「・・・・・・」
「評議会としては、禁忌魔法を失いたくない。全て残したかった」
「連中は・・・唯一、すべての禁忌魔法を吸収できる器を持った、クロノスの娘アイリスに禁忌魔法を全て覚えさせたの」
「は?」
耳を疑った。
「どうゆう意味だ?」
「この街に禁忌魔法はないの。アイリスの頭の中にだけ、すべての禁忌魔法が存在する・・・」
「!?」
「まだ、5、6歳くらいの、小さな子供にだ・・・・思い出すだけで、頭が痛くなる」
ルドルフが頭を抱える。
「アイリスは評議会の期待通り、難なく全ての禁忌魔法を覚えてしまった。幼くて、わかってなかったのよ」
「クロノスは気づかなかったのか?」
「気づいたときには、アイリスが禁忌魔法を持っていた。あまりにも強大な力だ。神の子だから覚えられたのか・・・信じられないけど、アイリスは普通の人間じゃ耐えられないほどの力を持ってしまった」
「・・・・ひどい話・・・・・」
エリスが吐き捨てるように言う。
「そのせいで、世界に様々な乱れが起こるようになったんだ。俺たちは、クロノスから時空調整という仕事を与えられた。高度な魔力を持つレペの民しかできない、時空の歪みを修正する役割だ」
「ダンジョンができたのは、時空の歪みが原因か?」
「・・・・おそらく・・・ね」
ルドルフが視線を逸らして頷く。
「時空調整は完ぺきではない。防ぎきれない部分から穴が空けば、世界にありえないような事象をもたらしてしまう」
「禁忌魔法がある限り、世界の乱れは収まらないし、この街も罪から解放されることはない」
「禁忌魔法なんて・・・私たちはいらなかったのに・・・」
「・・・・・・」
ルドルフとエリスが悔しそうにしていた。
悪いのはこいつらじゃないのにな。
アイリスの行動が、ほんの少し読めた気がした。
「クロノスは戒めの意味も込めて、レペの民にこの仕事を与えたんだと思う。でもね、私はこの仕事好きなの」
「エリス・・・」
「嘘は言ってない。壊したのは上の人たちだし、私は自分のこと世界の修復人だと思ってるから」
「前向きなお前が羨ましいよ」
エリスが明るく言うと、ルドルフが深く息を吐いた。
「石化したアイリスを元に戻す方法はあるのか?」
「・・・そうだな・・・クロノスに会えれば・・・」
「クロノスはしばらく現れてないでしょ?」
「そうだけどさ。このままじゃ、アイリスが・・・」
「・・・・・・・」
エリスが口に手を当てて、少し悩んでいた。
「ダダンお婆ちゃんは? 何か知ってるんじゃない?」
「でも、評議会の一人だ。危険すぎる」
「何が危険なんだ?」
「魔王ヴィルが消される可能性もある。たとえ、魔族の王であっても、魔法が使えないのだからこの街の住人と太刀打ちできないだろう。アイリスの現状を知るお前は、危険な存在とされてしまうんだ」
「フン・・・・」
ハーブティーを飲み切ってカップを置く。
「俺が死んで、お前らに何か不利益でもあるのか?」
「無い・・・けど・・・」
ルドルフが口をもごもごさせていた。
腹は決まっていた。
アイリスの魔法が解ける可能性があるなら、何としてでも探したかった。
アイリスを、このまま石化させておけるか。
必ず起こして、一言文句を言ってやる。
「ここに来ると決めた時から、覚悟していたことだ。そのダダンという奴に会わせてくれ」
「・・・・・お兄ちゃん」
「わかったよ」
ルドルフがカップを持って、小さく頷いた。
 




