206 守り人
「今日も何もなかったですね。緊張して1日過ごすと長く感じます」
「レナはもう待つのに飽きてしまいました」
「でも、食料はたくさん持ってるのでご安心を」
ユイナが指を動かすと食料の入った紙袋が現れた。
「簡易食ですが、このお菓子とかすごく美味しいですよ」
「異世界住人って、なんだかすごく優遇されてますね。複雑です・・・」
「・・・・そうですよね」
「あ、でもユイナは好きですよ。ユイナ以外の異世界住人です!」
「レナ様・・・」
「レナ、食べ物につられてないだろうな」
「そ、そんなことないです。ヴィルにはレナがそんな単純な奴に見えますか?」
レナが身を乗り出してくる。
『時の祠』に入って4日目になっていた。
あれから黒い影は見えない。
少しずつ変化する部屋を見ながら、『忘却の街』への道が現れるのを待っていた。
「ヴィル様はアイリス様とどんなふうに出会ったのですか?」
「は?」
「そういえば気になります。アイリスは王女だったんですよね? 今は導きの聖女? ですけど・・・魔王と会う機会なんてなさそうですが」
ユイナとレナが突拍子もないようなことを聞いてきた。
こいつら、よほど暇だな。
「なんでもいいだろ。覚えてないって」
「そんなことないですよね。大切な人との出会いですから」
「なんだよ、大切って。別にアイリスに対して、特別な感情を抱いたことはない。ただ・・・・」
助けるつもりだった・・・のか?
いや、勝手についてきたんだ。
今思えば、必要なかったんだろうな。アイリスは強いんだから。
「ただ?」
「気まぐれで連れてきただけだ」
木の実を口に放り込む。
「んー・・・・レナは深くつっこみたいような、つっこみたくないような気分です」
「私は少しだけ気になります」
「そんなこと聞いてどうなるんだよ」
「今後の参考です」
「今後って・・・」
「レナはこれからいろいろ知らなくてはいけないのです。エルフ族の巫女は好奇心旺盛で・・・あと、とにかく食べるのが好きなのです」
レナが頬杖を付きながら、適当なことを言っていた。
「???」
空気が変わった。
黒い影が現れたときと同じだ。廊下の奥のほうから力があふれ出してくるのを感じる。
「どうしたのですか? ヴィル様?」
2人が反応する前に、手を向ける。
― 奪牙鎖―
バンッ
「きゃっ」
「なっ!!!」
ユイナをドアのほうへ、レナを壁のほうへ貼りつけた。
奪牙鎖でゆるく体を固定していく。
「ヴィル! どうして・・・・!?」
「安心しろ。俺に抵抗するだけの体力を奪っているだけだ。しばらく休めば回復する」
「ど・・・どうして・・ですか?」
「この先は俺一人で行く。お前らは動くな」
「・・・・・・」
「あ・・・・・・ヴィル・・・様・・・」
ユイナとレナの力が抜けたのを確認する。
手荒だが仕方ない。
レナは回復が得意だ。後遺症は残らないだろう。
「じゃあな。ここからは俺だけで行かなきゃ駄目なんだ」
「ま・・・・・」
レナの声を無視して立ち上がる。
椅子に掛けてあったマントを羽織って、奥のほうまで続く細い道に入っていった。
進んでいくと、どんどん道が伸びていった。
俺の歩くスピードに合わせて、道ができているようにも思える。
これが『忘却の街』への道・・・。今までにない感覚だ。
光はなく、魔法さえ封じられているようだ。
振り返ると、ユイナとレナの姿は見えなくなっていた。
無を歩いているようだった。次第に前後上下の感覚が無くなっていく。
しばらくすると、何者かの視線を感じた。
カツンッ
杖の音がする。振り返ると、ランプに火を灯した老人が立っていた。
「ほぉ・・・一人か? 他の2人は置いてきたのか」
「あぁ、お前は誰だ?」
背の高い爺さんが近づいてきて、顔を覗き込む。
数日前感じた視線は、この爺さんのものだな。
「ん? おや? お前の魔力はどこかで感じたことがある。その顔、どこかで見たことあるな? どこだったかな?」
「知らん。俺は魔王だ。お前の勘違いだろう」
「ほぉ、魔族の王がこの道に挑むか。だが、王だろうと一般人だろうと乞食だろうと変わらない」
周囲を歩きながら言う。
「この先の街への道はわしが守っておる。おっと、魔法は使えないぞ。この道に入った瞬間、お前の全てはわしに握られている」
「・・・・・・・」
「どんなに魔力があっても、この場所では、わしには逆らえない」
鋭い視線を向けてきた。
爺さんの言う通り、魔法を使えなくなっているらしいな。
体は動くが、動きも鈍くなっている。
すでに、俺は選別の中にいるらしい。
「それにしても、久々の客だ。この場所はエルフ族の巫女が守ってきたはずだが。お前はどうしてこの時間、この場所に入れた? 目的のために、エルフ族を殺してきたか?」
「北の果てのエルフ族は殺された。異世界から来た人間にな。今、『時の祠』にいるのは、最後のエルフ族だ」
「・・・・・・そうか」
爺さんの表情が変わった。
「・・・・やはり、歪んだか」
「なんのことだ?」
「お前には関係ないこと。わしはこの道の守り人としての役目を果たそう」
カン
杖が地面に当たると、床から魔法陣が広がり、周囲が青く光っていった。
「選別を始める」
カン
「!!」
「今から引き返すことは許されない」
急に体が全く動かなくなった。
「選別とはなんだ?」
「これからわかるだろう。かけるものはお前の全てだ。もし、選別を通らなかったら、全ての中から代償を支払わせる。まぁ、選別を受けた者の中で、『忘却の街』へ行けた者は・・・さぁ、覚えておらんな」
「・・・どうして、そこまでして『忘却の街』への道を止める? 『忘却の街』に何がある?」
「それは行けたら、わかるだろう。わしはただの『時の祠』の守り人だ」
爺さんが目を閉じて、詠唱を始めた。
カン カン
杖を2回突くと、徐々に頭が霞んでいった。
全く抵抗ができなかった。
感覚が戻ってきたのは、しばらく経ってからだと思う。
気づいたら、赤い絨毯に足を付けていた。
「ここは・・・魔王城・・・?」
白い靄が晴れていくと、魔王の間が現れた。
俺は確か北の果てにいたはずだ。『時の祠』に入って・・・何をした?
なぜ、俺はここにいる?
「わぁ、本当に、魔王城にいるのね。魔族の王なのね? ヴィルが魔王なんて、なんだか不思議な気分ね」
「っ・・・・」
はっとして振り返る。扉の前に、マリアが立っていた。
ピンクの髪が、日差しに透けている。
「マリア、どうしてここに・・・?」
「ヴィルを待ってたのよ」
後ずさりする。
「ハハハハ、俺が連れてきたんだ。いいだろ? マリアに会いたかっただろうからな。なぁに、挨拶したらすぐ帰るさ。ケツの青い息子とはいえ、魔族の王だからな」
「何を言って・・・・」
「俺と会ったときと随分態度が違うじゃないか。ま、マリアなら仕方ないか」
オーディンが大きな口を開いて笑う。
「ふふ、ヴィルがあの椅子に座ってると思うと、面白いね。あんなに小さくて、わがままなヴィルが」
マリアの笑顔が懐かしかった。
夢を見ているのか?
魔族になった俺を見て、マリアがほほ笑むなんてありえない。
「驚いてるの? ヴィルはどこにいても、可愛い可愛いヴィルだよ」
「・・・って、お前は死んだだろ?」
ポケットに入れていた、マリアのクロスペンダントを触れる。
「蘇ったって勇者様から聞いたでしょ? 私もどうして、こんなふうに動けるのかわからないんだけどね」
「・・・・・・そんなわけ」
「魔王ヴィル様、人間どもが侵入したと聞きまして」
「っ・・・・」
カマエルが一瞬で俺の横に立った。双剣を構えている。
「おうおう、やはり上位魔族が出てくるか」
「申し訳ございません。直ちに始末しますので、魔王ヴィル様はどうか休んでいてください」
オーディンがマリアを後ろにやって、剣を引き抜いていた。
「カマエル、手を出すな。こいつらの始末は、俺が直々にやる」
手を出して、カマエルの動きを止める。
「さようでございますか」
「他の上位魔族にも伝えておけ。命令だ。こいつらは俺が始末する。一切、手を出すな」
「かしこまりました、仰せの通りに」
カマエルがすっと下がっていった。
声も、肌に感じるものも、すべてが生々しい。
本当に夢なのか?
カマエルがいなくなったのを見計らってマリアが近づいてきた。
自分の身長と、俺の身長を比べて、手で胸を突いてくる。
「大きくなったね、ヴィル。身長、こんなに越されちゃった」
「・・・・・・・」
体力や魔力に乱れもなく、心臓はしっかりと動いていた。
生前、こんなに生命力に満ちたマリアを見たことがない。
「!?」
でも、確かにマリアだった。
「ヴィル」
状況が飲み込めない俺を見て、花のように微笑んでいた。




