205 『時の祠』
ユイナの後をついていくと、メタルドラゴンには遭遇しなかった。
別の場所で雪崩の音が聞こえていたから、近くにいることは間違いなかったが・・・。
リュウジはメタルドラゴンを集めて、何を試そうとしていたのか、明確な回答は貰えていなかった。
ユイナも知らないようだしな。
「この通りを真っすぐ行けば、数分で着きそうです」
「その、地図表示って魔族の位置も見えるのか?」
「私の地図には表示されていますね。ほかの異世界住人のモニターはどうなってるかわかりませんが」
「アップデートすれば、見られる可能性があるってことか・・・」
「可能性はあります・・・でも、ゲームの世界では、自分より弱い敵しか表示されなかったりするので、その仕様を引き継いでいればいいのですが」
「あ・・・・」
急にレナが離れて駆けていった。
「『時の祠』・・・なのです」
『時の祠』の扉を覆った氷に手を当てる。
レナが最後に凍らせていったのか。
「・・・・エルフ族のみんな、レナが戻ってきたのです」
「・・・・・・」
雪を避けながら、『時の祠』の前に立つ。
扉の手前にできた大きな氷柱から、ぽたぽたと水が落ちてきた。
サタニアが以前、使っていた転移用の魔法陣は消えかかっている。
「ここは代々神聖な場所として、北の果てのエルフ族の巫女が守ってきた場所です。レナはどうしてここを守らなければいけないのか教えてもらえなかったのですが、サンドラは知っていました」
「レナ様でも知らないのですか?」
「レナは、エルフ族の中ではまだ若かったので、知らないことばかりなのですよ」
レナが力なく笑った。
「レナ以外の北の果てのエルフ族はいなくなってしまったので、もう、聞くことはできないのですけどね・・・」
「ベラという女がエルフ族の村に来たのは覚えてるんだな?」
小さくこくんと頷いた。
「もちろんです。昨日のことのように思い出せます。ベラ・・・終焉の魔女、と呼ばれましたが、来た時から死の匂いを感じました。黒髪に、エメラルドの瞳、整った顔立ち、怖いけど美しかった。長だけは、村に入った瞬間、『時の祠』で呪いにかかっていたことに気づいたそうです」
「・・・・・・・・」
「ヴィルはあんなに可愛かったから、あのままエルフ族と共に生きてもよかったのに」
氷に両手をかざす。
「俺の寿命は、エルフ族からしたら一瞬だろう?」
「・・・・そうです。みんな悲しくなるので、反対していました。結局、オーディンたちが連れて行きましたが、今、魔族の王になったヴィルを見ていると、これでよかったんだって思います」
レナが言い切ると、氷にそっとキスをした。
パリンッ
氷の破片が飛び散る。
きらきらと、日差しに当たって輝いていた。
「綺麗・・・・」
「入りましょう。『時の祠』を守ってきましたが、決して入ってはいけない時間があります。満月前の3日間です。ヴィルはその時間に、ここにいたいのですよね?」
「あぁ、そうだ」
「たぶん、まだ早いのですが、中で待っていましょう。エルフ族がいたなら、エルフ族の村で・・・と言いたいところですが・・・・ね」
何かを噛みしめるように話していた。
ユイナと目を合わせてから、レナの後に続いて、扉を閉めた。
「あれ? 前来た時と雰囲気が違いますね?」
「そうだな。何か仕掛けがあるのか?」
どこからともなくハーブの匂いがする。
壁は白く舗装されていて、部屋の角に道ができていた。
床には赤いじゅうたんが敷かれている。
前回来た『時の祠』とは明らかに違っていた。
「この部屋は、満月に向けて変わると聞いたことがあります。ある場所へ道をつなげる準備に入るそうです。レナは見たことありませんでしたが・・・」
「満月に向けて・・・か」
周囲の魔力が高まっているのを感じた。
なんだ? この得体のしれない波動は・・・。
部屋自体が呼吸をしているような感覚だった。
「部屋が変わることってあるんですね」
「レナもびっくりしています。とりあえず、休んでてください。このランプに火をともせば、床も温かくなりますよ」
台の上にある、古びたランプに火を灯した。
「本当、温かいです」
「道が開くまで、ここで待ってるしかないな」
「はい、ゆっくりしてください。お腹がすきましたね、非常食がどこかにあったはずです。探してきます」
レナがぱっと離れていった。
壁付近にある、石の台座に腰を下ろす。
「レナ様にとってこの場所は辛いですよね。あんなことが起こった後なのですから。私には、どうにもできないことが、もどかしいです」
ユイナがレナのほうに聞こえないように呟いた。
「仕方ない。わかっていて、ここに来たいと言ったのはあいつだ」
「でも・・・」
「それに、辛くなることを承知で、近づきたいと思う気持ちもわからないでもない」
「ヴィル様・・・・・?」
足を組んだ。
台座の周りに落ちている、小さな水晶や杖を眺める。
あの女が呪われた場所か。
なぜか懐かしい気持ちになる。
匂いのせいか?
ここにあるのは、エルフ族のものか、ここに挑んだ者が残したものかわからないはずだが・・・。
「ありました! ココの実と、カーリの葉です。美味しいんですよ、これを食べればすぐ満腹になる優れものなのです。ほかにもたくさん瓶にあったので、持ってきますね。さすがエルフ族です」
レナが満面の笑みで、瓶を4つ持ってきていた。
「あっ、手伝いますよ」
「じゃあ、お水をお願いします」
「はいっ」
ユイナとレナが部屋の角の小さな扉のほうへ入っていった。
「では、ユイナの武器は、複数個あるのですか?」
「はい。このアバター自体は、大剣や槍が強いようなのですが、双剣や弓矢、剣も一通り使えます。あと新しく魔剣というのがありますね。これは、魔力を使って攻撃する剣だと思います」
「へぇ・・・魔剣・・・ですか」
ユイナが空中で指を動かしながら、武器を切り替えていた。
「ヴィルは知ってますか?」
「魔力を凝縮した剣のことだ。人間で使える者はほとんど見たことがないがな」
「そうなんですか?」
「あぁ、少なくとも、ギルドにはいなかった。王国の兵士には適性を持ったやつがいたらしい」
木の実を口に放り込みながら話す。
甘めのものや、酸味の強いもの、思ったよりも美味しく、腹に溜まるものばかりだった。
「他には他には? どんなものがあるのです?」
レナがぐぐっと身を乗り出していた。
「えっとそうですね。アクセサリも充実しました。一番は、大剣装備時、攻撃力を150%強化するものでしょうか。これは、かなりチート能力ですね」
「うわ・・・すごすぎます」
「代償は動きが40%ダウンすることですね。あとは防具も変わりました。えっと、これです。天界のパジャマ・・・これは、かなり強いんですよ。シールドを4回も張ります。あとは、ステータス異常完全無効化ですね。毒、混乱、風邪にも効くって書いてあります」
「!?」
水を咽そうになった。
「ユイナ!!!」
「え・・・・・?」
ユイナがいきなり、下着姿になった。
真っ白な羽が動くたびに見えそうになっている。
「あっ・・・違うんです。これは・・・・」
「胸が見えてます。ユイナ、やっぱりエロいのですね」
「ち、違います。えっと、変更です。変更・・・」
慌てて変更した防具も、胸や尻が強調されている。
まぁ、女魔族はみんなこんな感じだから、衝撃は少ないけどな。
「これも・・・わわ・・・どうしてこんな防具が?」
「刺激的すぎますっ」
レナが木の実を落としそうになっていた。
「リュウジにやられたな」
「っ・・・・本当に、ひどい、もうっ・・・こんな」
沸騰しそうなほど顔を赤くしながら、じたばた装備品を切り替えていた。
レナが顔を手で覆っていた。
「ヴィル様、あ、あっち向いててください」
「そうです。ヴィルは見ちゃダメなのです。ユイナはエロいのですから」
「れ・・・レナ様!?」
「なんで俺が・・・」
「ヴィルは一応男なので・・・・」
「・・・一応ってなんだよ」
レナが瞼を重くして言う。
「急に襲うかもしれないのです。ヴィルは女との交わりの匂いがします」
「そそそそそんな・・・」
「見境なくするわけないだろ」
「と、とにかく! エルフ族の巫女が穢れるわけにははいきません。ユイナとヴィルがここでディープな関係にならないでください!」
「ディープ!?」
「妄想を暴走させるなって」
ユイナとレナが顔を真っ赤にしてバタバタしている。
こいつらは、本当にやりにくいな。
エヴァンとサタニアがいなきゃ収拾がつかない。
「あわわわ・・・・」
「わかったよ。俺はそっちの、通路のほうを見てくるから、ごたごたが終わったら呼べ」
「はいっ」
立ち上がって、2人から離れる。
ふと、顔をあげたとき・・・。
「!」
一瞬、通路の奥のほうを、黒い影が横切った。
見間違いではない。
すぐに気配が無くなったが、確かに見えた。
「ユイナ、新しい防具はダメですよ。露出が高すぎます」
「でも、元の防具への変更方法が・・・どうすればいいのか・・・」
「わぁ、ユイナ、み、見えちゃってます」
「きゃっ・・・・」
ユイナとレナは気づいていないらしい。
2人でわたわたしながら、ユイナの防具を切り替えていた。
「・・・・・・・」
コップに水を汲んで、一口飲む。
向こうから来るのか。
選別の時は近いみたいだな。




