198 魔族の新月
「サタニア、休んでなくていいのか?」
「もう平気よ。私はそんなに軟じゃないわ」
サタニアが隣に立つ。
魔王の間に上位魔族とその部下を集めていた。
魔王城に戻ってすぐに、サタニアが眠りについていた。
転移魔法はできたが、本調子ではないらしい。
レナは自己回復能力が高いから、数日で元に戻るだろうと言っていた。
エヴァンはリョクにつきっきりだった。
リョクはずっと目を覚ましていない。
マキアが時折見に来ていたらしいが、城を空けていた数週間、何の変化もなく眠り続けていると心配そうに話していた。
「それよりちゃんと聞いてあげたら?」
「サタニアこそ、あれを止めてくれ」
小さく話していた。
「魔王ヴィル様、私はアリエル王国から出てきた異世界住人3体と遭遇しました。すぐに逃げられてしまいましたが、彼らが持っていた武器は粉砕しておきました」
「フン、武器を粉砕したくらいで生意気な」
カマエルがサリーを睨みつける。
「異世界住人と遭遇することのないカマエルは情報提供すらできなくて残念ね」
「なんだと?」
「運もあるのよ。カマエルは日ごろの行いがよくないのね」
サリーがカマエルを煽っていた。
「魔王ヴィル様の前だよ、サリー、カマエル」
「そうです。自慢したいのは一緒だから。私たちだって、ちょっと魔法を打っただけで山一つ壊しちゃって」
「そうそう。強くなりすぎちゃって、へへへ」
ププウルが強引に間に入った。
魔王の間で、椅子に座った途端に、上位魔族の自慢話が始まっていた。
部下たちもどこか落ち着きがない。
「ザガン、少し前に出すぎじゃない?」
「ジャヒー様こそ、いつもより派手ではありませんか?」
「久しぶりの魔王ヴィル様の前なんだから、少しくらい着飾りたいの。それに新たな魔法を20個も増やしたの。私って頭いいかも・・・」
普段はおとなしいザガンまで、ジャヒーと軽く小競り合いになっていた。
「はぁ、上位魔族は相変わらずだな」
「リカも魔王ヴィル様が来る直前までサリーとバトルしていた癖に、よく言うな」
「魔王ヴィル様がいらしたら、剣を下げただろう。ババドフの部下なんて、お前の殺気に怯えてるぞ」
リカがババドフの後ろに目をやる。
これなら、いつまでたっても静かにならないな。
パンッ
「!?」
指先で魔法弾を打つ。
「お前らその辺にしておけ。話をしたい」
「はい。失礼しました」
上魔族が一斉にひざまずく。
力をつけたことで、全ての魔族が人間に対して強気に出ていた。
アリエル王国以外の人間は、ダンジョンに近づくことはなくなった。
裏を返せば、ますます異世界住人への期待が高まっているということだ。
アリエル王国にいる異世界住人ギルドには、国外から要望が来る日も近いだろう。
あいつらなんて所詮仮の肉体なのにな。
「シエル、サンフォルン王国のほうはどうだ? 何か動きはあったのか?」
「私が見てきた限りでは何もありませんでした。ただ・・・」
シエルが口に手を当てた。
「異世界住人が数人、サンフォルン王国に呼ばれたようですね。私の部下が馬車に乗り、サンフォルン王国へ向かっていく異世界住人を見かけています」
「あそこにはまだ十戒軍が力を持っているのかもな」
「十戒軍って、なんの芯もない組織ですね」
「何がしたいのかわかりません」
ププウルが同時にため息をついていた。
「あぁ、もともと解体した軍の寄せ集めみたいなものらしいからな」
下位魔族が持ってきた水を飲み干す。
十戒軍は形を変えて、異世界住人を含めた新たな組織となっていた。
テラの思い通りに事が運んでいる気がしてならない。
魔族が強くなったとはいえ、気は抜けなかった。
「魔族は強い。でも、隙は見せるな。異世界住人も、ほかの人間どもは時折、思いもよらないような手を使う」
「エルフ族・・・のことでしょうか?」
「・・・・・・・・」
シエルが小さく呟く。
一瞬、上位魔族がしんとした。
「・・・あぁ、純粋な能力はエルフ族のほうが強かった。奴らは別の世界でゲームというもので疑似体験をしている分、こちらが思っている以上に残酷で賢い。気は抜くな」
「ゲーム・・・ですか?」
「えぇ、異世界住人は異世界であらゆる世界を疑似体験してるの」
「?」
サタニアの言葉に、リカと、周りの魔族が首をかしげる。
シエルたちは頷いていた。
「あぁ、リカはまだ話していなかったな。ここには、下位魔族もいる。一度上位魔族には話したことだが、もう一度伝えておこう」
足を組みなおして、異世界住人についてわかっていることを魔王の間にいる魔族に共有していった。
「なんと・・・」
「そのような世界があるのですか」
「自由に魔法を」
「人間が? もともと魔力を持たない種族がどうして?」
魔族のどよめきが響く。
「ゲームという世界と、この世界は似ているというのは、何度聞いても不快です」
「そう、不快です。異世界住人の想像の世界に・・・魔族まで存在するなんて腹が立ちます」
ププウルが眉間に皺を寄せながら交互に話していた。
「それに、死んでもよみがえるって・・・」
リカが一歩前に出る。
「まぁ、奴らの持つ命の数にも限りがある。永遠ではない。安心しろ」
「そう。異世界転移自体は命の数しかできないらしいの。ダンジョンの精霊に聞く限り、もう、元ある命の数がこれ以上増えることもないわ」
サタニアが言うと、魔族が少しずつ落ち着いていった。
「あの・・・魔王ヴィル様」
「なんだ?」
「話が変わって申し訳ないのですが、その・・・この者は・・・?」
シエルがババドフの傍にいたシズを指す。
ザッ
一斉にシズに注目が集まった。
シズが泥人形を持って座ったまま目を丸くする。
『あ、あたし?』
「・・・・・・・・・」
「ほら、ヴィル・・・どう説明するの?」
サタニアが息をつく。
大きさ的にトロールに紛れないかと思ったんだけど、無理だよな。
魔族じゃないんだから。
シズの周りに明らかな隔たりができていた。
「西の果てのダンジョンの精霊だ。訳あって、魔王城に来てる。子供だが魔力は高い」
『え・・・と、そう。あたしダンジョンの精霊なの』
シズがしどろもどろに頷いた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
『あれ・・・?』
固まった魔族を見て、シズが一番驚いていた。
まぁ、魔族のことだ。おそらく・・・。
「さすが魔族の王、魔王ヴィル様です。ダンジョンの精霊まで仲間にしてしまうとは、恐れ入ります」
「そうですね。私たち、力が強くなっただけでテンションが上がってしまって」
「魔族であるからには魔王ヴィル様のように、成果を挙げなければ」
魔族が窓が振動するほどの雄たけびを上げていた。
オォォォォォォ
「ヴィル」
「・・・だから言っただろ? 魔族は邪知しないって」
「なるほどね。肝に銘じておくわ」
サタニアが呆れたように、盛り上がる魔族を見下ろしていた。
こうゆうとき、魔族は単純で助かる。
シズがきょとんとしていた。
土人形も、魔族の声にびくっとしていた。
「エヴァン、ここにいたのか」
「あぁ、ヴィル。随分騒がしかったけど、シズのこと?」
「よくわかったな」
「はは、俺だって今は魔族だからね。あ、ユイナの体力、魔力が戻ったよ。さすが異世界住人だよな。回復能力というより、再生能力みたいだった」
屋根に上ると、エヴァンが剣を置いて座っていた。
「リョクのところに居なかったと思えば。目が覚めないんだろ? もっと騒ぐと思ったのに」
「騒いだって仕方ないからね。目を覚ますって信じてるしさ。まぁ、寝顔見てるのも可愛いくて癒されるし、ずっと見ていられる」
「サタニアに言えば、気持ち悪いって言われるぞ」
「だからヴィルに言ってるんじゃん」
「俺だって、今の発言は引いてるからな」
「別に、男同士ならいいじゃん」
エヴァンが小石を遠くに投げる。
見た目はガキの癖に、大人のような口調で話す。
強がっているのは伝わるのにな。
「ヴィルも、アイリス様が元に戻るって信じてるから行動するんだろ?」
「俺は別に・・・・」
マントを後ろにやって、エヴァンの隣に座る。
「そうゆうんじゃない。ただ、アイリスが持つ禁忌魔法について知りたいだけだ。異世界住人が何か情報を掴む前にな」
「そうか」
エヴァンが軽く笑った。
「ヴィルが次行く場所ってどこなの?」
「それは・・・言えない。言ったらついてくるだろ?」
「そうだね。ちょっと興味はあるな」
俯きながら言う。
「気軽に行けるような場所じゃない。俺一人で行く」
「わかってるって。ヴィルがそう決めたならもう止めないよ。俺もリョクちゃんに同じことがあったら、そうするだろうしさ」
空を仰ぐと、雲間から綺麗な星空が見えた。月は見えない。
「サタニアはまだ寝ている。俺は明日の早朝旅立つから、サタニアにも伝えておいてくれ」
「うわー、絶対文句言われるんだけど・・・」
エヴァンが嫌そうな顔をした。
「まぁ、頼むよ。魔族のこともな」
「えー、おかしいだろ。この姿で魔族の前に出れないし、まず、俺、元人間なんだから」
「それなら俺も元人間だ」
「あ、そっか」
人の気配のない、静かな森を眺める。
「勇者オーディンの息子ねぇ。言われてみればそっくりだ。口のあたりとかさ」
「嫌なこと言うなよ」
「別に、いいじゃん。ヴィルはヴィルだ。それに勇者の息子が魔王になるとか、ゲームでも定番の設定だよ」
「そうなのか?」
「まぁね。俺がやりこんだナイトメア聖戦とかそんな感じ。あー、ボス戦とか大変だったんだよな。サタニアに言えば覚えてるかな?」
「お前ら異世界住人嫌ってる割に、同じような言葉を使うよな」
「ただ、昔を懐かしんでるだけだよ」
冷たい風が吹く。
「ったく。ガキの癖に」
「ねぇ、ヴィル・・・・」
エヴァンが急に真剣な表情を浮かべた。
「あまり、あの力に頼るなよ。おそらく、あれは繰り返すたびにヴィルの精神を奪っていく。ヴィルが暴走すれば、魔族は王を失う。異世界住人が押しかけている今、魔族の王を失うことは、この世界にとってどうゆうことになるのかわかってるだろ?」
「あぁ、今回は悪かったよ」
自分の手を見つめる。
完全に元の皮膚に戻っていた。
愛する者に触れると、体が闇に乗っ取られる能力・・・。
「・・・・ヴィルがいない魔族なんて想像したくもないな」
エヴァンが遠くを見つめながら呟いた。
この力は異世界住人がどんな手を使っても確実に勝てるが、諸刃の剣だ。
味方も殺すことになる。
俺に与えられた呪いか・・・。
このままだと、使いこなすには、かなり時間がかかりそうだな。




