194 願い⑧
『あたし、四元素のダンジョンの精霊としての役目、果たせなくなっちゃった』
シズが座り込んで、封印された魔法陣を摩りながら言う。
「・・・この禁忌魔法を解く手段はどこにもないの?」
『知ってたらやってる! アイリスのことは、ダンジョンの精霊も知らない。うぅ・・・お前たちだけだ。慰めてくれるのは』
自分で作った数体の土人形を撫でていた。
『あたし、これからどうしたらいいんだろう』
「大丈夫ですから、泣き止んでください」
『どうして異世界の人間が大丈夫って言いきれる?』
「えっと・・・・」
ユイナが少し背伸びをしながら、シズをなだめていた。
「これで、異世界転移を止める方法は消えた。アイリス、どうしてこうまでしてまで・・・」
サタニアが呟く。
「アイリス様を、元に戻す方法を探すんだろ? ヴィル」
「・・・・・・・・」
俺は、自分がどうしたいのかわからなかった。
地面に刺さった魔王の剣を触りながら、アイリスのほうを見上げる。
石化は解ける気配すら見当たらない。
魔法は一ミリの隙もないほど、完成されていた。
「地図では確かに、このダンジョンにアイリス様がいるって出てたんだけどな」
「ん-、全然信号が切れたな。ダンジョンの中って通信が安定しないのか?」
「そんな説明なかったけど・・・戻ったら聞いてみるか」
「っ!?」
異世界住人の声が微かに聞こえる。
人間の気配・・・祭壇に気を取られて、全く気づけなかった。
レナがばっと剣を出す。
怒りで呼吸が乱れていた。
『この気配は・・・人間なの? ユイナと似ているような・・・2人は同じ顔? 兄弟?』
「クロザキとシロザキだ・・・」
「!?!?!?」
『クロザキ? シロザキ?』
シズが血相を変えたレナを見て、首を傾げる。
「あいつらか」
「・・・私も戦闘準備に。装備は魔導士、皆さんに付与効果を発動できるようにして、アース族の攻撃力を半減するため・・・」
「いや」
ユイナが指を動かしながら自分の装備品を変えていると、エヴァンが止めた。
「お前は見ていろ。俺たちだけで十分だ」
「そうね。捕まらないようにだけ、注意して。あいつらは、ユイナと違って毎回アバターをアップデートしてる。どんな力があるかわからないから」
「レナも、戦うのです」
「あ、そ。足手まといにならないようにね」
エヴァンがマントを後ろにやって、レナの横に並ぶ。
「絶対に、怒りに身を任せるなよ。怒りに身を任せていいのは、強い奴だけだからな。レナは弱い」
「わかってます!」
クロザキとシロザキが階段を下りてきた。
ブワッ
風が起こる。
見えた瞬間、サタニアが2人に切りかかっていった。
バチンッ
「うわっ」
「っ・・・本当、面倒ね。その盾」
瞬時に出したエルフ族の長の盾で、剣を止めていた。サタニアが遅かった訳じゃない。
こいつら、俺たちに気づく前に・・・・。
「はぁ・・・はぁ・・・セーフ・・・危なかった。オートモードになっててよかった」
「広範囲の攻撃を防げるんだな。これがなきゃ、また死んでたよ」
「ここまで来て、アリエル王国からやり直しとかしんどいもんな」
2人が軽い感じで話していた。
「で、ここにいるのは・・・? と」
「あぁ、ただの魔族って感じじゃないか」
俺たちをぱっと見渡していた。
「よくも、汚れた手で、その盾を・・・・」
レナが目を吊り上げて言う。
エヴァンがぐっと前に出て、剣をかざした。
― 雷帝―
ザザッザザッザザザドドドドドドド・・・・
2人を覆うように黒い稲妻が走る。
巻き上がる砂埃と光で、見えなくなった。
「やっ・・・」
「攻撃は入ったわ。ダメージを与えられたんじゃないかしら」
「・・・いや・・・・殺せた感触はない。魔法も効かないか」
サタニアが飛んで、エヴァンに話しかけていた。
「びっくりした。クロザキ、ステータス異常とか受けてる?」
無傷のままシロザキが盾を持っていた。
クロザキが指を動かして空中を見つめている。
「何も受けてない・・・みたいだ。この盾マジですごいな。これだけ攻撃受けても体力も魔力も影響受けない。最強の盾だ」
「さすがエルフ族だ。殺すのは惜しかったかもな」
「いやいや、おかげで俺たちの体は、この世界に馴染んでるんだから」
「レナが殺します・・・・・」
「冷静じゃない状態で、いかせられない。君は魔力がコントロールできなくなるから」
「・・・・・・・」
「ヴィルに任せて」
レナが血走った眼で息を切らしていた。
今にも動きそうな体を、エヴァンの剣が止めている。
2人の攻撃をまともにくらってなんともないとは・・・。
「お前らは何しにここに来た?」
魔王の剣を地面から抜いた。
「魔王・・・? この前はよくも」
「見ろ。あれ、あ・・・アイリス様・・・じゃないのか?」
「え・・・・」
シロザキが盾をこちらに向けたまま石像を指していた。
「石化してる・・・アイリス様なのか・・・?」
「くっ・・・導きの聖女を石化させるとは・・・」
「やっぱり、魔王は悪だな。アース族にとって、倒すべき奴だ」
急に目つきを鋭くした。
「アイリス様は決して魔王を悪く言うようなことはなかったのに。非道な奴が」
「初期の転移メンバーが魔王に同情してたのは間違いだったな」
「まぁ、あいつらはまだ異世界慣れしてなかったから、わからなかったんだろ。アバターも調整段階だったし。今の俺たちとはだいぶ違う」
自分勝手な解釈を、2人でぶつぶつ話していた。
「・・・・・・・」
こいつらがアイリスの何を知っている?
手に力が入った。
「シロザキはそのまま防御力を強化してくれ。俺は攻撃に回る。扱いにくいけど、大剣のほうがいいな。一撃が重いはずだ・・・」
クロザキが指を動かして装備品を切り替える。
相変わらず、自分たちの都合のいいように思いこむ種族だ。
アイリスはどうして異世界住人を受け入れようとしていたんだ?
「残酷な魔王が・・・」
「違う! ヴィル様はそんなことしない!」
ユイナが声を荒げた。
「ユイナ、いたのか。裏切者が」
「・・・・裏切者も何も、私は最初から異世界転移なんて反対だった」
「その割には楽しそうじゃないか」
「魔王のパーティーに入るなんて、随分昇格したな」
「っ・・・・・」
ユイナが言葉を詰まらせる。
2人が楽しそうに話を茶化していた。
「・・・貴方たちといるよりマシよ」
「ふうん、どうでもいいけど。俺たちこの世界では勇者になるんだ、英雄らしくいないと。魔王は倒せないにしてもせっかくだから何か戦果がほしいんだ。導きの聖女を石化されて、ただでは帰れない」
「たち? 勇者は俺だろ」
「わかってるって。兄さんに譲るから」
シロザキとクロザキの区別はほとんどつかない。
本当にそっくりだった。
「・・・まぁ、今はいいや。堕天使の羽もあるし、ここにいる誰かを連れてワープするか? 戦いだけが勝ちじゃない」
「りょーかい。俺、装備品探してるから。大剣なら、会心ダメージを増やせる装備を・・・と」
盾に隠れたまま、素早く装備品を切り替えていた。
「アエル・・・また羽落としたのね」
「もう、奴の羽を接着剤でくっつけてやろうか」
「賛成。もしくは、むしり取りましょ」
「・・・君って、意外と残酷だよね」
サタニアとエヴァンが剣を構えながら言う。
あの、異世界住人が持ってる盾が厄介だった。
おそらくエルフ族の叡智が詰まっている盾なのだろう。
エヴァンとサタニアで同時に攻撃を仕掛けても、おそらく傷一つつけられない。
俺の攻撃ですら無効にしてしまうのだから。
だが、こいつらを無傷で帰らせるようなことなど、あってたまるか。
方法はある。
テラにかけられたものを使うのは癪だけどな。
「・・・・・・・」
アイリスのほうを見つめる。さっき、石化したばかりだったか。
ゆっくりと手を伸ばす。
「ヴィルっ」
シュッ
「エヴァン」
エヴァンが瞬時に俺の近くに来た。
「ダメだ! 今、ヴィルが化け物になっても、俺とサタニアじゃ、ユイナとレナを守り切れない。あの時だって、ミイルと協力してやっとだったんだ。ここはダンジョンの中だ。暴れたらダンジョンごと・・・」
「いい。お前は自分のしたいようにしてくれ。逃げたければ逃げればいい。守りたければ守ればいい・・・」
「ちょっ・・・早まらないでくれよ。アイリス様だって何か方法はあるって。こんな奴らのために、その手を使うことはないって」
「・・・・・・・」
「ヴィル!!!」
サタニアとエヴァンが同時に叫んだ。
「なんだ?」
「アイリス様から、何か力を得るつもりなのか・・・?」
シロザキとクロザキの動揺する声が聞こえた気がした。
エヴァンの制止を振りほどいて、石化したアイリスに触れる。
一瞬だけ、ひんやりとして、温かい感触が伝わった気がした。
不思議な感覚だった。
ガッガガガガガガガガガガガガ・・・
「な!?!?!?」
右腕から巨大化していき、龍のウロコのようになっていった。
「ヴィル! ・・・ヴぃ・・・ル・・・」
周囲の声が遠くなっていく。
体全体が闇に覆われると、禍々しい魔力に飲まれていくのを感じていた。




