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189 願い③

 不思議な夢を見ていた。

 俺は確かダンジョンにいたはずなのに。


 どうして・・・。


「女の子には、優しくしなきゃダメなのよ」

 柔らかいピンクの髪が視界に映る。


「だって、あいつがごちゃごちゃ言ってうるさいから、言い返したら泣き出したんだよ」

「ヴィルの口調がきついのよ。本ばかり読んでるから、そうなるのよ。もっと人と話さないと」

「別に、人と話す必要ないだろ。面倒なだけだ」


 マリアの声だ。ここは孤児院か。

 どうして、また、こんな夢を・・・。


「そうやって屁理屈ばかり言うんだから」

「マリア、またここにいたのね。裁縫手伝って。布団の布が破けちゃったから、あと、教会の庭掃除もお願いね。終わったら荷物運びも手伝って」

「はい。すみません」

 あいつは、孤児院のシスターだ。

 いつも陰でマリアの悪口ばかり言ってる奴だった。


「ごほっごほ・・・」

 すぐに立ち上がろうとする、マリアを引き留める。


「マリアは病気なんだから、そんなの他の奴にやらせろよ」

「心配してくれてるの?」

 笑い交じりに言う。

 無理をすると、マリアが苦しそうにしているから、もしかしたら死んでしまうんじゃないかって、悪いほうに考えてしまっていた。


 俺の勘は当たっていたがな。


「マリアは世間知らずだからな」

「ヴィルが世間を知ってるの?」

「マリアよりはな」

「ふふ、子供なのに、すぐ大人ぶるんだから。私は、大丈夫。神様がいつも見守ってくださっているから」


「また、神様って。神がいるならどうして、マリアの病気を治してくれないんだよ」

「この病気は神様が私に与えてくれた試練なの。だから、大丈夫」

 マリアの大丈夫は当たらない。


 神なんていないのに、現れたこともないのに、信じている。

 マリアは何に向かって祈ってたんだろうな。


「私、手伝いに行ってくるね。ごほっ・・・」

「俺も行ってやるよ」

「ありがとう」

 マリアがいつものように、クロスペンダントを握りしめていた。


 あれ・・・? 

 俺はこのクロスペンダントを・・・。




「ヴィル様、ヴィル様、大丈夫ですか?」

「!?」

 目を開けると、ユイナが心配そうにこちらを覗き込んでいた。


「よかった。急に眠ってしまうから、どうしたのかって・・・あ・・・」

 ばっと起き上がって、構える。

 ここはダンジョンの最下層の壁際・・・いつの間に寝ていたのか?


「ヒイ、俺に何をした!?」

『何もしとらん。ここを吹く風は、来る者の色んな記憶を呼び覚ます。魔王であっても例外はない』

「っ・・・・・・・」

 油断していた。

 俺が眠っている数分で、ユイナを殺されてもおかしくはなかった。


『勝手に倒れて夢を見ていたのはお前のほうだ。風を運んだのはわしじゃがな』

 ヒイが座ったまま小指を立てて、小さな風を起こしていた。

 隣に置かれた杖が反応している。


「あれ? じゃあ、どうして私は?」

『異世界から来たお前に、この世界の風の記憶などないじゃろうが』

「・・・そう・・・ですね」

 ユイナが手を握りしめて、一歩下がった。


 祭壇の光は薄くなっていた。

 代わりに周囲のガラスの置物が明かりを調節しているようだった。


『お前の記憶を覗かせてもらったぞ。悪くないな、そうじゃのぉ、この置物と似ている輝きを持っていたな』

 杖先で、青色のガラスの箱を突いていた。


「・・・・記憶を覗くなんて、随分、悪趣味だな」

『ふぉっふぉっふぉ、わしは風のダンジョンの精霊じゃ。風が呼び起こす記憶を見たいのは当然だろう』


「・・・精霊が・・・」

『もちろん、アリエル王国の消えた人間の記憶も持っておる。風に載せた記憶だけじゃけどな』

「でも、消したんだろ?」

『あぁ、跡形もなくな。彼らの記憶を持ってるのはわしだけじゃ。寂しいの・・・』

 ゆっくりとヒイに近づいていく。


『異世界転移はわしには止められない。他に、何か願いを叶えるか? お前にかかった呪いを解いてやろうか? あの男にかけられたのだろう?』

「いや、いい」

「ヴィル様、ヴィル様はその・・・」


「俺に愛など、無い感情なのだからな。別に呪われていようが、問題はない」


『ほぉ・・・・興味深いな。あえて、かかったままにしておくか』

 柱に囲まれた祭壇の中に入ると、強い魔力が体中を駆け巡るのを感じた。


「魔族のステータスの底上げはセツに願った。異世界転移を止められないなら、特にお前に願うこともないな」

『それは真か? お前には願いが無いと言うのか?』

「そうだな」

 ヒイが瞼を大きく広げた。


『わしは、てっきりお前の記憶の中にあった人間に会うことを望むと思っていたんじゃがな。母親のような存在だったのだろ?』

「・・・・・・・」

「そ、そんなことできるんですか?」

『まぁな、甦らせるのは無理じゃろうが、会うことくらいなら・・・』


「いい。俺はそんなこと望まない」

 マリアは死んだ。

 

 もう、この世から離れたんだ。

 会いたくないわけではなかったが、マリアのためにはならない。


 オーディンのような勇者ではなく、魔王になった俺に会ったら、悲しむだろうしな。


『じゃあ、願いは無しか。つまらんのぉ。久々の客人であったのに』

「まぁ、ここにエヴァンがいれば、アリエル王国の消えた住人を元に戻したいと願ったかもしれないけどな。もとには戻せるんだろう?」

『そうだな。ここに来た者が望めば・・・だが』


「エヴァン様がどうして?」

「あいつはあぁ見えて、アリエル王国の消えた部下たちのことを気にしている。本人に言っても、否定するだろうが」


『エヴァン・・・・?』

 ヒイが杖についた緑の宝石を撫でる。


『そうか、数日前に魔王城から西の果てのダンジョンに向かった子だな? エルフ族の娘と一緒だったか。珍しい組み合わせだったから覚えておる』

「あぁ」


「どうしてわかるんですか?」

『風はどこにでもあるからな。風のあるところは、わしの目の範囲内だ。この世の者の、大体の動きは見えておるのじゃよ』

 笑いながら、自慢げに話していた。 


『どちらにしろ、今ここにいる者の願いでなければ叶えられない』

「あの・・・ヒイ様は、異世界住人の命の数を減らせたりしますか? 異世界住人は、命の数の分だけ、蘇ってしまうんです」


『命の数・・・あぁ、異世界住人が死んでも死なない原因だな。あれは、わしには無理じゃ。異世界転移の願いを叶えた精霊が設定したのだから、その精霊に頼んでくれ』

「そうですか・・・・」

 ユイナが手を組んで俯いていた。


「もし、ユイナに願いがあるなら、言ってもいいぞ」

「え?」

「せっかくここまで来たんだしな。まだ、オブシディアンにも反応が無いから、しばらくサタニアが来ることもないだろう。もちろん、魔族に不利な願いであれば・・・・」


「そんな願い、するわけありません! 私は、魔族の方のおかげでどうにか逃げられたんですから」

「・・・そうか」

 大声を出した。嘘は、ついていないようだな。

 マントを後ろにやって、腕を組む。


「わかった。ヒイ、ユイナの願いを叶えてくれ」

『フン、異世界から来たお前が、この世界でこれ以上何を望む? 能力も備わっているし、命の数がある限り死なない。感覚さえコントロールしていると聞く』

「・・・・・・・・」

『強欲な奴らだな。思った通りだ。ダンジョンの精霊たちは、異世界に興味を持っていたようだがな。わしは最初から反対じゃったのに』

 ぼそぼそ文句を言いながら、杖を付いて立ち上がる。


『まぁいい。役割を果たさねばらぬ。早く言え』

 鋭い眼光でユイナを睨みつけていた。


「わ・・・・私が死んだら、命の数を減らすことが無いように、そのまま私のアバターを消去してください」

 ユイナが一歩前に出る。


『ん? どうゆうことじゃ?』

 ヒイが白い眉を上げた。

 震える声を絞り出していた。


「私、死にたいんです。死んだら、死にたいんです。復活したくないんです。アリエル王国の・・・あの異世界住人の中に戻りたくない。元の世界に戻ります」

「・・・・・・」

「お願いします。この体を・・・アバターを、ちゃんと死ねるようにしてください」

 ユイナが自分の胸を押さえる。

 ダンジョンの最下層に、ユイナの悲痛な訴えが響き渡っていた。

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