185 東西南へ
魔王城の屋根に上ると、エヴァンが剣を月明かりに照らしていた。
「あ、ヴィル」
「ここで何やってるんだ?」
「剣を磨いてたんだよ。ほら、アリエル王国の紋章が綺麗に浮き上がるようになっただろ?」
エヴァンが布を置いて、剣の柄の紋章を見せてきた。
「魔族の剣のほうが、魔力も高いぞ。質もいいし、錆びることなんてまずない」
「そうだけど、いいんだ。この剣が一番使いやすい」
「変なこだわりだな」
「いいじゃん。俺、強いんだから」
マントを後ろにやって、エヴァンの横に座った。
「サタニアを見なかったか?」
「倉庫に籠りっぱなしで、魔法陣考えてるよ。人間が絶対に描けない魔法陣を考えてるんだって」
「そうか」
エヴァンがふっと笑う。
「それにしても、上位魔族は面白いな。さっきザガンが魔王城2周してどこかに飛んでいくのが見えたよ。敵はいないのに魔法使ったりしてさ」
「単純な奴らなんだよ」
「俺、魔族のそうゆうとこ好きだよ。人間だったら、自分の能力を隠したり、陰で人と比べたり、面倒な駆け引きが始まるからさ」
「まぁな」
片足を立てて、遠くを見つめる。
月が雲に隠れて、ぼんやりとしていた。
「正直、魔族があそこまで強くなると思わなかったよ。願いを叶えるというのも、半信半疑だった」
「願いを叶えるダンジョンの精霊の力は本物って証明されたね」
「そうだな」
「ヴィルたちが魔王城空けること、ちゃんと話してるの? みんな驚くんじゃない?」
「一応上位魔族には伝えたが、あいつら聞いてなさそうだったな。言ってる途中から新しい魔法をぶっ放してたし・・・あの強さなら心配はないが」
「はははは、想像つくよ」
カマエルやジャヒーはともかく、唐突にリカも現れて、魔法を見せてきたりしていた。
サタニアは呆れて口を出さないし。
こっちが根負けしてしまった。
「俺は朝から晩まで、ひたすら稽古だったな」
「レナ、剣の使い方が上手くなってきたみたいだな。さっき剣を避けてるところを見たよ。こんな短期間で、よくあそこまで動けるようになったな」
「まだまだ、弱いけど、なかなかいい線いってるだろ。多分、戦闘の記憶がないだけだ。どんな事情で、レナの記憶が抜けてるのか知らないけど、じきに思い出せば強くなる」
「そうだな・・・」
長い瞬きをする。
「昔、よく部下に剣の使い方を教えてたんだ。みんな弱いからさ。陰では文句ばかり言ってたけど、真面目に鍛錬してたよ」
「・・・・・・・・」
「まぁ、どうでもいいけどね。遅かれ早かれ、死んでた奴らだから」
エヴァンは殺気を隠すのが上手いと思う。
ほとんどの人間は、震えるような怒りを抱えてることに気づけないだろうな。
「ほら、オブシディアン、錬金したから渡しておくよ」
ポケットから石を出して、エヴァンに投げた。
「ん、あ、例の物か」
「自分のダンジョンが、異世界転移を止められるダンジョンだったら、青く光らせて点滅させてくれ。サタニアと俺で向かう」
「了解。おぉ、本当に光るんだな」
「遊びで使うなよ」
「わかってるって。そんな、アエルみたいなことしないよ」
握り閉めて、青く点滅させていた。
「・・・・なぁ、ヴィル」
「ん?」
「もし、俺の行く場所が異世界転移を止められるダンジョン以外だったら、叶えてほしい願いがあるんだ。もし・・・・できたら、願いを叶えてもらってもいい?」
「構わない。魔族に関係なければな」
「絶対、ヴィルを裏切ったりはしないよ」
エヴァンが、目を細めて月明かりを眺めていた。
「アイリス様、どうしてるんだろうな」
「なんだよ、急に」
「色んな情報があって、ヴィルはアイリス様に対してどう思ってるのかわからないけどさ」
小石が屋根を転がっていく。
「ヴィルは自分の目を信じたほうがいいよ。これは、俺の経験上の話だ」
「そんなに生きてないくせに」
「異世界での経験も含めてだよ。異世界は情報がここよりも多すぎるから、よくわかる。真実を見つけ出すのは結局、自分しかできない」
「へぇ・・・」
マントに付いた砂を払う。
「本当に生意気なガキだな。お前実際は何歳なんだよ」
「ヴィルよりも年上ってことだけは話しておくよ」
「レナよりは年下だろうな?」
「エルフ族ほどの寿命を持つ種族なんて、異世界にいないって」
エヴァンが笑いながら言う。
「前、話してた人工知能なら、寿命もないんじゃないのか?」
「ん? あぁ、そっか。そうだね」
「・・・・・・・」
「ヴィル、あのさ・・・人工知・・・」
「俺は、もう行く。読みかけの本を、明日までに読み切らないといけないからな」
「うん」
立ち上がって、エヴァンの声を遮った。
「明日は遅れるなよ」
「もちろん。おやすみ、ヴィル」
夜風が木々を大きく揺らす。
雲間から二羽の鳥が飛んでいくのが見えた。
途切れた雲の間から朝日が差し込んでいた。
空が薄いオレンジ色に染まっている。
「来い、ギルバート、グレイ」
空中に浮かんだ魔法陣から双竜が現れた。
オン?
グレイがきょろきょろしながら、不思議そうな表情を浮かべた。
呼ばれた場所が、屋根の上だったからか足をもたつかせている。
「久しぶりだな。少し大きくなったか?」
「双竜・・・」
グルルルルル
ギルバートがユイナのほうを睨みつけていた。
「ユイナは飛べないからな。ギルバートとグレイに任せるしかない。ギルバート、落ち着け。ユイナは敵じゃない。乗せてくれるか?」
クォーン
大きく鳴いて、何度も頷いていた。
「えー、ヴィルずるいよ」
「お前とレナは飛べるからいいだろ? ユイナは飛べないからな」
「はい・・・すみません。アイテムもかなり探したのですが、デフォルトの状態では、やっぱりないみたいです。ダンジョンに行く途中に何か見つかればいいのですが」
ユイナがしゅんとしていた。
「そうです。レナは飛べるので必要ないのです」
レナが軽く体を浮かせてみせる。
「・・・いや、でも遅いじゃん」
「それは、早く飛ぶ機会なんてなかったのですから・・・でも、長距離移動は問題ないのです」
「はぁ・・・・すげー、時間かかりそう」
エヴァンがレナの足元を見て、肩を落としていた。
「エヴァンが、どっかに飛ばせばいいんじゃないのか? 相手を強制的に瞬間移動させることができただろ?」
「どっか!?」
「あれ、ぶっちゃけどこ行くかわからないんだよね。でも、近距離ならコントロールできるかもしれないな。試しにやってみるか」
袖をまくって、右手の魔力を確認していた。
「やってみるか」
「レナをモノみたいに扱わないでください。こ、こ、怖いのです」
「冗談に決まってるだろ。さすがに、レナにはできないって」
「じょ、冗談でも言っていいことと悪いことがあります!」
レナがエヴァンを見て、ぶるっと震えていた。
「では、私も装備品を変更します。身軽で飛びやすいものを・・・ステータスはすばやさと防御力を高めて、飛んでいるときの体の抵抗を無くします。あとは・・・そうですね。自分の半径1メートル以内にいる者のステータスを向上する効果を付与すれば、ギルバートとグレイも飛びやすくなるでしょうか・・・」
ユイナがぶつぶつ言いながら指を動かして、自分のステータスを変更していた。
ギルバートとグレイがユイナの様子を凝視していた。
目が飛び出してきそうだった。
「あまり怖がるなって。お前らに不利益があるわけじゃない」
双竜の頭を撫でてやる。
グレイが不安そうにクォンクォン鳴いていた。
「やっとできたわ。はい、ダンジョンに着いたら、まずこの布を床に敷いて。地面に魔法陣を展開するから。崖とか、変なところに置いちゃ駄目よ」
サタニアが俺とエヴァンに布を渡してきた。
「ありがとう」
「どういたしまして。ぜーったい、落としちゃ駄目だからね」
サタニアが嬉しそうにほほ笑んだ。
「まず、この魔法陣を置いたら、オブシディアンを光らせる。次にダンジョンに入って、ダンジョンの精霊が異世界転移を止められる精霊だったら、点滅させて知らせればいいんだろ?」
「あぁ、そうだ」
「2人のどちらかのダンジョンがそうだったら、私が片方を迎えに行ってから転移するわ。私がそうだったら、ヴィルの次にエヴァンを迎えに行く」
「おっけー。使い方もわかったし、スムーズにいきそうだね」
エヴァンがオブシディアンと布をポケットに仕舞っていた。
「じゃあ、また後で。ユイナ、ヴィルのことよろしくね」
「は・・・はい・・・・」
サタニアが髪を後ろにやって、南の方角に飛んでいく。
「俺たちも行くか。落ちるなよ」
「はい!」
ギルバートとグレイが首を下げる。
ユイナがぎこちなく双竜に跨っていた。
「レナ、早く行くぞ。俺たちが一番遅くなりそうだからな」
「あぁっ、待ってください」
エヴァンとレナがふわっと飛んで、西のほうへ向かっていった
「ユイナ、いけそうか? スピード上げるぞ」
「はい。こ・・・こうゆう感じなんですね。大丈夫です、掴めそうです」
ユイナが一瞬で、アイリスよりも乗りこなしていた。
「乗ったことあるのか?」
「はい。ゲームで幻獣は貴重な移動手段なので。ギルバートとグレイは乗りやすいです」
「だってよ。よかったな、ギルバート、グレイ」
ブワッ
双竜が翼を広げて、風を起こす。
俺が屋根から降りると、後ろから爪の音を立てて、追いかけてきた。




