180 果ての大地⑩
赤子のときの、記憶だろうか。
どこまでも白い、真っ白な景色が懐かしかった。
俺の捨てられた美しい場所。
降りしきる雪に包まれた、静かな村が・・・。
「あ・・・あぁ・・・・そんな・・・・・」
レナがエルフ族の村の前で立ち尽くした。
エルフ族の村の結界は剥がれ、大量の血の匂いがする。
「なんてことを・・・」
ユイナが口を押えて、その場に崩れ落ちる。
「中に入るわ。ユイナ、しっかりしなさい」
「あ・・・・」
「生きてる者を探すわ。できないなら、私の後についてきなさい」
サタニアがユイナの腕を引っ張った。
「ひどいな、これは・・・・」
「異世界住人の仕業か?」
袖で鼻を抑えながら、歩いていく。
地面の雪が赤くにじんでいた。
この先で、戦闘員も、非戦闘員も死んでいるのだろう。
「この感じだと、きっと、殺し慣れてないわね。雑だもの」
家の近くに、血を流したエルフ族が横たわっていた。
「あぁっ・・・」
レナが急に駆け出す。
「モウ、レベリア、ググロフ、どうしたのです!? な、何があったのです・・・・・? 目を・・・目を開けて・・・・」
声をかけた2人は、すでに死んでいる。
「起きて、起きてください・・・・」
レナが泣きながら、槍を持った男の傷に回復魔法を唱えていた。
「れ・・・レナか・・・。逃げろ。サンドラの予言が・・・・」
「ググロフ! 待ってください、今、回復魔法を」
「俺はもう・・・レナ・・頼む、逃げ・・・」
「ググロフ! ググロフ!!」
男が目を見開いたまま、息絶えていた。
「レナ」
「あぁ・・・・どうしてこんな早く予言があたるなんて・・・・どうして、レナがいない間に・・・レナは回復の巫女なのに・・・」
震える声で言いながら、大粒の涙を流している。
「ダメ。この辺一帯は、もう、みんな死んでる。回復魔法をかけても・・・」
「わ、わかってます・・・でも・・・」
「今は生きている者がいないか探すほうが効率的だから。向こうのほうに行きましょう」
レナが涙を拭いながら、よろよろと立ち上がる。
サタニアが真っすぐ前を見つめていた。
「見渡した感じ、どこも生命反応が薄いな・・・」
「だ・・・誰か返事を・・・レナが回復します」
レナがふらふらしながらついてくる。
「この感じだと、異世界住人もすぐ近くにいそうだ。気を抜かないようにね」
エヴァンが周囲を睨みつけながら言う。
歩いていくほど、エルフ族の死体が視界に入った。
時折、レナが取り乱して泣いていた。
全滅か?
生きている者の気配を探しても、ほとんど見つからなかった。
「!?」
はっとして、立ち止まる。
異世界住人だ。
「エルフ族の村まで来れば、新しいアイテムとかあると思ったんだけどな。51人分か・・・・これだけあれば、今後も大丈夫だろうか? どれくらい必要なのか聞いていなかったからな」
異世界住人が噴水の横で指を動かしながら話していた。
クロザキ・・・に似ているが・・・何かが違う。
「クロザキ!」
ユイナが叫ぶ。
「あ、貴方がこんなことをしたの? こんな残酷なことを・・・・」
「ん? ユイナか・・・ということは、君たちが魔王のパーティーね」
「っ・・・・・」
空中とユイナを見比べながら言う。
「クロザキは、ついこの前、死んだはずなのにどうしてもうここに?」
「俺はクロザキじゃないよ。シロザキだ。クロザキは双子の兄で、一緒にこっちの世界に転移してきたんだ。さっきの剣は闇属性、対エルフ用のものだからな。闇属性には・・・やっぱり、光属性だよな」
軽く指を動かして、服装を変えていた。
こちらの怒りに、動揺する素振りもない。
「クロザキは、情報収集のために、こっちに来て死んだんだ。俺ら双子だから、互いに補える。他のゲームでもそうゆう戦略を立てて、常にトップをキープしていた」
「どうして、エルフ族を殺す必要があったの!? 非戦闘員だっていたじゃない!」
ユイナがかすれた声で言う。
「エルフ族の血が欲しかったんだよ。クロザキは一度死んで、肉体がアリエル王国に戻ってきた。すぐに目を覚まして、ここの情報を伝えてくれたんだけど・・・・」
シロザキがエルフ族の血を見ながら言う。
「翌日の朝に気を失って、まだ目を覚まさないんだ。こちらの世界に適合しなかった他のアース族50人くらいと一緒に寝てる」
「・・・・どうゆうこと?」
「テラの話だと、一度命を落としたことでアバターと魂が融合しなくなったんじゃないかって。まぁ、転移はできて、アバターを持ったけど動けない奴らと同じ事象ってことだよ。クロザキのことは、想定外だった・・・」
「で、エルフ族と何が関係あんの? 俺、回りくどいの嫌いなんだよね」
エヴァンがイライラしながら、雪を蹴った。
「エルフの血を輸血すれば、こちらの世界と馴染みやすくなるんだってね。元々いた人間の間で、エルフの血は不老不死? とにかく、この血は万病の薬と呼ばれていたんだろう?」
大きな瓶に入った大量の赤い血を見せる。
「うわぁぁっぁぁ!!!」
「止めろ」
飛びかかろうとするレナを押さえる。
「お前じゃ危険だ」
「放してください! レナは・・・レナは」
レナがもがいていた。
「そんな迷信を信じるなんて、異世界住人ってバカね」
「馬鹿だろうが何だろうがいいんだ。俺たちは、何としてでも、こっちの世界に居なきゃいけない。手段を選んでなんていられない」
剣に付いた血を、瓶に落としていた。
「城に古くから残されていたエルフ族の血があったんだ。試しに、少量輸血したところ、アース族の一人は体は動かないものの、目は開けられるようになった。きっと、この血は役に立つ。新鮮だしね、スクロールして保存、と」
シロザキの前から便が消えた。
「っっっっっ!!!!」
レナのこめかみに、血管が浮き上がる。
「許せません! 私がここで仕留めます」
ユイナが大剣を持って、息を整える。
「攻撃速度強化、攻撃力MAXまで上げます。この手で、奴を・・・」
「ユイナ」
ユイナが、シロザキ目掛けて突っ込んでいく。
パリンッ
「きゃっ」
ユイナが弾かれて吹っ飛ばされる。
エヴァンが片手でキャッチして、地面に下ろしていた。
「見りゃわかるだろ。こいつ1回の強力なバリアを張っている。すべての攻撃を跳ね返すものだ」
「すみません。怒りのあまり・・・気づけませんでした・・・」
ユイナが剣を地面に突き立てて、体勢を整えていた。
「怒るのもわかるよ。すごい光景だよね。エルフって弱いんだな。ここまで簡単に死ぬとは思わなかった」
「シロザキ!」
「なるべく、傷みなく一瞬で殺せるように努力したつもりだ」
シロザキがバタバタと倒れているエルフ族を見渡しながら言う。
「レナはこいつを殺さないと許せないのです!!」
レナが俺の腕をするりと抜けた。
「ここであいつを・・・!!」
「レナは下がってて」
サタニアが魔女の剣を出して、横に立つ。
「これは、レナとエルフ族の問題なのです。邪魔しないでください」
「ヴィルがレナを止めた理由がわかる? ここで、貴女まであいつにやられたら、この地のエルフ族の血は途絶えてしまうでしょ」
「でも・・・・・」
「貴女は死ぬつもりなのかもしれないけど、ヴィルはそうゆうの許してくれないの」
ザッ
「!?」
「残酷なのはわかってるけど、レナは絶対に守る」
レナの足元に剣を降ろして、強引に止めていた。
「君らからすると俺は悪役か。でも、俺だって、クロザキが適合できなかったアース族と一緒に、あのまま寝たきりなんて不安だ。兄貴だからな」
「・・・・・・・」
「お前らも正義があるのかもしれないが、こっちにだって正義がある」
「異世界に勝手に来ておいて、よくも堂々と自己満足の正義を掲げられるな」
エヴァンが怒りに満ちた表情で言った。
「そもそも、正義は究極の自己満足だだ」
シロザキが血の入った瓶をぱっと消す。
「51人分・・・いや、それ以上の血を取らせてもらったよ。これで、上手く融合すれば・・・・」
「お前が勇者となるのか?」
「そうだな。俺は兄を助けたい一心だから、勇者とか興味はないよ」
軽々しいのは、ここに肉体がないからか。
― 魔王の剣 ―
地面を蹴ってシロザキのほうへ駆け出していく。
ガンッ
「殺してやる。下種が!」
「やっぱり来たか」
シロザキの持っている盾が、刃を受け止めていた。
「俺はお前のような人間が嫌いだ。今すぐ死ね!!」
「そうゆうわけにいかないんだよね」
力を入れていくが、盾に亀裂が入らない。
なんだ? この盾は・・・見たこともないものだ。
こいつが強いわけではなさそうだが。
「その盾は・・・!? そんな・・・・」
レナが叫ぶ。
「おぉ、これは、エルフ族の長の持つ盾らしいな。かなりの力を持っているようだ。いい物を手に入れたな」
「ひどい・・・こんなことって・・・」
「この盾があれば天下を取れるかもしれない。ま、そんな甘くないか」
レナの声を無視して、シロザキが笑いながら、小さく指を動かす。
「よくしゃべる人形だな」
「っと・・・・」
ガンッ
軌道を変えたが、エルフ族の盾が魔王の剣を弾いてしまう。
こいつ自身が強いわけじゃないのに。
「バリアを解かれた後は、すぐに防御力を強化するよう、オーディンから言われた。俺は今、防御力に80パーセントの力を置いている。この盾でほぼ足りてるから必要なかったのかもしれないけど・・・」
「死ね」
剣を持ち直して、魔力を高める。
「一応、死なずに帰らないと・・・」
ガン ガン ガンッ シュウゥウ
魔力の流れを変えても、エルフ族の盾が適応してしまう。
剣をまとった黒い炎は、跳ね返されて雪の中に跡を残していった。
「すげー、オートモードで攻撃弾いてるよ。どのくらいの距離まで弾いてくれるんだろ」
ガンッ ジュウ
エルフ族の盾を壊すしかなさそうだが、どうやって・・・。
「残りの20パーセントは素早さに寄せてたけど、いらなかったか。ま、俺の目的は兄貴とは違って、魔王を倒すことじゃない。兄貴が勇者になりたいなら譲るしね」
「!?」
「行かせないわ!!」
サタニアが魔女の剣を持って飛び上がる。
「クソっ、一か八か」
エヴァンが時間停止の魔法を使おうとして、手をかざす。
両手をかざす。
― 毒薔薇の・・・ ―
「じゃあね、魔王。次はクロザキと来るよ」
「!!」
ポケットから黒い羽根を出して、空中にいたまま、ぱっと姿を消した。
「・・・・・」
ひらひらと、堕天使アエルの羽根らしきものが落ちてきた。




