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178 果ての大地⑧

『あの女が死んだならもういい。私の目標は達成された』

 セツがイエティを撫でながら言う。


「どうして死んだとわかるんだ?」

『なんとなくだ。お前からあの女の気配がない』

「・・・・・」

「ヴィル・・・・?」

「俺とその女は無関係だ。そんなことより、願いを叶えてほしい」

 今更、息子を捨てた女の話なんてどうでもよかった。


 親は、マリア一人で十分だ。


『では、聞こう。お前の願いはなんだ?』

 セツが真っすぐこちらを見てくる。


「異世界住人の転移を止めてくれ。奴らは、今は脅威ではないが、今後どうなっていくのか未知数だ。もう100人ほどこちらの世界に来て、住み着いているらしい」

『そうか・・・・』

 セツが悩みながら、顔をしかめた。


『でも、その願いは叶えられない、というのが答えだ』

「ん?」

『他のダンジョン精霊が叶えた願いは、他のダンジョンの精霊しか解けない』


「何でも願い叶えられるんじゃないのか?」

『他のダンジョンの精霊が叶えた魔法を、私が解除する、ということはできないんだ。ダンジョンの精霊同士の決まりでもある』

「・・・・・・・」

「マジかよ・・・せっかく、寒い中ここまで来たのに」

 エヴァンがため息交じりに言う。


『だが、私がかけた”神になりたい”という願いなら解けるがどうするか?』

「・・・・・・・」

 腕を組んで悩んでいた。

 異世界住人がいなくなることばかり考えていたが・・・。


「ほとんど異世界住人のアリエル王国で、テラが神じゃなくなったって意味ないな」

「そうね。アリエル王国の元いた人間は一掃されてしまったし、異世界住人からするとそもそも神みたいな立ち位置だし」

「だよねー、十戒軍も意志のない雑魚ばっかだ。今更テラが神かどうかなんて気にしてるやつもいないだろ」


「・・・・」

 エヴァンとサタニアと同意見だ。

 今更、テラが神であろうと、無かろうと、どうでもいいことだった。


「そうだな・・・・一晩、時間をかけて考えさせてもらってもいいか?」

『了解した』

 セツがイエティに話しかけると、イエティがセツの体を持ち上げた。


『客室に案内しよう。エルフ族は久しい友人、しばらくぶりに話したかった』

 セツが硬かった表情をふっと崩す。


「セツ様・・・」

『こっちだ。客をもてなす、いい部屋がある』

 ゆっくりと歩くイエティの後をついて行く。 



 案内された客室は広々していて、床はイエティのような毛に包まれていた。

 ソファーやベッドらしきものもある。

 さっきまでの、透明な壁や祭壇があったダンジョンとは思えないほどだった。


『回復の湯はそっちだ。冷えた体も温まるぞ』

「ダンジョンにこんな場所があるなんて」

「わぁ、ふかふかだ。ん、生暖かい・・・よく眠れそうだ。リョクがいれば喜んだだろうなー」

 エヴァンが真っ先にソファーで寝転がっていた。


「客室ってことは、誰かよく来ていたのか?」

『エルフ族が遊びに来ていた。そのテーブル、ソファーは2000年前にエルフ族が作ったものだ。氷が溶けたからな、当時のままだ。綺麗だろう?』

 セツがイエティに降ろしてもらいながら言う。


 懐かしいな。

 アイリスと初めて入ったダンジョンも、こんな部屋があった。


 数か月前の出来事だったが、もう遥か昔のことのようだ。


「セツ、アイリスのことを何か知ってるか?」

『アイリス?』

 セツが両手を後ろについていた。


『あぁ、知り合いか?』

「・・・・まぁ、少しな・・・」

『もちろん、知ってるぞ』

 サタニアが、面白くなさそうにソファーの毛をいじっていた。


『四元素のダンジョンの精霊の中では有名だ。何のためか知らないが、1000年以上も前から、存在して、各地に禁忌魔法の跡を残している。禁忌魔法は書物には残せないから、彼女が全て暗記しているのだと聞いている』

「は? アイリスが・・・か?」


『そうだ。普通、禁忌魔法を使えば、お前の母親のように消えるか、石化するか、ある程度の代償を背負うんだけどな。アイリスにはそれが無い』

「!?」


『お前の母親・・・いや、私に永久凍土の魔法をかけた女も、おそらくアイリスから魔法を聞いたのだろう』

「・・・・・」

 アイリスが禁忌魔法の全てを暗記・・・だと?

 どこでそんなことを・・・普通の人間ができることなのか?


「ねぇ、本当に、アイリス様? 他の人間が伝えたってことはないの?」

 エヴァンがソファーから体を起こした。


『ないだろうな。さっきも言った通り、禁忌魔法はこの世にあってはならないのだ。書物になど残るはずがない。まぁ、アイリスの正体については、キサラギでさえ、わからない』

「ふうん・・・・・・」


『アイリスは、今もまだ存在しているのか』

「もちろん。アイリス様は、異世界住人を導く聖女の役割を担ってる」

『ほぉ・・・アイリスは・・・何者なのだろうな。人間なのかも、わからない』

「まぁ、わからないことを考えても仕方ないよ。アイリス様はアイリス様だ」

 エヴァンがあっさりと話を切り上げていた。


 セツに撫でられて、イエティが気持ちよさそうに目を細めている。


「・・・・・・・・」

 アイリスのことは離れる時間が長くなっていくほど、わからなくなる。

 俺の傍にいたアイリスは、普通の少女だったのに。


 何を望んでいるんだろうな。

 異世界住人を導く聖女になって、何を・・・。


 いや、今はそんなこと気にしている時間はない。


「セツ、四元素のダンジョンについて詳しく話してくれ」

『キサラギはそんなことも教えなかったのか。面倒ばかり押しつけて・・・』

 セツがイエティの毛を触りながら言う。


『ダンジョンの精霊は、はじまりのダンジョンのキサラギを頂点に、願いを叶える役割の私たち、四元素のダンジョンの精霊が存在する。魔族が住み着いたり、来る者に宝を求めたりするのは、それ以外のダンジョンだ』

「そうなの?」

『あぁ、ここは水の要素を持つダンジョン。他に、火、風、土がある。みんなそれぞれ、願いを叶える役割を持っている』


「げ、4つもあるのかよ」

『私たちの中では4つしかない、と言うけどな』

 エヴァンが足をぶらぶらさせながら話していた。


「人間が、その情報を知っている可能性はあるのか?」

『人間・・・そうだな。テラはもちろん、アイリスも、確実に知ってるだろう。後は知らん、人間のことなど、考えたくもない』

 イエティが立ち上がり、セツにハーブティー注いでいた。




『あぁ、ローズマリーのハーブティか、懐かしいな。目覚めた体に染みるよ』

「はい。レナが持ってきました。少しミントも混ぜています」

 レナがポケットから布袋を出して見せる。


『いい香りだ。エルフ族は元気にしているか?』

「はい。ここ1000年は人間も寄り付かず、平和に暮らしていたのですが・・・」

『ん? どうした?』

「・・・・異世界住人です。サンドラが、勇者とされる異世界住人の一人が、圧倒的な力で、エルフ族を攻め込んでくると予言しました」

 レナが深刻な表情で話す。


『なんと・・・』

『厄介なことになったな・・・・元凶はテラか?』

「そうだ。異世界住人が来たことで、世界が変わってきている」

 セツの目を見て頷く。


『・・・・・・・・』

 セツとイエティが顔を見合わせて、動揺していた。


『・・・・・エルフ族の巫女、サンドラの予言が当たることは知っている。エルフ族は古くからここを守ってくれた。なんとかしてやりたいが・・・』

『そうですね、セツ様』


「エルフ族の未来を変えるという願いは叶えられないのか?」

「ヴィル・・・」

『できないな』

 セツが長い瞬きをして、顔を上げた。


『北の果てのエルフ族と私のダンジョンは関与しないことになっている。それを条件に、この地に住み着くことを許したのだから』

「はい・・・セツ様の言う通りです。どんな状況であっても、この氷のダンジョンの願いに関与することはできないと・・・そうゆう掟があります」


「まぁ、願いを叶えるダンジョンのそばに村があって願いを叶えまくってたら、チートだよね。それより、このソファーすごいよ。魔王城にもあったらいいのに」

「・・・お前、よくこの状況でその体勢になれるな」

「本当、羨ましいわ」

「休めるときに休まなきゃ」

 エヴァンが肘を付いて、寝転んでいた。


「ヴィル」

 レナが近づいてくる。


「そうゆうことなので、ヴィルはヴィルの願いを願ってください」

「あぁ」

 言葉とは裏腹に、レナの表情はこわばっていた。


 願いか・・・。


『私たちも異世界の力は影響しそうだ。ダンジョンがリセットされて、永久凍土の魔法が解けたと思えば、こんなことになっているとは・・・』

「・・・・・・・・」

 ユイナが何か言おうとして、口をつぐんでいた。


『私たちの役目もいつか終えるのかもな・・・』

 セツが息をつく。

 イエティが軽くうなずいて、自分の毛についた水滴を落としていた。

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